「パルミトイル化」の版間の差分

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 ''S''-パルミトイル化脂質修飾は1970年代に[[wikipedia:Sindbis virus|シンドビスウイルス]]の[[wikipedia:ja:糖タンパク質|糖タンパク質]]と脂質の相互作用解析を目指した研究からその存在が明らかになった。[<sup>3</sup>H]-パルミチン酸で処理したシンドビスウイルスタンパク質は加熱変性処理を行っても両者の解離が見られず、パルミチン酸の[[wikipedia:ja:共有結合|共有結合]]性修飾が示唆された。パルミチン酸付加物はチオエステル切断試薬である[[wikipedia:ja:ヒドロキシルアミン|ヒドロキシルアミン]](NH<sub>2</sub>OH)で解離することが分かり、システインのチオールを介したチオエステル結合であることが明らかになった<ref><pubmed>287008</pubmed></ref>。その後、ウイルスタンパク質に限らず[[Ras]]や[[三量体GTP結合タンパク質]]αサブユニット(Gα)、種々の膜タンパク質が''S''-パルミトイル化されることが報告された。パルミトイル化反応は可逆的であり、パルミトイル化と脱パルミトイル化のバランスにより、基質タンパク質のパルミトイル化レベルが規定される。このパルミトイルサイクルは、細胞においてはリン酸化などと同様に、外界刺激に反応して、動的に制御されることが知られている。たとえば、Gα<sub>s</sub>のパルミトイル化レベルは、共役する受容体の活性化により大きく変動する<ref><pubmed>7912657</pubmed></ref>。パルミトイルサイクルは外界刺激依存的にタンパク質の局在や機能を動的に制御する重要な修飾であることが予想される。  
 ''S''-パルミトイル化脂質修飾は1970年代に[[wikipedia:Sindbis virus|シンドビスウイルス]]の[[wikipedia:ja:糖タンパク質|糖タンパク質]]と脂質の相互作用解析を目指した研究からその存在が明らかになった。[<sup>3</sup>H]-パルミチン酸で処理したシンドビスウイルスタンパク質は加熱変性処理を行っても両者の解離が見られず、パルミチン酸の[[wikipedia:ja:共有結合|共有結合]]性修飾が示唆された。パルミチン酸付加物はチオエステル切断試薬である[[wikipedia:ja:ヒドロキシルアミン|ヒドロキシルアミン]](NH<sub>2</sub>OH)で解離することが分かり、システインのチオールを介したチオエステル結合であることが明らかになった<ref><pubmed>287008</pubmed></ref>。その後、ウイルスタンパク質に限らず[[Ras]]や[[三量体GTP結合タンパク質]]αサブユニット(Gα)、種々の膜タンパク質が''S''-パルミトイル化されることが報告された。パルミトイル化反応は可逆的であり、パルミトイル化と脱パルミトイル化のバランスにより、基質タンパク質のパルミトイル化レベルが規定される。このパルミトイルサイクルは、細胞においてはリン酸化などと同様に、外界刺激に反応して、動的に制御されることが知られている。たとえば、Gα<sub>s</sub>のパルミトイル化レベルは、共役する受容体の活性化により大きく変動する<ref><pubmed>7912657</pubmed></ref>。パルミトイルサイクルは外界刺激依存的にタンパク質の局在や機能を動的に制御する重要な修飾であることが予想される。  


 しかしながら、2000年代前半まで責任酵素が同定されず、''S''-パルミトイル化は酵素非依存的な現象と捉える流れも存在した。パルミトイル化発見から30年近い年月が経ってようやくパルミトイルアシルトランスフェラーゼ(palmitoyl acyl transferase, PAT)活性を担うDHHCファミリータンパク質が同定された<ref name=Amy><pubmed>12193598</pubmed></ref><ref><pubmed>12370247</pubmed></ref>。近年大規模な''S''-パルミトイル化タンパク質のスクリーニング法が確立され、著しい数のタンパク質がパルミトイル化されることが示された<ref><pubmed>16751107</pubmed></ref><ref><pubmed>19092927</pubmed></ref>。DHHC酵素の発見を皮切りに、パルミトイル化酵素と基質のペアの同定が続々とおこなわれており<ref><pubmed>15603741</pubmed></ref><ref><pubmed>17012030</pubmed></ref><ref><pubmed>20168314</pubmed></ref>、''S''-パルミトイル化が担う細胞レベルの挙動が徐々に輪郭を見せ始めている。  
 しかしながら、2000年代前半まで責任酵素が同定されず、''S''-パルミトイル化は酵素非依存的な現象と捉える流れも存在した。パルミトイル化発見から30年近い年月が経ってようやくパルミトイルアシルトランスフェラーゼ(palmitoyl acyl transferase, PAT)活性を担うDHHCファミリータンパク質が同定された<ref name=Lobo><pubmed>12193598</pubmed></ref><ref name=Amy><pubmed>12370247</pubmed></ref>。近年大規模な''S''-パルミトイル化タンパク質のスクリーニング法が確立され、著しい数のタンパク質がパルミトイル化されることが示された<ref><pubmed>16751107</pubmed></ref><ref><pubmed>19092927</pubmed></ref>。DHHC酵素の発見を皮切りに、パルミトイル化酵素と基質のペアの同定が続々とおこなわれており<ref><pubmed>15603741</pubmed></ref><ref><pubmed>17012030</pubmed></ref><ref><pubmed>20168314</pubmed></ref>、''S''-パルミトイル化が担う細胞レベルの挙動が徐々に輪郭を見せ始めている。  


== ''S''-パルミトイル化タンパク質  ==
== ''S''-パルミトイル化タンパク質  ==
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=== ''S''-パルミトイル化酵素の発見とその反応機構  ===
=== ''S''-パルミトイル化酵素の発見とその反応機構  ===


 2002年に[[wikipedia:ja:酵母|酵母]]を用いた[[wikipedia:Forward genetics|順行性遺伝学]]的手法によりErf2/Erf4複合体<ref name=Amy><pubmed>12193598</pubmed></ref>、Akr-1<sup>[5]</sup>が''S''-パルミトイル化酵素(PAT)として同定された。Erf2(effector of Ras function 2)は4回膜貫通タンパク質でErf4と複合体を形成してRas2のパルミトイル化を担う。Akr-1(ankyrin repeat containing-1)は酵母[[カゼインキナーゼ]]Yck2をパルミトイル化する。相同性解析の結果これらはともに複数回の膜貫通領域に加えて、細胞質内領域に約50アミノ酸からなるシステインリッチドメイン(cysteine rich domain; CRD)を有しており、このドメイン内にパルミトイル化に不可欠なDHHC(Asp-His-His-Cys)配列を有していた(図2A)。[[wikipedia:ja:ゲノム|ゲノム]]データベース上、酵母では7種類、[[wikipedia:ja:哺乳動物|哺乳動物]]では24種類のDHHCファミリータンパク質が存在する(図2B;表2)。これまで、パルミトイル化反応がパルミトイル-CoA存在下で非酵素的に進行することも知られていたが、少なくとも酵母ではDHHCファミリータンパク質が細胞内のパルミトイル化の大部分を担っていることが示された<sup>[6]</sup>。また哺乳類のDHHCファミリー遺伝子を用いた活性スクリーニング法(下記参照)などにより、24種類のうちのほとんどが何かしらの基質に対して酵素活性を示すことが明らかになってきた(表2)。DHHCタンパク質ファミリーは、CRDの相同性からさらにサブファミリーに分類できる(図2B)。DHHC酵素の基質特異性は、サブファミリーごとに保存される傾向にあり、またひとつの基質は複数のDHHCタンパク質(サブファミリー)により修飾されうる(表2)。  
 2002年に[[wikipedia:ja:酵母|酵母]]を用いた[[wikipedia:Forward genetics|順行性遺伝学]]的手法によりErf2/Erf4複合体<ref name=Lobo><pubmed>12193598</pubmed></ref>、Akr-1<ref name=Amy><pubmed>12370247</pubmed></ref>が''S''-パルミトイル化酵素(PAT)として同定された。Erf2(effector of Ras function 2)は4回膜貫通タンパク質でErf4と複合体を形成してRas2のパルミトイル化を担う。Akr-1(ankyrin repeat containing-1)は酵母[[カゼインキナーゼ]]Yck2をパルミトイル化する。相同性解析の結果これらはともに複数回の膜貫通領域に加えて、細胞質内領域に約50アミノ酸からなるシステインリッチドメイン(cysteine rich domain; CRD)を有しており、このドメイン内にパルミトイル化に不可欠なDHHC(Asp-His-His-Cys)配列を有していた(図2A)。[[wikipedia:ja:ゲノム|ゲノム]]データベース上、酵母では7種類、[[wikipedia:ja:哺乳動物|哺乳動物]]では24種類のDHHCファミリータンパク質が存在する(図2B;表2)。これまで、パルミトイル化反応がパルミトイル-CoA存在下で非酵素的に進行することも知られていたが、少なくとも酵母ではDHHCファミリータンパク質が細胞内のパルミトイル化の大部分を担っていることが示された<sup>[6]</sup>。また哺乳類のDHHCファミリー遺伝子を用いた活性スクリーニング法(下記参照)などにより、24種類のうちのほとんどが何かしらの基質に対して酵素活性を示すことが明らかになってきた(表2)。DHHCタンパク質ファミリーは、CRDの相同性からさらにサブファミリーに分類できる(図2B)。DHHC酵素の基質特異性は、サブファミリーごとに保存される傾向にあり、またひとつの基質は複数のDHHCタンパク質(サブファミリー)により修飾されうる(表2)。  


 GFP融合DHHCタンパク質を過剰発現させた系で局在が調べられており、ほとんどが[[wikipedia:ja:小胞体|小胞体]]または[[wikipedia:ja:ゴルジ体|ゴルジ体]]に存在しており、一部細胞膜に局在していた(表2)<ref><pubmed>16647879</pubmed></ref>。したがって発現部位の特異性は低いと思われるが、DHHCタンパク質の発現量の少なさゆえに[[wikipedia:ja: 抗体|抗体]]による特異的検出が難しく、内在性DHHCタンパク質の局在に関してはほとんど明らかにされていない。最近の特異的抗体を用いた局在解析の結果、DHHC2は過剰発現系では小胞体/ゴルジ体に確認されたのに対して、内在性DHHC2は小胞(vesicle)上にも局在していた。その一方で、同じく過剰発現系でゴルジ体に見られたDHHC3は内在性酵素もゴルジ体に局在していた<ref><pubmed>19596852</pubmed></ref>。DHHC2および3は複数の基質において重複が確認されている。DHHCタンパク質それぞれの細胞内局在が''S''-パルミトイル化反応の時間・空間的制御機構に関与する可能性を示唆している。  
 GFP融合DHHCタンパク質を過剰発現させた系で局在が調べられており、ほとんどが[[wikipedia:ja:小胞体|小胞体]]または[[wikipedia:ja:ゴルジ体|ゴルジ体]]に存在しており、一部細胞膜に局在していた(表2)<ref><pubmed>16647879</pubmed></ref>。したがって発現部位の特異性は低いと思われるが、DHHCタンパク質の発現量の少なさゆえに[[wikipedia:ja: 抗体|抗体]]による特異的検出が難しく、内在性DHHCタンパク質の局在に関してはほとんど明らかにされていない。最近の特異的抗体を用いた局在解析の結果、DHHC2は過剰発現系では小胞体/ゴルジ体に確認されたのに対して、内在性DHHC2は小胞(vesicle)上にも局在していた。その一方で、同じく過剰発現系でゴルジ体に見られたDHHC3は内在性酵素もゴルジ体に局在していた<ref><pubmed>19596852</pubmed></ref>。DHHC2および3は複数の基質において重複が確認されている。DHHCタンパク質それぞれの細胞内局在が''S''-パルミトイル化反応の時間・空間的制御機構に関与する可能性を示唆している。