「ノルアドレナリン」の版間の差分

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<br> '''「発見」'''  
<br> '''「発見」'''  


1946年、Ulf Svante von Euler(スウェーデン)およびPeter Holtz(ドイツ)により、ノルアドレナリンがほ乳類の交感神経において神経伝達物質として働くことが示された。<ref>'''U S von Euler'''<br> A Specific Sympathomimetic Ergone in Adrenergic Nerve Fibres (Sympathin) and its Relations to Adrenaline and Nor-Adrenaline <br> ''Acta Physiol., Scand. '':1946, 12; 73–97</ref> <ref>'''P Holtz'''<br> Uber die sympathicomimetische Wirksamkeit von Gehiraex- trakten.<br>''Acta Physiol., Scand. '': 1950, 20; 354–362</ref>。  
1946年、Ulf Svante von Euler(スウェーデン)およびPeter Holtz(ドイツ)により、ノルアドレナリンがほ乳類の交感神経において神経伝達物質として働くことが示された。<ref>'''U S von Euler'''<br> A Specific Sympathomimetic Ergone in Adrenergic Nerve Fibres (Sympathin) and its Relations to Adrenaline and Nor-Adrenaline <br> ''Acta Physiol., Scand. '':1946, 12; 73–97</ref> <ref>'''P Holtz'''<br> Uber die sympathicomimetische Wirksamkeit von Gehiraex- trakten.<br>''Acta Physiol., Scand. '': 1950, 20; 354–362</ref>。<br>
 
Holtz, P., (1950) Uber die sympathicomimetische Wirksamkeit von Gehiraex- trakten. Acta Physiol., Scand., 20, 354–362


<br> '''「構造」'''  
<br> '''「構造」'''  
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<br> '''「合成」''' 脳、交感神経、および交感神経節においてチロシンより合成される(図2)。他に、副腎髄質中にあるクロム親和性細胞においても合成されている。酵素に関わる酵素は以下の通り。
<br> '''「合成」'''  


・チロシン水酸化酵素 tyrosine hydroxylase (TH):EC 1.14.16.2。チロシンよりL-DOPA (L-3,4-dihydroxyphenylalanine、levodopa)を合成する<ref name="ref3"><pubmed> 15569247 </pubmed></ref> <ref name="ref4"><pubmed> 21176768 </pubmed></ref> <ref name="ref5"><pubmed> 2575455</pubmed></ref>。補因子として、Tetrahydrobiopterin, O2, Fe2+が必要。カテコールアミン合成において、律速段階の酵素であると考えられている。その活性制御は、主にタンパク質の量と、リン酸化による。全てのカテコールアミン産生細胞に存在する。  補因子であるTetrahydrobiopterinはGTPより合成される。律速酵素はGTP cyclohydrolase Iである<ref name="ref6"><pubmed> 21867484 </pubmed></ref>。
脳、交感神経、および交感神経節においてチロシンより合成される(図2)。他に、副腎髄質中にあるクロム親和性細胞においても合成されている。酵素に関わる酵素は以下の通り。


・芳香族アミノ酸脱炭酸酵素 aromatic L-amino acid decarboxylase (AADC):EC 4.1.1.28。L-DOPAよりドーパミンを合成する。他に、この酵素は5-hydroxytryptophanからセロトニン(5-hydroxytryptamine, 5-HT)を合成する反応も触媒する。Pyridoxal phosphateが必要。全てのカテコールアミン産生細胞に存在する<ref name="ref7"><pubmed> 8897471</pubmed></ref>。  
*'''チロシン水酸化酵素 tyrosine hydroxylase (TH)''':EC 1.14.16.2。チロシンよりL-DOPA (L-3,4-dihydroxyphenylalanine、levodopa)を合成する<ref name="ref3"><pubmed> 15569247 </pubmed></ref> <ref name="ref4"><pubmed> 21176768 </pubmed></ref> <ref name="ref5"><pubmed> 2575455</pubmed></ref>。補因子として、Tetrahydrobiopterin, O2, Fe2+が必要。カテコールアミン合成において、律速段階の酵素であると考えられている。その活性制御は、主にタンパク質の量と、リン酸化による。全てのカテコールアミン産生細胞に存在する。  補因子であるTetrahydrobiopterinはGTPより合成される。律速酵素はGTP cyclohydrolase Iである<ref name="ref6"><pubmed> 21867484 </pubmed></ref>。
 
*'''芳香族アミノ酸脱炭酸酵素 aromatic L-amino acid decarboxylase (AADC)''':EC 4.1.1.28。L-DOPAよりドーパミンを合成する。他に、この酵素は5-hydroxytryptophanからセロトニン(5-hydroxytryptamine, 5-HT)を合成する反応も触媒する。Pyridoxal phosphateが必要。全てのカテコールアミン産生細胞に存在する<ref name="ref7"><pubmed> 8897471</pubmed></ref>。  
・ドーパミンβ水酸化酵素 Dopamine β-hydroxylase:EC 1.14.2.1。ドーパミンよりノルアドレナリンを合成する。アスコルビン酸、O2、Cu2+が必要。ノルアドレナリン、アドレナリン産生細胞に存在する。シナプス小胞の中に存在し、シナプス小胞に取り込まれたドーパミンをノルアドレナリンに変換する<ref name="ref8"><pubmed> 6998654 </pubmed></ref>。  
*'''ドーパミンβ水酸化酵素 Dopamine β-hydroxylase (DBH)''':EC 1.14.2.1。ドーパミンよりノルアドレナリンを合成する。アスコルビン酸、O2、Cu2+が必要。ノルアドレナリン、アドレナリン産生細胞に存在する。シナプス小胞の中に存在し、シナプス小胞に取り込まれたドーパミンをノルアドレナリンに変換する<ref name="ref8"><pubmed> 6998654 </pubmed></ref>。


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<br> '''「放出、再取り込み」'''    
<br> '''「放出、再取り込み」'''    


ノルアドレナリンは小胞型モノアミントランスポーター(vesicular monoamine transporter, vMAT)によりシナプス小胞内に輸送される。vMAT1は主に副腎のクロム陽性細胞、vMAT2は神経細胞で発現している。vMATはH+との交換輸送によりモノアミンを小胞内に蓄積させる<ref name="ref9"><pubmed> 11099462 </pubmed></ref>。  ノルアドレナリンの放出は他の神経伝達物質と同様に、神経活動依存的、カルシウム依存的なシナプス小胞のエキソサイトーシスによる。  放出された後、ノルエピネフリントランスポーター(NET、またはノルアドレナリントランスポーター(NAT))により再取り込みされる。他のカテコールアミン同様、細胞外に放出されたノルアドレナリンの量の調節は、この再取込みの寄与が高い<ref name="ref10"><pubmed> 10769386 </pubmed></ref>。NETはNa+/K+-ATPase依存的で、Na+/Cl-の共輸送によりノルアドレナリンを細胞内に輸送する。またNETはリン酸化により制御される<ref name="ref11"><pubmed> 16539676 </pubmed></ref>。&nbsp;  
ノルアドレナリンは'''小胞型モノアミントランスポーター'''(vesicular monoamine transporter, '''vMAT''')によりシナプス小胞内に輸送される。vMAT1は主に副腎のクロム陽性細胞、vMAT2は神経細胞で発現している。vMATはH+との交換輸送によりモノアミンを小胞内に蓄積させる<ref name="ref9"><pubmed> 11099462 </pubmed></ref>。  ノルアドレナリンの放出は他の神経伝達物質と同様に、神経活動依存的、カルシウム依存的なシナプス小胞のエキソサイトーシスによる。  放出された後、'''ノルエピネフリントランスポーター'''('''NET'''、またはノルアドレナリントランスポーター(NAT))により再取り込みされる。他のカテコールアミン同様、細胞外に放出されたノルアドレナリンの量の調節は、この再取込みの寄与が高い<ref name="ref10"><pubmed> 10769386 </pubmed></ref>。NETはNa+/K+-ATPase依存的で、Na+/Cl-の共輸送によりノルアドレナリンを細胞内に輸送する。またNETはリン酸化により制御される<ref name="ref11"><pubmed> 16539676 </pubmed></ref>。&nbsp;  


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'''「代謝分解」'''  
'''「代謝分解」'''  


ノルアドレナリンの代謝分解には次の二つの酵素が重要である。 ・モノアミン酸化酵素(monoamine oxidase, MAO):MAOはモノアミンのアミノ基をアルデヒド基に酸化する。MAOはミトコンドリア外膜に局在しに存在し、細胞内のノルアドレナリン(再取込みされたものを含む)の分解に関与する。ただしMAOに比べてvMAT2の方がノルアドレナリンに対する親和性がずっと高いため、シナプス小胞への取り込みの方がMAOによる分解よりも優先されると考えられる<ref name="ref12"><pubmed> 16552415</pubmed></ref>。MAOにはMAOAとMAOBがあり、二つの別の遺伝子によりコードされている。MAOAとMAOBはモノアミン作動性神経細胞およびグリア細胞に発現しているが、発現量は細胞の種類により異なり、また動物種によっても違いが見られる<ref name="ref12" />。マウス脳のノルアドレナリン作動性神経細胞には主にMAOAが発現している<ref name="ref13"><pubmed> 11793338 </pubmed></ref>。
ノルアドレナリンの代謝分解には次の二つの酵素が重要である。  


・カテコール-o-メチル基転移酵素(catechol-o-methyltransferase, COMT):これはカテコール基のm-水酸基にメチル基を転移させる。腎臓や肝臓に豊富だが、カテコールアミン作動性神経細胞の投射先においても発現している。細胞外で働くと考えられている<ref name="ref14"><pubmed> 21846718 </pubmed></ref>。  
*'''モノアミン酸化酵素(monoamine oxidase, MAO)''':MAOはモノアミンのアミノ基をアルデヒド基に酸化する。MAOはミトコンドリア外膜に局在しに存在し、細胞内のノルアドレナリン(再取込みされたものを含む)の分解に関与する。ただしMAOに比べてvMAT2の方がノルアドレナリンに対する親和性がずっと高いため、シナプス小胞への取り込みの方がMAOによる分解よりも優先されると考えられる<ref name="ref12"><pubmed> 16552415</pubmed></ref>。MAOにはMAOAとMAOBがあり、二つの別の遺伝子によりコードされている。MAOAとMAOBはモノアミン作動性神経細胞およびグリア細胞に発現しているが、発現量は細胞の種類により異なり、また動物種によっても違いが見られる<ref name="ref12" />。マウス脳のノルアドレナリン作動性神経細胞には主にMAOAが発現している<ref name="ref13"><pubmed> 11793338 </pubmed></ref>。
*'''カテコール-o-メチル基転移酵素(catechol-o-methyltransferase, COMT)''':これはカテコール基のm-水酸基にメチル基を転移させる。腎臓や肝臓に豊富だが、カテコールアミン作動性神経細胞の投射先においても発現している。細胞外で働くと考えられている<ref name="ref14"><pubmed> 21846718 </pubmed></ref>。


脳においてノルアドレナリンの多くは、MAO、アルデヒド還元酵素、およびCOMTにより3-methoxy-4-hydroxyphenylglycol(MHPG)へ代謝され、さらに3-methoxy-4-hydroxymandelic acid (VMA)となって尿中に排出される<ref name="ref15">'''D E Golan, A H Tashjian Jr, E J Armstrong, A W Armstrong'''<br> Principles of Pharmacology, Second Edition<br>''Wolters Kluwer Health (Philadelphia)'':2002</ref>。MHPGの硫酸化物も尿中に排出される<ref name="ref15" />。  
脳においてノルアドレナリンの多くは、MAO、アルデヒド還元酵素、およびCOMTにより3-methoxy-4-hydroxyphenylglycol(MHPG)へ代謝され、さらに3-methoxy-4-hydroxymandelic acid (VMA)となって尿中に排出される<ref name="ref15">'''D E Golan, A H Tashjian Jr, E J Armstrong, A W Armstrong'''<br> Principles of Pharmacology, Second Edition<br>''Wolters Kluwer Health (Philadelphia)'':2002</ref>。MHPGの硫酸化物も尿中に排出される<ref name="ref15" />。  


<br> '''「主たる投射系と機能」''' (1) 中枢神経系 脳におけるノルアドレナリン作動性の神経細胞群は、主に髄、橋に存在し、A1-A7に分けられている。 A1、A2:A1は髄の腹外側に位置し、A2は背側に位置する。共に視床下部に上行性投射をし、循環器系や内分泌系の調節を行う。 A5、A7:橋の腹外側に位置し、脊髄へ投射し、自律神経反射や、痛覚の調節を行う。 A6:青斑核(Locus Ceruleus)と呼ばれる。橋の背側に位置し、最も主要なノルアドレナリン作動性神経細胞の核である。ラットでは約1,500神経細胞、ヒトでは約12,000神経細胞が片側の脳の青斑核に存在する。青斑核からは、大脳皮質、視床、視床下核、小脳、中脳、脊髄、など脳のほぼ全域にわたって投射している。青斑核のノルアドレナリン作動性神経細胞は覚醒状態や不意な環境変化への応答性に関係している<ref name="ref16"><pubmed> 19190638 </pubmed></ref>。例えば、ラット青斑核神経細胞の発火頻度は、覚醒-睡眠のサイクルに応じて変化し、また継続中の行動を中断するような場合に上昇する<ref name="ref17"><pubmed> 7346592 </pubmed></ref>。さらに近年、ノルアドレナリンの注意、記憶、学習への関与、またシナプス可塑性への関与が報告されている<ref name="ref16" /> <ref name="ref18"><pubmed> 20465834</pubmed></ref>。これらのことから、ノルアドレナリンの働きは、動物が環境の変化に適応する際に、注意や認知のシフト、そして行動の適応化を早めることであると提唱されている<ref name="ref16" />。  
<br> '''「主たる投射系と機能」'''  
 
(1) 中枢神経系 脳におけるノルアドレナリン作動性の神経細胞群は、主に髄、橋に存在し、A1-A7に分けられている。 A1、A2:A1は髄の腹外側に位置し、A2は背側に位置する。共に視床下部に上行性投射をし、循環器系や内分泌系の調節を行う。 A5、A7:橋の腹外側に位置し、脊髄へ投射し、自律神経反射や、痛覚の調節を行う。 A6:青斑核(Locus Ceruleus)と呼ばれる。橋の背側に位置し、最も主要なノルアドレナリン作動性神経細胞の核である。ラットでは約1,500神経細胞、ヒトでは約12,000神経細胞が片側の脳の青斑核に存在する。青斑核からは、大脳皮質、視床、視床下核、小脳、中脳、脊髄、など脳のほぼ全域にわたって投射している。青斑核のノルアドレナリン作動性神経細胞は覚醒状態や不意な環境変化への応答性に関係している<ref name="ref16"><pubmed> 19190638 </pubmed></ref>。例えば、ラット青斑核神経細胞の発火頻度は、覚醒-睡眠のサイクルに応じて変化し、また継続中の行動を中断するような場合に上昇する<ref name="ref17"><pubmed> 7346592 </pubmed></ref>。さらに近年、ノルアドレナリンの注意、記憶、学習への関与、またシナプス可塑性への関与が報告されている<ref name="ref16" /> <ref name="ref18"><pubmed> 20465834</pubmed></ref>。これらのことから、ノルアドレナリンの働きは、動物が環境の変化に適応する際に、注意や認知のシフト、そして行動の適応化を早めることであると提唱されている<ref name="ref16" />。  


(2)自律神経系 自律神経系のうちの交感神経系では、節後神経細胞がノルアドレナリン作動性であり、脊髄中の節前神経細胞よりアセチルコリン性の入力を受け、ノルアドレナリン性の出力を内臓器官に与える。その結果、血管の収縮、血圧の上昇、心拍数の増加、などを引き起こす。  
(2)自律神経系 自律神経系のうちの交感神経系では、節後神経細胞がノルアドレナリン作動性であり、脊髄中の節前神経細胞よりアセチルコリン性の入力を受け、ノルアドレナリン性の出力を内臓器官に与える。その結果、血管の収縮、血圧の上昇、心拍数の増加、などを引き起こす。