「バレル皮質」の版間の差分

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 隣あったバレルの間には小さなスペースがあり、セプタと呼ばれる。セプタには主に[[尖端樹状突起]] (apical dendrite)を持つ[[錐体細胞]]が存在し、視床の後腹側核由来の軸索とはシナプス結合しない。
 隣あったバレルの間には小さなスペースがあり、セプタと呼ばれる。セプタには主に[[尖端樹状突起]] (apical dendrite)を持つ[[錐体細胞]]が存在し、視床の後腹側核由来の軸索とはシナプス結合しない。


 バレル皮質内にはさらに尖端樹状突起の発達が乏しい星状錐体細胞が存在し、それぞれの細胞数は有棘星状細胞: 58%, 星状錐体細胞 (25%), 錐体細胞 (17%)の割合で分布している<ref><pubmed>15054049</pubmed></ref>。
 バレル皮質内にはさらに尖端樹状突起の発達が乏しい星状錐体細胞が存在し、有棘星状細胞: 58%, 星状錐体細胞 (25%), 錐体細胞 (17%)の割合で分布している<ref><pubmed>15054049</pubmed></ref>。


==神経回路==
==神経回路==
=== 第IV層 ===
=== 第IV層 ===
 視床の腹後内側核 (ventroposterior medial nucleus: VPMdm)からの投射は主にホロー内の有棘星状細胞とシナプス結合する。一方、[[視床後核群]](posterior nucleus: POm)の主な投射先は第I層と第V層であるにもかかわらず、セプタの錐体細胞ともシナプス結合している事が報告されている <ref><pubmed>8484292 </pubmed></ref>。第IV層の有棘星状細胞は真上の第II/III層の神経細胞と接続し、異なるバレルからの投射が一箇所に混在する事は少ない <ref><pubmed>11826166</pubmed></ref>。第IV層同士の接続は非常に稀であり、仮に接続がある場合でも近傍の細胞同士に限られている。
 視床の腹後内側核 (ventroposterior medial nucleus: VPMdm)からの投射は主にホロー内の有棘星状細胞とシナプス結合する。一方、[[視床後核群]](posterior nucleus: POm)の主な投射先は第I層と第V層であり、セプタの錐体細胞ともシナプス結合している <ref><pubmed>8484292 </pubmed></ref>。第IV層の有棘星状細胞は真上の第II/III層の神経細胞と接続し、異なるバレルからの投射が一箇所に混在する事は少ない <ref><pubmed>11826166</pubmed></ref>。異なるバレル内の第IV層同士の接続は非常に稀であり、仮に接続がある場合でも近傍の細胞同士に限られている。


===第II/III層===
===第II/III層===
 第IV層の真上にある第II/III層の神経細胞からの投射は、第IV層のバレルカラムを避けセプタ領域に特異的に軸索を伸ばしてセプタにおいてシナプスを作っていることから、セプタ内に入力する感覚情報とセプタがつかさどる特殊感覚情報とを統合している可能性が示唆する。第II/III層の神経細胞からの軸索を特異的に可視化することによって、バレル皮質を通常の染色と逆に浮かび上がらせるように見えるこの投射パターンはバレルネットと命名されている<ref><pubmed>20181605</pubmed></ref>。
 第II/III層から第IV層への投射はバレル内部(ホロー)を避けて、セプタにおいてのみシナプスを作っていることから、セプタ内に入力する感覚情報とセプタがつかさどる体性感覚以外の感覚情報とを統合している可能性が示唆する。第II/III層の神経細胞からの軸索を特異的に可視化することによって、バレル皮質を通常の染色と逆に浮かび上がらせるように見えるこの投射パターンはバレルネットと命名されている<ref><pubmed>20181605</pubmed></ref>。


==機能==
==機能==
 齧歯類の多くはヒゲを使って物体識別を行い、物体同士の隙間などもヒゲを利用して間隔識別を行うことが知られている。この間隔識別能は[[gap crossing test]]と呼ばれるテストで測定することができるが、バレル構造を正常に形成できなかった個体は間隔識別能力が下がる<ref><pubmed>23098795</pubmed></ref>。このことから、バレル構造を持つことによって[[触覚]]機能の精度を高めているものと考えられている。
 齧歯類の多くはヒゲを使って物体識別を行い、物体同士の隙間などもヒゲを利用して間隔識別を行う。この間隔識別能は[[gap crossing test]]と呼ばれるテストで測定することができるが、バレル構造を正常に形成できなかった個体は間隔識別能力が下がる<ref><pubmed>23098795</pubmed></ref>。このことから、バレル構造を持つことによって[[触覚]]機能の精度を高めているものと考えられている。


 バレル皮質は[[ラット]]、[[マウス]]、[[ハムスター]]、[[wj:チンチラ|チンチラ]]、[[wj:モルモット|モルモット]]、[[wj:リス|リス]]、[[wj:ヤマアラシ|ヤマアラシ]]などで確認されているが、[[wj:カピパラ|カピバラ]]には存在しない<ref>'''Kevin Fox'''<br>Barrel Cortex<br>''Cambridge University Press'':2008, ISBN 9780521852173</ref> 。
 バレル皮質は[[ラット]]、[[マウス]]、[[ハムスター]]、[[wj:チンチラ|チンチラ]]、[[wj:モルモット|モルモット]]、[[wj:リス|リス]]、[[wj:ヤマアラシ|ヤマアラシ]]などで確認されているが、[[wj:カピパラ|カピバラ]]には存在しない<ref>'''Kevin Fox'''<br>Barrel Cortex<br>''Cambridge University Press'':2008, ISBN 9780521852173</ref> 。


==発生、可塑性==
==発生、可塑性==
 胎児期または生後直後、バレル皮質は形成されておらずマウスで生後2日から5日の間に形成される。視床軸索がそれぞれのホロー内に収束する形でターミナルを形成し、その周りに大脳皮質の細胞が集まってバレル構造ができる。
 胎児期または生後直後、バレル皮質は形成されておらずマウスでは生後2日から5日の間に形成される。視床軸索がそれぞれのホロー内に収束する形で軸索終末を形成し、その周りに大脳皮質の細胞が集まってバレルができる。


 このバレル形成には、ヒゲの刺激による神経活動が必要であり、生後ヒゲを抜いたり、毛根を焼き切るなどしてヒゲからの入力を遮断するとバレル構造が形成されない<ref><pubmed>758965</pubmed></ref> <ref><pubmed>7217362</pubmed></ref>。バレル構造の形成には[[臨界期]]があり、生後7日目以降はヒゲからの入力が遮断されても一度形成されたバレル構造は維持されたままとなる。
 このバレルの形成には、ヒゲの刺激による神経活動が必要であり、生後ヒゲを抜いたり、毛根を焼き切るなどしてヒゲからの入力を遮断するとバレル構造が形成されない<ref><pubmed>758965</pubmed></ref> <ref><pubmed>7217362</pubmed></ref>。バレル構造の形成には[[臨界期]]があり、生後7日目以降はヒゲからの入力が遮断されても一度形成されたバレル構造は維持されたままとなる。


 バレルの形成には神経活動が必要であることは大脳皮質の[[興奮性]]ニューロンに限定して[[NMDA型グルタミン酸受容体]]の[[NR1]]サブユニットを欠損する[[ノックアウトマウス]]や <ref><pubmed>9427244</pubmed></ref>、[[代謝型グルタミン酸受容体]][[mGluR5]]のノックアウトマウスにおいてもバレルの形成が不全になる<ref><pubmed> 21159961</pubmed></ref> 。さらにグルタミン酸受容体の下流に位置するタンパク質として[[NeuroD2]]がバレル形成に必要であること <ref><pubmed>16504944</pubmed></ref>、およびmGluR5の下流に位置する因子として[[ホスホリパーゼCβ1]]のノックアウトマウスはバレルの形成不全を起こすことが報告されている <ref><pubmed>11224545</pubmed></ref>。
 バレルの形成には神経活動が必要であることから大脳皮質の[[興奮性]]ニューロンに限定して[[NMDA型グルタミン酸受容体]]の[[NR1]]サブユニットを欠損する[[ノックアウトマウス]]や <ref><pubmed>9427244</pubmed></ref>、[[代謝型グルタミン酸受容体]][[mGluR5]]のノックアウトマウスにおいてもバレルの形成が不全になる<ref><pubmed> 21159961</pubmed></ref> 。さらにグルタミン酸受容体によって発言がコントロールされるタンパク質として[[NeuroD2]]がバレル形成に必要であること <ref><pubmed>16504944</pubmed></ref>、およびmGluR5の下流に位置する因子として[[ホスホリパーゼCβ1]]のノックアウトマウスはバレルの形成不全を起こす <ref><pubmed>11224545</pubmed></ref>。


 視床軸索側からバレルを形成する要素として、視軸軸索の[[CA2+|CA<sup>2+</sup>]]/calmodulin-activated type-I adenylyl cyclase(AC1 )が[[AMPA型グルタミン酸受容体]]のトラフィッキングをコントロールすることによって、視床—大脳皮質細胞のシナプス結合の強化に必要であることが報告されている<ref><pubmed> 12897788</pubmed></ref> <ref><pubmed>25644422</pubmed></ref>。
 視床軸索側からバレルを形成する要素として、視軸軸索の[[CA2+|CA<sup>2+</sup>]]/calmodulin-activated type-I adenylyl cyclase(AC1 )が[[AMPA型グルタミン酸受容体]]の細胞内輸送をコントロールすることによって、視床—大脳皮質細胞のシナプス結合の強化に必要であることが報告されている<ref><pubmed> 12897788</pubmed></ref> <ref><pubmed>25644422</pubmed></ref>。


 バレルの形成に関わっている他の因子としては神経伝達物質である[[セロトニン]]も重要であることが報告されている。まずセロトニン分解酵素である[[モノアミン酸化酵素A]]のノックアウトマウスでバレルの形成不全になる <ref><pubmed>8789945</pubmed></ref>。さらに、セロトニンを細胞に取り込むセロトニン輸送体のノックアウトマウスにおいてもバレルの形成が阻害されていたことから、大脳皮質でセロトニンの濃度が上昇するとバレルの形成が阻害されることが推測された <ref><pubmed> 9712661</pubmed></ref>。
 バレルの形成に関わっている他の因子としては神経伝達物質である[[セロトニン]]も重要であることが報告されている。まずセロトニン分解酵素である[[モノアミン酸化酵素A]]のノックアウトマウスでバレルの形成不全になる <ref><pubmed>8789945</pubmed></ref>。さらに、セロトニンを細胞に取り込むセロトニン輸送体のノックアウトマウスにおいてもバレルの形成が阻害されていたことから、大脳皮質でセロトニンの濃度が上昇するとバレルの形成が阻害されることが推測された <ref><pubmed> 9712661</pubmed></ref>。
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