「パルミトイル化」の版間の差分

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 翻訳後修飾の可逆的制御機構は細胞の秩序維持における不可欠なプロセスであり、リン酸化、ユビキチン化、アセチル化などが知られるが、脂質修飾の一つである''S''-パルミトイル化(''S''-palmitoylation)もその担い手である。  
 翻訳後修飾の可逆的制御機構は細胞の秩序維持における不可欠なプロセスであり、リン酸化、ユビキチン化、アセチル化などが知られるが、脂質修飾の一つである''S''-パルミトイル化(''S''-palmitoylation)もその担い手である。  


 タンパク質の脂質修飾は、脂質付加による疎水性上昇効果から細胞質タンパク質の細胞膜への輸送、膜タンパク質の機能性膜ドメインへの側方輸送、タンパク質-脂質相互作用などにおいて重要な役割を果たす。脂質修飾は主に4つに分類され、1) 脂肪酸アシル化(fatty acylation)、2)プレニル化(prenylation)、3)グリコシルホスファチジルイノシトール(GPI)化(glypiation)、および4)コレステロール化(choresteroylation)である。''S''-パルミトイル化は脂肪酸アシル化修飾の一つであり、''N''-ミリストイル化(''N''-myristoylation)とともに最も主要な脂質修飾である<ref><pubmed>17892486</pubmed></ref>。''S''-パルミトイル化は可逆的な翻訳後修飾であるのに対し、''N''-ミリストイル化は不可逆的な共翻訳時修飾であり、両者は協調的に機能することが多い(詳しくはミリストイル化の項を参照されたい)。<br> ''S''-パルミトイル化は16炭素鎖飽和脂肪酸のパルミチン酸(C16)がタンパク質のシステイン残基チオール(SH基)にチオエステル結合を介して付加する(図1)。パルミチン酸が一般的であるが、他にもミリスチン酸(C14)、ステアリン酸(C18)、その他長鎖脂肪酸が付加する場合もあり、総称して''S''-アシル化(''S''-acylation)と呼ぶこともある。また、パルミチン酸が末端アミノ基やヒドロキシル基を介してそれぞれアミド結合(''N''-パルミトイル化[[Image:Palmitoylation Figure1.png|thumb|right|300px|図1 構造]])、エステル結合(''O''-パルミトイル化)で付加するタンパク質も存在するが、''S''-パルミトイル化とは責任酵素が異なる。本稿では、以後主に''S''-パルミトイル化について概説する。<br> ''S''-パルミトイル化脂質修飾は1970年代にシンドビスウィルスの糖タンパク質と脂質の相互作用解析を目指した研究からその存在が明らかになった。[<sup>3</sup>H]-パルミチン酸で処理したシンドビスウィルスタンパク質は加熱変性処理を行っても両者の解離が見られず、パルミチン酸の共有結合性修飾が示唆された。パルミチン酸付加物はチオエステル切断試薬であるヒドロキシルアミン(NH<sub>2</sub>OH)で解離することが分かり、システインのチオールを介したチオエステル結合であることが明らかになった<ref><pubmed>287008</pubmed></ref>。その後、ウィルスタンパク質に限らずRasやGタンパク質αサブユニット(Gα)、種々の膜タンパク質が''S''-パルミトイル化されることが報告された。パルミトイル化反応は可逆的であり、パルミトイル化と脱パルミトイル化のバランスにより、基質タンパク質のパルミトイル化レベルが規定される。このパルミトイルサイクルは、細胞においてはリン酸化などと同様に、外界刺激に反応して、動的に制御されることが知られている。たとえば、Gα<sub>s</sub>のパルミトイル化レベルは、共役する受容体の活性化により大きく変動する<ref><pubmed>7912657</pubmed></ref>。パルミトイルサイクルは外界刺激依存的にタンパク質の局在や機能を動的に制御する重要な修飾であることが予想される。  
 タンパク質の脂質修飾は、脂質付加による疎水性上昇効果から細胞質タンパク質の細胞膜への輸送、膜タンパク質の機能性膜ドメインへの側方輸送、タンパク質-脂質相互作用などにおいて重要な役割を果たす。脂質修飾は主に4つに分類され、1) 脂肪酸アシル化(fatty acylation)、2)プレニル化(prenylation)、3)グリコシルホスファチジルイノシトール(GPI)化(glypiation)、および4)コレステロール化(choresteroylation)である。''S''-パルミトイル化は脂肪酸アシル化修飾の一つであり、''N''-ミリストイル化(''N''-myristoylation)とともに最も主要な脂質修飾である<ref><pubmed>17892486</pubmed></ref>。''S''-パルミトイル化は可逆的な翻訳後修飾であるのに対し、''N''-ミリストイル化は不可逆的な共翻訳時修飾であり、両者は協調的に機能することが多い(詳しくはミリストイル化の項を参照されたい)。<br> ''S''-パルミトイル化は16炭素鎖飽和脂肪酸のパルミチン酸(C16)がタンパク質のシステイン残基チオール(SH基)にチオエステル結合を介して付加する(図1)。パルミチン酸が一般的であるが、他にもミリスチン酸(C14)、ステアリン酸(C18)、その他長鎖脂肪酸が付加する場合もあり、総称して''S''-アシル化(''S''-acylation)と呼ぶこともある。また、パルミチン酸が末端アミノ基やヒドロキシル基を介してそれぞれアミド結合(''N''-パルミトイル化)、エステル結合(''O''-パルミトイル化)で付加するタンパク質も存在するが、''S''-パルミトイル化とは責任酵素が異なる。本稿では、以後主に''S''-パルミトイル化について概説する。<br> ''S''-パルミトイル化脂質修飾は1970年代にシンドビスウィルスの糖タンパク質と脂質の相互作用解析を目指した研究からその存在が明らかになった。[<sup>3</sup>H]-パルミチン酸で処理したシンドビスウィルスタンパク質は加熱変性処理を行っても両者の解離が見られず、パルミチン酸の共有結合性修飾が示唆された。パルミチン酸付加物はチオエステル切断試薬であるヒドロキシルアミン(NH<sub>2</sub>OH)で解離することが分かり、システインのチオールを介したチオエステル結合であることが明らかになった<ref><pubmed>287008</pubmed></ref>。その後、ウィルスタンパク質に限らずRasやGタンパク質αサブユニット(Gα)、種々の膜タンパク質が''S''-パルミトイル化されることが報告された。パルミトイル化反応は可逆的であり、パルミトイル化と脱パルミトイル化のバランスにより、基質タンパク質のパルミトイル化レベルが規定される。このパルミトイルサイクルは、細胞においてはリン酸化などと同様に、外界刺激に反応して、動的に制御されることが知られている。たとえば、Gα<sub>s</sub>のパルミトイル化レベルは、共役する受容体の活性化により大きく変動する<ref><pubmed>7912657</pubmed></ref>。パルミトイルサイクルは外界刺激依存的にタンパク質の局在や機能を動的に制御する重要な修飾であることが予想される。  


 しかしながら、2000年代前半まで責任酵素が同定されず、''S''-パルミトイル化は酵素非依存的な現象と捉える流れも存在した。パルミトイル化発見から30年近い年月が経ってようやくパルミトイルアシルトランスフェラーゼ(palmitoyl acyl transferase&nbsp;: PAT)活性を担うDHHCファミリータンパク質が同定された<ref><pubmed>12193598</pubmed></ref><ref><pubmed>12370247</pubmed></ref>。一方、近年大規模な''S''-パルミトイル化タンパク質のスクリーニング法が確立され、著しい数のタンパク質がパルミトイル化されることが示された<ref><pubmed>16751107</pubmed></ref><ref><pubmed>19092927</pubmed></ref>。DHHC酵素の発見を皮切りに、パルミトイル化酵素と基質のペアの同定が続々とおこなわれており<ref><pubmed>15603741</pubmed></ref><ref><pubmed>17012030</pubmed></ref><ref><pubmed>20168314</pubmed></ref>、''S''-パルミトイル化が担う細胞レベルの挙動が徐々に輪郭を見せ始めている。 <br><br><br>
 しかしながら、2000年代前半まで責任酵素が同定されず、''S''-パルミトイル化は酵素非依存的な現象と捉える流れも存在した。パルミトイル化発見から30年近い年月が経ってようやくパルミトイルアシルトランスフェラーゼ(palmitoyl acyl transferase&nbsp;: PAT)活性を担うDHHCファミリータンパク質が同定された<ref><pubmed>12193598</pubmed></ref><ref><pubmed>12370247</pubmed></ref>。一方、近年大規模な''S''-パルミトイル化タンパク質のスクリーニング法が確立され、著しい数のタンパク質がパルミトイル化されることが示された<ref><pubmed>16751107</pubmed></ref><ref><pubmed>19092927</pubmed></ref>。DHHC酵素の発見を皮切りに、パルミトイル化酵素と基質のペアの同定が続々とおこなわれており<ref><pubmed>15603741</pubmed></ref><ref><pubmed>17012030</pubmed></ref><ref><pubmed>20168314</pubmed></ref>、''S''-パルミトイル化が担う細胞レベルの挙動が徐々に輪郭を見せ始めている。 <br>[[Image:Palmitoylation Figure1.png|thumb|left|300px|図1 構造]]
 
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== ''S''-パルミトイル化タンパク質  ==
== ''S''-パルミトイル化タンパク質  ==
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=== 概説  ===
=== 概説  ===


[[Image:Plamitoylation Figure3.png|thumb|right|200px|図3 <i>S</i>-パルミトイル化の生理的機能]] 細胞質タンパク質はその合成直後にゴルジ膜に存在するPATにより''S''-パルミトイル化され、疎水性が著しく上昇するため細胞膜近傍へ輸送され細胞膜に繋ぎとめられると考えられる(図3A)。その後あるいは直接、細胞膜上の微小ドメインである脂質ラフトに輸送されるタンパク質も存在する。PPTにより脱パルミトイル化されると細胞膜から解放され細胞質あるいはゴルジ体表面へと輸送される。最近、生細胞イメージングにより、H-Ras やGα<sub>q</sub>などの''S''-パルミトイル化タンパク質が、パルミトイルサイクルに応じて、細胞膜とゴルジ体の間をシャトリングする現象が明らかになった<ref><pubmed>15705808</pubmed></ref><ref><pubmed>19001095</pubmed></ref>。  
&nbsp;細胞質タンパク質はその合成直後にゴルジ膜に存在するPATにより''S''-パルミトイル化され、疎水性が著しく上昇するため細胞膜近傍へ輸送され細胞膜に繋ぎとめられると考えられる(図3A)。その後あるいは直接、細胞膜上の微小ドメインである脂質ラフトに輸送されるタンパク質も存在する。PPTにより脱パルミトイル化されると細胞膜から解放され細胞質あるいはゴルジ体表面へと輸送される。最近、生細胞イメージングにより、H-Ras やGα<sub>q</sub>などの''S''-パルミトイル化タンパク質が、パルミトイルサイクルに応じて、細胞膜とゴルジ体の間をシャトリングする現象が明らかになった<ref><pubmed>15705808</pubmed></ref><ref><pubmed>19001095</pubmed></ref>。  


Gα<sub>q</sub>の''S''-パルミトイル化酵素であるDHHC3はゴルジ体膜上で機能しており、PATの局在部位と活性がシャトリングの場所と速度を規定すると考えられた<sup>[18]</sup>。膜タンパク質においても''S''-パルミトイル化はゴルジ体から細胞膜への輸送、脂質ラフトへの側方輸送(図3B-a)、タンパク質―タンパク質相互作用(図3B-b,c)、コンフォメーション変化によるタンパク質の活性制御において重要であると考えられている。脂質ラフトはコレステロールやスフィンゴ脂質を多く含む脂質秩序相で、エンドサイトーシス、細胞-細胞間接着、細胞-細胞外マトリックス相互作用などにおける機能性膜微小ドメインとして知られる。パルミチン酸はコレステロールやスフィンゴ脂質に対して高い親和性を示すことが知られており、これまで多くのS-パルミトイル化タンパク質が脂質ラフトに集積していることが報告されている。''S''-パルミトイル化は脂質ラフトにおけるタンパク質複合体形成において重要な役割を担っていると考えられているが、現時点では詳細な機構は解明されていない。神経細胞におけるプレおよびポストシナプス膜や免疫細胞における免疫細胞間インターフェース(免疫シナプス)は脂質ラフトを含む膜局所構造で、この部位に集積するタンパク質についてS-パルミトイル化の生理学的意義が盛んに解析されているため紹介する。<br>
Gα<sub>q</sub>の''S''-パルミトイル化酵素であるDHHC3はゴルジ体膜上で機能しており、PATの局在部位と活性がシャトリングの場所と速度を規定すると考えられた<sup>[18]</sup>。膜タンパク質においても''S''-パルミトイル化はゴルジ体から細胞膜への輸送、脂質ラフトへの側方輸送(図3B-a)、タンパク質―タンパク質相互作用(図3B-b,c)、コンフォメーション変化によるタンパク質の活性制御において重要であると考えられている。脂質ラフトはコレステロールやスフィンゴ脂質を多く含む脂質秩序相で、エンドサイトーシス、細胞-細胞間接着、細胞-細胞外マトリックス相互作用などにおける機能性膜微小ドメインとして知られる。パルミチン酸はコレステロールやスフィンゴ脂質に対して高い親和性を示すことが知られており、これまで多くのS-パルミトイル化タンパク質が脂質ラフトに集積していることが報告されている。''S''-パルミトイル化は脂質ラフトにおけるタンパク質複合体形成において重要な役割を担っていると考えられているが、現時点では詳細な機構は解明されていない。神経細胞におけるプレおよびポストシナプス膜や免疫細胞における免疫細胞間インターフェース(免疫シナプス)は脂質ラフトを含む膜局所構造で、この部位に集積するタンパク質についてS-パルミトイル化の生理学的意義が盛んに解析されているため紹介する。<br>
[[Image:Plamitoylation Figure3.png|thumb|left|250px|図3 <i>S</i>-パルミトイル化の生理的機能]]
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(執筆者:関谷敦志、深田優子、深田正紀 編集委員:林康紀)
(執筆者:関谷敦志、深田優子、深田正紀 編集委員:林康紀)
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