「ゾーン構造」の版間の差分

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=== 嗅上皮におけるゾーン構造 ===
=== 嗅上皮におけるゾーン構造 ===


 嗅上皮上には、数百万個もの[[嗅細胞]]がシート状に敷き詰められている。嗅細胞は、およそ1000種類の匂い分子受容体([[嗅覚受容体]])のうち、1種類を選択的に発現する。ある一つの匂い分子受容体を発現する嗅細胞は、嗅上皮上で前後軸方向に伸びる帯状のエリア(ゾーン)内に均一に分布。複数の匂い分子受容体の発現パターンの比較から、嗅上皮は4つのゾーンに区分され、各匂い分子受容体を発現する嗅細胞はこれら4つのゾーンのうち1つのゾーンに選択的に分布する<ref><pubmed>7683976</pubmed></ref> <ref ><pubmed>8343958</pubmed></ref>(図1左)。  
 嗅上皮上には、ヒトで数百万個、マウスで数千万個もの[[嗅細胞]]がシート状に敷き詰められている。嗅細胞には匂い分子受容体([[嗅覚受容体]])が発現し、鼻腔に吸い込まれた匂い分子を受容する。匂い分子受容体はヒトでおよそ350種類、マウスではおよそ1000種類存在するが、個々の[[嗅細胞]]はこの多種の匂い分子受容体の中から、1種類を選択的に発現する。ある1種類の匂い分子受容体を発現する嗅細胞は、嗅上皮上で前後軸方向に伸びる帯状のエリア(ゾーン)内に存在し、そのゾーン内では偏りなく一様に分布する。複数の匂い分子受容体の発現パターンの比較から、嗅上皮は4つのゾーンに区分され、各匂い分子受容体を発現する[[嗅細胞]]はこれら4つのゾーンのうち1つのゾーンに選択的に分布する<ref><pubmed>7683976</pubmed></ref> <ref ><pubmed>8343958</pubmed></ref>(図1左)。  


=== 嗅球におけるゾーン構造 ===
=== 嗅球におけるゾーン構造 ===


 嗅細胞の軸索は一次嗅覚中枢である嗅球へ投射し、[[糸球]]と呼ばれる構造内で[[シナプス]]結合を形成する。嗅球の出力ニューロンである[[僧帽細胞]]と[[房飾細胞]]は糸球内で嗅細胞軸索(嗅神経)からのシナプス入力を受け、二次嗅覚中枢である[[嗅皮質]]へ軸索投射する。糸球は嗅球表面側にシート状に配置されており、[[wikipedia:ja:げっ歯類|げっ歯類]]では片嗅球あたり2000個ほど存在する。それぞれの糸球にはおよそ3000個の嗅細胞がシナプス結合を作るが、ひとつの糸球に軸索[[トポグラフィックマッピング|投射]]する嗅細胞は同一の匂い分子受容体を発現する。  
 [[嗅細胞]]の軸索は一次嗅覚中枢である[[嗅球]]へ投射し、[[嗅球]]表層部の糸球内で[[シナプス]]結合を形成する。糸球には[[嗅球]]出力ニューロンである[[僧帽細胞]]と[[房飾細胞]]の主樹状突起及び介在ニューロンである[[傍糸球細胞]]の樹状突起が伸長しており、嗅細胞軸索から興奮性入力を受ける。糸球は[[嗅球]]表面側にシート状に配置されており、[[wikipedia:ja:げっ歯類|げっ歯類]]では片嗅球あたり2000個ほど存在する。それぞれの糸球にはおよそ3000個の嗅細胞がシナプス結合を作るが、ひとつの糸球に軸索[[トポグラフィックマッピング|投射]]する嗅細胞は同一の匂い分子受容体を発現する。  


 同一嗅上皮ゾーンに属する嗅細胞の投射先の糸球は、嗅球を帯状(ゾーン状)に取り巻くように分布を取る。また特定の嗅上皮ゾーンに属する嗅細胞は、対応する嗅球ゾーンに配置する糸球に投射し、嗅球にも嗅上皮のゾーン構造に対応した4つのゾーン構造があることが示された<ref ><pubmed>7528109</pubmed></ref> <ref ><pubmed>8001145</pubmed></ref>(図1右)。このように嗅上皮上の特定のゾーンの嗅細胞が、嗅球上の特定のゾーンに軸索投射する様式は「ゾーンからゾーンへの投射 ('''zone-to-zone projection''')」と呼ばれる。  
 同一嗅上皮ゾーンに属する嗅細胞の投射先の糸球は、嗅球を帯状(ゾーン状)に取り巻くように分布を取る。また特定の嗅上皮ゾーンに属する嗅細胞は、対応する嗅球ゾーンに配置する糸球に投射し、嗅球にも嗅上皮のゾーン構造に対応した4つのゾーン構造があることが示された<ref ><pubmed>7528109</pubmed></ref> <ref ><pubmed>8001145</pubmed></ref>(図1右)。このように嗅上皮上の特定のゾーンの嗅細胞が、嗅球上の特定のゾーンに軸索投射する様式は「ゾーンからゾーンへの投射 ('''zone-to-zone projection''')」と呼ばれる。  
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[[Image:Hidekikashiwadani fig 2.svg|thumb|300px|'''図2  副嗅覚系の2ゾーン・モデル'''<br>フェロモン受容体の発現パターンで規定される2つのゾーンが鋤鼻上皮冠状断面および副嗅球側矢状断面で模式的に表わされている。]]  
[[Image:Hidekikashiwadani fig 2.svg|thumb|300px|'''図2  副嗅覚系の2ゾーン・モデル'''<br>フェロモン受容体の発現パターンで規定される2つのゾーンが鋤鼻上皮冠状断面および副嗅球側矢状断面で模式的に表わされている。]]  
=== 鋤鼻上皮におけるゾーン構造 ===
=== 鋤鼻上皮におけるゾーン構造 ===
 主嗅覚系とは別にフェロモンを受容するための感覚系として[[副嗅覚系]](鋤鼻(じょび)嗅覚系)が存在する。[[フェロモン受容体]]を発現する[[鋤鼻神経]]は[[鋤鼻器]]の鋤鼻上皮に細胞体を持ち、その軸索を副嗅覚系一次中枢である[[副嗅球]]へ投射する。鋤鼻神経に発現するフェロモン受容体はその構造からV1RとV2Rの2群に分類される<ref ><pubmed>7585937</pubmed></ref> <ref ><pubmed>9288755</pubmed></ref> <ref ><pubmed>9292726</pubmed></ref> <ref><pubmed>9288756</pubmed></ref>。げっ歯類では、V1Rは[[三量体GTP結合タンンプ質|Gi2α]]タンパク質と共役しており、鋤鼻上皮上層部(apical zone)の鋤鼻神経に発現する。V2Rは[[三量体GTP結合タンンプ質|Goα]]タンパク質と共役しており、鋤鼻上皮基底部(basal zone)の鋤鼻神経に発現する。つまりV1Rを発現する鋤鼻神経細胞とV2Rを発現する鋤鼻神経細胞は排他的な2つのゾーンを鋤鼻上皮上で形成している<ref><pubmed>8558259</pubmed></ref> <ref ><pubmed>8782871</pubmed></ref>(図2左)。  
 主嗅覚系とは別にフェロモンを受容するための感覚系として[[副嗅覚系]](鋤鼻(じょび)嗅覚系)が存在する。[[フェロモン受容体]]を発現する[[鋤鼻神経]]は[[鋤鼻器]]の鋤鼻上皮に細胞体を持ち、その軸索を副嗅覚系一次中枢である[[副嗅球]]へ投射する。鋤鼻神経に発現するフェロモン受容体はその構造からV1RとV2Rの2群に分類される<ref ><pubmed>7585937</pubmed></ref> <ref ><pubmed>9288755</pubmed></ref> <ref ><pubmed>9292726</pubmed></ref> <ref><pubmed>9288756</pubmed></ref>。げっ歯類では、V1Rは[[三量体GTP結合タンンプ質|Gi2α]]タンパク質と共役しており、鋤鼻上皮上層ゾーン(apical zone)の鋤鼻神経に発現する。V2Rは[[三量体GTP結合タンンプ質|Goα]]タンパク質と共役しており、鋤鼻上皮基底ゾーン(basal zone)の鋤鼻神経に発現する。つまりV1Rを発現する鋤鼻神経細胞とV2Rを発現する鋤鼻神経細胞は排他的な2つのゾーンを鋤鼻上皮上で形成している<ref><pubmed>8558259</pubmed></ref> <ref ><pubmed>8782871</pubmed></ref>(図2左)。  


=== 副嗅球におけるゾーン構造 ===
=== 副嗅球におけるゾーン構造 ===
 鋤鼻上皮上で異なるゾーンに位置するV1R鋤鼻神経、V2R鋤鼻神経は、副嗅球の異なるゾーンに投射する。V1R鋤鼻神経はGi2αを、V2R鋤鼻神経はGoαを共発現するが、鋤鼻神経の投射先である副嗅球糸球層でその発現を調べると、副嗅球吻側部はGi2α陽性、副嗅球尾側部ではGoα陽性であった。これはV1R鋤鼻神経が、鋤鼻上皮apical zoneから副嗅球吻側部へ、V2R鋤鼻神経は鋤鼻上皮basal zoneから副嗅球尾側部へ、「ゾーンからゾーンへの投射 」をすることを表している(図2右)。実際、個々のV1RやV2Rにレポーター遺伝子を発現させ、それぞれの受容体を発現する鋤鼻神経の投射パターンを調べると、V1R発現細胞は副嗅球rostral zoneのいくつかの糸球に、V2R発現細胞ではcaudal zoneのいくつかの糸球に軸索投射している<ref ><pubmed>10219242</pubmed></ref>。この副嗅覚系の「ゾーンからゾーンへの投射 」を反映して、V1Rと共発現するOCAMの発現も鋤鼻上皮apical zoneと副嗅球吻側部に限局している<ref name=ref1><pubmed>9321710</pubmed></ref>(図2)。
 鋤鼻上皮上で異なるゾーンに位置するV1R鋤鼻神経、V2R鋤鼻神経は、[[副嗅球]]の異なるゾーンに投射する。V1R鋤鼻神経はGi2αを、V2R鋤鼻神経はGoαを共発現するが、鋤鼻神経の投射先である[[副嗅球]]糸球層でその発現を調べると、[[副嗅球]]吻側ゾーンはGi2α陽性、副嗅球尾側ゾーンではGoα陽性であった。これはV1R鋤鼻神経が、鋤鼻上皮上層ゾーンから副嗅球吻側ゾーンへ、V2R鋤鼻神経は鋤鼻上皮基底ゾーンから副嗅球尾側ゾーンへ、「ゾーンからゾーンへの投射 」をすることを表している(図2右)。実際、個々のV1RやV2Rにレポーター遺伝子を発現させ、それぞれの受容体を発現する鋤鼻神経の投射パターンを調べると、V1R発現細胞は副嗅球吻側ゾーンのいくつかの糸球に、V2R発現細胞では尾側ゾーンのいくつかの糸球に軸索投射している<ref ><pubmed>10219242</pubmed></ref>。この副嗅覚系の「ゾーンからゾーンへの投射 」を反映して、V1Rと共発現するOCAMの発現も鋤鼻上皮上層ゾーンと副嗅球吻側ゾーンに限局している<ref name=ref1><pubmed>9321710</pubmed></ref>(図2)。


=== 副嗅覚系におけるゾーン構造の機能 ===
=== 副嗅覚系におけるゾーン構造の機能 ===


 副嗅覚系に見られるゾーン構造の機能的意義は未だに研究段階であるが、ゾーン毎に異なる性状を持つフェロモンの検出に寄与する。尿中に含まれる様々な化学物質に対する鋤鼻神経細胞の応答を調べると、V1Rを発現する鋤鼻神経細胞は揮発性の物質に、V2Rを発現する鋤鼻神経細胞は不揮発性のタンパク質様物質に応答する<ref><pubmed>9988702</pubmed></ref>。また雄マウスの涙から抽出されたペプチドフェロモンESP1はV2Rの一つであるV2Rp5で受容され、副嗅球caudal zoneで情報処理される<ref><pubmed>20596023</pubmed></ref>。さらに[[最初期遺伝子発現]]によるフェロモン受容体のリガンドスクリーニングにより、V1Rに属する一群の受容体は様々な[[ステロイド]]によく反応し、個体の生理状態のモニタリングに寄与する。一方、V2Rに属する一群の受容体は同種の[[性フェロモン]]や捕食者の発するフェロモンなど、行動に直結するフェロモンによく応答する<ref ><pubmed>21937988</pubmed></ref>。
 副嗅覚系に見られるゾーン構造の機能的意義は未だに研究段階であるが、ゾーン毎に異なる性状を持つフェロモンの検出に寄与する。尿中に含まれる様々な化学物質に対する鋤鼻神経細胞の応答を調べると、V1Rを発現する鋤鼻神経細胞は揮発性の物質に、V2Rを発現する鋤鼻神経細胞は不揮発性のタンパク質様物質に応答する<ref><pubmed>9988702</pubmed></ref>。また雄マウスの涙から抽出されたペプチドフェロモンESP1はV2Rの一つであるV2Rp5で受容され、[[副嗅球]]尾側ゾーンで情報処理される<ref><pubmed>20596023</pubmed></ref>。さらに[[最初期遺伝子発現]]によるフェロモン受容体のリガンドスクリーニングにより、V1Rに属する一群の受容体は様々な[[ステロイド]]によく反応し、個体の生理状態のモニタリングに寄与する。一方、V2Rに属する一群の受容体は同種の[[性フェロモン]]や捕食者の発するフェロモンなど、行動に直結するフェロモンによく応答する<ref ><pubmed>21937988</pubmed></ref>。


== 小脳に見られるゾーン構造 ==
== 小脳に見られるゾーン構造 ==
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