「セロトニン」の版間の差分

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英語名:serotonin、5-hydroxytryptamine 英略語:5-HT
<div align="right"> 
<font size="+1">[http://researchmap.jp/kkatsutky 小林 克典]</font><br>
''日本医科大学 薬理学講座''<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2012年2月15日 原稿完成日:2012年2月15日<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/2rikenbsi 林 康紀](独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)<br>
</div>


 [[生理活性アミン]]の一種で、[[中枢神経系]]の[[伝達物質]]として働く。脳機能の調節において重要な役割を果たすと考えられているが、生体内の大部分(~95%)のセロトニンは末梢に存在し<ref><pubmed> 17241888 </pubmed></ref> <ref name="ref2"><pubmed> 18471139 </pubmed></ref>[[wikipedia:JA:血管収縮]]、腸管蠕動運動、血小板凝縮などの調節因子として末梢でも多様な作用を持つ。生体内のセロトニンは必須アミノ酸のトリプトファンから合成され、[[小胞モノアミントランスポーター]]によって細胞内の[[小胞]]に取り込まれる。[[開口放出]]によって細胞外に放出されたセロトニンは標的細胞の[[受容体]]を活性化してその効果を発揮し、[[セロトニントランスポーター]]によって細胞内に取り込まれる。
{{chembox
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| ImageFile = Serotonin-2D-skeletal.svg |alt=Skeletal formula of serotonin|
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| IUPACName = 5-Hydroxytryptamine or<br />3-(2-aminoethyl)-1''H''-indol-5-ol
| OtherNames = 5-Hydroxytryptamine, 5-HT, Enteramine; Thrombocytin, 3-(β-Aminoethyl)-5-hydroxyindole, Thrombotonin
| Section1 = {{Chembox Identifiers
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| MeltingPt=121–122° C  (ligroin) <ref name="MP"> '''Pietra, S.'''<br>''Farmaco Edizione Scientifica'': 1958, 13:75–9</ref>
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}}
}}
英語名:serotonin、5-hydroxytryptamine 独:Serotonin、仏:sérotonine 英略語:5-HT


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 [[生理活性アミン]]の一種で、[[中枢神経系]]の[[伝達物質]]として働く。脳機能の調節において重要な役割を果たすと考えられているが、生体内の大部分(~95%)のセロトニンは末梢に存在し<ref><pubmed> 17241888 </pubmed></ref> <ref name="ref2"><pubmed> 18471139 </pubmed></ref>、[[wikipedia:vasoconstriction|血管収縮]]、[[wikipedia:JA:蠕動|腸管蠕動運動]]、[[wikipedia:JA:血小板|血小板]]凝縮などの調節因子として末梢でも多様な作用を持つ。生体内のセロトニンは[[wikipedia:JA:必須アミノ酸|必須アミノ酸]]の[[wikipedia:JA:トリプトファン|トリプトファン]]から合成され、[[小胞モノアミントランスポーター]]によって[[wikipedia:JA:細胞|細胞]]内の[[小胞]]に取り込まれる。[[開口放出]]によって細胞外に放出されたセロトニンは標的細胞の[[受容体]]を活性化してその効果を発揮し、[[セロトニントランスポーター]]によって細胞内に取り込まれる。
}}


== 生合成  ==
== 生合成  ==


 生体内のセロトニンは、トリプトファンから[[トリプトファン水酸化酵素]](tryptophan hydoxylase、TPH)、[[芳香族L-アミノ酸脱炭酸酵素]](aromatic L-amino acid decarboxylase、AAAD)による二段階の酵素反応によって合成される。[[Image:5ht figure.jpg|frame|right|セロトニンの生合成と代謝]] AAADは[[ドーパミン]]の生合成経路でも機能する。TPHはセロトニン合成の律速酵素で、TPH1とTPH2の二種類のアイソフォームが存在する。TPH1は[[腸クロム親和性細胞]]などの主に末梢のセロトニン産生細胞に、TPH2は主に中枢の[[セロトニン神経系]]の細胞に発現する。TPH1欠損マウスでは血中のセロトニン濃度が約95%低下し、TPH2欠損マウスでは中枢神経系のセロトニン含量が約95%低下し、末梢と中枢におけるそれぞれの酵素の重要性を示している。しかし、TPH1とTPH2の両方を欠損するマウスでも血中、中枢ともに数%のセロトニンは残存する<ref name="ref3"><pubmed> 18923670 </pubmed></ref>。TPHは[[テトラヒドロビオプテリン]](Tetrahydrobiopterin、BH4)を補因子とし、BH4の欠乏はセロトニンの欠乏を伴う。BH4はドーパミン生合成に必要な[[チロシン水酸化酵素]]や[[一酸化窒素合成酵素]]の補因子としても働き、セロトニンやドーパミンの放出に影響を及ぼすことも示されている<ref><pubmed> 21867484 </pubmed></ref>。  
 生体内のセロトニンは、トリプトファンから[[トリプトファン水酸化酵素]](tryptophan hydoxylase、TPH)、[[芳香族L-アミノ酸脱炭酸酵素]](aromatic L-amino acid decarboxylase、AADC)による二段階の酵素反応によって合成される。[[Image:5ht figure.jpg|frame|right|セロトニンの生合成と代謝]] AADCは[[ドーパミン]]の生合成経路でも機能する。TPHはセロトニン合成の[[wikipedia:JA:律速酵素|律速酵素]]で、TPH1とTPH2の二種類のアイソフォームが存在する。TPH1は[[腸クロム親和性細胞]]などの主に末梢のセロトニン産生細胞に、TPH2は主に中枢の[[セロトニン神経系]]の細胞に発現する。TPH1欠損マウスでは血中のセロトニン濃度が約95%低下し、TPH2欠損マウスでは中枢神経系のセロトニン含量が約95%低下し、末梢と中枢におけるそれぞれの酵素の重要性を示している。しかし、TPH1とTPH2の両方を欠損するマウスでも血中、中枢ともに数%のセロトニンは残存する<ref name="ref3"><pubmed> 18923670 </pubmed></ref>。TPHは[[テトラヒドロビオプテリン]](Tetrahydrobiopterin、BH4)を補因子とし、BH4の欠乏はセロトニンの欠乏を伴う。BH4はドーパミン生合成に必要な[[チロシン水酸化酵素]]や[[一酸化窒素合成酵素]]の[[wikipedia:JA:補因子|補因子]]としても働き、セロトニンやドーパミンの放出に影響を及ぼすことも示されている<ref><pubmed> 21867484 </pubmed></ref>。  
 


== 代謝  ==
== 代謝  ==


 セロトニンは[[モノアミン酸化酵素]](monoamine oxidase、MAO)、さらに[[アルデヒド脱水素酵素]]によって代謝されて[[5-ヒドロキシインドール酢酸]](5-hydroxyindoleacetic acid、5-HIAA)を生じる。5-HIAAの[[脳脊髄液]]中濃度が中枢セロトニン含量の間接的な指標としてしばしば用いられるが、セロトニン代謝が変化した場合、セロトニンと5-HIAA濃度は逆方向に変化するため、5-HIAA濃度はセロトニン濃度を必ずしも反映しない。MAOにはMAO<sub>A</sub>とMAO<sub>B</sub>のアイソザイムが存在し、セロトニンは主にMAO<sub>A</sub>によって代謝される<ref name="ref5"><pubmed> 10202537 </pubmed></ref>。大部分のMAO<sub>A</sub>は[[ミトコンドリア]]の外膜に局在しており<ref><pubmed> 8330200 </pubmed></ref>、[[グリア細胞]]にも発現が見られる<ref name="ref7"><pubmed> 3399053 </pubmed></ref>。基質特異性から予想される局在とは異なり、セロトニン神経には主にMAO<sub>B</sub>が発現しておりMAO<sub>A</sub>の発現は非常に少ない<ref name="ref5" /> <ref name="ref7" />。しかし、MAO<sub>A</sub>欠損マウスでは脳のセロトニン含量が増え<ref><pubmed> 7792602 </pubmed></ref>、MAO<sub>B</sub>欠損[[マウス]]ではそのような変化は生じないため<ref><pubmed> 9326944 </pubmed></ref>、MAO<sub>A</sub>が脳内のセロトニン代謝に重要であることは間違いない。  
 セロトニンは[[モノアミン酸化酵素]](monoamine oxidase、MAO)、さらに[[アルデヒド脱水素酵素]]によって代謝されて[[5-ヒドロキシインドール酢酸]](5-hydroxyindoleacetic acid、5-HIAA)を生じる。5-HIAAの[[脳脊髄液]]中濃度が中枢セロトニン含量の間接的な指標としてしばしば用いられるが、セロトニン代謝が変化した場合、セロトニンと5-HIAA濃度は逆方向に変化するため、5-HIAA濃度はセロトニン濃度を必ずしも反映しない。MAOにはMAO<sub>A</sub>とMAO<sub>B</sub>の[[wikipedia:JA:アイソザイム|アイソザイム]]が存在し、セロトニンは主にMAO<sub>A</sub>によって代謝される<ref name="ref5"><pubmed> 10202537 </pubmed></ref>。大部分のMAO<sub>A</sub>は[[wikipedia:JA:ミトコンドリア|ミトコンドリア]]の外膜に局在しており<ref><pubmed> 8330200 </pubmed></ref>、[[グリア細胞]]にも発現が見られる<ref name="ref7"><pubmed> 3399053 </pubmed></ref>。[[wikipedia:JA:基質特異性|基質特異性]]から予想される局在とは異なり、セロトニン神経には主にMAO<sub>B</sub>が発現しておりMAO<sub>A</sub>の発現は非常に少ない<ref name="ref5" /> <ref name="ref7" />。しかし、MAO<sub>A</sub>欠損マウスでは脳のセロトニン含量が増え<ref><pubmed> 7792602 </pubmed></ref>、MAO<sub>B</sub>欠損[[マウス]]ではそのような変化は生じないため<ref><pubmed> 9326944 </pubmed></ref>、MAO<sub>A</sub>が脳内のセロトニン代謝に重要であることは間違いない。  
 


== セロトニントランスポーター  ==
== セロトニントランスポーター  ==


 イオンの[[電気化学的勾配]]によって駆動される12回膜貫通型の細胞膜上のトランスポーターで、セロトニン神経や血小板に発現している。血小板にはセロトニン産生酵素はほとんど無く、血小板内のセロトニンはトランスポーターによって血中から取り込まれたものである<ref name="ref2" />。細胞外のNa<sup>+</sup>、Cl<sup>-</sup>と共にセロトニンが細胞内に輸送され、細胞内のK<sup>+</sup>が逆向きに輸送される。K<sup>+</sup>は輸送に必須ではないが、輸送速度を上昇させる<ref><pubmed> 489585 </pubmed></ref>。セロトニントランスポーターを阻害すると細胞外のセロトニンの基底濃度が上昇し、さらに一時的にセロトニン濃度が上昇した際にその回復が遅くなるため、標的細胞に対するセロトニンの作用が増強される<ref><pubmed> 12151556 </pubmed></ref> <ref><pubmed> 14530210 </pubmed></ref>。[[抗うつ薬]]などの[[向精神薬]]にはセロトニントランスポーターの阻害作用を持つものが多い。  
 イオンの[[電気化学的勾配]]によって駆動される12回膜貫通型の[[細胞膜]]上のトランスポーターで、セロトニン神経や血小板に発現している。血小板にはセロトニン産生酵素はほとんど無く、血小板内のセロトニンはトランスポーターによって血中から取り込まれたものである<ref name="ref2" />。細胞外のNa<sup>+</sup>、Cl<sup>-</sup>と共にセロトニンが細胞内に輸送され、細胞内のK<sup>+</sup>が逆向きに輸送される。K<sup>+</sup>は輸送に必須ではないが、輸送速度を上昇させる<ref><pubmed> 489585 </pubmed></ref>。セロトニントランスポーターを阻害すると細胞外のセロトニンの基底濃度が上昇し、さらに一時的にセロトニン濃度が上昇した際にその回復が遅くなるため、標的細胞に対するセロトニンの作用が増強される<ref><pubmed> 12151556 </pubmed></ref> <ref><pubmed> 14530210 </pubmed></ref>。[[抗うつ薬]]などの[[向精神薬]]にはセロトニントランスポーターの阻害作用を持つものが多い。
 


== セロトニン受容体 ==
== 受容体 ==


 5-HT<sub>1</sub>から5-HT<sub>7</sub>の7種類のサブファミリーからなり、14個のサブタイプが存在する<ref name="ref13"><pubmed> 10462127 </pubmed></ref> <ref name="ref14"><pubmed> 18615128 </pubmed></ref> <ref name="ref15"><pubmed> 18676031 </pubmed></ref> <ref name="ref16"><pubmed> 20945968 </pubmed></ref>。イオンチャネル型の5-HT<sub>3</sub>を除いて他は全て[[GTP結合蛋白質]]に共役する受容体であり、遅い膜電位変化や[[シナプス伝達]]の修飾に関与する。脳には全ての受容体が発現している。  
 5-HT<sub>1</sub>から5-HT<sub>7</sub>の7種類のサブファミリーからなり、14個のサブタイプが存在する<ref name="ref13"><pubmed> 10462127 </pubmed></ref> <ref name="ref14"><pubmed> 18615128 </pubmed></ref> <ref name="ref15"><pubmed> 18676031 </pubmed></ref> <ref name="ref16"><pubmed> 20945968 </pubmed></ref>。イオンチャネル型の5-HT<sub>3</sub>を除いて他は全て[[GTP結合蛋白質]]に共役する受容体であり、[[遅いシナプス後電位|遅い膜電位変化]]や[[シナプス伝達]]の修飾に関与する。脳には全ての受容体が発現している。  


==== 5-HT<sub>1</sub>受容体  ====
==== 5-HT<sub>1</sub>受容体  ====
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==== 5-HT<sub>7</sub>受容体 ====
==== 5-HT<sub>7</sub>受容体 ====
 Gsに共役し、cAMP濃度を上昇させる。[[Ih]](過分極によって活性化される陽イオン電流)を増加させて脱分極を生じる<ref><pubmed> 11259569 </pubmed></ref>。
 Gsに共役し、cAMP濃度を上昇させる。[[Ih]](過分極によって活性化される陽イオン電流)を増加させて脱分極を生じる<ref><pubmed> 11259569 </pubmed></ref>。


== 中枢における生理機能  ==
== 中枢における生理機能  ==


 セロトニンを放出する神経細胞は脳全体に投射しており、そのためセロトニンが関与すると考えられている脳機能は多岐にわたる(セロトニン神経系の項目で詳述)。セロトニンは成熟脳機能のみならず、神経系の発達にも関与することが示されており、発達期にセロトニンレベルを変化させると[[体性感覚野]]の形態異常などが生じる<ref><pubmed> 20561690 </pubmed></ref>。中枢セロトニンレベルが5%以下に低下しているTPH2ノックアウトマウスやTPH1とTPH2のダブルノックアウトマウスなどでも脳形態に大きな変化はないため、セロトニンは神経発達に必須ではなく調節的に働くと考えられる。残存する数%のセロトニン又は母体由来のセロトニンが初期発達においては充分な役割を果たす可能性もある。<br>
 セロトニンを放出する神経細胞は脳全体に投射しており、そのためセロトニンが関与すると考えられている脳機能は多岐にわたる([[セロトニン神経系]]の項目で詳述)。セロトニンは成熟脳機能のみならず、神経系の発達にも関与することが示されており、発達期にセロトニンレベルを変化させると[[体性感覚野]]の形態異常などが生じる<ref><pubmed> 20561690 </pubmed></ref>。中枢セロトニンレベルが5%以下に低下しているTPH2ノックアウトマウスやTPH1とTPH2のダブルノックアウトマウスなどでも脳形態に大きな変化はないため、セロトニンは神経発達に必須ではなく調節的に働くと考えられる。残存する数%のセロトニン又は母体由来のセロトニンが初期発達においては充分な役割を果たす可能性もある。<br>


== 精神疾患との関連  ==


== 精神疾患との関連  ==
 セロトニントランスポーターやセロトニン代謝酵素の阻害薬、セロトニン受容体拮抗能を持つ薬物が[[精神疾患]]の治療薬として用いられており(セロトニン神経系、抗うつ薬、抗精神病薬などの項目を参照)、セロトニン神経系の何らかの異常が精神疾患に関与すると考えられている。特に[[うつ病]]との関連も知られているが、その詳細は明らかではない。古典的なセロトニン仮説では脳内セロトニンレベルの低下、もしくはセロトニン神経系の機能低下がうつ病の原因とされたが、それを支持する直接的な証拠はない<ref><pubmed> 18585794 </pubmed></ref>。トリプトファンの欠乏によって実験的に一過性のセロトニンレベルの低下を生じさせても健常者の被験者では[[気分]]の変化は生じない。一方で、うつ病の罹患歴のある被験者では[[抑うつ気分]]が生じる。従って、うつ病に伴ってセロトニン神経系に変化が生じる可能性はあるが、それが疾患の原因もしくは病態基盤に関与するかどうかは不明である。うつ病に限らず、精神疾患におけるセロトニン系の異常の可能性は、病態生理学的事実よりも主に治療薬の作用部位に基づいて推測されたものであり、病態仮説の域を出るものではない。


 セロトニントランスポーターやセロトニン代謝酵素の阻害薬、セロトニン受容体拮抗能を持つ薬物が[[精神疾患]]の治療薬として用いられており(セロトニン神経系、抗うつ薬、[[向精神病薬]]などの項目を参照)、セロトニン神経系の何らかの異常が精神疾患に関与すると考えられている。特に[[うつ病]]との関連も知られているが、その詳細は明らかではない。古典的なセロトニン仮説では脳内セロトニンレベルの低下、もしくはセロトニン神経系の機能低下がうつ病の原因とされたが、それを支持する直接的な証拠はない<ref><pubmed> 18585794 </pubmed></ref>。トリプトファンの欠乏によって実験的に一過性のセロトニンレベルの低下を生じさせても健常者の被験者では[[気分]]の変化は生じない。一方で、うつ病の罹患歴のある被験者では[[抑うつ気分]]が生じる。従って、うつ病に伴ってセロトニン神経系に変化が生じる可能性はあるが、それが疾患の原因もしくは病態基盤に関与するかどうかは不明である。うつ病に限らず、精神疾患におけるセロトニン系の異常の可能性は、病態生理学的事実よりも主に治療薬の作用部位に基づいて推測されたものであり、病態仮説の域を出るものではない。
== 関連項目 ==
* [[セロトニン神経系]]


== 参考文献 ==


<references />
<references />
(執筆者:小林克典、担当編集委員:林康紀)

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