「ノルアドレナリン」の版間の差分

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 ノルアドレナリンは[[モノアミン]]の一種、また[[カテコールアミン]]の一種である。生体内において、[[神経伝達物質]]または[[wikipedia:ja:ホルモン|ホルモン]]として働く。生体内では[[wikipedia:ja:チロシン|チロシン]]から合成される。ノルアドレナリンの[[受容体]]は[[アドレナリン受容体]]ファミリーであり、三量体[[Gタンパク質共役型]]である。[[末梢神経]]系では[[交感神経]]における神経伝達物質として重要である。[[中枢神経]]系では、[[橋]]にある[[青斑核]]にノルアドレナリン作動性神経細胞が多く存在し、そこからほぼ脳全域に投射している。中枢神経系ノルアドレナリンは[[覚醒]]-[[睡眠]]や[[ストレス]]に関する働きをし、[[注意]]、[[記憶]]や[[学習]]などにも影響すると考えられている。  
 ノルアドレナリンは[[モノアミン]]の一種、また[[カテコールアミン]]の一種である。生体内において、[[神経伝達物質]]または[[wikipedia:ja:ホルモン|ホルモン]]として働く。生体内では[[wikipedia:ja:チロシン|チロシン]]から合成される。ノルアドレナリンの[[受容体]]は[[アドレナリン受容体]]ファミリーであり、三量体[[Gタンパク質共役型]]である。[[末梢神経]]系では[[交感神経]]における神経伝達物質として重要である。[[中枢神経]]系では、[[橋]]にある[[青斑核]]にノルアドレナリン作動性神経細胞が多く存在し、そこからほぼ脳全域に投射している。中枢神経系ノルアドレナリンは[[覚醒]]-[[睡眠]]や[[ストレス]]に関する働きをし、[[注意]]、[[記憶]]や[[学習]]などにも影響すると考えられている。  


== 発見  ==
== 発見  ==
 1946年、[[wikipedia:ja:ウルフ・スファンテ・フォン・オイラー|Ulf Svante von Euler]](スウェーデン)および[[wikipedia:de:Peter Holtz|Peter Holtz]](ドイツ)により、ノルアドレナリンが[[wikipedia:ja:ほ乳類|ほ乳類]]の交感神経において神経伝達物質として働くことが示された<ref name="ref1">'''U S von Euler'''<br> A Specific Sympathomimetic Ergone in Adrenergic Nerve Fibres (Sympathin) and its Relations to Adrenaline and Nor-Adrenaline <br> ''Acta Physiol., Scand. '':1946, 12; 73–97</ref> <ref name="ref2">'''P Holtz'''<br>Über die sympathicomimetische Wirksamkeit von Gehirnextrakten.<br>''Acta Physiol., Scand. '': 1950, 20; 354–362</ref>。  
 1946年、[[wikipedia:ja:ウルフ・スファンテ・フォン・オイラー|Ulf Svante von Euler]](スウェーデン)および[[wikipedia:de:Peter Holtz|Peter Holtz]](ドイツ)により、ノルアドレナリンが[[wikipedia:ja:ほ乳類|ほ乳類]]の交感神経において神経伝達物質として働くことが示された<ref name="ref1">'''U S von Euler'''<br> A Specific Sympathomimetic Ergone in Adrenergic Nerve Fibres (Sympathin) and its Relations to Adrenaline and Nor-Adrenaline <br> ''Acta Physiol., Scand. '':1946, 12; 73–97</ref> <ref name="ref2">'''P Holtz'''<br>Über die sympathicomimetische Wirksamkeit von Gehirnextrakten.<br>''Acta Physiol., Scand. '': 1950, 20; 354–362</ref>。  


== 構造  ==
== 構造  ==
 [[wikipedia:ja:カテコール|カテコール]]基と[[wikipedia:ja:アミン|一級アミノ基]]をもつ、カテコールアミン神経伝達物質の一種。また、[[ドーパミン]]、[[セロトニン]]、[[ヒスタミン]]などとともに[[モノアミン系]]神経伝達物質のグループを形成する。  
 [[wikipedia:ja:カテコール|カテコール]]基と[[wikipedia:ja:アミン|一級アミノ基]]をもつ、カテコールアミン神経伝達物質の一種。また、[[ドーパミン]]、[[セロトニン]]、[[ヒスタミン]]などとともに[[モノアミン系]]神経伝達物質のグループを形成する。  


== 合成  ==
== 合成  ==
[[Image:1NA fig2.jpg|thumb|250px|'''図1 ノルアドレナリン生合成経路''']]  
[[Image:1NA fig2.jpg|thumb|250px|'''図1 ノルアドレナリン生合成経路''']]  
 
 中枢神経系のノルアドレナリン神経系の他、[[副腎髄質]]中にある[[クロム親和性細胞]]においても合成されている。合成に関わる酵素は以下の通り(図1)。  
 他に、[[副腎髄質]]中にある[[クロム親和性細胞]]においても合成されている。合成に関わる酵素は以下の通り(図1)。  


*'''[[チロシン水酸化酵素]] (tyrosine hydroxylase, TH):'''EC 1.14.16.2。チロシンより[[L-DOPA]] (L-3,4-dihydroxyphenylalanine)を合成する<ref name="ref3"><pubmed> 15569247 </pubmed></ref> <ref name="ref4"><pubmed> 21176768 </pubmed></ref> <ref name="ref5"><pubmed> 2575455</pubmed></ref>。反応には、[[テトラヒドロビオプテリン]] (tetrahydrobiopterin), O<sub>2</sub>, Fe<sup>2+</sup>が必要。カテコールアミン合成において、[[wikipedia:ja:律速段階|律速段階]]の酵素であると考えられている。その活性制御は、主にタンパク質の量と、[[リン酸化]]による。全てのカテコールアミン産生細胞に存在する。[[wikipedia:ja:補因子|補因子]]であるテトラヒドロビオプテリンはGTPより合成される。律速酵素は[[GTPシクロヒドラーゼI]] (GTP cyclohydrolase I)である<ref name="ref6"><pubmed> 10727395 </pubmed></ref>。<br>  
*'''[[チロシン水酸化酵素]] (tyrosine hydroxylase, TH):'''EC 1.14.16.2。チロシンより[[L-DOPA]] (L-3,4-dihydroxyphenylalanine)を合成する<ref name="ref3"><pubmed> 15569247 </pubmed></ref> <ref name="ref4"><pubmed> 21176768 </pubmed></ref> <ref name="ref5"><pubmed> 2575455</pubmed></ref>。反応には、[[テトラヒドロビオプテリン]] (tetrahydrobiopterin), O<sub>2</sub>, Fe<sup>2+</sup>が必要。カテコールアミン合成において、[[wikipedia:ja:律速段階|律速段階]]の酵素であると考えられている。その活性制御は、主にタンパク質の量と、[[リン酸化]]による。全てのカテコールアミン産生細胞に存在する。[[wikipedia:ja:補因子|補因子]]であるテトラヒドロビオプテリンはGTPより合成される。律速酵素は[[GTPシクロヒドラーゼI]] (GTP cyclohydrolase I)である<ref name="ref6"><pubmed> 10727395 </pubmed></ref>。<br>  
*'''[[芳香族アミノ酸脱炭酸酵素]] (aromatic L-amino acid decarboxylase, AADC)''':EC 4.1.1.28。L-DOPAよりドーパミンを合成する。他に、この酵素は[[5-ヒドロキシトリプトファン]] (5-hydroxytryptophan)からセロトニン(5-hydroxytryptamine, 5-HT)を合成する反応も触媒する。[[wikipedia:ja:ピリドキサールリン酸|ピリドキサールリン酸]] (pyridoxal phosphate)が必要。全てのカテコールアミン産生細胞に存在する<ref name="ref7"><pubmed> 8897471</pubmed></ref>。<br>  
*'''[[芳香族アミノ酸脱炭酸酵素]] (aromatic L-amino acid decarboxylase, AADC)''':EC 4.1.1.28。L-DOPAよりドーパミンを合成する。他に、この酵素は[[5-ヒドロキシトリプトファン]] (5-hydroxytryptophan)からセロトニン(5-hydroxytryptamine, 5-HT)を合成する反応も触媒する。[[wikipedia:ja:ピリドキサールリン酸|ピリドキサールリン酸]] (pyridoxal phosphate)が必要。全てのカテコールアミン産生細胞に存在する<ref name="ref7"><pubmed> 8897471</pubmed></ref>。<br>  
*'''[[ドーパミンβ水酸化酵素]] (dopamine β-hydroxylase, DBH)''':EC 1.14.2.1。ドーパミンよりノルアドレナリンを合成する。[[wikipedia:ja:アスコルビン酸|アスコルビン酸]]、O<sub>2</sub>、Cu<sup>2+</sup>が必要。ノルアドレナリン、アドレナリン産生細胞の[[シナプス小胞]]の中に存在し、シナプス小胞に取り込まれたドーパミンをノルアドレナリンに変換する<ref name="ref8"><pubmed> 6998654 </pubmed></ref>。
*'''[[ドーパミンβ水酸化酵素]] (dopamine β-hydroxylase, DBH)''':EC 1.14.2.1。ドーパミンよりノルアドレナリンを合成する。[[wikipedia:ja:アスコルビン酸|アスコルビン酸]]、O<sub>2</sub>、Cu<sup>2+</sup>が必要。ノルアドレナリン、アドレナリン産生細胞の[[シナプス小胞]]の中に存在し、シナプス小胞に取り込まれたドーパミンをノルアドレナリンに変換する<ref name="ref8"><pubmed> 6998654 </pubmed></ref>。


== 放出、再取り込み  ==
== 放出、再取り込み  ==
 ノルアドレナリンの前駆体であるドーパミンは[[小胞型モノアミントランスポーター]](vesicular monoamine transporter, vMAT)によりシナプス小胞内に輸送される。vMAT1は主に副腎のクロム親和性細胞、vMAT2は神経細胞で発現している。vMATはH<sup>+</sup>との交換輸送によりモノアミンを小胞内に蓄積させる<ref name="ref9"><pubmed> 11099462 </pubmed></ref>。<br> ノルアドレナリンの放出は他の神経伝達物質と同様に、神経活動依存的、[[カルシウム]]依存的なシナプス小胞のエキソサイトーシスによる。  
 ノルアドレナリンの前駆体であるドーパミンは[[小胞型モノアミントランスポーター]](vesicular monoamine transporter, vMAT)によりシナプス小胞内に輸送される。vMAT1は主に副腎のクロム親和性細胞、vMAT2は神経細胞で発現している。vMATはH<sup>+</sup>との交換輸送によりモノアミンを小胞内に蓄積させる<ref name="ref9"><pubmed> 11099462 </pubmed></ref>。<br> ノルアドレナリンの放出は他の神経伝達物質と同様に、神経活動依存的、[[カルシウム]]依存的なシナプス小胞のエキソサイトーシスによる。  


 放出された後、[[ノルエピネフリントランスポーター]](norepinephrine transporter, NET、または[[ノルアドレナリントランスポーター]] (noradrenaline transporter, NAT))により再取り込みされる。他のカテコールアミン同様、細胞外に放出されたノルアドレナリンの量の調節は、この再取込みの寄与が高い<ref name="ref10"><pubmed> 10769386 </pubmed></ref>。NETは[[Na+/K+-ATPase|Na<sup>+</sup>/K<sup>+</sup>-ATPase]]依存的で、Na<sup>+</sup>/Cl<sup>-</sup>の共輸送によりノルアドレナリンを細胞内に輸送する。またNETはリン酸化により制御される<ref name="ref11"><pubmed> 16539676 </pubmed></ref>。<br>  
 放出された後、[[ノルエピネフリントランスポーター]](norepinephrine transporter, NET、または[[ノルアドレナリントランスポーター]] (noradrenaline transporter, NAT))により再取り込みされる。他のカテコールアミン同様、細胞外に放出されたノルアドレナリンの量の調節は、この再取込みの寄与が高い<ref name="ref10"><pubmed> 10769386 </pubmed></ref>。NETは[[Na+/K+-ATPase|Na<sup>+</sup>/K<sup>+</sup>-ATPase]]依存的で、Na<sup>+</sup>/Cl<sup>-</sup>の共輸送によりノルアドレナリンを細胞内に輸送する。またNETはリン酸化により制御される<ref name="ref11"><pubmed> 16539676 </pubmed></ref>。<br>  


== 代謝分解  ==
== 代謝分解  ==
 ノルアドレナリンの代謝分解には次の二つの酵素が重要である。  
 ノルアドレナリンの代謝分解には次の二つの酵素が重要である。  


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 脳においてノルアドレナリンの多くは、MAO、[[アルデヒド還元酵素]]、およびCOMTにより[[wikipedia:3-Methoxy-4-hydroxyphenylglycol|3-メトキシ-4-ヒドロキシフェニルグリコール]] (3-methoxy-4-hydroxyphenylglycol, MHPG)へ代謝され、さらに[[wikipedia:Vanillylmandelic acid|3-メトキシ-4-ヒドロキシマンデル酸]] (3-methoxy-4-hydroxymandelic acid) (または[[wikipedia:Vanillylmandelic acid|バニリルマンデル酸]] (vanillylmandelic acid, VMA)となって尿中に排出される<ref name="ref15">'''D E Golan, A H Tashjian Jr, E J Armstrong, A W Armstrong'''<br> Principles of Pharmacology, Second Edition<br>''Wolters Kluwer Health (Philadelphia)'':2002</ref>。MHPGの硫酸化物も尿中に排出される<ref name="ref15" />。  
 脳においてノルアドレナリンの多くは、MAO、[[アルデヒド還元酵素]]、およびCOMTにより[[wikipedia:3-Methoxy-4-hydroxyphenylglycol|3-メトキシ-4-ヒドロキシフェニルグリコール]] (3-methoxy-4-hydroxyphenylglycol, MHPG)へ代謝され、さらに[[wikipedia:Vanillylmandelic acid|3-メトキシ-4-ヒドロキシマンデル酸]] (3-methoxy-4-hydroxymandelic acid) (または[[wikipedia:Vanillylmandelic acid|バニリルマンデル酸]] (vanillylmandelic acid, VMA)となって尿中に排出される<ref name="ref15">'''D E Golan, A H Tashjian Jr, E J Armstrong, A W Armstrong'''<br> Principles of Pharmacology, Second Edition<br>''Wolters Kluwer Health (Philadelphia)'':2002</ref>。MHPGの硫酸化物も尿中に排出される<ref name="ref15" />。  


== 受容体  ==
== 受容体  ==
 ノルアドレナリンはアドレナリンと共にアドレナリン受容体(adrenergic receptorまたはadrenoceptor)に結合し活性化する。αおよびβのサブファミリーからなる(表)。より細かくは、α<sub>1A</sub>-α<sub>1D</sub>、α<sub>2A</sub>-α<sub>2C</sub>、β<sub>1</sub>-β<sub>3</sub>、から構成されている。いずれも三量体[[Gタンパク質共役型受容体]]である。α<sub>1</sub>はG<sub>q</sub>、α<sub>2</sub>はG<sub>i</sub>、β<sub>1</sub>-β<sub>3</sub>はG<sub>s</sub>と共役し、異なる[[シグナル伝達]]を行う。Gqは[[ホスホリパーゼC]]を活性化し、 [[イノシトール−1,4,5-三リン酸]] (IP3) の産生から[[IP3受容体]]を介して細胞内[[カルシウム]]の上昇を引き起こす。また[[ジアシルグリセロール]] (diacylglicerol, DAG) の産生を介して[[Ca2+/リン脂質依存性タンパク質リン酸化酵素|Ca<sup>2+</sup>/リン脂質依存性タンパク質リン酸化酵素]] (Cキナーゼ)の活性化を引き起こす。G<sub>i</sub>、G<sub>s</sub>はそれぞれ[[アデニル酸シクラーゼ]]を阻害、または活性化し、[[cAMP]]の産生の増減、そして[[cAMP依存性タンパク質リン酸化酵素]] (A-kinase, PKA)活性の増減を引き起こす。  
 ノルアドレナリンはアドレナリンと共にアドレナリン受容体(adrenergic receptorまたはadrenoceptor)に結合し活性化する。αおよびβのサブファミリーからなる(表)。より細かくは、α<sub>1A</sub>-α<sub>1D</sub>、α<sub>2A</sub>-α<sub>2C</sub>、β<sub>1</sub>-β<sub>3</sub>、から構成されている。いずれも三量体[[Gタンパク質共役型受容体]]である。α<sub>1</sub>はG<sub>q</sub>、α<sub>2</sub>はG<sub>i</sub>、β<sub>1</sub>-β<sub>3</sub>はG<sub>s</sub>と共役し、異なる[[シグナル伝達]]を行う。Gqは[[ホスホリパーゼC]]を活性化し、 [[イノシトール−1,4,5-三リン酸]] (IP3) の産生から[[IP3受容体]]を介して細胞内[[カルシウム]]の上昇を引き起こす。また[[ジアシルグリセロール]] (diacylglicerol, DAG) の産生を介して[[Ca2+/リン脂質依存性タンパク質リン酸化酵素|Ca<sup>2+</sup>/リン脂質依存性タンパク質リン酸化酵素]] (Cキナーゼ)の活性化を引き起こす。G<sub>i</sub>、G<sub>s</sub>はそれぞれ[[アデニル酸シクラーゼ]]を阻害、または活性化し、[[cAMP]]の産生の増減、そして[[cAMP依存性タンパク質リン酸化酵素]] (A-kinase, PKA)活性の増減を引き起こす。  


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'''表 アドレナリン性受容体''' Wikipedia項目[[wikipedia:Adrenergic Receptor|Adrenergic Receptor]]から翻訳、修正の上転載。 <sup>†</sup>α<sub>1C</sub>受容体と呼ばれる物は、存在しない。  
'''表 アドレナリン性受容体''' Wikipedia項目[[wikipedia:Adrenergic Receptor|Adrenergic Receptor]]から翻訳、修正の上転載。 <sup>†</sup>α<sub>1C</sub>受容体と呼ばれる物は、存在しない。  
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== 主たる投射系  ==
== 主たる投射系  ==
中枢神経系<br> 脳におけるノルアドレナリン作動性の神経細胞群は、主に髄質(medulla)、橋(pons)に存在し、A1-A7に分けられている。  
中枢神経系<br> 脳におけるノルアドレナリン作動性の神経細胞群は、主に髄質(medulla)、橋(pons)に存在し、A1-A7に分けられている。  


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 [[自律神経系]]のうちの[[交感神経]]系では、[[節後神経]]細胞がノルアドレナリン作動性であり、脊髄中の[[節前神経]]細胞より[[アセチルコリン]]性の入力を受け、ノルアドレナリン性の出力を内臓器官に与える。その結果、[[wikipedia:ja:血管|血管]]の収縮、[[wikipedia:ja:血圧|血圧]]の上昇、[[wikipedia:ja:心拍数|心拍数]]の増加、などを引き起こす。  
 [[自律神経系]]のうちの[[交感神経]]系では、[[節後神経]]細胞がノルアドレナリン作動性であり、脊髄中の[[節前神経]]細胞より[[アセチルコリン]]性の入力を受け、ノルアドレナリン性の出力を内臓器官に与える。その結果、[[wikipedia:ja:血管|血管]]の収縮、[[wikipedia:ja:血圧|血圧]]の上昇、[[wikipedia:ja:心拍数|心拍数]]の増加、などを引き起こす。  


[[Image:NEprojection.jpg|thumb|400px|図2 青斑核からのノルアドレナリン投射経路]]  
[[Image:NEprojection.jpg|thumb|400px|'''図2 青斑核からのノルアドレナリン投射経路''']]  
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== 中枢神経系におけるノルアドレナリンの機能  ==
== 中枢神経系におけるノルアドレナリンの機能  ==
===覚醒状態との関係  ===
===覚醒状態との関係  ===
 青斑核は古くから[[覚醒]]状態に関係していると考えられてきた。1949年、Guiseppe MoruzziとHorace Magounは青斑核を含む脳幹部(紋様体)を刺激すると大脳皮質の脳波が様々に変化することを見いだし<ref name="ref35"><pubmed> 18421835</pubmed></ref>、この部位が脳の覚醒に関係することが示唆された。ラット青斑核神経細胞の発火頻度は、覚醒-睡眠のサイクルに応じて変化し、また継続中の行動を中断するような場合に上昇する<ref name="ref36"><pubmed> 7346592</pubmed></ref><ref name="ref37"><pubmed> 6771765</pubmed></ref>。その後の研究により、ノルアドレナリンは他の重要な機能を持つことが明らかとなってきた(下記)。  
 青斑核は古くから[[覚醒]]状態に関係していると考えられてきた。1949年、Guiseppe MoruzziとHorace Magounは青斑核を含む脳幹部(紋様体)を刺激すると大脳皮質の脳波が様々に変化することを見いだし<ref name="ref35"><pubmed> 18421835</pubmed></ref>、この部位が脳の覚醒に関係することが示唆された。ラット青斑核神経細胞の発火頻度は、覚醒-睡眠のサイクルに応じて変化し、また継続中の行動を中断するような場合に上昇する<ref name="ref36"><pubmed> 7346592</pubmed></ref><ref name="ref37"><pubmed> 6771765</pubmed></ref>。その後の研究により、ノルアドレナリンは他の重要な機能を持つことが明らかとなってきた(下記)。  


===感覚入力の調節===
===感覚入力の調節===
 ノルアドレナリンは、他の神経伝達物質による感覚入力の情報処理を修飾する。[[wikipedia:ja:サル|サル]]の[[聴覚野]]にノルアドレナリンを投与すると、聴覚刺激に対する応答のS/N比が亢進する、すなわち自発的活動(ノイズ)が減少するが、感覚入力依存的活動は維持される<ref name="ref38"><pubmed> 234774</pubmed></ref>。[[wikipedia:ja:ラット|ラット]]の[[体性感覚野]]<ref name="ref39"><pubmed> 7349980</pubmed></ref>や[[海馬]]<ref name="ref40"><pubmed> 178411</pubmed></ref>にても同様の報告がなされている。さらに、発火の応答速度や同期性が向上することがラット体性感覚野<ref name="ref41"><pubmed> 15128405</pubmed></ref>や[[嗅皮質]]<ref name="ref42"><pubmed> 12492432</pubmed></ref>で報告されている。  
 ノルアドレナリンは、他の神経伝達物質による感覚入力の情報処理を修飾する。[[wikipedia:ja:サル|サル]]の[[聴覚野]]にノルアドレナリンを投与すると、聴覚刺激に対する応答のS/N比が亢進する、すなわち自発的活動(ノイズ)が減少するが、感覚入力依存的活動は維持される<ref name="ref38"><pubmed> 234774</pubmed></ref>。[[wikipedia:ja:ラット|ラット]]の[[体性感覚野]]<ref name="ref39"><pubmed> 7349980</pubmed></ref>や[[海馬]]<ref name="ref40"><pubmed> 178411</pubmed></ref>にても同様の報告がなされている。さらに、発火の応答速度や同期性が向上することがラット体性感覚野<ref name="ref41"><pubmed> 15128405</pubmed></ref>や[[嗅皮質]]<ref name="ref42"><pubmed> 12492432</pubmed></ref>で報告されている。  


===注意===
===注意===
 α<sub>2</sub>アドレナリン受容体のアゴニストであるクロニジンを低濃度で局所的に投与すると、軸索終末の自己受容体を介してノルアドレナリンの放出が減少する。この方法を用いて、ラットにて上行性のノルアドレナリン投射を低下させると、[[注意]]を必要とする前頭前野依存的な行動試験の成績が低下する<ref name="ref43"><pubmed> 15830223</pubmed></ref>。サルでは低濃度のclonidineにより[[認知機能]]が低下するが、高濃度では逆に認知機能が亢進し、特に老齢のサルで効果が認められた<ref name="ref44"><pubmed> 2999977</pubmed></ref><ref name="ref45"><pubmed> 17303246</pubmed></ref>。この効果は前頭前野におけるHyperpolarization-activated cyclic nucleotide-gated (HCN) channelsの活性化によると報告されている<ref name="ref46"><pubmed> 17448997</pubmed></ref>。[[wikipedia:ja:ヒト|ヒト]]においてもクロニジンは覚醒状態に依存した効果を示し、視覚的注意に依存する作業を向上させる<ref name="ref47"><pubmed> 10600416</pubmed></ref>。  
 α<sub>2</sub>アドレナリン受容体のアゴニストであるクロニジンを低濃度で局所的に投与すると、軸索終末の自己受容体を介してノルアドレナリンの放出が減少する。この方法を用いて、ラットにて上行性のノルアドレナリン投射を低下させると、[[注意]]を必要とする前頭前野依存的な行動試験の成績が低下する<ref name="ref43"><pubmed> 15830223</pubmed></ref>。サルでは低濃度のclonidineにより[[認知機能]]が低下するが、高濃度では逆に認知機能が亢進し、特に老齢のサルで効果が認められた<ref name="ref44"><pubmed> 2999977</pubmed></ref><ref name="ref45"><pubmed> 17303246</pubmed></ref>。この効果は前頭前野におけるHyperpolarization-activated cyclic nucleotide-gated (HCN) channelsの活性化によると報告されている<ref name="ref46"><pubmed> 17448997</pubmed></ref>。[[wikipedia:ja:ヒト|ヒト]]においてもクロニジンは覚醒状態に依存した効果を示し、視覚的注意に依存する作業を向上させる<ref name="ref47"><pubmed> 10600416</pubmed></ref>。  


===記憶===
===記憶===
 [[記憶]]の[[固定]]におけるノルアドレナリンの働きは、主に行動薬理学的実験により明らかになってきた。ノルアドレナリンは[[扁桃体]]や海馬において他の神経伝達物質やホルモンなどと相互作用し、[[長期記憶]]の形成を促進する<ref name="ref48"><pubmed> 18704369</pubmed></ref>。また、ノルアドレナリンはβ受容体を介して、記憶固定における遅いステージに関与していると報告されている<ref name="ref49"><pubmed> 10327234</pubmed></ref><ref name="ref50"><pubmed> 15254217</pubmed></ref>。記憶の想起においてもノルアドレナリンが関与している。ラットにおいて、ノルアドレナリン放出の促進や青斑核の電気刺激により記憶の想起が促進される<ref name="ref51"><pubmed> 3345434</pubmed></ref><ref name="ref52"><pubmed> 2543356</pubmed></ref>。ドーパミンβ水酸化酵素の[[コンディショナル・ノックアウトマウス]]を用いた研究でも記憶の想起におけるノルアドレナリンの関与が示されている<ref name="ref53"><pubmed> 15066288</pubmed></ref>。
 [[記憶]]の[[固定]]におけるノルアドレナリンの働きは、主に行動薬理学的実験により明らかになってきた。ノルアドレナリンは[[扁桃体]]や海馬において他の神経伝達物質やホルモンなどと相互作用し、[[長期記憶]]の形成を促進する<ref name="ref48"><pubmed> 18704369</pubmed></ref>。また、ノルアドレナリンはβ受容体を介して、記憶固定における遅いステージに関与していると報告されている<ref name="ref49"><pubmed> 10327234</pubmed></ref><ref name="ref50"><pubmed> 15254217</pubmed></ref>。記憶の想起においてもノルアドレナリンが関与している。ラットにおいて、ノルアドレナリン放出の促進や青斑核の電気刺激により記憶の想起が促進される<ref name="ref51"><pubmed> 3345434</pubmed></ref><ref name="ref52"><pubmed> 2543356</pubmed></ref>。ドーパミンβ水酸化酵素の[[コンディショナル・ノックアウトマウス]]を用いた研究でも記憶の想起におけるノルアドレナリンの関与が示されている<ref name="ref53"><pubmed> 15066288</pubmed></ref>。


 [[心的外傷後ストレス障害]](PTSD)においてもノルアドレナリンが関わると考えられる<ref name="ref54"><pubmed> 17354267</pubmed></ref>。PTSDに使用される薬剤クロニジンはα2受容体のアゴニスト、プラゾシンはα<sub>1</sub>受容体のアンタゴニストである。PTSDの患者が、当該の出来事を想起し表出する際には、ノルアドレナリンが大量に放出される<ref name="ref54" />。β受容体が記憶の[[再固定]](reconsolidation)に関与するとの知見から、PTSDの治療にβ受容体の阻害が試みられている<ref name="ref55"><pubmed> 16891611</pubmed></ref><ref name="ref56"><pubmed> 18410917</pubmed></ref><ref name="ref57"><pubmed> 17588604</pubmed></ref>。<br>
 [[心的外傷後ストレス障害]](PTSD)においてもノルアドレナリンが関わると考えられる<ref name="ref54"><pubmed> 17354267</pubmed></ref>。PTSDに使用される薬剤クロニジンはα2受容体のアゴニスト、プラゾシンはα<sub>1</sub>受容体のアンタゴニストである。PTSDの患者が、当該の出来事を想起し表出する際には、ノルアドレナリンが大量に放出される<ref name="ref54" />。β受容体が記憶の[[再固定]](reconsolidation)に関与するとの知見から、PTSDの治療にβ受容体の阻害が試みられている<ref name="ref55"><pubmed> 16891611</pubmed></ref><ref name="ref56"><pubmed> 18410917</pubmed></ref><ref name="ref57"><pubmed> 17588604</pubmed></ref>。


== 抗うつ薬とノルアドレナリン  ==
== 抗うつ薬とノルアドレナリン  ==
 気分障害の治療に使われる薬のうち、歴史的に古い[[MAO阻害剤]]、[[三環系抗うつ薬]]はセロトニン系だけでなくノルアドレナリン系を刺激する。近年使用頻度が増えている薬に[[選択的セロトニン再取り込み阻害剤]](SSRI)あるが、これはノルアドレナリン系には作用しない。さらに、[[セロトニン・ノルエピネフリン再取り込み阻害剤]](SNRI)も開発され、これはその名の通り、セロトニン系とノルエピネフリン系の両方を選択的に刺激する。  
 気分障害の治療に使われる薬のうち、歴史的に古い[[MAO阻害剤]]、[[三環系抗うつ薬]]はセロトニン系だけでなくノルアドレナリン系を刺激する。近年使用頻度が増えている薬に[[選択的セロトニン再取り込み阻害剤]](SSRI)あるが、これはノルアドレナリン系には作用しない。さらに、[[セロトニン・ノルエピネフリン再取り込み阻害剤]](SNRI)も開発され、これはその名の通り、セロトニン系とノルエピネフリン系の両方を選択的に刺激する。  


 こうした薬の作用から、うつ状態の原因がセロトニンやノルアドレナリンなどのモノアミンの減少によるのではないかという[[モノアミン仮説]]が生まれた。しかし、これらの薬の治療効果が現れるのは、モノアミン神経伝達が亢進されるよりもずっと遅いことから、この仮説よりももっと複雑なことが起きていると考えられている<ref name="ref58">'''E R Kandel, J H Schwartz, T M Jessell'''<br> Principles of Neural Science, Fourth Edition<br>''Mc Graw Hill (New York)'':2000</ref> <ref name="ref59">'''N R Carlson'''<br> Physiology of Behavior, Tenth Edition<br>''Pearson Education (Boston)'':2009</ref>。  
 こうした薬の作用から、うつ状態の原因がセロトニンやノルアドレナリンなどのモノアミンの減少によるのではないかという[[モノアミン仮説]]が生まれた。しかし、これらの薬の治療効果が現れるのは、モノアミン神経伝達が亢進されるよりもずっと遅いことから、この仮説よりももっと複雑なことが起きていると考えられている<ref name="ref58">'''E R Kandel, J H Schwartz, T M Jessell'''<br> Principles of Neural Science, Fourth Edition<br>''Mc Graw Hill (New York)'':2000</ref> <ref name="ref59">'''N R Carlson'''<br> Physiology of Behavior, Tenth Edition<br>''Pearson Education (Boston)'':2009</ref>。  


== 関連項目  ==
== 関連項目  ==
*[[モノアミン]]  
*[[モノアミン]]  
*[[モノアミン系]]  
*[[モノアミン系]]  
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<references />  
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<br> (執筆者:徳岡宏文、一瀬宏 担当編集者:林 康紀)
(執筆者:徳岡宏文、一瀬宏 担当編集者:林 康紀)