「ノルアドレナリン」の版間の差分

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<font size="+1">[http://researchmap.jp/hirofumitokuoka 徳岡 宏文]、[http://researchmap.jp/hiroshiichinose 一瀬 宏]</font><br>
''東京工業大学大学''<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2012年6月15日 原稿完成日:2012年10月1日<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/2rikenbsi 林 康紀](独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)<br>
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同義語:ノルエピネフリン  
同義語:ノルエピネフリン  


{{box|text=
 ノルアドレナリンは[[モノアミン]]の一種、また[[カテコールアミン]]の一種である。生体内において、[[神経伝達物質]]または[[wikipedia:ja:ホルモン|ホルモン]]として働く。生体内では[[wikipedia:ja:チロシン|チロシン]]から合成される。ノルアドレナリンの[[受容体]]は[[アドレナリン受容体]]ファミリーであり、三量体[[Gタンパク質共役型]]である。[[末梢神経]]系では[[交感神経]]における神経伝達物質として重要である。[[中枢神経]]系では、[[橋]]にある[[青斑核]]にノルアドレナリン作動性神経細胞が多く存在し、そこからほぼ脳全域に投射している。中枢神経系ノルアドレナリンは[[覚醒]]-[[睡眠]]や[[ストレス]]に関する働きをし、[[注意]]、[[記憶]]や[[学習]]などにも影響すると考えられている。  
 ノルアドレナリンは[[モノアミン]]の一種、また[[カテコールアミン]]の一種である。生体内において、[[神経伝達物質]]または[[wikipedia:ja:ホルモン|ホルモン]]として働く。生体内では[[wikipedia:ja:チロシン|チロシン]]から合成される。ノルアドレナリンの[[受容体]]は[[アドレナリン受容体]]ファミリーであり、三量体[[Gタンパク質共役型]]である。[[末梢神経]]系では[[交感神経]]における神経伝達物質として重要である。[[中枢神経]]系では、[[橋]]にある[[青斑核]]にノルアドレナリン作動性神経細胞が多く存在し、そこからほぼ脳全域に投射している。中枢神経系ノルアドレナリンは[[覚醒]]-[[睡眠]]や[[ストレス]]に関する働きをし、[[注意]]、[[記憶]]や[[学習]]などにも影響すると考えられている。  
}}


== 発見  ==
== 発見  ==
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== 合成  ==
== 合成  ==


[[Image:1NA fig2.jpg|thumb|250px|'''図1 ノルアドレナリン生合成経路''']]  
[[Image:1NA fig2.jpg|thumb|250px|'''図1 ノルアドレナリン生合成経路''']]  中枢神経系のノルアドレナリン神経系の他、[[副腎髄質]]中にある[[クロム親和性細胞]]においても合成されている。合成に関わる酵素は以下の通り(図1)。
 
=== チロシン水酸化酵素 ===
Tyrosine hydroxylase (TH):EC 1.14.16.2
 
 チロシンより[[L-DOPA]] (L-3,4-dihydroxyphenylalanine)を合成する<ref name="ref3"><pubmed> 15569247 </pubmed></ref> <ref name="ref4"><pubmed> 21176768 </pubmed></ref> <ref name="ref5"><pubmed> 2575455</pubmed></ref>。反応には、[[テトラヒドロビオプテリン]] (tetrahydrobiopterin), O<sub>2</sub>, Fe<sup>2+</sup>が必要。カテコールアミン合成において、[[wikipedia:ja:律速段階|律速段階]]の酵素であると考えられている。その活性制御は、主にタンパク質の量と、[[リン酸化]]による。全てのカテコールアミン産生細胞に存在する。[[wikipedia:ja:補因子|補因子]]であるテトラヒドロビオプテリンはGTPより合成される。律速酵素は[[GTPシクロヒドラーゼI]] (GTP cyclohydrolase I)である<ref name="ref6"><pubmed> 10727395 </pubmed></ref>。
 
=== 芳香族アミノ酸脱炭酸酵素 ===
Aromatic L-amino acid decarboxylase (AADC):EC 4.1.1.28
 
 L-DOPAよりドーパミンを合成する。他に、この酵素は[[5-ヒドロキシトリプトファン]] (5-hydroxytryptophan)からセロトニン(5-hydroxytryptamine, 5-HT)を合成する反応も触媒する。[[wikipedia:ja:ピリドキサールリン酸|ピリドキサールリン酸]] (pyridoxal phosphate)が必要。全てのカテコールアミン産生細胞に存在する<ref name="ref7"><pubmed> 8897471</pubmed></ref>。


 他に、[[副腎髄質]]中にある[[クロム親和性細胞]]においても合成されている。合成に関わる酵素は以下の通り(図1)。
=== ドーパミンβ水酸化酵素 ===
Dopamine β-hydroxylase (DBH):EC 1.14.2.1


*'''[[チロシン水酸化酵素]] (tyrosine hydroxylase, TH):'''EC 1.14.16.2。チロシンより[[L-DOPA]] (L-3,4-dihydroxyphenylalanine)を合成する<ref name="ref3"><pubmed> 15569247 </pubmed></ref> <ref name="ref4"><pubmed> 21176768 </pubmed></ref> <ref name="ref5"><pubmed> 2575455</pubmed></ref>。反応には、[[テトラヒドロビオプテリン]] (tetrahydrobiopterin), O<sub>2</sub>, Fe<sup>2+</sup>が必要。カテコールアミン合成において、[[wikipedia:ja:律速段階|律速段階]]の酵素であると考えられている。その活性制御は、主にタンパク質の量と、[[リン酸化]]による。全てのカテコールアミン産生細胞に存在する。[[wikipedia:ja:補因子|補因子]]であるテトラヒドロビオプテリンはGTPより合成される。律速酵素は[[GTPシクロヒドラーゼI]] (GTP cyclohydrolase I)である<ref name="ref6"><pubmed> 10727395 </pubmed></ref>。<br>
 ドーパミンよりノルアドレナリンを合成する。[[wikipedia:ja:アスコルビン酸|アスコルビン酸]]、O<sub>2</sub>、Cu<sup>2+</sup>が必要。ノルアドレナリン、アドレナリン産生細胞の[[シナプス小胞]]の中に存在し、シナプス小胞に取り込まれたドーパミンをノルアドレナリンに変換する<ref name="ref8"><pubmed> 6998654 </pubmed></ref>。
*'''[[芳香族アミノ酸脱炭酸酵素]] (aromatic L-amino acid decarboxylase, AADC)''':EC 4.1.1.28。L-DOPAよりドーパミンを合成する。他に、この酵素は[[5-ヒドロキシトリプトファン]] (5-hydroxytryptophan)からセロトニン(5-hydroxytryptamine, 5-HT)を合成する反応も触媒する。[[wikipedia:ja:ピリドキサールリン酸|ピリドキサールリン酸]] (pyridoxal phosphate)が必要。全てのカテコールアミン産生細胞に存在する<ref name="ref7"><pubmed> 8897471</pubmed></ref>。<br>
*'''[[ドーパミンβ水酸化酵素]] (dopamine β-hydroxylase, DBH)''':EC 1.14.2.1。ドーパミンよりノルアドレナリンを合成する。[[wikipedia:ja:アスコルビン酸|アスコルビン酸]]、O<sub>2</sub>、Cu<sup>2+</sup>が必要。ノルアドレナリン、アドレナリン産生細胞の[[シナプス小胞]]の中に存在し、シナプス小胞に取り込まれたドーパミンをノルアドレナリンに変換する<ref name="ref8"><pubmed> 6998654 </pubmed></ref>。


== 放出、再取り込み  ==
== 放出、再取り込み  ==
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== 代謝分解  ==
== 代謝分解  ==


 ノルアドレナリンの代謝分解には次の二つの酵素が重要である。
 ノルアドレナリンの代謝分解には[[モノアミン酸化酵素]](monoamine oxidase, MAO)、[[カテコール-O-メチル基転移酵素|カテコール-''O''-メチル基転移酵素]](catechol-''O''-methyltransferase, COMT)が重要である。
 
 脳においてノルアドレナリンの多くは、MAO、[[アルデヒド還元酵素]]、およびCOMTにより[[wikipedia:3-Methoxy-4-hydroxyphenylglycol|3-メトキシ-4-ヒドロキシフェニルグリコール]] (3-methoxy-4-hydroxyphenylglycol, MHPG)へ代謝され、さらに[[wikipedia:Vanillylmandelic acid|3-メトキシ-4-ヒドロキシマンデル酸]] (3-methoxy-4-hydroxymandelic acid) (または[[wikipedia:Vanillylmandelic acid|バニリルマンデル酸]] (vanillylmandelic acid, VMA)となって尿中に排出される<ref name="ref15">'''D E Golan, A H Tashjian Jr, E J Armstrong, A W Armstrong'''<br> Principles of Pharmacology, Second Edition<br>''Wolters Kluwer Health (Philadelphia)'':2002</ref>。MHPGの硫酸化物も尿中に排出される<ref name="ref15" />。


*'''[[モノアミン酸化酵素]](monoamine oxidase, MAO)''':MAOはモノアミンのアミノ基を[[wikipedia:ja:アルデヒド|アルデヒド]]基に酸化する。MAOは[[ミトコンドリア]]外膜に局在しに存在し、細胞内のノルアドレナリン(再取込みされたものを含む)の分解に関与する。ただしMAOに比べてvMAT2の方がノルアドレナリンに対する親和性がずっと高いため、シナプス小胞への取り込みの方がMAOによる分解よりも優先されると考えられる<ref name="ref12"><pubmed> 16552415</pubmed></ref>。MAOには[[MAO-A]]と[[MAO-B]]があり、二つの別の遺伝子によりコードされている。MAO-AとMAO-Bはモノアミン作動性神経細胞および[[グリア細胞]]に発現しているが、発現量は細胞の種類により異なり、また動物種によっても違いが見られる<ref name="ref12" />。[[マウス]]脳のノルアドレナリン作動性神経細胞には主にMAO-Aが発現している<ref name="ref13"><pubmed> 11793338 </pubmed></ref>。。
=== モノアミン酸化酵素 ===
*'''[[カテコール-O-メチル基転移酵素|カテコール-''O''-メチル基転移酵素]](catechol-''O''-methyltransferase, COMT)''':これはカテコール基の[[wikipedia:ja:メタ|メタ]]位[[wikipedia:ja:水酸基|水酸基]]に[[wikipedia:ja:メチル基|メチル基]]を転移させる。[[wikipedia:ja:腎臓|腎臓]]や[[wikipedia:ja:肝臓|肝臓]]に豊富だが、カテコールアミン作動性神経細胞の投射先においても発現している。細胞外で働くと考えられている<ref name="ref14"><pubmed> 21846718 </pubmed></ref>。
 MAOはモノアミンのアミノ基を[[wj:アルデヒド|アルデヒド]]基に酸化する。MAOは[[ミトコンドリア]]外膜に局在し、細胞内のノルアドレナリン(再取込みされたものを含む)の分解に関与する。ただしMAOに比べてvMAT2の方がノルアドレナリンに対する親和性がずっと高いため、シナプス小胞への取り込みの方がMAOによる分解よりも優先されると考えられる<ref name="ref12"><pubmed> 16552415</pubmed></ref>。MAOには[[MAO-A]]と[[MAO-B]]があり、二つの別の遺伝子によりコードされている。MAO-AとMAO-Bはモノアミン作動性神経細胞および[[グリア細胞]]に発現しているが、発現量は細胞の種類により異なり、また動物種によっても違いが見られる<ref name="ref12" />。[[マウス]]脳のノルアドレナリン作動性神経細胞には主にMAO-Aが発現している<ref name="ref13"><pubmed> 11793338 </pubmed></ref>
=== カテコール-''O''-メチル基転移酵素 ===
 これはカテコール基の[[wj:メタ|メタ]]位[[wj:水酸基|水酸基]]に[[wj:メチル基|メチル基]]を転移させる。[[wj:腎臓|腎臓]]や[[wj:肝臓|肝臓]]に豊富だが、カテコールアミン作動性神経細胞の投射先においても発現している。細胞外で働くと考えられている<ref name="ref14"><pubmed> 21846718 </pubmed></ref>。


 脳においてノルアドレナリンの多くは、MAO、[[アルデヒド還元酵素]]、およびCOMTにより[[wikipedia:3-Methoxy-4-hydroxyphenylglycol|3-メトキシ-4-ヒドロキシフェニルグリコール]] (3-methoxy-4-hydroxyphenylglycol, MHPG)へ代謝され、さらに[[wikipedia:Vanillylmandelic acid|3-メトキシ-4-ヒドロキシマンデル酸]] (3-methoxy-4-hydroxymandelic acid) (または[[wikipedia:Vanillylmandelic acid|バニリルマンデル酸]] (vanillylmandelic acid, VMA)となって尿中に排出される<ref name="ref15">'''D E Golan, A H Tashjian Jr, E J Armstrong, A W Armstrong'''<br> Principles of Pharmacology, Second Edition<br>''Wolters Kluwer Health (Philadelphia)'':2002</ref>。MHPGの硫酸化物も尿中に排出される<ref name="ref15" />。
 


== 受容体  ==
== 受容体  ==
===分類===
 ノルアドレナリンはアドレナリンと共にアドレナリン受容体(adrenergic receptorまたはadrenoceptor)に結合し活性化する。αおよびβのサブファミリーからなる(表)。より細かくは、α<sub>1A</sub>-α<sub>1D</sub>、α<sub>2A</sub>-α<sub>2C</sub>、β<sub>1</sub>-β<sub>3</sub>、から構成されている。いずれも三量体[[Gタンパク質共役型受容体]]である。α<sub>1</sub>はG<sub>q</sub>、α<sub>2</sub>はG<sub>i</sub>、β<sub>1</sub>-β<sub>3</sub>はG<sub>s</sub>と共役し、異なる[[シグナル伝達]]を行う。Gqは[[ホスホリパーゼC]]を活性化し、 [[イノシトール−1,4,5-三リン酸]] (IP<sub>3</sub>) の産生から[[IP3受容体]]を介して細胞内[[カルシウム]]の上昇を引き起こす。また[[ジアシルグリセロール]] (diacylglicerol, DAG) の産生を介して[[Ca2+/リン脂質依存性タンパク質リン酸化酵素|Ca<sup>2+</sup>/リン脂質依存性タンパク質リン酸化酵素]] (Cキナーゼ)の活性化を引き起こす。G<sub>i</sub>、G<sub>s</sub>はそれぞれ[[アデニル酸シクラーゼ]]を阻害、または活性化し、[[CAMP|cAMP]]の産生の増減、そして[[CAMP依存性タンパク質リン酸化酵素|cAMP依存性タンパク質リン酸化酵素]] (A-kinase, PKA)活性の増減を引き起こす。
===中枢神経系===
 中枢神経系において、ノルアドレナリンは主にα<sub>1</sub>、α<sub>2</sub>、そしてβ<sub>1</sub>受容体を介して作用する。海馬神経細胞において、β1受容体の活性化は[[カリウムチャネル#.E3.82.AB.E3.83.AB.E3.82.B7.E3.82.A6.E3.83.A0.E4.BE.9D.E5.AD.98.E6.80.A7.E3.82.AB.E3.83.AA.E3.82.A6.E3.83.A0.E3.83.81.E3.83.A3.E3.83.B3.E3.83.8D.E3.83.AB|カルシウム依存性カリウムチャンネル]]を阻害し、afterhyperpolarizationを減少させ、結果的に[[シナプス]]入力依存的な発火を亢進させる<ref name="ref18"><pubmed> 2873241</pubmed></ref><ref name="ref19"><pubmed> 6300681</pubmed></ref>。この作用はcAMPを介している<ref name="ref20"><pubmed> 8274274</pubmed></ref>。さらに、β受容体は海馬における[[シナプス長期増強]](LTP)をポジティブに調節する<ref name="ref21"><pubmed> 6311345</pubmed></ref><ref name="ref22"><pubmed> 20043991</pubmed></ref>。そのメカニズムとして、[[樹状突起]]上の[[カリウムチャネル#A.E9.9B.BB.E6.B5.81|A型カリウムチャンネル]]の不活性化によるbackpropagationの促進が考えられている<ref name="ref23"><pubmed> 9914302</pubmed></ref><ref name="ref24"><pubmed> 12077183</pubmed></ref>。また、[[カリウムチャネル#.E3.82.AB.E3.83.AB.E3.82.B7.E3.82.A6.E3.83.A0.E6.B4.BB.E6.80.A7.E5.8C.96.E3.82.AB.E3.83.AA.E3.82.A6.E3.83.A0.E3.83.81.E3.83.A3.E3.83.8D.E3.83.AB|SK型カリウムチャンネル]]の活性化や[[グルタミン酸受容体]]の[[リン酸化]]の可能性も指摘されている<ref name="ref25"><pubmed> 20043991</pubmed></ref>。[[前頭前野]]では、α1、α2、そしてβ1受容体が異なる働きを示すことが示唆されている<ref name="ref26"><pubmed> 17303246</pubmed></ref>。<br>
===末梢組織===
 [[末梢神経系]]において、ノルアドレナリンはα<sub>1</sub>およびβ<sub>1</sub>アドレナリン受容体のアゴニストとして作用する。(アドレナリンは、低濃度ではβ<sub>1</sub>およびβ<sub>2</sub>アドレナリン受容体に作用し、高濃度ではα<sub>1</sub>を介した作用が主となる。)


 ノルアドレナリンはアドレナリンと共にアドレナリン受容体(adrenergic receptorまたはadrenoceptor)に結合し活性化する。αおよびβのサブファミリーからなる(表)。より細かくは、α<sub>1A</sub><sub>1D</sub>、α<sub>2A</sub><sub>2C</sub>、β<sub>1</sub>-β<sub>3</sub>、から構成されている。いずれも三量体[[Gタンパク質共役型受容体]]である。α<sub>1</sub>はG<sub>q</sub>、α<sub>2</sub>はG<sub>i</sub>、β<sub>1</sub>-β<sub>3</sub>はG<sub>s</sub>と共役し、、異なるシグナル伝達を行う。Gqはphospho-lipase Cを活性化し、 inositol 1,4,5-trisphosphate (IP3) の産生からIP3受容体を介して細胞内Ca<sup>2+</sup>の上昇を引き起こす。またdiacylglicerol (DAG) の産生を介してProtein kinase Cの活性化を引き起こす。G<sub>i</sub>、G<sub>s</sub>はそれぞれadenylate cyclaseを阻害、または活性化し、cAMPの産生の増減、そしてPKA活性の増減を引き起こす。
 [[心筋]]において、β1受容体はGsを介してアデニル酸シクラーゼの活性化、cAMPの産生、PKAの活性化が引き起こす。さらに、環状ヌクレオチドが[[イオンチャネル#HCN.E3.83.81.E3.83.A3.E3.83.8D.E3.83.AB.E3.81.A8CNG.E3.83.81.E3.83.A3.E3.83.8D.E3.83.AB|hyperpolarization-activated cyclic nucleotide gated (HCN) channel]]に直接結合し、チャネル活性を亢進し、心筋の興奮性を高める<ref name="ref27"><pubmed> 20156590</pubmed></ref><ref name="ref28"><pubmed> 18953682</pubmed></ref>。また、PKAにより[[カルシウムチャネル#Cav1_.28L.E5.9E.8B.29|L型電位依存性カルシウムチャンネル]]や、筋[[小胞体]][[リアノジン受容体]]がリン酸化されて活性化し、細胞内のカルシウム濃度が上昇、結果的に心筋の興奮性を亢進する。この時[[A-kinase anchoring protein]] ([[AKAP]])が受容体とPKAの相互作用を手助けする<ref name="ref29"><pubmed> 20156590</pubmed></ref><ref name="ref30"><pubmed> 9687361</pubmed></ref>。また、[[カリウムチャネル#.E5.86.85.E5.90.91.E3.81.8D.E6.95.B4.E6.B5.81.E6.80.A7.E3.82.AB.E3.83.AA.E3.82.A6.E3.83.A0.E3.83.81.E3.83.A3.E3.83.8D.E3.83.AB|内向き整流性カリウムチャネル]]の一種であるslowly activated K channels (IKs) もPKAのリン酸化を受け、活性化する<ref name="ref29" />)。これにより、心拍数が増加した時でも、心臓の拡張期の時間が適切に調節されると考えられる。アドレナリンによるα2受容体の活性化は、Giを介して上記β1受容体と逆の効果がある。
 
 中枢神経系において、ノルアドレナリンは主にα<sub>1</sub>、α<sub>2</sub>、そしてβ<sub>1</sub>受容体を介して作用する。。海馬神経細胞において、β1受容体の活性化はCa2+依存性K+チャンネルを阻害し、afterhyperpolarizationを減少させ、結果的にシナプス入力依存的な発火を亢進させる(PMID: 2873241, 6300681)。この作用はcAMPを介している(PMID: 8274274)。さらに、β受容体は海馬におけるシナプス長期増強(LTP)をポジティブに調節する(PMID: 6311345, 20043991)。そのメカニズムとして、樹上突起状のA型K+チャンネルの不活性化によるbackpropagationの促進が考えられている(PMID: 9914302, 12077183)。また、SK型K+チャンネルの活性化やグルタミン酸受容体のリン酸化の可能性も指摘されている(PMID: 20043991)。前頭前野では、α1、α2、そしてβ1受容体が異なる働きを示すことが示唆されている(PMID: 17303246)。<br>  


<br>  
 [[wikipedia:ja:平滑筋|平滑筋]]において、ノルアドレナリンα1受容体の活性化は、Gqを介してホスホリパーゼCの活性化、IP<sub>3</sub>とジアシルグリセロールの産生、IP<sub>3</sub>受容体の活性化による[[細胞内カルシウムストア]]からのカルシウム放出、[[ミオシン軽鎖キナーゼ]] (myosin-light chain kinase, MLCK)の活性化、そして結果的に筋収縮を引き起こす<ref name="ref15" /> <ref name="ref31"><pubmed> 11096123</pubmed></ref>。<br>逆に、アドレナリンによるβ2受容体の活性化は、Gsを介してPKAの活性化、MLCKのリン酸化による抑制の結果、筋弛緩をもたらすと考えられる<ref name="ref15" /><ref name="ref32"><pubmed> 6259152</pubmed></ref>。<br>  


 末梢神経系において、ノルアドレナリンはα<sub>1</sub>およびβ<sub>1</sub>アドレナリン受容体のアゴニストとして作用する。(アドレナリンは、低濃度ではβ<sub>1</sub>およびβ<sub>2</sub>アドレナリン受容体に作用し、高濃度ではα<sub>1</sub>を介した作用が主となる。)
 α<sub>2</sub>アドレナリン受容体はノルアドレナリン[[軸索終末]]に存在し([[自己受容体]]またはオートレセプター)、ノルアドレナリンの放出を抑制する<ref name="ref33"><pubmed> 11520889 </pubmed></ref>。  
 
 心筋において、β1受容体はGsを介してadenylate cyclaseの活性化、cAMPの産生、PKAの活性化が引き起こす。さらに、cyclic nucleotideがhyperpolarization-activated cyclic nucleotide gated (HCN) channelに直接結合し、チャンネル活性を亢進し、心筋の興奮性を高める (PMID 20156590, 18953682)。また、PKAによりL型電位依存性カルシウムチャンネルや、筋小胞体リアノジン受容体がリン酸化されて活性化し、細胞内のカルシウム濃度が上昇、結果的に心筋の興奮性を亢進する。この時A-kinase anchoring protein (AKAP)が受容体とPKAの相互作用を手助けする(PMID 20156590, 9687361)。また、内向き整流性カリウムチャンネルの一種であるslowly activated K channels (IKs) もPKAのリン酸化を受け、活性化する(PMID 20156590)。これにより、心拍数が増加した時でも、心臓の拡張期の時間が適切に調節されると考えられる。アドレナリンによるα2受容体の活性化は、Giを介して上記β1受容体と逆の効果がある。
 
 平滑筋において、ノルアドレナリンα1受容体の活性化は、Gqを介してphospholipaseの活性化、inositol 1,4,5-trisphosphate (IP3)とdiacylglycerolの産生、IP3受容体の活性化による細胞内カルシウムストアからのカルシウム放出、myosin-light chain kinaseの活性化、そして結果的に筋収縮を引き起こす(&lt;ref&gt;'''D E Golan, A H Tashjian Jr, E J Armstrong, A W Armstrong'''&lt;br&gt; Principles of Pharmacology, Second Edition&lt;br&gt;''Wolters Kluwer Health (Philadelphia)'':2002&lt;/ref&gt;) (PMID: 11096123)。<br>逆に、アドレナリンによるβ2受容体の活性化は、Gsを介してPKAの活性化、MLCKのリン酸化による抑制の結果、筋弛緩をもたらすと考えられる(&lt;ref&gt;'''D E Golan, A H Tashjian Jr, E J Armstrong, A W Armstrong'''&lt;br&gt; Principles of Pharmacology, Second Edition&lt;br&gt;''Wolters Kluwer Health (Philadelphia)'':2002&lt;/ref&gt;)(PMID: 6259152)。<br>
 
 α<sub>2</sub>アドレナリン受容体はノルアドレナリン[[軸索終末]]に存在し([[自己受容体]]またはオートレセプター)、ノルアドレナリンの放出を抑制する<ref name="ref19"><pubmed> 11520889 </pubmed></ref>。  


{| class="wikitable"
{| class="wikitable"
112行目: 132行目:
! style="white-space:nowrap" | [[wikipedia:Adrenergic antagonist|アンタゴニスト]]
! style="white-space:nowrap" | [[wikipedia:Adrenergic antagonist|アンタゴニスト]]
|-
|-
| style="white-space:nowrap" | [[wikipedia:Α1 adrenergic receptor|α<sub>1</sub>]]:<br>[[wikipedia:Alpha-1A adrenergic receptor|A]], [[wikipedia:Alpha-1B adrenergic receptor|B]], [[wikipedia:Alpha-1D adrenergic receptor|D]]<sup>†</sup>  
| style="white-space:nowrap" | [[wikipedia:Α1 adrenergic receptor|α]]<sub>1</sub>:<br>[[wikipedia:Alpha-1A adrenergic receptor|A]], [[wikipedia:Alpha-1B adrenergic receptor|B]], [[wikipedia:Alpha-1D adrenergic receptor|D]]<sup>†</sup>  
| style="white-space:nowrap" | [[ノルアドレナリン]] &gt; [[アドレナリン]] &gt;&gt; [[イソプレナリン]]  
| style="white-space:nowrap" | [[ノルアドレナリン]] &gt; [[アドレナリン]] &gt;&gt; [[イソプレナリン]]  
| [[wikipedia:ja:平滑筋|平滑筋]]収縮  
| [[wikipedia:ja:平滑筋|平滑筋]]収縮  
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*[[アルフゾシン]]  
*[[アルフゾシン]]  
*[[ドキサゾシン]]  
*[[ドキサゾシン]]  
*[[ヘノキシベンザミン]]  
*[[フェノキシベンザミン]]  
*[[フェントラミン]]  
*[[フェントラミン]]  
*[[プラゾシン]]  
*[[プラゾシン]]  
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|}
|}


'''表 アドレナリン性受容体''' Wikipedia項目[[wikipedia:Adrenergic Receptor|Adrenergic Receptor]]から翻訳、修正の上転載。 <sup>†</sup>α<sub>1C</sub>受容体と呼ばれる物は、存在しない。  
'''表 アドレナリン性受容体''' Wikipedia項目[[wikipedia:Adrenergic Receptor|Adrenergic Receptor]]から翻訳、修正の上転載。 <sup>†</sup>α<sub>1C</sub>受容体と呼ばれる物は、存在しない。
 
== 主たる投射系  ==


<br>  
中枢神経系<br> 脳におけるノルアドレナリン作動性の神経細胞群は、主に延髄(medulla)、橋(pons)に存在し、A1-A7に分けられている。


== 主たる投射系 ==
*'''A1'''、'''A2''':A1は髄質の腹外側に位置し、A2は背側に位置する。共に[[視床下部]]に上行性投射をし、ホルモン循環器系やホルモン内分泌系の調節を行う。
*'''A5'''、'''A7''':橋の腹外側に位置し、脊髄へ投射し、自律神経反射や、痛覚の調節を行う。
*'''A6''':青斑核(locus ceruleus)と呼ばれる。橋の背側に位置し、最も主要なノルアドレナリン作動性神経細胞の核である。青斑核からは、[[大脳皮質]]、[[視床]]、視床下部、[[小脳]]、[[中脳]]、[[脊髄]]、など脳のほぼ全域にわたって投射している(図2:文献<ref name="ref34"><pubmed> 756202</pubmed></ref>より許可を得て改変)。


中枢神経系<br> 脳におけるノルアドレナリン作動性の神経細胞群は、主に髄質(medulla)(延髄でしょうか?)、橋(pons)に存在し、A1-A7に分けられている。
 [[自律神経系]]のうちの[[交感神経]]系では、[[節後神経]]細胞がノルアドレナリン作動性であり、脊髄中の[[節前神経]]細胞より[[アセチルコリン]]性の入力を受け、ノルアドレナリン性の出力を内臓器官に与える。その結果、[[wikipedia:ja:血管|血管]]の収縮、[[wikipedia:ja:血圧|血圧]]の上昇、[[wikipedia:ja:心拍数|心拍数]]の増加、などを引き起こす。


*'''A1'''、'''A2''':A1は髄質の腹外側に位置し、A2は背側に位置する。共に視床下部に上行性投射をし、ホルモン循環器系やホルモン内分泌系の調節を行う。
[[Image:NEprojection.jpg|thumb|400px|'''図2 青斑核からのノルアドレナリン投射経路''']]
*'''A5'''、'''A7''':橋の腹外側に位置し、脊髄へ投射し、自律神経反射や、痛覚の調節を行う。
*'''A6''':青斑核(locus ceruleus)と呼ばれる。橋の背側に位置し、最も主要なノルアドレナリン作動性神経細胞の核である。青斑核からは、大脳皮質、視床、視床下部、小脳、中脳、脊髄、など脳のほぼ全域にわたって投射している(図2:Moore and Bloom, 1979 (PMID756202)より許可を得て改変)。


<br> 自律神経系のうちの交感神経系では、節後神経細胞がノルアドレナリン作動性であり、脊髄中の節前神経細胞よりアセチルコリン性の入力を受け、ノルアドレナリン性の出力を内臓器官に与える。その結果、血管の収縮、血圧の上昇、心拍数の増加、などを引き起こす。
== 中枢神経系におけるノルアドレナリンの機能  ==


=== 覚醒状態との関係  ===


 青斑核は古くから[[覚醒]]状態に関係していると考えられてきた。1949年、Guiseppe MoruzziとHorace Magounは青斑核を含む脳幹部(紋様体)を刺激すると大脳皮質の脳波が様々に変化することを見いだし<ref name="ref35"><pubmed> 18421835</pubmed></ref>、この部位が脳の覚醒に関係することが示唆された。ラット青斑核神経細胞の発火頻度は、覚醒-睡眠のサイクルに応じて変化し、また継続中の行動を中断するような場合に上昇する<ref name="ref36"><pubmed> 7346592</pubmed></ref><ref name="ref37"><pubmed> 6771765</pubmed></ref>。その後の研究により、ノルアドレナリンは他の重要な機能を持つことが明らかとなってきた(下記)。


== [[Image:NEprojection.jpg|thumb|400px|図2 青斑核からのノルアドレナリン投射経路]]中枢神経系におけるノルアドレナリンの機能 ==
=== 感覚入力の調節  ===


1. 覚醒状態との関係<br> 青斑核は古くから覚醒状態に関係していると考えられてきた。1949年、Guiseppe MoruzziとHorace Magounは青斑核を含む脳幹部(紋様体)を刺激すると大脳皮質の脳波が様々に変化することを見いだし(Moruzzi, PMID: 18421835)、この部位が脳の覚醒に関係することが示唆された。ラット青斑核神経細胞の発火頻度は、覚醒-睡眠のサイクルに応じて変化し、また継続中の行動を中断するような場合に上昇する(PMID 7346592, 6771765)。その後の研究により、ノルアドレナリンは他の重要な機能を持つことが明らかとなってきた(下記)。
 ノルアドレナリンは、他の神経伝達物質による感覚入力の情報処理を修飾する。[[wikipedia:ja:サル|サル]]の[[聴覚野]]にノルアドレナリンを投与すると、聴覚刺激に対する応答のS/N比が亢進する、すなわち自発的活動(ノイズ)が減少するが、感覚入力依存的活動は維持される<ref name="ref38"><pubmed> 234774</pubmed></ref>。[[wikipedia:ja:ラット|ラット]]の[[体性感覚野]]<ref name="ref39"><pubmed> 7349980</pubmed></ref>や[[海馬]]<ref name="ref40"><pubmed> 178411</pubmed></ref>にても同様の報告がなされている。さらに、発火の応答速度や同期性が向上することがラット体性感覚野<ref name="ref41"><pubmed> 15128405</pubmed></ref>や[[嗅皮質]]<ref name="ref42"><pubmed> 12492432</pubmed></ref>で報告されている。


2. 感覚入力の調節<br>ノルアドレナリンは、他の神経伝達物質による感覚入力の情報処理を修飾する。サルの聴覚野にノルアドレナリンを投与すると、聴覚刺激に対する応答のS/N比が亢進する、すなわち自発的活動(ノイズ)が減少するが、感覚入力依存的活動は維持される(Foote, 1975; PMID: 234774)。ラットの体性感覚野(7349980)や海馬(Segal 1976; PMID 178411)にても同様の報告がなされている。さらに、発火の応答速度や同期性が向上することがラット体性感覚野(Lecas 2004; 15128405)や嗅皮質(Bouret 2002; 12492432)で報告されている。
=== 注意  ===


3. 注意<br>α2アドレナリン受容体のアゴニストであるclonidineを低濃度で局所的に投与すると、軸索終末の自己受容体を介してノルアドレナリンの放出が減少する。この方法を用いて、ラットにて上行性のノルアドレナリン投射を低下させると、注意を必要とする前頭前野依存的な行動試験の成績が低下するPMID: 15830223。サルでは低濃度のclonidineにより認知機能が低下するが、高濃度では逆に認知機能が亢進し、特に老齢のサルで効果が認められた(2999977, 17303246)。この効果は前頭前野におけるHyperpolarization-activated Cyclic Nucleotide-gated (HCN) channelsの活性化によると報告されている(17448997)。ヒトにおいてもclonidineは覚醒状態に依存した効果を示し、視覚的注意に依存する作業を向上させる(10600416)。
 α<sub>2</sub>アドレナリン受容体のアゴニストであるクロニジンを低濃度で局所的に投与すると、軸索終末の自己受容体を介してノルアドレナリンの放出が減少する。この方法を用いて、ラットにて上行性のノルアドレナリン投射を低下させると、[[注意]]を必要とする前頭前野依存的な行動試験の成績が低下する<ref name="ref43"><pubmed> 15830223</pubmed></ref>。サルでは低濃度のclonidineにより[[認知機能]]が低下するが、高濃度では逆に認知機能が亢進し、特に老齢のサルで効果が認められた<ref name="ref44"><pubmed> 2999977</pubmed></ref><ref name="ref45"><pubmed> 17303246</pubmed></ref>。この効果は前頭前野におけるHyperpolarization-activated cyclic nucleotide-gated (HCN) channelsの活性化によると報告されている<ref name="ref46"><pubmed> 17448997</pubmed></ref>。[[wikipedia:ja:ヒト|ヒト]]においてもクロニジンは覚醒状態に依存した効果を示し、視覚的注意に依存する作業を向上させる<ref name="ref47"><pubmed> 10600416</pubmed></ref>。


5. 記憶<br>記憶の固定におけるノルアドレナリンの働きは、主に行動薬理学的実験により明らかになってきた。ノルアドレナリンは扁桃体や海馬において他の神経伝達物質やホルモンなどと相互作用し、長期記憶の形成を促進する(18704369)。また、ノルアドレナリンはβ受容体を介して、記憶固定における遅いステージに関与していると報告されている(10327234, 15254217)。<br>記憶の想起においてもノルアドレナリンが関与している。ラットにおいて、ノルアドレナリン放出の促進や青斑核の電気刺激により記憶の想起が促進される(3345434, 2543356)。ドーパミンβ水酸化酵素のコンディショナル・ノックアウトマウスを用いた研究でも記憶の想起におけるノルアドレナリンの関与が示されている(15066288)。<br> 心的外傷後ストレス障害(PTSD)においてもノルアドレナリンが関わると考えられる(17354267)。PTSDに使用される薬剤clonidineはα2受容体のアゴニスト、prazosinはα1受容体のアンタゴニストである。PTSDの患者が、当該の出来事を想起し表出する際には、ノルアドレナリンが大量に放出される(17354267)。β受容体が記憶の再固定(reconsolidation)に関与するとの知見から、PTSDの治療にβ受容体の阻害が試みられている(16891611, 18410917, 17588604)。<br>
=== 記憶 ===
 
 [[記憶]]の[[固定]]におけるノルアドレナリンの働きは、主に行動薬理学的実験により明らかになってきた。ノルアドレナリンは[[扁桃体]]や海馬において他の神経伝達物質やホルモンなどと相互作用し、[[長期記憶]]の形成を促進する<ref name="ref48"><pubmed> 18704369</pubmed></ref>。また、ノルアドレナリンはβ受容体を介して、記憶固定における遅いステージに関与していると報告されている<ref name="ref49"><pubmed> 10327234</pubmed></ref><ref name="ref50"><pubmed> 15254217</pubmed></ref>。記憶の想起においてもノルアドレナリンが関与している。ラットにおいて、ノルアドレナリン放出の促進や青斑核の電気刺激により記憶の想起が促進される<ref name="ref51"><pubmed> 3345434</pubmed></ref><ref name="ref52"><pubmed> 2543356</pubmed></ref>。ドーパミンβ水酸化酵素の[[コンディショナル・ノックアウトマウス]]を用いた研究でも記憶の想起におけるノルアドレナリンの関与が示されている<ref name="ref53"><pubmed> 15066288</pubmed></ref>。
 
 [[心的外傷後ストレス障害]](PTSD)においてもノルアドレナリンが関わると考えられる<ref name="ref54"><pubmed> 17354267</pubmed></ref>。PTSDに使用される薬剤クロニジンはα2受容体のアゴニスト、プラゾシンはα<sub>1</sub>受容体のアンタゴニストである。PTSDの患者が、当該の出来事を想起し表出する際には、ノルアドレナリンが大量に放出される<ref name="ref54" />。β受容体が記憶の[[再固定]](reconsolidation)に関与するとの知見から、PTSDの治療にβ受容体の阻害が試みられている<ref name="ref55"><pubmed> 16891611</pubmed></ref><ref name="ref56"><pubmed> 18410917</pubmed></ref><ref name="ref57"><pubmed> 17588604</pubmed></ref>


== 抗うつ薬とノルアドレナリン  ==
== 抗うつ薬とノルアドレナリン  ==
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 気分障害の治療に使われる薬のうち、歴史的に古い[[MAO阻害剤]]、[[三環系抗うつ薬]]はセロトニン系だけでなくノルアドレナリン系を刺激する。近年使用頻度が増えている薬に[[選択的セロトニン再取り込み阻害剤]](SSRI)あるが、これはノルアドレナリン系には作用しない。さらに、[[セロトニン・ノルエピネフリン再取り込み阻害剤]](SNRI)も開発され、これはその名の通り、セロトニン系とノルエピネフリン系の両方を選択的に刺激する。  
 気分障害の治療に使われる薬のうち、歴史的に古い[[MAO阻害剤]]、[[三環系抗うつ薬]]はセロトニン系だけでなくノルアドレナリン系を刺激する。近年使用頻度が増えている薬に[[選択的セロトニン再取り込み阻害剤]](SSRI)あるが、これはノルアドレナリン系には作用しない。さらに、[[セロトニン・ノルエピネフリン再取り込み阻害剤]](SNRI)も開発され、これはその名の通り、セロトニン系とノルエピネフリン系の両方を選択的に刺激する。  


 こうした薬の作用から、うつ状態の原因がセロトニンやノルアドレナリンなどのモノアミンの減少によるのではないかという[[モノアミン仮説]]が生まれた。しかし、これらの薬の治療効果が現れるのは、モノアミン神経伝達が亢進されるよりもずっと遅いことから、この仮説よりももっと複雑なことが起きていると考えられている<ref name="ref20">'''E R Kandel, J H Schwartz, T M Jessell'''<br> Principles of Neural Science, Fourth Edition<br>''Mc Graw Hill (New York)'':2000</ref> <ref name="ref21">'''N R Carlson'''<br> Physiology of Behavior, Tenth Edition<br>''Pearson Education (Boston)'':2009</ref>。  
 こうした薬の作用から、うつ状態の原因がセロトニンやノルアドレナリンなどのモノアミンの減少によるのではないかという[[モノアミン仮説]]が生まれた。しかし、これらの薬の治療効果が現れるのは、モノアミン神経伝達が亢進されるよりもずっと遅いことから、この仮説よりももっと複雑なことが起きていると考えられている<ref name="ref58">'''E R Kandel, J H Schwartz, T M Jessell'''<br> Principles of Neural Science, Fourth Edition<br>''Mc Graw Hill (New York)'':2000</ref> <ref name="ref59">'''N R Carlson'''<br> Physiology of Behavior, Tenth Edition<br>''Pearson Education (Boston)'':2009</ref>。  


== 関連項目  ==
== 関連項目  ==
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== 参考文献  ==
== 参考文献  ==
 
<references />
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<br> (執筆者:徳岡宏文、一瀬宏 担当編集者:林 康紀)

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