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: Neprilysin、英略語: NEP
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同義語: エンケファリナーゼ、中性エンドペプチダーゼ24.11、CD10、membrane metallo-endopeptidase、common acute lymphoblastic leukemia antigen (CALLA,急性リンパ性白血病共通抗原)
<font size="+1">[http://researchmap.jp/read0080377 岩田 修永]</font><br>
''長崎大学 大学院医歯薬学総合研究科''<br>
<font size="+1">[http://researchmap.jp/read0153860 城谷 圭朗]</font><br>
''福島県立医科大学 医学部 医学科''<br>
<font size="+1">[http://researchmap.jp/read0137703 浅井 将]</font><br>
''長崎大学 大学院医歯薬学総合研究科''<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2013年3月27日 原稿完成日:2013年8月12日<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/2rikenbsi 林 康紀](独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)<br>
</div>


ネプリライシン(EC 3.4.24.11)は、5-40アミノ酸残基ほどの長さを有するペプチドを基質として、ペプチド内部の疎水性アミノ酸残基の前で切断を行う膜結合型のメタロペプチダーゼである。エンケファリナーゼや中性エンドペプチダーゼ24.11とも呼ばれ、白血球のCD10抗原としても知られている[1][2]。アルツハイマー病脳に蓄積し、発症に中核的役割を果たすアミロイドβペプチドの脳内主要酵素であることが明らかにされて以来、病態との関連性や創薬標的として注目されている[3][4]。前立腺などのがんの進行にも関与することが知られている[2]。
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英語名: Neprilysin、英略語: NEP


1.ネプリライシンとは
同義語: エンケファリナーゼ、中性エンドペプチダーゼ24.11、CD10、membrane metallo-endopeptidase、common acute lymphoblastic leukemia antigen (CALLA、急性リンパ性白血病共通抗原)  
ネプリライシンは活性部位が存在するカルボキシル末端側は管腔側/細胞外に配向するⅡ型の膜貫通型ペプチダーゼである。活性中心にZn結合モチ−フ(HEXXH配列)を有することから、メタロペプチダ−ゼに分類される[1][2]。別名として、エンケファリナーゼ、中性エンドペプチダーゼ24.11、CD10、membrane metallo-endopeptidase、common acute lymphoblastic leukemia antigen (CALLA)とも呼ばれている。プロテアーゼのM13ファミリーのMA(E)クランに分類される。脊椎動物に広く分類し、バクテリア由来のサーモライシンと高い相同性を示す[1][2]。


2.構造とサブファミリー
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全長は750のアミノ酸残基で構成されるが、プロセッシングにより通常1番目のメチオニンは取り除かれている[5]。細胞内ドメインは27アミノ酸残基と短く、リン酸化部位が認められるが、その生理的役割は不明である。一方、細胞外ドメインには4つのN型糖鎖結合部位があり、これらの糖鎖を欠失させると酵素活性が低下する[2]。ネプリライシンの遺伝子転写産物は選択的スプライシングによって数種類のタイプがあり、神経細胞に特異的な遺伝子転写産物が存在する [6][7][8]。しかし、このスプライスバリアントの構造的な違いは、5’側の非翻訳領域にあるため、翻訳後のアミノ酸配列の一次構造には影響を与えない。相同性の高いタンパク質としては、ネプリライシン様ペプチダーゼ(NEPLP, neprilysin-like peptidase, Membrane metallo-endopeptidase-like, Neprilysin-2)がある[9]。NEPLPにはスプライスバリアント(α、β、γ)があり、ネプリライシンとのアミノ酸配列の相同性はそれぞれ53.5、54.8、51.3%(ヒトの場合)であるが、ネプリライシンに比較するとAβ分解活性が著しく低い[10]。
 ネプリライシン(EC 3.4.24.11)は、5-40[[wikipedia:ja:アミノ酸|アミノ酸]]残基ほどの長さを有する[[wikipedia:ja:ペプチド|ペプチド]]を基質として、ペプチド内部の[[wikipedia:ja:疎水性アミノ酸|疎水性アミノ酸]]残基の前で切断を行う膜結合型の[[メタロペプチダーゼ]]である<ref name="ref1"><pubmed> 8475170 </pubmed></ref><ref name="ref2">'''Turner AJ'''<br>Neprilysin, In Handbook of Proteolytic Enzyzmes, Second edition, , vol. 1, chap.108. Barrett AJ, Rawlings ND, Woessner JF, Eds. <br>''Academic Press (London)'':2004 </ref>。[[アルツハイマー病]]脳に蓄積し、発症に中核的役割を果たす[[アミロイドβペプチド]]の脳内主要酵素であることが明らかにされて以来、病態との関連性や創薬標的として注目されている<ref name="ref3"><pubmed> 16112736 </pubmed></ref><ref name="ref4"><pubmed> 16457902 </pubmed></ref>。また、[[wikipedia:ja:前立腺|前立腺]]などの[[wikipedia:ja:がん|がん]]の進行にも関与する<ref name="ref2" />。  
}}


3.発現(組織分布、細胞内分布)
== ネプリライシンとは ==
ネプリライシンは体内で広く分布しているが、特に腎臓の刷子縁膜、小腸、胎盤、免疫系の細網細胞、精巣および卵巣に高発現している[1][2][3]。脳では尾状核被殻、脈絡叢、淡蒼球、黒質、嗅結節、歯状回分子層および海馬網状分子層に強い発現が見られる[11]。新皮質ではⅡ・ⅢおよびV層に、嗅内皮質のような旧皮質ではIおよびⅢ層に豊富に存在し、層間で異なる局在性を示す。貫通線維束、Schaffer側枝、反回側枝など海馬体の主要神経回路を構成する神経線維の終末部位(プレシナプス部位)に存在している[11]。ネプリライシンは膜タンパク質であり、タンパク合成後、分泌(シナプス)小胞に乗り、軸索を通してシナプス終末に運ばれるので、上述のような神経回路をつなぐシナプス間隙でAβを分解していると考えられている。


4.基質特異性
 ネプリライシンは活性部位が存在するカルボキシル末端側は管腔側/細胞外に配向するⅡ型の膜貫通型ペプチダーゼである。活性中心に[[wikipedia:ja:Zn|Zn]]結合モチ−フ(HEXXH配列)を有することから、メタロペプチダ−ゼに分類される<ref name="ref1" /><ref name="ref2" />。プロテアーゼのM13ファミリーのMA(E)クランに分類される。[[wikipedia:ja:脊椎動物|脊椎動物]]に広く分類し、[[wikipedia:ja:バクテリア|バクテリア]]由来の[[wikipedia:ja:サーモライシン|サーモライシン]]と高い相同性を示す<ref name="ref1" /><ref name="ref2" />。
ネプリライシンは一般に5kDa以下のペプチド(アミノ酸としては40残基ほど)に作用して、ペプチド内部の疎水性アミノ酸残基のアミノ末端側でペプチド結合の切断を行う。酵素反応の至適pHが中性(やや弱酸性のpH 6.0)であることが、中性エンドペプチダーゼの由来となっている。特異的阻害剤として、チオルファン(thiorphan)がある[1][2]
酵素化学的基質にはエンケファリン、ニューロペプチドY、ソマトスタチン、心房性ナトリウム利尿ペプチド、ブラジキニンおよびタキキニン類(サブスタンス Pなど)のような神経ペプチドが知られている(図参照)[1][2][3][12]。また、アルツハイマー病の発症に中核的役割を果たすアミロイドβペプチド(Aβ)の分解に関与する脳内主要酵素である [3][4][13][14]。Aβについては単量体Aβだけでなく、より神経毒性が強いオリゴマー型Aβも分解することができる唯一のペプチダーゼである[15]。従って、プレシナプスに局在するネプリライシンの活性を増強してやれば、オリゴマー型Aβによる毒性からシナプスを保護できることを意味する。


5.遺伝子欠損マウスの表現型と生理的役割
== 構造 ==
遺伝子欠損マウスは生存可能で、繁殖能力も見掛け上正常であるが、末梢組織では幾つかの表現型を呈する。たとえば、エンドトキシン [脚注1]ショックによる感受性[16]や低酸素負荷による換気応答[17]が著しく増大している。消化管では血管透過性が2〜3倍亢進しているが、これはリコンビナントのネプリライシンやブラジキニンまたはサブスタンスPの受容体アンタゴニストの投与によって回避される[18]。また、遺伝子欠損マウスでは心房性ナトリウム利尿ペプチド(ANP)の分解が抑制されるため、血圧が20%程度低下している[18]。しかし、慢性的低酸素負荷を与えると、野生型マウスに比較して、肺動脈の血管平滑筋細胞が異常増殖するため、肺組織内は高血圧状態になることが示されている[19]。サブスタンスP誘発アレルギー性接触皮膚炎[20]やブラジキニン誘発痛覚過敏[21]に対する感受性の亢進も観察されることから、ネプリライシンは末梢組織でブラジキニン、サブスタンスPやANPに作用して炎症反応や血圧の調節に携わると考えられている。また、カルシトニンに作用して、カルシウム濃度の恒常性維持にも関与する。後述のように、骨芽細胞のネプリライシンはカルシトニンで発現が誘導されることも知られている。
一方、大脳皮質・海馬ではネプリライシンがどのような内因性基質の代謝に関わり、どのような機能を調節するかについては、阻害剤を用いた実験のみで、欠損マウスを用いた解析は行われていないので、厳密な意味で脳における役割はほとんど判っていない。ネプリライシンは元々エンケファリンを分解するエンケファリナ-ゼとして同定されたペプチダ−ゼであるが、欠損マウス脳ではエンケファリン量は大脳皮質、脳幹のどちらにおいてもほとんど変化していない[22]。従って、エンケファリンの分解にはネプリライシンの欠損または活性低下を補償する別の分解経路が存在すると考えられている。しかし、Aβの分解に関しては補償的分解経路が十分でないために、ネプリライシン活性が低下しただけで脳内Aβ濃度が上昇する。前脳特異的に発現するように遺伝子操作したネプリライシントランスジェニックマウスでは脳内のニューロペプチドYレベルが顕著に低下することが明らかにされている[23]。この研究では、ネプリライシンによって限定分解を受けたニューロペプチドYのカルボキシル末端フラグメント(NPY-CTF: NPY21-36またはNPY 31-36)が神経保護作用をもつことが示されている。しかし、ネプリライシン欠損マウス脳ではNPY-CTF 量は減少しているがNPY量はほとんど変化していないので、ニューロペプチドYの場合にも脳内で分解を補償する系が十分に機能していると考えられる。
 全長は750のアミノ酸残基で構成されるが、プロセッシングにより通常1番目の[[wikipedia:ja:メチオニン|メチオニン]]は取り除かれている<ref name="ref5"> www.uniprot.org/uniprot/P08473 </ref>。細胞内ドメインは27アミノ酸残基と短く、[[リン酸化]]部位が認められるが、その生理的役割は不明である。一方、細胞外ドメインには4つのN型[[wikipedia:ja:糖鎖|糖鎖]]結合部位があり、これらの糖鎖を欠失させると酵素活性が低下する<ref name="ref2" />。


6.アルツハイマー病との関係
== サブファミリー ==
6.1加齢に伴う発現レベルの変化
正常老化脳で観察されるAβ蓄積やアルツハイマー病のアミロイド病態の進行と脳内のネプリライシンレベルの低下を関連づける結果が繰り返し報告されている。正常マウス(C57BL/6)やアルツハイマー病のマウスの大脳皮質や海馬で加齢と共に発現レベルが顕著に低下する[24]。最近では、ヒトの場合にも同様な低下が起こるが明らかにされ、ネプリライシンレベルの低下と不溶性画分のAβ42レベルが逆相関することが示されている[25]。


6.2アルツハイマー病脳での発現レベル
 ネプリライシンの遺伝子転写産物は[[wikipedia:ja:選択的スプライシング|選択的スプライシング]]によって数種類のタイプがあり、神経細胞に特異的な遺伝子転写産物が存在する <ref name="ref6"><pubmed> 2528730 </pubmed></ref><ref name="ref7"><pubmed> 7890699 </pubmed></ref><ref name="ref8"><pubmed> 9750180 </pubmed></ref>。しかし、このスプライスバリアントの構造的な違いは、5’側の[[wikipedia:ja:非翻訳領域|非翻訳領域]]にあるため、翻訳後のアミノ酸配列の一次構造には影響を与えない。
 アルツハイマー病脳におけるネプリライシンレベルの低下については、独立した複数の研究グループで一致した結果が報告されている[25][26][27][28][29][30]。アルツハイマー病の前段階(Braak stage II [脚注2])の海馬および側頭葉で、ネプリライシンの発現量およびタンパク量が50%近く低下していることが知られている[28][29]。アミロイド病理に抵抗性を示す小脳ではネプリライシンの発現量は海馬や側頭葉に比較して高く、ネプリライシンの発現低下も認められない。アミロイド病理が進んだ剖検脳(Braak stage V)ではネプリライシンレベル低下はさらに強まって、対照群の70%まで激減することが示されている[30]。
一方、脳血管にアミロイドが蓄積するアミロイドアンギオパチーにおいても、ネプリライシンの発現低下で病理形成を説明する報告もある[31][32]


6.3 ネプリライシン活性の調節
 相同性の高いタンパク質としては、[[ネプリライシン様ペプチダーゼ]](NEPLP, neprilysin-like peptidase, Membrane metallo-endopeptidase-like, Neprilysin-2)がある<ref name="ref9"> www.uniprot.org/uniprot/Q495T </ref><ref name="ref10"><pubmed> 11278416 </pubmed></ref>。NEPLPには[[wikipedia:ja:スプライスバリアント|スプライスバリアント]](α、β、γ)があり、ネプリライシンとのアミノ酸配列の相同性はそれぞれ53.5、54.8、51.3%(ヒトの場合)であるが、ネプリライシンに比較するとAβ分解活性が著しく低い<ref name="ref10" />
ネプリライシンの発現は様々な組織で認められるが、その発現制御は組織または細胞特異的である。線維芽細胞、好中球、骨芽細胞や骨髄細胞などの末梢系の細胞では、サブスタンスP、オピオイドやカルルシトニンによって、ネプリライシンレベルが上昇する [33][34][35][36]。脳内においてはネプリライシンの発現を制御する神経細胞特異的な因子としてソマトスタチンが同定されている[3][4][37][38]。
脳内ソマトスタチンレベルもアルツハイマー病脳で低下することが古くから知られ、[3][4][37][38]、最近の研究ではヒトや霊長類の脳では加齢と共に低下(ヒトの場合は40歳以降から低下)することが明らかになっている[39]。このように、加齢に伴うソマトスタチンの低下がネプリライシンの活性減弱を通してAβ量を上昇させると考えられ、ソマトスタチン量やネプリライシン活性の低下速度の個人差が、アルツハイマー病の発症の有無や発症年齢を決定するという仮説が提唱されている[3][4]。  


6.4 ネプリライシン遺伝子を利用したアルツハイマー病の遺伝子治療[40][41][42]
== 発現==
加齢脳やアルツハイマー病脳で低下したネプリライシン活性を補うことで、脳内に蓄積していくAβを分解・除去できるとして、ネプリライシン遺伝子を脳内に導入する遺伝子治療実験がモデルマウスで試みられている。中枢神経系の遺伝子治療では、定位脳手術によりウイルスベクターを脳の実質に直接注入する必要があったが、最近では遺伝子工学技術の進歩により、末梢血から投与して脳の神経細胞にだけ遺伝子発現を行う遺伝子治療用のウイルスベクターが開発されており、これによりモデルマウス脳内のアミロイド蓄積を回避し、障害を受けた認知機能が回復することが報告されている。
{|style="float:right; width:270px; border: 1px solid darkgray;"
|
{| class="wikitable"
|+表 Allen Brain Atlasによるネプリライシンの発現パタン
| align="center"|'''名称''' ||align="center" |'''遺伝子名'''
|-
| ネプリライシン || [http://mouse.brain-map.org/experiment/show/69549162 MME]
|-
|ネプリライシン様ペプチダーゼ|| [http://mouse.brain-map.org/experiment/show/71808735 Mmel1]
|}
|}
===組織分布===
 ネプリライシンは体内で広く分布しているが、特に[[wikipedia:ja:腎臓|腎臓]]の[[wikipedia:ja:刷子縁|刷子縁]]膜、[[wikipedia:ja:小腸|小腸]]、[[wikipedia:ja:胎盤|胎盤]]、[[wikipedia:ja:免疫|免疫]]系の[[wikipedia:ja:細網細胞|細網細胞]][[wikipedia:ja:精巣|精巣]]および[[wikipedia:ja:卵巣|卵巣]]に高発現している<ref name="ref1" /><ref name="ref2" /><ref name="ref3" />。脳では[[尾状核]][[被殻]]、[[脈絡叢]]、[[淡蒼球]]、[[黒質]]、[[嗅結節]]、[[海馬]][[歯状回]][[分子層]]および[[アンモン角]][[網状分子層]]に強い発現が見られる<ref name="ref11"><pubmed> 12074840 </pubmed></ref>。[[新皮質]]ではⅡ・ⅢおよびV層に、[[嗅内野]]のような[[旧皮質]]ではIおよびⅢ層に豊富に存在し、層間で異なる局在性を示す。


7. がんとの関連[1][2]
===細胞内分布===
別名、急性リンパ性白血病共通抗原(CALLA)としても知られているように、白血病小児の特定のリンパ球の細胞表面に一過性に過剰発現するため、診断マーカーとしても用いられている。また、血液系以外にも、前立腺、子宮内膜、腎臓および肺などのがんの進行にも関与している。特に注目されているのは前立腺がんで、ネプリライシンの発現レベルの低下により、ボンベシンなどの細胞増殖作用を持つペプチドの分解低下を通してアンドロゲン非依存的にがんの進行に関わるとされている。実際、in vitroで前立腺がん細胞にネプリライシン遺伝子を過剰発現させると腫瘍の増殖が抑制されることが示されている。
 [[貫通線維束]]、[[Schaffer側枝]]、[[反回側枝]]など[[海馬体]]の主要神経回路を構成する[[神経線維]]の終末部位([[シナプス前部]])に存在している<ref name="ref11" />。ネプリライシンは膜タンパク質であり、タンパク合成後、[[分泌小胞]]に乗り、[[軸索]]を通してシナプス終末に運ばれるので、上述のような神経回路をつなぐシナプス間隙でAβを分解していると考えられている。


==機能==
=== 基質特異性===


脚注1エンドトキシ(内毒素):グラム陰性菌の外膜に存在する耐熱性の毒素.糖脂質と糖鎖からなるリポ多糖で,免疫系などに作用してマクロファージや好中球を活性化してサイトカインなどの炎症性因子の放出を促す.
[[image:NEP%E3%81%AE%E5%9F%BA%E8%B3%AA.png|thumb|300px|'''図 ネプリライシンの主な基質''']]
 ネプリライシンは一般に5kDa以下のペプチド(アミノ酸としては40残基ほど)に作用して、ペプチド内部の疎水性アミノ酸残基のアミノ末端側でペプチド結合の切断を行う。酵素反応の至適pHが中性(やや弱酸性のpH 6.0)であることが、中性エンドペプチダーゼの由来となっている。


脚注2 Braak stage:アルツハイマー病病理の進行度を示す尺度の一つで,神経原線維変化の進行ステージ.最初に移行嗅内皮質から病変が出現し,辺縁系,新皮質へと広がる.Ⅰ:移行嗅内皮質,Ⅱ:嗅内皮質に進展,Ⅲ: 海馬に進展,Ⅳ: 海馬に多量に出現+新皮質に進展,V:新皮質連合野に多数出現,Ⅵ: 新皮質一次野に多数出現の6段階に分けられる.Ⅰ~Ⅱ:移行嗅内皮質ステージ,Ⅲ~Ⅳ:辺縁系ステージ,V~Ⅵ:新皮質ステージに大別され,各々,認知機能正常,軽度認知障害,認知症に対応する.Braak H, Braak E: Neuropathological stageing of Alzheimer-related changes. Acta Neuropathol. 82: 239-259, 1991.
 特異的阻害剤として、[[チオルファン]]([[thiorphan]])がある<ref name="ref1" /><ref name="ref2" />。


参考文献
 酵素化学的基質には[[エンケファリン]][[ニューロペプチドY]][[ソマトスタチン]][[心房性ナトリウム利尿ペプチド]][[ブラジキニン]]および[[タキキニン]]([[サブスタンスP]]など)のような[[神経ペプチド]]が知られている(図)<ref name="ref1" /><ref name="ref2" /><ref name="ref3" /><ref name="ref12"><pubmed> 9750180 </pubmed></ref>。
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[42] Iwata N, Sekiguchi M, Hattori Y, Takahashi A, Asai M, Ji B, Higuchi M, Staufenbiel M, Muramatsu S, Saido TC. Global and effective gene delivery of neprilysin to the brain via intravascular administration of AAV vector in Alzheimer's disease mice. Sci Rep: 2013, 3 Article number 1472 [PubMed:23503602][DOI: 10.1038/srep01472.]


(執筆者:岩田修永、担当編集委員:尾藤晴彦)
 また、アルツハイマー病の発症に中核的役割を果たすアミロイドβペプチド(Aβ)の分解に関与する脳内主要酵素である <ref name="ref3" /><ref name="ref4" /><ref name="ref13"><pubmed> 10655101 </pubmed></ref><ref name="ref14"><pubmed> 11375493 </pubmed></ref>。Aβについては単量体Aβだけでなく、より神経毒性が強いオリゴマー型Aβも分解することができる唯一のペプチダーゼである<ref name="ref15"><pubmed> 12972166 </pubmed></ref>。従って、プレシナプスに局在するネプリライシンの活性を増強してやれば、オリゴマー型Aβによる毒性からシナプスを保護できることを意味する。
 
=== 遺伝子欠損マウスの表現型と生理的役割 ===
 
 [[遺伝子欠損マウス]]は生存可能で、繁殖能力も見掛け上正常であるが、末梢組織では幾つかの表現型を呈する。
 
 たとえば、[[wikipedia:ja:エンドトキシン|エンドトキシン]]<ref group="注">エンドトキシ(内毒素):[[wikipedia:ja:グラム陰性菌|グラム陰性菌]]の外膜に存在する耐熱性の毒素。糖脂質と糖鎖からなるリポ多糖で、免疫系などに作用して[[wikipedia:ja:マクロファージ|マクロファージ]]や[[wikipedia:ja:好中球|好中球]]を活性化してサイトカインなどの炎症性因子の放出を促す。</ref>)ショックによる感受性<ref name="ref16"><pubmed> 7760013 </pubmed></ref>や[[wikipedia:ja:低酸素|低酸素]]負荷による換気応答<ref name="ref17"><pubmed> 10517751 </pubmed></ref>が著しく増大している。[[wikipedia:ja:消化管|消化管]]では血管透過性が2〜3倍亢進しているが、これはリコンビナントのネプリライシンやブラジキニンまたはサブスタンスPの[[wikipedia:ja:受容体|受容体]][[wikipedia:ja:アンタゴニスト|アンタゴニスト]]の投与によって回避される<ref name="ref18"><pubmed> 9256283 </pubmed></ref>。
 
 また、遺伝子欠損マウスでは心房性ナトリウム利尿ペプチド(ANP)の分解が抑制されるため、血圧が20%程度低下している<ref name="ref18" />。しかし、慢性的低酸素負荷を与えると、野生型マウスに比較して、肺動脈の血管平滑筋細胞が異常増殖するため、肺組織内は[[wikipedia:ja:高血圧|高血圧]]状態になることが示されている<ref name="ref19"><pubmed> 19234135 </pubmed></ref>。サブスタンスP誘発[[wikipedia:ja:アレルギー性接触皮膚炎|アレルギー性接触皮膚炎]]<ref name="ref20"><pubmed> 11145711 </pubmed></ref>やブラジキニン誘発[[痛覚]]過敏<ref name="ref21"><pubmed> 11931342 </pubmed></ref>に対する感受性の亢進も観察されることから、ネプリライシンは末梢組織でブラジキニン、サブスタンスPやANPに作用して炎症反応や血圧の調節に携わると考えられている。
 
 また、[[カルシトニン]]に作用して、[[カルシウム]]濃度の[[恒常性]]維持にも関与する。後述のように、[[wikipedia:ja:骨芽細胞|骨芽細胞]]のネプリライシンはカルシトニンで発現が誘導されることも知られている。
 
 一方、[[大脳皮質]]・海馬ではネプリライシンがどのような内因性基質の代謝に関わり、どのような機能を調節するかについては、阻害剤を用いた実験のみで、欠損マウスを用いた解析は行われていないので、厳密な意味で脳における役割はほとんど判っていない。ネプリライシンは元々エンケファリンを分解するエンケファリナ-ゼとして同定されたペプチダ−ゼであるが、欠損マウス脳ではエンケファリン量は大脳皮質、[[脳幹]]のどちらにおいてもほとんど変化していない<ref name="ref22"><pubmed> 9347938 </pubmed></ref>。従って、エンケファリンの分解にはネプリライシンの欠損または活性低下を補償する別の分解経路が存在すると考えられている。
 
 しかし、Aβの分解に関しては補償的分解経路が十分でないために、ネプリライシン活性が低下しただけで脳内Aβ濃度が上昇する。前脳特異的に発現するように遺伝子操作したネプリライシン[[トランスジェニックマウス]]では脳内のニューロペプチドYレベルが顕著に低下することが明らかにされている<ref name="ref23"><pubmed> 19176820 </pubmed></ref>。この研究では、ネプリライシンによって限定分解を受けたニューロペプチドYのカルボキシル末端フラグメント(NPY-CTF: NPY21-36またはNPY 31-36)が神経保護作用をもつことが示されている。しかし、ネプリライシン欠損マウス脳ではNPY-CTF 量は減少しているがNPY量はほとんど変化していないので、ニューロペプチドYの場合にも脳内で分解を補償する系が十分に機能していると考えられる。
 
 
== アルツハイマー病との関係 ==
===加齢に伴う発現レベルの変化===
 
正常老化脳で観察されるAβ蓄積やアルツハイマー病の[[アミロイド]]病態の進行と脳内のネプリライシンレベルの低下を関連づける結果が繰り返し報告されている。正常マウス(C57BL/6)やアルツハイマー病のマウスの大脳皮質や海馬で加齢と共に発現レベルが顕著に低下する<ref name="ref24"><pubmed> 12391610 </pubmed></ref>。最近では、[[wikipedia:ja:ヒト|ヒト]]の場合にも同様な低下が起こるが明らかにされ、ネプリライシンレベルの低下と不溶性画分のAβ42レベルが逆相関することが示されている<ref name="ref25"><pubmed> 17098332 </pubmed></ref>。
 
===アルツハイマー病脳での発現レベル===
 
 アルツハイマー病脳におけるネプリライシンレベルの低下については、独立した複数の研究グループで一致した結果が報告されている<ref name="ref2" /><ref name="ref26"><pubmed> 16226260 </pubmed></ref><ref name="ref27"><pubmed> 11121879 </pubmed></ref><ref name="ref28"><pubmed> 11689168 </pubmed></ref><ref name="ref29"><pubmed> 14511676 </pubmed></ref><ref name="ref30"><pubmed> 17021406 </pubmed></ref>。アルツハイマー病の前段階(Braak stage II(脚注2))の海馬および[[側頭葉]]で、ネプリライシンの発現量およびタンパク量が50%近く低下していることが知られている<ref name="ref28" /><ref name="ref29" />。アミロイド病理に抵抗性を示す[[小脳]]ではネプリライシンの発現量は海馬や側頭葉に比較して高く、ネプリライシンの発現低下も認められない。アミロイド病理が進んだ剖検脳(Braak stage V)ではネプリライシンレベル低下はさらに強まって、対照群の70%まで激減することが示されている<ref name="ref30" />。
 
 一方、脳血管にアミロイドが蓄積する[[アミロイドアンギオパチー]]においても、ネプリライシンの発現低下で病理形成を説明する報告もある<ref name="ref31"><pubmed> 12387451 </pubmed></ref><ref name="ref32"><pubmed> 9416930 </pubmed></ref>。
 
脚注2: [[Braak stage]]<ref><pubmed>1759558</pubmed></ref>:アルツハイマー病病理の進行度を示す尺度の一つで、[[神経原線維変化]]の進行ステージ。最初に[[移行嗅内皮質]]から病変が出現し、[[辺縁系]]、新皮質へと広がる。Ⅰ:移行嗅内皮質、Ⅱ:嗅内皮質に進展、Ⅲ: 海馬に進展、Ⅳ: 海馬に多量に出現+新皮質に進展、V:新皮質[[連合野]]に多数出現、Ⅵ: 新皮質[[一次野]]に多数出現の6段階に分けられる。Ⅰ~Ⅱ:移行嗅内皮質ステージ、Ⅲ~Ⅳ:辺縁系ステージ、V~Ⅵ:新皮質ステージに大別され、各々、認知機能正常,軽度認知障害、認知症に対応する。
 
===ネプリライシン活性の調節===
 
 ネプリライシンの発現は様々な組織で認められるが、その発現制御は組織または細胞特異的である。線維芽細胞、好中球、[[wikipedia:ja:骨芽細胞|骨芽細胞]]や[[wikipedia:ja:骨髄細胞|骨髄細胞]]などの末梢系の細胞では、サブスタンスP、[[オピオイド]]やカルシトニンによって、ネプリライシンレベルが上昇する<ref name="ref33"><pubmed> 8439284 </pubmed></ref><ref name="ref34"><pubmed> 12021551 </pubmed></ref><ref name="ref35"><pubmed> 11675340 </pubmed></ref><ref name="ref36"><pubmed> 12844556 </pubmed></ref>。
 
 脳内においてはネプリライシンの発現を制御する神経細胞特異的な因子としてソマトスタチンが同定されている<ref name="ref3" /><ref name="ref4" /><ref name="ref37"><pubmed> 15778722 </pubmed></ref><ref name="ref38"><pubmed> 6107862 </pubmed></ref>。 脳内ソマトスタチンレベルもアルツハイマー病脳で低下することが古くから知られ、<ref name="ref3" /><ref name="ref4" /><ref name="ref37" /><ref name="ref38" />、最近の研究ではヒトや霊長類の脳では加齢と共に低下(ヒトの場合は40歳以降から低下)することが明らかになっている<ref name="ref39"><pubmed> 15190254 </pubmed></ref>。このように、加齢に伴うソマトスタチンの低下がネプリライシンの活性減弱を通してAβ量を上昇させると考えられ、ソマトスタチン量やネプリライシン活性の低下速度の個人差が、アルツハイマー病の発症の有無や発症年齢を決定するという仮説が提唱されている<ref name="ref3" /><ref name="ref4" />。
 
===ネプリライシン遺伝子を利用したアルツハイマー病の遺伝子治療===
 加齢脳やアルツハイマー病脳で低下したネプリライシン活性を補うことで、脳内に蓄積していくAβを分解・除去できるとして、ネプリライシン遺伝子を脳内に導入する遺伝子治療実験がモデルマウスで試みられている<ref name="ref40"><pubmed> 14749444 </pubmed></ref><ref name="ref41"><pubmed> 20158567 </pubmed></ref><ref name="ref42"><pubmed> 23503602 </pubmed></ref> 。中枢神経系の遺伝子治療では、[[定位脳手術]]により[[ウイルスベクター]]を脳の実質に直接注入する必要があったが、最近では遺伝子工学技術の進歩により、末梢血から投与して脳の神経細胞にだけ遺伝子発現を行う遺伝子治療用のウイルスベクターが開発されており、これによりモデルマウス脳内のアミロイド蓄積を回避し、障害を受けた認知機能が回復することが報告されている。
 
== がんとの関連 ==
 別名、急性リンパ性白血病共通抗原(CALLA)としても知られているように、[[wikipedia:ja:白血病|白血病]]小児の特定の[[wikipedia:ja:リンパ球|リンパ球]]の細胞表面に一過性に過剰発現するため、診断マーカーとしても用いられている<ref name="ref1" /><ref name="ref2" />。また、血液系以外にも、前立腺、[[wikipedia:ja:子宮内膜|子宮内膜]]、[[wikipedia:ja:腎臓|腎臓]]および[[wikipedia:ja:肺|肺]]などの[[wikipedia:ja:がん|がん]]の進行にも関与している。特に注目されているのは[[wikipedia:ja:前立腺がん|前立腺がん]]で、ネプリライシンの発現レベルの低下により、[[ボンベシン]]などの細胞増殖作用を持つペプチドの分解低下を通して[[アンドロゲン]]非依存的にがんの進行に関わるとされている。実際、''in vitro''で前立腺がん細胞にネプリライシン遺伝子を過剰発現させると腫瘍の増殖が抑制されることが示されている。
 
==脚注==
<references group="注" />
== 関連項目 ==
 
*[[神経ペプチド]]
*[[嗅内野]]
*[[海馬]]
*[[アルツハイマー病]]
*[[アミロイドβペプチド]]
*[[遺伝子欠損マウス]]
*[[トランスジェニックマウス]]
 
== 参考文献 ==
<references />

2018年4月4日 (水) 17:44時点における最新版

岩田 修永
長崎大学 大学院医歯薬学総合研究科
城谷 圭朗
福島県立医科大学 医学部 医学科
浅井 将
長崎大学 大学院医歯薬学総合研究科
DOI:10.14931/bsd.3557 原稿受付日:2013年3月27日 原稿完成日:2013年8月12日
担当編集委員:林 康紀(独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)

Membrane metallo-endopeptidase
The structure of the neprilysin ectodomain in complex with a zinc-chelating inhibitor. The zinc atom is shown as a gray sphere and the inhibitor is shown in green. Rendering based on 1r1h.
Identifiers
Symbols MME; CALLA; CD10; NEP; SFE
External IDs OMIM120520 MGI97004 HomoloGene5275 GeneCards: MME Gene
EC number 3.4.24.11
RNA expression pattern
PBB GE MME 203434 s at tn.png
PBB GE MME 203435 s at tn.png
More reference expression data
Orthologs
Species Human Mouse
Entrez 4311 17380
Ensembl ENSG00000196549 ENSMUSG00000027820
UniProt P08473 Q61391
RefSeq (mRNA) NM_000902 NM_008604
RefSeq (protein) NP_000893 NP_032630
Location (UCSC) Chr 3:
154.74 – 154.9 Mb
Chr 3:
63.3 – 63.38 Mb
PubMed search [1] [2]

英語名: Neprilysin、英略語: NEP

同義語: エンケファリナーゼ、中性エンドペプチダーゼ24.11、CD10、membrane metallo-endopeptidase、common acute lymphoblastic leukemia antigen (CALLA、急性リンパ性白血病共通抗原)

 ネプリライシン(EC 3.4.24.11)は、5-40アミノ酸残基ほどの長さを有するペプチドを基質として、ペプチド内部の疎水性アミノ酸残基の前で切断を行う膜結合型のメタロペプチダーゼである[1][2]アルツハイマー病脳に蓄積し、発症に中核的役割を果たすアミロイドβペプチドの脳内主要酵素であることが明らかにされて以来、病態との関連性や創薬標的として注目されている[3][4]。また、前立腺などのがんの進行にも関与する[2]

ネプリライシンとは

 ネプリライシンは活性部位が存在するカルボキシル末端側は管腔側/細胞外に配向するⅡ型の膜貫通型ペプチダーゼである。活性中心にZn結合モチ−フ(HEXXH配列)を有することから、メタロペプチダ−ゼに分類される[1][2]。プロテアーゼのM13ファミリーのMA(E)クランに分類される。脊椎動物に広く分類し、バクテリア由来のサーモライシンと高い相同性を示す[1][2]

構造

 全長は750のアミノ酸残基で構成されるが、プロセッシングにより通常1番目のメチオニンは取り除かれている[5]。細胞内ドメインは27アミノ酸残基と短く、リン酸化部位が認められるが、その生理的役割は不明である。一方、細胞外ドメインには4つのN型糖鎖結合部位があり、これらの糖鎖を欠失させると酵素活性が低下する[2]

サブファミリー

 ネプリライシンの遺伝子転写産物は選択的スプライシングによって数種類のタイプがあり、神経細胞に特異的な遺伝子転写産物が存在する [6][7][8]。しかし、このスプライスバリアントの構造的な違いは、5’側の非翻訳領域にあるため、翻訳後のアミノ酸配列の一次構造には影響を与えない。

 相同性の高いタンパク質としては、ネプリライシン様ペプチダーゼ(NEPLP, neprilysin-like peptidase, Membrane metallo-endopeptidase-like, Neprilysin-2)がある[9][10]。NEPLPにはスプライスバリアント(α、β、γ)があり、ネプリライシンとのアミノ酸配列の相同性はそれぞれ53.5、54.8、51.3%(ヒトの場合)であるが、ネプリライシンに比較するとAβ分解活性が著しく低い[10]

発現

表 Allen Brain Atlasによるネプリライシンの発現パタン
名称 遺伝子名
ネプリライシン MME
ネプリライシン様ペプチダーゼ Mmel1

組織分布

 ネプリライシンは体内で広く分布しているが、特に腎臓刷子縁膜、小腸胎盤免疫系の細網細胞精巣および卵巣に高発現している[1][2][3]。脳では尾状核被殻脈絡叢淡蒼球黒質嗅結節海馬歯状回分子層およびアンモン角網状分子層に強い発現が見られる[11]新皮質ではⅡ・ⅢおよびV層に、嗅内野のような旧皮質ではIおよびⅢ層に豊富に存在し、層間で異なる局在性を示す。

細胞内分布

 貫通線維束Schaffer側枝反回側枝など海馬体の主要神経回路を構成する神経線維の終末部位(シナプス前部)に存在している[11]。ネプリライシンは膜タンパク質であり、タンパク合成後、分泌小胞に乗り、軸索を通してシナプス終末に運ばれるので、上述のような神経回路をつなぐシナプス間隙でAβを分解していると考えられている。

機能

基質特異性

図 ネプリライシンの主な基質

 ネプリライシンは一般に5kDa以下のペプチド(アミノ酸としては40残基ほど)に作用して、ペプチド内部の疎水性アミノ酸残基のアミノ末端側でペプチド結合の切断を行う。酵素反応の至適pHが中性(やや弱酸性のpH 6.0)であることが、中性エンドペプチダーゼの由来となっている。

 特異的阻害剤として、チオルファン(thiorphan)がある[1][2]

 酵素化学的基質にはエンケファリンニューロペプチドYソマトスタチン心房性ナトリウム利尿ペプチドブラジキニンおよびタキキニン類(サブスタンスPなど)のような神経ペプチドが知られている(図)[1][2][3][12]

 また、アルツハイマー病の発症に中核的役割を果たすアミロイドβペプチド(Aβ)の分解に関与する脳内主要酵素である [3][4][13][14]。Aβについては単量体Aβだけでなく、より神経毒性が強いオリゴマー型Aβも分解することができる唯一のペプチダーゼである[15]。従って、プレシナプスに局在するネプリライシンの活性を増強してやれば、オリゴマー型Aβによる毒性からシナプスを保護できることを意味する。

遺伝子欠損マウスの表現型と生理的役割

 遺伝子欠損マウスは生存可能で、繁殖能力も見掛け上正常であるが、末梢組織では幾つかの表現型を呈する。

 たとえば、エンドトキシン[注 1])ショックによる感受性[16]低酸素負荷による換気応答[17]が著しく増大している。消化管では血管透過性が2〜3倍亢進しているが、これはリコンビナントのネプリライシンやブラジキニンまたはサブスタンスPの受容体アンタゴニストの投与によって回避される[18]

 また、遺伝子欠損マウスでは心房性ナトリウム利尿ペプチド(ANP)の分解が抑制されるため、血圧が20%程度低下している[18]。しかし、慢性的低酸素負荷を与えると、野生型マウスに比較して、肺動脈の血管平滑筋細胞が異常増殖するため、肺組織内は高血圧状態になることが示されている[19]。サブスタンスP誘発アレルギー性接触皮膚炎[20]やブラジキニン誘発痛覚過敏[21]に対する感受性の亢進も観察されることから、ネプリライシンは末梢組織でブラジキニン、サブスタンスPやANPに作用して炎症反応や血圧の調節に携わると考えられている。

 また、カルシトニンに作用して、カルシウム濃度の恒常性維持にも関与する。後述のように、骨芽細胞のネプリライシンはカルシトニンで発現が誘導されることも知られている。

 一方、大脳皮質・海馬ではネプリライシンがどのような内因性基質の代謝に関わり、どのような機能を調節するかについては、阻害剤を用いた実験のみで、欠損マウスを用いた解析は行われていないので、厳密な意味で脳における役割はほとんど判っていない。ネプリライシンは元々エンケファリンを分解するエンケファリナ-ゼとして同定されたペプチダ−ゼであるが、欠損マウス脳ではエンケファリン量は大脳皮質、脳幹のどちらにおいてもほとんど変化していない[22]。従って、エンケファリンの分解にはネプリライシンの欠損または活性低下を補償する別の分解経路が存在すると考えられている。

 しかし、Aβの分解に関しては補償的分解経路が十分でないために、ネプリライシン活性が低下しただけで脳内Aβ濃度が上昇する。前脳特異的に発現するように遺伝子操作したネプリライシントランスジェニックマウスでは脳内のニューロペプチドYレベルが顕著に低下することが明らかにされている[23]。この研究では、ネプリライシンによって限定分解を受けたニューロペプチドYのカルボキシル末端フラグメント(NPY-CTF: NPY21-36またはNPY 31-36)が神経保護作用をもつことが示されている。しかし、ネプリライシン欠損マウス脳ではNPY-CTF 量は減少しているがNPY量はほとんど変化していないので、ニューロペプチドYの場合にも脳内で分解を補償する系が十分に機能していると考えられる。  

アルツハイマー病との関係

加齢に伴う発現レベルの変化

正常老化脳で観察されるAβ蓄積やアルツハイマー病のアミロイド病態の進行と脳内のネプリライシンレベルの低下を関連づける結果が繰り返し報告されている。正常マウス(C57BL/6)やアルツハイマー病のマウスの大脳皮質や海馬で加齢と共に発現レベルが顕著に低下する[24]。最近では、ヒトの場合にも同様な低下が起こるが明らかにされ、ネプリライシンレベルの低下と不溶性画分のAβ42レベルが逆相関することが示されている[25]

アルツハイマー病脳での発現レベル

 アルツハイマー病脳におけるネプリライシンレベルの低下については、独立した複数の研究グループで一致した結果が報告されている[2][26][27][28][29][30]。アルツハイマー病の前段階(Braak stage II(脚注2))の海馬および側頭葉で、ネプリライシンの発現量およびタンパク量が50%近く低下していることが知られている[28][29]。アミロイド病理に抵抗性を示す小脳ではネプリライシンの発現量は海馬や側頭葉に比較して高く、ネプリライシンの発現低下も認められない。アミロイド病理が進んだ剖検脳(Braak stage V)ではネプリライシンレベル低下はさらに強まって、対照群の70%まで激減することが示されている[30]

 一方、脳血管にアミロイドが蓄積するアミロイドアンギオパチーにおいても、ネプリライシンの発現低下で病理形成を説明する報告もある[31][32]

脚注2: Braak stage[33]:アルツハイマー病病理の進行度を示す尺度の一つで、神経原線維変化の進行ステージ。最初に移行嗅内皮質から病変が出現し、辺縁系、新皮質へと広がる。Ⅰ:移行嗅内皮質、Ⅱ:嗅内皮質に進展、Ⅲ: 海馬に進展、Ⅳ: 海馬に多量に出現+新皮質に進展、V:新皮質連合野に多数出現、Ⅵ: 新皮質一次野に多数出現の6段階に分けられる。Ⅰ~Ⅱ:移行嗅内皮質ステージ、Ⅲ~Ⅳ:辺縁系ステージ、V~Ⅵ:新皮質ステージに大別され、各々、認知機能正常,軽度認知障害、認知症に対応する。

ネプリライシン活性の調節

 ネプリライシンの発現は様々な組織で認められるが、その発現制御は組織または細胞特異的である。線維芽細胞、好中球、骨芽細胞骨髄細胞などの末梢系の細胞では、サブスタンスP、オピオイドやカルシトニンによって、ネプリライシンレベルが上昇する[34][35][36][37]

 脳内においてはネプリライシンの発現を制御する神経細胞特異的な因子としてソマトスタチンが同定されている[3][4][38][39]。 脳内ソマトスタチンレベルもアルツハイマー病脳で低下することが古くから知られ、[3][4][38][39]、最近の研究ではヒトや霊長類の脳では加齢と共に低下(ヒトの場合は40歳以降から低下)することが明らかになっている[40]。このように、加齢に伴うソマトスタチンの低下がネプリライシンの活性減弱を通してAβ量を上昇させると考えられ、ソマトスタチン量やネプリライシン活性の低下速度の個人差が、アルツハイマー病の発症の有無や発症年齢を決定するという仮説が提唱されている[3][4]

ネプリライシン遺伝子を利用したアルツハイマー病の遺伝子治療

 加齢脳やアルツハイマー病脳で低下したネプリライシン活性を補うことで、脳内に蓄積していくAβを分解・除去できるとして、ネプリライシン遺伝子を脳内に導入する遺伝子治療実験がモデルマウスで試みられている[41][42][43] 。中枢神経系の遺伝子治療では、定位脳手術によりウイルスベクターを脳の実質に直接注入する必要があったが、最近では遺伝子工学技術の進歩により、末梢血から投与して脳の神経細胞にだけ遺伝子発現を行う遺伝子治療用のウイルスベクターが開発されており、これによりモデルマウス脳内のアミロイド蓄積を回避し、障害を受けた認知機能が回復することが報告されている。

がんとの関連

 別名、急性リンパ性白血病共通抗原(CALLA)としても知られているように、白血病小児の特定のリンパ球の細胞表面に一過性に過剰発現するため、診断マーカーとしても用いられている[1][2]。また、血液系以外にも、前立腺、子宮内膜腎臓およびなどのがんの進行にも関与している。特に注目されているのは前立腺がんで、ネプリライシンの発現レベルの低下により、ボンベシンなどの細胞増殖作用を持つペプチドの分解低下を通してアンドロゲン非依存的にがんの進行に関わるとされている。実際、in vitroで前立腺がん細胞にネプリライシン遺伝子を過剰発現させると腫瘍の増殖が抑制されることが示されている。

脚注

  1. エンドトキシ(内毒素):グラム陰性菌の外膜に存在する耐熱性の毒素。糖脂質と糖鎖からなるリポ多糖で、免疫系などに作用してマクロファージ好中球を活性化してサイトカインなどの炎症性因子の放出を促す。

関連項目

参考文献

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