「デルタ型グルタミン酸受容体」の版間の差分

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<font size="+1">
[https://researchmap.jp/read0060071/ 掛川 渉]</font><br>
''慶應義塾大学医学部生理学教室''
[https://researchmap.jp/read0164509/ 幸田 和久]</font><br>
''聖マリアンナ医科大学生理学教室''<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2018年6月12日 原稿完成日:2018年10月14日<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/2rikenbsi 林 康紀](京都大学大学院医学研究科システム神経薬理分野)<br>
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英語名:delta-type glutamate receptor
{{box|text= デルタ型グルタミン酸受容体(GluD)は、イオンチャネル型グルタミン酸受容体ファミリーに属し、GluD1とGluD2の各サブユニットがホモ4量体を形成する。GluDはアミノ酸配列からはグルタミン酸受容体に属するものの、グルタミン酸結合によっては活性化されず、内因性リガンドが不明であることから長らく孤児受容体と呼ばれていた。しかしシナプス前部から分泌されるCblnファミリー分子とグリア細胞から放出されるD-セリンがGluD2の内因性のリガンドであることが明らかになった。シナプス後部に発現するGluD2は、シナプス前部に存在するニューレキシン及びCbln1と3者コンプレックスを形成するとで、両方向性のシナプス・オーガナイザーとして機能する。GluD2の細胞内C末端はシナプス可塑性に寄与する。GluD1もGluD2同様なリガンドやシグナル伝達機構をもつと考えられている。GluD自身がイオンチャネル活性を持つかは、確定していない。近年のヒトゲノム解析研究から、GluDは精神疾患との関連が示唆されている。}}
{{box|text= デルタ型グルタミン酸受容体(GluD)は、イオンチャネル型グルタミン酸受容体ファミリーに属し、GluD1とGluD2の各サブユニットがホモ4量体を形成する。GluDはアミノ酸配列からはグルタミン酸受容体に属するものの、グルタミン酸結合によっては活性化されず、内因性リガンドが不明であることから長らく孤児受容体と呼ばれていた。しかしシナプス前部から分泌されるCblnファミリー分子とグリア細胞から放出されるD-セリンがGluD2の内因性のリガンドであることが明らかになった。シナプス後部に発現するGluD2は、シナプス前部に存在するニューレキシン及びCbln1と3者コンプレックスを形成するとで、両方向性のシナプス・オーガナイザーとして機能する。GluD2の細胞内C末端はシナプス可塑性に寄与する。GluD1もGluD2同様なリガンドやシグナル伝達機構をもつと考えられている。GluD自身がイオンチャネル活性を持つかは、確定していない。近年のヒトゲノム解析研究から、GluDは精神疾患との関連が示唆されている。}}
== 構造・ファミリー分子 ==
[[ファイル:Yuzaki Fig 1.png|サムネイル|'''図1. GluD2の機能領域の模式図''']]
[[ファイル:Yuzaki Fig 2.png|サムネイル|'''図2. GluD2のC末端領域を介した、長期抑圧(LTD)の制御機構''']]
[[ファイル:Yuzaki Fig 3.png|サムネイル|'''図3. 両方向性のシナプス・オーガナイザーとして機能する、ニューレキシン-Cbln1-GluD2複合体の模式図''']]
 デルタ型グルタミン酸受容体(GluD)はそのアミノ酸配列の相同性から、[[イオンチャネル型グルタミン酸受容体]]に分類され、[[デルタ型グルタミン酸受容体#デルタ1受容体|デルタ1受容体]]([[デルタ型グルタミン酸受容体#デルタ1受容体|GluD1]])と[[デルタ型グルタミン酸受容体#デルタ2受容体|デルタ2受容体]]([[デルタ型グルタミン酸受容体#デルタ2受容体|GluD2]])がそのメンバーである<ref name=Yuzaki2017><pubmed>28110935</pubmed></ref>。'''図1'''に示すように、GluD1とGluD2の各サブユニットがホモ4量体として主に機能する。GluD1とGluD2が同じ神経細胞においてヘテロ4量体を形成する場合があるかはよく分かっていない。他のイオンチャネル型グルタミン酸受容体と同様、機能的ドメインとして細胞外のN末端領域およびリガンド結合領域、膜貫通領域、細胞内領域に大きく分けられる。


==デルタ2受容体 ==
==デルタ2受容体 ==
 [[小脳]][[顆粒細胞]]の[[軸索]]は[[平行線維]]と呼ばれ、小脳[[プルキンエ細胞]]の遠位樹状突起の[[棘突起]]上において[[シナプス]]を形成する。
=== 発現 ===
 GluD2は[[小脳]][[プルキンエ細胞]]に非常に強く発現し<ref name=Lomeli1993><pubmed>8422924</pubmed></ref> 、とりわけその[[樹状突起]]の[[棘突起]]に局在する。小脳では、[[分子層]][[介在ニューロン]]<ref name=Yamasaki2011><pubmed>21368048</pubmed></ref>にも発現している。またGluD2は、[[大脳皮質]]、[[海馬]]、[[線条体]]、[[視床]]、[[中脳]]、[[網膜]]など、小脳以外の多くの領域にも発現することが明らかになっている<ref name=Hepp2014><pubmed>25001082</pubmed></ref>  。
 
=== 機能 ===
 小脳[[顆粒細胞]]の[[軸索]]は[[平行線維]]と呼ばれ、小脳[[プルキンエ細胞]]の遠位樹状突起の[[棘突起]]上において[[シナプス]]を形成する。GluD2欠損マウスでは、平行線維-プルキンエ細胞シナプスの数が正常の60%ほどに減少し、小脳性の[[運動失調]]を呈する<ref name=Kashiwabuchi1995><pubmed>7736576</pubmed></ref> 。神経活動が一定期間亢進すると平行線維-プルキンエ細胞シナプス伝達が[[長期抑圧]](long-term depression; LTD)<ref name=Ito2001><pubmed>11427694</pubmed></ref>されることが知られており、この現象が小脳[[運動学習]]に重要な働きをすると考えられているが、GluD2欠損マウスではLTDが障害される。


 デルタ2受容体 (GluD2)はプルキンエ細胞に非常に強く発現しとりわけ棘突起に局在する。GluD2欠損マウスでは、平行線維-プルキンエ細胞シナプスの数が正常の60%ほどに減少し、小脳性の[[運動失調]]を呈する<ref name=Kashiwabuchi1995><pubmed>7736576</pubmed></ref> 。神経活動が一定期間亢進すると平行線維-プルキンエ細胞シナプス伝達が[[長期抑圧]](long-term depression; LTD)<ref name=Ito2001><pubmed>11427694</pubmed></ref>されることが知られており、この現象が小脳[[運動学習]]に重要な働きをすると考えられているが、GluD2欠損マウスではLTDが障害される。
 このように、GluD2は平行線維-プルキンエ細胞シナプスにおいて[[シナプス形成]][[シナプス可塑性]]という2つの機能を担う。


 このように、GluD2は平行線維-プルキンエ細胞シナプスにおいてシナプス形成と[[シナプス可塑性]]という2つの機能を担う。
=== 機能 ===
==== 細胞内C末端領域の機能―シナプス可塑性 ====
==== 細胞内C末端領域の機能―シナプス可塑性 ====
 GluD2が実際にどのように機能するかは、GluD2欠損マウスのプルキンエ細胞にGluD2の各領域の変異体を導入することによる、表現型回復実験を通して明らかになった。(その詳しい経緯については、文献<ref name=Yuzaki2017><pubmed>28110935</pubmed></ref> を参照。)
 GluD2が実際にどのように機能するかは、GluD2欠損マウスのプルキンエ細胞にGluD2の各領域の変異体を導入することによる、表現型回復実験を通して明らかになった。(その詳しい経緯については、文献<ref name=Yuzaki2017><pubmed>28110935</pubmed></ref> を参照。)
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 GluD2のリガンド結合領域には[[D-セリン]]や[[グリシン]]が結合することが、構造学的研究から明らかになった。しかしD-セリン結合によってもGluD2はチャネル活性を示さない<ref name=Naur2007><pubmed>17715062</pubmed></ref> 。またこれらのリガンドと結合しないGluD2変異体(図1)を成熟したGluD2欠損マウスのプルキンエ細胞に発現させると、平行線維シナプスでのLTD障害とシナプス低形成をともに回復させる<ref name=Hirai2005><pubmed>15592450</pubmed></ref> 。したがって、GluD2のリガンド結合領域は少なくとも成熟後のプルキンエ細胞においてはLTDやシナプス形成には寄与しないと考えられる。
 GluD2のリガンド結合領域には[[D-セリン]]や[[グリシン]]が結合することが、構造学的研究から明らかになった。しかしD-セリン結合によってもGluD2はチャネル活性を示さない<ref name=Naur2007><pubmed>17715062</pubmed></ref> 。またこれらのリガンドと結合しないGluD2変異体(図1)を成熟したGluD2欠損マウスのプルキンエ細胞に発現させると、平行線維シナプスでのLTD障害とシナプス低形成をともに回復させる<ref name=Hirai2005><pubmed>15592450</pubmed></ref> 。したがって、GluD2のリガンド結合領域は少なくとも成熟後のプルキンエ細胞においてはLTDやシナプス形成には寄与しないと考えられる。


 一方、D-セリンを投与すると、培養プルキンエ細胞ではAMPA受容体のエンドサイトーシスが誘導され、小脳切片では平行線維-プルキンエ細胞シナプス伝達が低下して平行線維シナプスでLTDが起きる。GluD2欠損マウスや、リガンド結合部位GluD2変異体を発現するプルキンエ細胞ではこれらの現象は起きない。[[NMDA型グルタミン酸受容体]]阻害剤は、通常の平行線維の刺激条件で引き起こされるLTDを阻害するが、D-セリン投与によって誘導されるLTDには影響しない。このように、D-セリンがGluD2のリガンド結合領域に結合することによって、新たなシナプス可塑性(D-セリンLTD)が引き起こされることが明らかとなった。D-セリンLTDにおいても、通常のLTDと同様に、GluD2のC末端領域が必要である。<u>(編集部コメント:参考文献をお願いいたします)</u>
 一方、D-セリンを投与すると、培養プルキンエ細胞ではAMPA受容体のエンドサイトーシスが誘導され、小脳切片では平行線維-プルキンエ細胞シナプス伝達が低下して平行線維シナプスでLTDが起きる。GluD2欠損マウスや、リガンド結合部位GluD2変異体を発現するプルキンエ細胞ではこれらの現象は起きない。[[NMDA型グルタミン酸受容体]]阻害剤は、通常の平行線維の刺激条件で引き起こされるLTDを阻害するが、D-セリン投与によって誘導されるLTDには影響しない。このように、D-セリンがGluD2のリガンド結合領域に結合することによって、新たなシナプス可塑性(D-セリンLTD)が引き起こされることが明らかとなった。D-セリンLTDにおいても、通常のLTDと同様に、GluD2のC末端領域が必要である<ref name=Kakegawa2011><pubmed>21460832</pubmed></ref>


 成熟後の小脳にはD-セリンはほとんど検出できないが、生後発達期には豊富に存在する。実際に生後発達期のマウスの小脳切片において、平行線維を高頻度刺激すると平行線維から放出される[[グルタミン酸]]がspilloverし、近接する[[Bergmannグリア]]のCa<sup>2+</sup>透過型AMPA受容体を活性化することによって、BergmannグリアからD-セリンが放出されることが分かった<ref name=Kakegawa2011><pubmed>21460832</pubmed></ref> 。
 成熟後の小脳にはD-セリンはほとんど検出できないが、生後発達期には豊富に存在する。実際に生後発達期のマウスの小脳切片において、平行線維を高頻度刺激すると平行線維から放出される[[グルタミン酸]]がspilloverし、近接する[[Bergmannグリア]]のCa<sup>2+</sup>透過型AMPA受容体を活性化することによって、BergmannグリアからD-セリンが放出されることが分かった<ref name=Kakegawa2011><pubmed>21460832</pubmed></ref> 。
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== デルタ1受容体 ==
== デルタ1受容体 ==
=== 発現 ===
 デルタ1受容体(GluD1)は成体では、大脳皮質、線条体、海馬、[[扁桃体中心核]]、小脳皮質など、多くの脳領域に発現するほか、[[内耳]]の[[有毛細胞]]に強く発現している。
 デルタ1受容体(GluD1)は成体では、大脳皮質、線条体、海馬、[[扁桃体中心核]]、小脳皮質など、多くの脳領域に発現するほか、[[内耳]]の[[有毛細胞]]に強く発現している。
 
=== 機能 ===
 GluD1もCbln1(やそのファミリー分子)やニューレキシンとin vitroにて結合する。小脳では、分子層介在ニューロンの細胞体における平行線維とのシナプスにGluD1が局在する<ref name=Konno2014><pubmed>24872547</pubmed></ref> 。GluD1欠損マウスでは同シナプスが減少するので、GluD2と同様、ニューレキシン-Cbln1-GluD1の3者コンプレックスがシナプス形成に寄与していると考えられる。また、GluD1欠損マウスは高周波の聴覚障害を示すほか<ref name=Gao2007><pubmed>17438141</pubmed></ref> 、[[うつ病|うつ]]様行動、[[攻撃性]]の亢進、[[社会性]]の障害などが見られ<ref name=Yadav2012><pubmed>23560106</pubmed></ref> 、以下に述べるヒトゲノム研究の成果も併せ、[[精神疾患]]との関連が示唆される。
 GluD1もCbln1(やそのファミリー分子)やニューレキシンとin vitroにて結合する。小脳では、分子層介在ニューロンの細胞体における平行線維とのシナプスにGluD1が局在する<ref name=Konno2014><pubmed>24872547</pubmed></ref> 。GluD1欠損マウスでは同シナプスが減少するので、GluD2と同様、ニューレキシン-Cbln1-GluD1の3者コンプレックスがシナプス形成に寄与していると考えられる。また、GluD1欠損マウスは高周波の聴覚障害を示すほか<ref name=Gao2007><pubmed>17438141</pubmed></ref> 、[[うつ病|うつ]]様行動、[[攻撃性]]の亢進、[[社会性]]の障害などが見られ<ref name=Yadav2012><pubmed>23560106</pubmed></ref> 、以下に述べるヒトゲノム研究の成果も併せ、[[精神疾患]]との関連が示唆される。


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 ヒトにおいてもGRID2に変異を持つ家系が相次いで報告され、患者は著しい小脳萎縮と運動失調、[[眼球運動]]障害を示すほか、[[知能]]や[[言語]]の障害も見られた<ref name=Hills2013><pubmed>24078737</pubmed></ref><ref name=Utine2013><pubmed>23611888</pubmed></ref><ref name=VanSchil2015><pubmed>25122145</pubmed></ref><ref name=Coutelier2015><pubmed>25841024</pubmed></ref> 。こうした高次の脳機能の障害が、GluD2欠損による小脳の非運動性機能の障害に起因するのか、小脳以外に発現しているGluD2の機能を反映した異常なのかは明らかではない。またヒトゲノムの解析からは、GRID1及びGRID2の[[一塩基多型]]や[[コピー数多型]]と[[統合失調症]]、[[双極性障害]]、[[自閉症スペクトラム障害]]などとの関連性が報告されている<ref name=Yuzaki2017><pubmed>28110935</pubmed></ref> 。
 ヒトにおいてもGRID2に変異を持つ家系が相次いで報告され、患者は著しい小脳萎縮と運動失調、[[眼球運動]]障害を示すほか、[[知能]]や[[言語]]の障害も見られた<ref name=Hills2013><pubmed>24078737</pubmed></ref><ref name=Utine2013><pubmed>23611888</pubmed></ref><ref name=VanSchil2015><pubmed>25122145</pubmed></ref><ref name=Coutelier2015><pubmed>25841024</pubmed></ref> 。こうした高次の脳機能の障害が、GluD2欠損による小脳の非運動性機能の障害に起因するのか、小脳以外に発現しているGluD2の機能を反映した異常なのかは明らかではない。またヒトゲノムの解析からは、GRID1及びGRID2の[[一塩基多型]]や[[コピー数多型]]と[[統合失調症]]、[[双極性障害]]、[[自閉症スペクトラム障害]]などとの関連性が報告されている<ref name=Yuzaki2017><pubmed>28110935</pubmed></ref> 。
[[ファイル:Yuzaki Fig 1.png|サムネイル|'''図1.GluD2の機能領域の模式図''']]
[[ファイル:Yuzaki Fig 2.png|サムネイル|'''図2.GluD2のC末端領域を介した、長期抑圧(LTD)の制御機構''']]
[[ファイル:Yuzaki Fig 3.png|サムネイル|'''図3.両方向性のシナプス・オーガナイザーとして機能する、ニューレキシン-Cbln1-GluD2複合体の模式図''']]


==参考文献==
==参考文献==
<References />
<References />