ステロイド

提供:脳科学辞典
2012年3月16日 (金) 16:11時点におけるNorikohorii (トーク | 投稿記録)による版

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英語名:steroid 独:steroide 仏:stéroïdes  

ステロイドとは、分子中にステロイド核と称する骨格構造をもつ一連の有機化合物の総称である。ほとんどの動植物で生合成され、コレステロール、胆汁酸、ビタミンD、ステロイドホルモン等がその代表例である。


ステロイドの構造

 

ステロイド核の構造

  ステロイド核とは、シクロペンタノペルヒドロフェナントレン核のことを指し、3つのイス型六員環と1つの五員環がつながった構造をしている<reference>。右図のように構造式を書いた場合、それぞれの環を左下から順にA環、B環、C環、D環と呼ぶ。一部あるいはすべての炭素が水素化され、通常はC-10とC-13にメチル基を、また多くの場合C-17にアルキル基を有する。生体物質としてのステロイドはC-3位がヒドロキシル化もしくはカルボニル化されたステロール類である。


 生体内ステロイド 

コレステロール

コレステロールの構造

コレステロールの分子式はC27H46Oで表わされ、ステロイド核の3位の炭素にOH基がついたステロールを基礎骨格とし、17位の炭素はアルキル化されている。その名称は、胆石からコレステロール固体を同定した際、ギリシャ語の胆汁を表すChole-、固体を表すstereos (個体)に加え、アルコールの化学命名接尾辞である-olを付けたことに由来する。動物では、コレステールの一部は食事から摂取されるが、主に肝臓と小腸でアセチルCoAより合成され、血液を介して全身に運ばれ、ホルモンや胆汁酸、ビタミンDの原料として使われる。血中においてコレステロールはHDLやLDL等のリポタンパク質と複合体を形成しており、LDLは肝臓から全身にコレステロールを運ぶ役割を担い、逆にHDLは余分なコレステロールを肝臓に戻す役割を担う。また、コレステロールは、リン脂質と共に代表的な細胞膜の成分であるが、一般にコレステロールは膜の流動性を低下させる働きを持つ。細胞膜のマイクロドメイン(ミクロドメイン)であるカベオラ脂質ラフトは、コレステロールやスフィンゴミエリンに富んでおり、膜タンパク質の集積やシグナル伝達の場と考えられている。


胆汁酸

コール酸とデオキシコール酸の構造

胆汁酸(bile acid)とは、胆汁に含まれるステロイド誘導体の総称であり、ヒトではコール酸やデオキシコール酸がその代表である。胆汁酸は、肝臓にてシトクロムP450の作用によるコレステロールの酸化により合成される。胆汁酸は通常、グリシンやタウリンと結合して、グリココール酸(C26H43NO6)、やタウロコール酸(C26H45NO7S)等の抱合体として胆嚢に蓄積され、ビリルビンと共に胆汁として十二指腸に排出される。胆汁酸の主な役割は、脂質の乳化を促進し、食物脂肪の吸収を助けることである。

ビタミンD

ビタミンDの構造

ビタミンDは、ステロイド核のB環が9-10位の間で開環した構造を持つ。ビタミンDは側鎖構造の違いから、D2(エルゴカルシフェロール)とD3(コレカルシフェロール)に分けられ、D2は植物に、D3は動物に多く含まれる。ビタミンDは、コレステロールが代謝を受けてプロビタミンD3(7-デヒドロコレステロール)となった後、皮膚上で紫外線によりステロイド核のB環が開きプレビタミンD3((6Z)-タカルシオール)となる。プレビタミンD3は更に、ビタミンD3(コレカルシフェロール)へと異性化する。ビタミンD自体は生理活性を持たないが、肝臓と腎臓にて3つのP450(ビタミンD25-水酸化酵素、ビタミンD1α-水酸化酵素、ビタミンD24-水酸化酵素)の働きにより活性型ビタミンD(1,25-ジヒドロキシコレカルシフェロール)へと変換され、ビタミンD受容体を介して核内の標的遺伝子の転写活性を制御することによって作用を発揮する。標的遺伝子の1つとしてカルシウム結合タンパク質であるカルビンディンが挙げられる。ビタミンD受容体は小腸、腎臓、骨組織に存在しておりカルシウム代謝と密接な関わりを持ち、腸管におけるカルシウムの吸収や腎尿細管におけるカルシウムの再吸収を促進する。活性型ビタミンDの不足は小児ではくる病、成人では骨軟化症となる。

ステロイドホルモン

ステロイド核をもつホルモンをステロイドホルモンと呼ぶ。副腎、精巣、卵巣等の内分泌器官より分泌される(詳しくは”ステロイドホルモンの種類”を参照)。脳で合成されるステロイドホルモンはニューロステロイドと呼ばれる。

ステロイドホルモンの生合成

ステロイドホルモンの生合成

ステロイドホルモンはコレステロールから、主にシトクロムP450系酵素の働きによって作られる。これらの酵素は小胞体膜かミトコンドリア内膜のいずれかに局在する。以下に挙げる酵素がステロイドホルモン合成酵素として知られており、これらのうち3β-HSDと17β-HSD以外はシトクロムP450系酵素である。


・P450 scc:コレステロール側鎖切断酵素(cholesterole side chain cleavage)

・3β-HSD: 3β-ヒドキシステロイド脱水素酵素・異性化酵素 (3β-hydroxysteroid dehydrogenase)

・P450c17: 17α-水酸化・開裂酵素(17 α-hydoroxylase/17, 20 lyase)

・P450c21:21‐水酸化酵素(C21-hydroxylase)

・P450-11β: 11β-水酸化酵素(11β-hydroxylase)

・P450c18: アルドステロン合成酵素

・P450arom: アロマターゼ(aromatase)

・17β-HSD: 17β-ヒドキシステロイド脱水素酵素


炭素数27のコレステロールは、P450 sccの作用により、側鎖(炭素数6)が切断されてプレグネノロン(炭素数21)となる。この過程はホルモン分泌器官の間で共通したプロセスである。副腎では、最終的には炭素数の数は変化しないが、化学構造が変化を受けた糖質コルチコイド(グルココルチコイド)と鉱質コルチコイド(ミネラルコルチコイド)が、また精巣では炭素数が2個減少したアンドロゲン(炭素数19)が、さらに卵巣では炭素数が1個減少したエストロゲン(炭素数18)が生成される。


ステロイドホルモンの種類 

 副腎皮質ホルモン

副腎皮質ホルモンは、糖質コルチコイド鉱質コルチコイドの2種に大別され、前者の代表はコルチゾールとコルチコステロン、後者の代表はアルドステロンである。アルドステロンは副腎皮質球状帯で合成され、コルチゾール(コルチコステロン)は束状帯と網状帯にて合成される。鉱質コルチコイドは血中の塩濃度を調節し、糖質コルチコイドは糖代謝の調節の他、ストレスホルモンとしても知られている。束状帯と網状帯では少量のアンドロゲンが合成されるが、アンドロゲンは副腎皮質ホルモンに含めない場合が多い。

いくつかの動物では、周生期の精巣から分泌される高濃度アンドロゲン(アンドロゲンシャワー)の作用が脳の性分化の方向性を決定する重要な因子であることが明らかとされている。例えば、雄ラットの精巣を生後直後に摘出すると成熟後に雌特有の性行動を引き起こし、また出生一週間頃までの雌ラットにアンドロゲンを投与すると性成熟後も性周期は回帰せず無排卵となる[1]。<ref 脳とホルモンの行動学>。ラットの脳は生後1週間頃までは性的に未分化であり、周生期におこるアンドロゲンシャワーによって脳の雄性化と脱雌性化が起こる。このように、脳がアンドロゲンに対して高い感受性を示す時期を脳の性分化の臨界期という。


 卵巣ホルモン 

卵巣から分泌されている女性ホルモンは、エストラジオール、エストロン、プロゲステロンである。ヒトの場合、下垂体ホルモンのLHとFSHが周期的に分泌されて女性ホルモンの生合成が促進される。プロゲステロンは炭素数21のステロイドで、ステロイドホルモンすべての中間代謝物でもある。哺乳類では妊娠を維持し、交尾行動を抑制する。また、エストロゲンは炭素数18のステロイドホルモンでありアンドロゲンから生成される。エストロゲンはアンドロゲンのフェニル基A環の芳香化によって生成され、生物活性を持つエストロゲンは、17β-エストラジオール、エストロン、エストリオールである。内卵胞膜細胞で合成されたプロゲステロンから酵素の働きによりアンドロゲンが生成され、顆粒膜細胞内ですぐさまエストロゲンに変換される。エストロゲンは、雌の第二次性徴、水代謝、骨形成の他、交尾行動や子育て行動、母性攻撃行動等に重要な役割を果たしている。

多くのげっ歯類では、ロードーシスの発現は卵巣から分泌されるエストロゲンニよって制御されている。通常の性周期では、ロードーシス反射はエストロゲン分泌の高まる入らん前後でのみ起こる。また卵巣を摘出しても、通常のホルモン分泌パターンを真似てエストロゲンとプロゲステロンを連続的に投与すると雌はロードーシスを示す。エストロゲン受容体にはERαとERβの2種類が存在するが、ロードーシス反射に関与しているのは主にERαだと考えられている。ERα遺伝子を損傷したαERKOマウスの雌は、エストロゲンとプロゲステロンを投与しても全くロードーシスを示さない。一方ERβ遺伝子を欠損したERβKOマウスの雌は通常の性周期を示し、発情期には野生型の雌とほぼ同等のロードーシス反応を示す<ref ogawa et al., 1998, 1999 10536018 9832446

  1. 近藤保彦、小川園子、菊水健史、山田一夫、富原一哉
    脳とホルモンの行動学 行動神経内分泌学への招待
    西村書店:2010