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英:Huntington’s disease、英略語:HD
英:Huntington’s disease、英略語:HD


 ハンチントン病は、四肢末端に始まりやがて全身に及ぶ舞踏運動(chorea)を中心とする不随意運動、易怒性や易刺激性などの性格変化、注意力や記銘力低下などの認知機能障害、幻覚・妄想などの精神障害を古典的主症状とする常染色体優性遺伝形式の進行性の神経変性疾患である。病因遺伝子は4番染色体短腕4p16.3に位置するハンチンチン(huntingtin)蛋白質をコードするHTT遺伝子であり、エクソン1コーディング領域の三塩基CAGの繰り返し配列(リピート)の伸長によって起こる。CAG配列はグルタミンに翻訳されるため、トリプレットリピート病のうち、ポリグルタミン病(polyQ disease)あるいはCAGリピート病と呼ばれる疾患の一つである。このリピート数は正常では35以下で、患者では36以上であるが、この境界は必ずしも厳密ではなく、人種やほかの遺伝的バックグラウンドによって若干のずれが生じうる。
 ハンチントン病は、四肢末端に始まりやがて全身に及ぶ舞踏運動(chorea)を中心とする不随意運動、易怒性や易刺激性などの性格変化、注意力や記銘力低下などの認知機能障害、幻覚・妄想などの精神障害を古典的主症状とする常染色体優性遺伝形式の進行性の神経変性疾患である。病因遺伝子は4番染色体短腕4p16.3に位置するハンチンチン(huntingtin)蛋白質をコードする''HTT''遺伝子であり、エクソン1コーディング領域の三塩基CAGの繰り返し配列(リピート)の伸長によって起こる。CAG配列はグルタミンに翻訳されるため、トリプレット病のうち、ポリグルタミン病(polyQ disease)あるいはCAGリピート病と呼ばれる疾患の一つである。このリピート数は正常では35以下で、患者では36以上であるが、この境界は必ずしも厳密ではなく、人種やほかの遺伝的バックグラウンドによって若干のずれが生じうる。


==歴史==
==歴史==
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==ハンチンチンの構造・機能==
==ハンチンチンの構造・機能==
 病因遺伝子産物のハンチンチンは3145アミノ酸残基、分子量約330 kDaの巨大な蛋白質である。生理的に神経細胞を含む全身の細胞に発現し、正常では核内に局在する。ハンチンチンは最N末端領域とC末端領域にnuclear export signal(NES)を持ち、全長にわたって蛋白質間相互作用を司ると想定されるHuntingtin, Elongator factor3, PR65/A regulatory subunit of PP2A, and Tor1(HEAT)リピートを有する。HEATリピート領域は構造の弾性を生み、立体構造をとるための折りたたみ機能も持つと考えられている。またN末端領域のpolyQ鎖は何らかの重要な神経機能に関わることが示唆されている<ref><pubmed>22180703</pubmed></ref>。
 病因遺伝子産物のハンチンチンは3145アミノ酸残基、分子量約330 kDaの巨大な蛋白質である。生理的に神経細胞を含む全身の細胞に発現し、正常では核内に局在する。ハンチンチンは最N末端領域とC末端領域にnuclear export signal(NES)を持ち、全長にわたって蛋白質間相互作用を司ると想定されるHuntingtin, Elongator factor3, PR65/A regulatory subunit of PP2A, and Tor1(HEAT)リピートを有する。HEATリピート領域は構造の弾性を生み、立体構造をとるための折りたたみ機能も持つと考えられている。またN末端領域のpolyQ鎖は何らかの重要な神経機能に関わることが示唆されている<ref><pubmed>22180703</pubmed></ref>。
 HTTホモログであるHdhのノックアウトマウスでは、Hdhを発現する外胚葉においてアポトーシスの増加が認められ、早期の胎生致死となることが示されている。
 ''HTT''ホモログである''Hdh''のノックアウトマウスでは、''Hdh''を発現する外胚葉においてアポトーシスの増加が認められ、早期の胎生致死となることが示されている。


==病態生理==
==病態生理==
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 ハンチントン患者脳におけるmRNAレベルの減少は長年観察されていた現象であるが、患者脳や異なるモデルマウスにおいて非常に似たパターンの、特定のmRNAの減少が見られることがわかってきた。ハンチントン病の尾状核において発現レベルが変化している遺伝子は、神経シグナリングと恒常性にかかわる遺伝子であり、その多くは発現レベルが低下している。特に、代謝調節型やイオン調節型受容体サブユニットや異なる神経伝達物質からシグナルを受ける受容体のmRNAレベルの変化が見られた。
 ハンチントン患者脳におけるmRNAレベルの減少は長年観察されていた現象であるが、患者脳や異なるモデルマウスにおいて非常に似たパターンの、特定のmRNAの減少が見られることがわかってきた。ハンチントン病の尾状核において発現レベルが変化している遺伝子は、神経シグナリングと恒常性にかかわる遺伝子であり、その多くは発現レベルが低下している。特に、代謝調節型やイオン調節型受容体サブユニットや異なる神経伝達物質からシグナルを受ける受容体のmRNAレベルの変化が見られた。
 このようなmRNAレベルの変化を起こすメカニズムも広く研究されている。例えば、ハンチンチンは、核内受容体リプレッサーNCoR、CREB binding protein(CBP)、TATA-binding protein(TBP)、TAFII130、repressor element 1 transcription factor(REST)といった多くの転写活性化蛋白質と相互作用し、そのうち一部の蛋白質はハンチンチン凝集体中に検出される。また、変異型ハンチンチンはPPARγ coactivator 1α(PGC 1α)のプロモーター領域に直接結合して転写因子CREB/TAF4の結合を妨げ、PGC 1αの発現を抑制する。PGC1αはミトコンドリアの生合成や呼吸を制御する因子であり、これにより後述するミトコンドリアへの作用の一部は説明できる可能性がある。
 このようなmRNAレベルの変化を起こすメカニズムも広く研究されている。例えば、ハンチンチンは、核内受容体リプレッサーNCoR、CREB binding protein(CBP)、TATA-binding protein(TBP)、TAFII130、repressor element 1 transcription factor(REST)といった多くの転写活性化蛋白質と相互作用し、そのうち一部の蛋白質はハンチンチン凝集体中に検出される。また、変異型ハンチンチンはPPARγ coactivator 1α(PGC 1α)のプロモーター領域に直接結合して転写因子CREB/TAF4の結合を妨げ、PGC 1αの発現を抑制する。PGC1αはミトコンドリアの生合成や呼吸を制御する因子であり、これにより後述するミトコンドリアへの作用の一部は説明できる可能性がある。
さらに、ハンチンチンの過剰発現により、線条体神経細胞の生存に必要な皮質神経細胞におけるbrain-derived neurotrophic factor(BDNF)の転写のup-regulationが見られ、この作用はハンチンチンが細胞質において転写抑制因子repressor element-1 transcription factor/neuron restrictive silencer factor(REST/NRSF)に結合して核への移行を留め、神経選択的サイレンサーneural restrictive silencer element(NRSE)の活性を阻害することにより起こるという報告がある。一方、変異型ハンチンチンではREST/NRSFへの結合能が低下し、REST/NRSFの核への移行が見られ、その結果としてBDNFの転写の促進が見られないことも、病因の一つの理由として示されている<ref><pubmed>12881722</pubmed></ref>。
 さらに、ハンチンチンの過剰発現により、線条体神経細胞の生存に必要な皮質神経細胞におけるbrain-derived neurotrophic factor(BDNF)の転写のup-regulationが見られ、この作用はハンチンチンが細胞質において転写抑制因子repressor element-1 transcription factor/neuron restrictive silencer factor(REST/NRSF)に結合して核への移行を留め、神経選択的サイレンサーneural restrictive silencer element(NRSE)の活性を阻害することにより起こるという報告がある。一方、変異型ハンチンチンではREST/NRSFへの結合能が低下し、REST/NRSFの核への移行が見られ、その結果としてBDNFの転写の促進が見られないことも、病因の一つの理由として示されている<ref><pubmed>12881722</pubmed></ref>。
 転写の抑制に対して直接効果を発揮することが期待されるhiston deacetylase(HDAC)阻害剤など、RNA発現プロファイルの変化を改善するような治療法がトランスジェニックショウジョウバエ<ref><pubmed>11607033</pubmed></ref>やトランスジェニックマウスモデル<ref><pubmed>12576549</pubmed></ref>で試みられ、効果を示している。
 転写の抑制に対して直接効果を発揮することが期待されるhiston deacetylase(HDAC)阻害剤など、RNA発現プロファイルの変化を改善するような治療法がトランスジェニックショウジョウバエ<ref><pubmed>11607033</pubmed></ref>やトランスジェニックマウスモデル<ref><pubmed>12576549</pubmed></ref>で試みられ、効果を示している。


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 少数例ではあるが胎児線条体の移植も試みられており、良好な経過をたどった症例では5年間を超えるフォローアップで臨床的な改善、PETにてD2受容体結合能の改善が続いていることが示されている<ref><pubmed>18356253</pubmed></ref>。また、トランスジェニックマウスではAAVベクターを用いたハンチンチンに対するRNAi治療により臨床症状の改善を示すことに成功しており、患者への応用が期待される<ref><pubmed>15811941</pubmed></ref>。
 少数例ではあるが胎児線条体の移植も試みられており、良好な経過をたどった症例では5年間を超えるフォローアップで臨床的な改善、PETにてD2受容体結合能の改善が続いていることが示されている<ref><pubmed>18356253</pubmed></ref>。また、トランスジェニックマウスではAAVベクターを用いたハンチンチンに対するRNAi治療により臨床症状の改善を示すことに成功しており、患者への応用が期待される<ref><pubmed>15811941</pubmed></ref>。


==参考文献==
<reference />


関連項目
関連項目
*[[神経変性疾患]]
*[[神経変性疾患]]
*[[トリプレットリピート病]]
*[[トリプレット病]]
*[[ユビキチン]]
*[[ユビキチン]]
*[[プロテアソーム]]
*[[プロテアソーム]]