ステロイド

2012年3月21日 (水) 15:09時点におけるNorikohorii (トーク | 投稿記録)による版

英語名:steroid 独:steroide 仏:stéroïdes  

ステロイドとは、分子中にステロイド核と称する骨格構造をもつ一連の有機化合物の総称である。ほとんどの動植物で生合成され、コレステロール、胆汁酸、ビタミンD、ステロイドホルモン等がその代表例である。


 ステロイドの構造 

 

 
ステロイド核の構造

  ステロイド核とは、シクロペンタノペルヒドロフェナントレン核のことを指し、3つのイス型六員環と1つの五員環がつながった構造をしている[1]。右図のように構造式を書いた場合、それぞれの環を左下から順にA環、B環、C環、D環と呼ぶ。一部あるいはすべての炭素が水素化され、通常はC-10とC-13にメチル基を、また多くの場合C-17にアルキル基を有する。生体物質としてのステロイドはC-3位がヒドロキシル化もしくはカルボニル化されたステロール類である。


 生体内ステロイド  

コレステロール

 
コレステロールの構造

コレステロールの分子式はC27H46Oで表わされ、ステロイド核の3位の炭素にOH基がついたステロールを基礎骨格とし、17位の炭素はアルキル化されている。その名称は、胆石からコレステロール固体を同定した際、ギリシャ語の胆汁を表すChole-、固体を表すstereos (個体)に加え、アルコールの化学命名接尾辞である-olを付けたことに由来する。動物では、コレステールの一部は食事から摂取されるが、主に肝臓と小腸でアセチルCoAより合成され、血液を介して全身に運ばれ、ホルモンや胆汁酸、ビタミンDの原料となる。血中においてコレステロールはHDLやLDL等のリポタンパク質と複合体を形成しており、LDLは肝臓から全身にコレステロールを運ぶ役割を担い、逆にHDLは余分なコレステロールを肝臓に戻す役割を担う。また、コレステロールは、リン脂質と共に代表的な細胞膜の成分であるが、コレステロールに富む膜領域は膜の流動性が低いことが知られる。細胞膜マイクロドメインもしくはミクロドメイン)として知られるカベオラ脂質ラフトは、コレステロールやスフィンゴミエリンに富んでおり、タンパク質受容体の集積やシグナル伝達の場と考えられている。

胆汁酸

 
コール酸とデオキシコール酸の構造

胆汁酸(bile acid)とは、胆汁に含まれるステロイド誘導体の総称であり、ヒトではコール酸やデオキシコール酸がその代表である。胆汁酸は、肝臓にてシトクロムP450の作用によるコレステロールの酸化により合成される。胆汁酸は通常、グリシンやタウリンと結合して、グリココール酸(C26H43NO6)、やタウロコール酸(C26H45NO7S)等の抱合体として胆嚢に蓄積され、ビリルビンと共に胆汁として十二指腸に排出される。胆汁酸の主な役割は、脂質の乳化を促進し、食物脂肪の吸収を助けることである。

ビタミンD

 
プロビタミンからビタミンDへの変換

ビタミンDは、ステロイド核のB環が9-10位の間で開環した構造を持つ。ビタミンDは側鎖構造の違いから、D2(エルゴカルシフェロール)とD3(コレカルシフェロール)に分けられ、D2は植物に、D3は動物に多く含まれる。ビタミンDは、コレステロールが代謝を受けてプロビタミンD3(7-デヒドロコレステロール)となった後、皮膚上で紫外線によりステロイド核のB環が開きプレビタミンD3((6Z)-タカルシオール)となる。プレビタミンD3は更に、ビタミンD3(コレカルシフェロール)へと異性化する。ビタミンD自体は生理活性を持たないが、肝臓と腎臓にて3つのP450(ビタミンD25-水酸化酵素、ビタミンD1α-水酸化酵素、ビタミンD24-水酸化酵素)の働きにより活性型ビタミンD(1,25-ジヒドロキシコレカルシフェロール)へと変換され、ビタミンD受容体を介して核内の標的遺伝子の転写活性を制御することによって作用を発揮する。標的遺伝子の1つとしてカルシウム結合タンパク質であるカルビンディンが挙げられる。ビタミンD受容体は小腸、腎臓、骨組織に存在しておりカルシウム代謝と密接な関わりを持ち、腸管におけるカルシウムの吸収や腎尿細管におけるカルシウムの再吸収を促進する。活性型ビタミンDの不足は小児ではくる病、成人では骨軟化症となる。

ステロイドホルモン

ステロイド核をもつホルモンをステロイドホルモンと呼ぶ。副腎、精巣、卵巣等の内分泌器官より分泌されるが、近年では脳によっても合成されることが知られておりニューロステロイドと呼ばれている。ステロイドホルモンの特徴は、脂溶性かつ分子量が低いために細胞膜や脳血液関門を容易に通過できること、また細胞質に存在するステロイドホルモン受容体に結合し、核内にて標的遺伝子の転写活性を調節することである。最近では、このような核受容体による遺伝子発現を介したステロイドホルモンの作用に加え、極めて短時間のうちに作用を発揮する膜受容体の存在が推察されている。

ステロイドホルモンの生合成

 
ステロイドホルモンの生合成

右図に示すように、全てのステロイドホルモンはコレステロールより合成される。炭素数27のコレステロールは、コレステロール側鎖切断酵素(P450 scc)の作用により、側鎖(炭素数6)が切断されてプレグネノロン(炭素数21)となる。この過程はすべてのステロイドホルモン分泌器官で共通したプロセスである。最終的に、副腎では炭素数は21のまま、化学構造変化を受けた糖質コルチコイド鉱質コルチコイドが、また精巣では炭素数が2個減少したアンドロゲン(炭素数19)が、卵巣では炭素数が1個減少したエストロゲン(炭素数18)が生成される。


以下に挙げるものがステロイドホルモン合成酵素である。これらのうち、3β-HSDと17β-HSD以外はシトクロムP450である。どの酵素も小胞体膜かミトコンドリア内膜のどちらかに局在する。


・コレステロール側鎖切断酵素(cholesterole side chain cleavage, P450 scc)

・3β-ヒドキシステロイド脱水素酵素・異性化酵素 (3β-hydroxysteroid dehydrogenase, 3β-HSD)

・17α-水酸化・開裂酵素(17 α-hydoroxylase/17, 20 lyase , P450c17)

・21‐水酸化酵素(C21-hydroxylase, P450c21)

・11β-水酸化酵素(11β-hydroxylase, P450c11)

・アルドステロン合成酵素または18-水酸化酵素(18-hydroxylase, P450c18)

・アロマターゼ(aromatase, P450arom)

・17β-HSD: 17β-ヒドキシステロイド脱水素酵素


 ステロイドホルモンの種類 

副腎皮質ホルモン

副腎皮質ホルモンは、鉱質コルチコイド糖質コルチコイドの2種に大別される。鉱質コルチコイドの代表はアルドステロンであり、糖質コルチコイドは主にコルチゾールやコルチコステロンである。 

鉱質コルチコイド:アルドステロンは副腎皮質球状帯で合成され、腎臓の集合管に作用してナトリウムイオンの再吸収とカリウムイオンの排泄を促進する。ナトリウムイオンの再吸収によって間質液の浸透圧が上昇し水の再吸収も増加するため、体液量の調節にも重要な役割を果たす。

糖質コルチコイド:コルチゾール(コルチコステロン)は副腎皮質束状帯と網状帯にて合成され、その作用は糖代謝の調節、抗炎症作用、中枢神経系を介した情動や認知機能に対する作用、抗ストレス作用など多岐にわたる。糖代謝に関しては、糖新生を促進して血糖値を上昇させる。抗炎症作用においては3つの作用機序が考えられている。まずは、リソソーム膜の安定化によりタンパク質分解酵素の遊出を防ぐことによる炎症部位拡大の防御、次に肥満細胞によるヒスタミンの放出を防ぎ、毛細血管の透過性上昇を抑えることによる浮腫の軽減、最後にプロスタグランジンの合成を抑制することによる抗発熱・鎮痛作用である。

精巣ホルモン

精巣のライディッヒ細胞から分泌されるアンドロゲンは男性ホルモンとも呼ばれ、雄性化作用を持つホルモンの総称である。生体内の主たるアンドロゲンはテストステロンであるが、アンドロステンジオンやジヒドロテストステロンもアンドロゲン作用を持つ。アンドロゲンは、タンパク質同化作用を持ち、また女性ホルモンであるエストロゲンの前駆体でもある。

アンドロゲンは、男性の二次性徴を促進するホルモンである。タンパク質同化作用による骨格筋の発達促進に加え、体毛の発育促進、頭髪の減少、皮脂腺の発達、精子形成促進、輸精管・前立腺・精嚢・カウパー腺の維持等を担う。また、交尾等の性行動もアンドロゲンによって促進される。


アンドロゲンは脳の性分化に重要なホルモンである。「アンドロゲンシャワー」と呼ばれる、周生期動物の精巣から分泌される高濃度のアンドロゲン作用によって脳の雄性化と脱雌性化が起こり、脳の性分化の方向性が決定される[2]。例えば、雄ラットの精巣を生後直後に摘出すると成熟後に雌特有の性行動を引き起こし、また出生一週間頃までの雌ラットにアンドロゲンを投与すると性成熟後も性周期は回帰せず無排卵となる。脳がアンドロゲンに対して高い感受性を示す時期は「脳の性分化の臨界期」と呼ばれる。


テストステロンは、攻撃行動に深く関わるホルモンである。多くの動物種では、雌に比べて雄の攻撃性が高いことが知られ、また、精巣を除去するとテストステロンの減少と共に攻撃行動は低下するが、テストステロンの投与により攻撃行動の回復が見られることが報告されている。テストステロンの作用経路は3種類存在し、テストステロンのままアンドロゲン受容体に結合して作用する経路に加え、5α-リダクターゼによりジヒドロテストステロンに代謝されアンドロゲン受容体に結合する場合、さらにアロマターゼによりエストラジオールに転換されてからエストロゲン受容体に結合して作用する場合が挙げられる。程度の差はあるが、これら3種類の作用経路はどれも攻撃行動に関与していると考えられている。近年は、ノックアウトマウスを用いた攻撃行動解析が行われ、アロマターゼのノックアウトマウスでは、エストラジオールへの転換が起こらず血中テストステロン量が増大しているが、攻撃行動は出現しないこと[3]、アンドロゲン受容体やエストロゲンα受容体のノックアウトマウスでは、精巣除去前もしくは精巣除去後にテストステロンを投与してもほとんど攻撃行動を示さないことが報告されている[4][5][6]

卵巣ホルモン 

卵巣から分泌されている女性ホルモンは、エストロゲン(卵胞ホルモン)とプロゲステロン(黄体ホルモン)である。エストロゲンは、エストラジオール、エストロン、エストリオールの3種類が存在するが、最も活性が高いのはエストラジオールである。

エストロゲンとプロゲステロンは、共同して子宮に月経周期をもたらすと共に、思春期における二次性徴の発現に関与する。エストロゲンは、卵胞期の子宮内膜を増殖や卵胞の成長を促進する。妊娠中は子宮筋を肥大させ、子宮筋の興奮性を高める。思春期には乳腺の乳管の成長を促進して乳房を大きくするとともに、皮下脂肪の蓄積・生殖器の発育など、一次性徴と二次性徴を発現させて女性らしい体型にする。さらに骨端の閉鎖をおこさせ、思春期以後の身長の伸びを抑制する。また、女性の性欲を亢進させ、発情行動を引き起こす。プロゲステロンは、排卵後に形成される黄体から分泌される。妊娠中は胎盤からも分泌される。プロゲステロンの効果はエストロゲンがあらかいjめ作用している状態で発揮されることが多く、子宮では、子宮内膜を分泌期にして受精卵が着床しやすい状態にする。妊娠中は子宮筋の興奮性を抑え、妊娠を継続させるように作用する。乳房に対しては、乳腺の腺房の発達を刺激する。体温上昇作用があり、排卵後の基礎体温を上昇させる。


エストロゲンは雌の性行動に深く関与する。多くのげっ歯類では、ロードーシスの発現は卵巣から分泌されるエストロゲンにより制御されており、通常の性周期では、ロードーシス反射はエストロゲン分泌の高まる排卵前後でのみ起こる。また卵巣を摘出しても、通常のホルモン分泌パターンと類似したパターンでエストロゲンとプロゲステロンを連続的に投与すると雌はロードーシスを示す。エストロゲン受容体にはERαとERβの2種類が存在するが、ロードーシス反射に関与しているのは主にERαだと考えられている。ERα遺伝子を損傷したαERKOマウスの雌は、エストロゲンとプロゲステロンを投与しても全くロードーシスを示さない。一方ERβ遺伝子を欠損したERβKOマウスの雌は通常の性周期を示し、発情期には野生型の雌とほぼ同等のロードーシス反応を示す[7][8]

ニューロステロイド 

脳で合成されるステロイドはニューロステロイドと呼ばれる。ニューロステロイドの研究は、フランスの内分泌学者Baulieuが1981年にラットの脳にプレグネノロンとデヒドロエピアンドロステロン(DHEA)を見出したことより始まり、現在では、脊椎動物のほとんどが脳にてニューロステロイドを合成していることがわかっている[9]。ニューロステロイドは、ニューロン、アストロサイト、オリゴデンドロサイトのどの細胞種でも合成されるが、発現するステロイド合成酵素の種類は細胞間で違いがあることが、大脳皮質由来の培養細胞を用いた研究により明らかとされている[10]。アストロサイトは最も盛んにステロイドを合成する細胞であり、P450scc, P450c17, 3βHSD, 17βHSD, P450aromを発現し、プレグネノロン、プロゲステロン、デヒドロエピアンドロステンジオン、アンドロゲン、エスロロゲンを合成している。ニューロンもほぼアストロサイトと同様の合成酵素発現を示すが、17βHSDを持たずテストステロン合成を行わない点でアストロサイトと異なる。オリゴデンドロサイトはP450sccと3βHSDを発現し、プレグネノロンとプロゲステロンを合成する。
 小脳プルキンエ細胞は、P450sccや3βHSD、ステロイド硫酸基転移酵素(HST)を発現しプレグネノロン、プレグネノロン硫酸エステル、プロゲステロン、プロゲステロン代謝ステロイド(3α,5α-テトラハイドロプロゲステロン)を合成することが明らかとされている[11][12]。 プロゲステロンは、新生児期の小脳において合成が活発となり、プルキンエ細胞の樹状突起伸長やスパイン形成を促進する[13]引用エラー: <ref> タグに対応する </ref> タグが不足しています。 またプレグネノロン硫酸エステルは傍分泌により、プルキンエ細胞に投射するGABAニューロンに作用し、GABAの放出頻度を増加させることが報告されている[14]


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    脳とホルモンの行動学
    西村書店:2010
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