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英語名:Histone 独:Histon 仏:Histone<br> 真核生物のクロマチン(染色質)の基本単位であるヌクレオソーム(nucleosome)を構成する塩基性タンパク質。DNA を核内に収納する役割を担う。通常の細胞を構成しているタンパク質中でヒストンは最も多量に存在しているタンパク質であり、ヌクレオソームはほぼ等量のDNA(200bp(130kDa))とヒストンタンパク質(132kDa)により構成されている。ヒストンとDNAの相互作用は遺伝子発現の最初の段階である転写に大きな影響を及ぼす<ref>'''八杉龍一、小関治男、古谷雅樹、日高敏隆'''<br>岩波生物学辞典 第4版<br>''岩波書店'':1996</ref>。  
英語名:Histone 独:Histon 仏:Histone<br> 真核生物のクロマチン(染色質)の基本単位であるヌクレオソーム(nucleosome)を構成する塩基性タンパク質。DNA を核内に収納する役割を担う。通常の細胞を構成しているタンパク質中でヒストンは最も多量に存在しているタンパク質であり、ヌクレオソームはほぼ等量のDNA(200bp(130kDa))とヒストンタンパク質(132kDa)により構成されている。ヒストンとDNAの相互作用は遺伝子発現の最初の段階である転写に大きな影響を及ぼす<ref>'''八杉龍一、小関治男、古谷雅樹、日高敏隆'''<br>岩波生物学辞典 第4版<br>''岩波書店'':1996</ref>。  


== 分類 ==
== 分類 ==


ヒストンはH1、H2A、H2B、H3、H4の5種類に分類される。このうちH2A、H2B、H3、H4の4種は、コアヒストンと呼ばれ、それぞれ二分子ずつが集合し、ヒストン八量体を形成する。一つのヒストン八量体には、146 bp の DNA が左巻きに約1.65回巻き付いている<ref name="ref2"><pubmed>9305837</pubmed></ref>。この構造がクロマチン構造の最小単位であるヌクレオソームである。H1 はリンカーヒストンと呼ばれ、ヌクレオソーム間の DNA に結合する。コアヒストンは比較的小さく11~15kDa、H1ヒストンはやや大きく約21kDaであり、ヌクレオソーム内ではそれぞれのコアヒストンが二分子ずつ存在するのに対して、H1ヒストンは一分子含まれる <ref>'''大場義樹'''<br>クロマチン<br>''東京大学出版会'':1986</ref>。ヒストンは正の電荷をもつアミノ酸の含有量が高く、各ヒストンのアミノ酸残基の少なくとも20%がリジンまたはアルギニンであるため、負の電荷をもったDNA分子に強く結合する。ヒストンの塩基性アミノ酸含量またはリジン/アルギニン比に従い、H1は高リジン型ヒストン、H2A、H2Bはリジン型ヒストン、H3、H4はアルギニン型ヒストンと呼ばれている<ref>'''James D. Watson, T. A. Baker, S. P. Bell、訳 中村桂子監fckLR'''<br>ワトソン 遺伝子の分子生物学【第5版】<br>''東京電機大学出版局'':2006</ref>。  
ヒストンはH1、H2A、H2B、H3、H4の5種類に分類される。このうちH2A、H2B、H3、H4の4種は、コアヒストンと呼ばれ、それぞれ二分子ずつが集合し、ヒストン八量体を形成する。一つのヒストン八量体には、146 bp の DNA が左巻きに約1.65回巻き付いている<ref name="ref2"><pubmed>9305837</pubmed></ref>。この構造がクロマチン構造の最小単位であるヌクレオソームである。H1 はリンカーヒストンと呼ばれ、ヌクレオソーム間の DNA に結合する。コアヒストンは比較的小さく11~15kDa、H1ヒストンはやや大きく約21kDaであり、ヌクレオソーム内ではそれぞれのコアヒストンが二分子ずつ存在するのに対して、H1ヒストンは一分子含まれる <ref>'''大場義樹'''<br>クロマチン<br>''東京大学出版会'':1986</ref>。ヒストンは正の電荷をもつアミノ酸の含有量が高く、各ヒストンのアミノ酸残基の少なくとも20%がリジンまたはアルギニンであるため、負の電荷をもったDNA分子に強く結合する。ヒストンの塩基性アミノ酸含量またはリジン/アルギニン比に従い、H1は高リジン型ヒストン、H2A、H2Bはリジン型ヒストン、H3、H4はアルギニン型ヒストンと呼ばれている<ref>'''James D. Watson, T. A. Baker, S. P. Bell、訳 中村桂子監fckLR'''<br>ワトソン 遺伝子の分子生物学【第5版】<br>''東京電機大学出版局'':2006</ref>。  


== 構造 ==
== 構造==
[[Image:Kinichinakashima fig 1.png|thumb|400px|'''図1 コアヒストンとヌクレオソームの分子構成'''<br>ヌクレアソームはヒストン八量体に146 bp の DNA が左巻きに約1.65回巻き付いた構造である。ヒストン八量体はコアヒストンであるH2A、H2B、H3、H4から形成され、H3-H4四量体がDNAに結合し、そこに2個のH2A・H2Bが結合することによってヌクレオソームが完成する。]]
ヌクレオソームを構成するヒストンにはどのコアヒストンにも保存されている領域が存在し、ヒストン型折りたたみドメイン(histone-fold domain)と呼ばれる。この領域はヒストンの中間体の集合に関与し、間に短いループを2つ(L1、L2)もつ3つのαヘリックス(α1、α2、α3)で構成されている。この領域を介して特定の組み合わせのヒストンが結合する。H3とH4はまずヘテロ二量体を形成し、この二量体同士が結合し、H3、H4各2分子からなる四量体(H3・H4)を形成する。H2A、H2Bは溶液中でヘテロ二量体は形成するが、四量体は形成しない。その後、H3-H4四量体がDNAに結合し、そこに2個のH2A・H2Bが結合することによってヌクレオソームが完成する(図1)  。コアヒストンとヌクレオソームの分子構成    ヌクレアソームはヒストン八量体に146 bp の DNA が左巻きに約1.65回巻き付いた構造である。ヒストン八量体はコアヒストンであるH2A、H2B、H3、H4から形成され、H3-H4四量体がDNAに結合し、そこに2個のH2A・H2Bが結合することによってヌクレオソームが完成する。]]ヌクレオソームヒストンの構造は球形のカルボキシル末端部分と、直鎖状のアミノ末端部分(ヒストンテール)からなる<ref name="ref2" /><ref><pubmed>7479959</pubmed></ref><ref><pubmed>19217387</pubmed></ref>。 ヒストンテールのセリン、リジン、アルギニン残基などはリン酸化、アセチル化、メチル化、ユビキチン化といった化学修飾を受けることが知られている。これらの化学修飾は、遺伝子発現等、数々のクロマチン機能の制御に関わっている(機能の項参照)。ヒストンは多くの翻訳後修飾可能な残基を持っており、複数の修飾の組み合わせがそれぞれ特異的な機能を引き出すという仮説は、ヒストンコード仮説と呼ばれている<ref><pubmed>10638745</pubmed></ref><ref><pubmed> 11498575</pubmed></ref>。


ヌクレオソームを構成するヒストンにはどのコアヒストンにも保存されている領域が存在し、ヒストン型折りたたみドメイン(histone-fold domain)と呼ばれる。この領域はヒストンの中間体の集合に関与し、間に短いループを2つ(L1、L2)もつ3つのαヘリックス(α1、α2、α3)で構成されている。この領域を介して特定の組み合わせのヒストンが結合する。H3とH4はまずヘテロ二量体を形成し、この二量体同士が結合し、H3、H4各2分子からなる四量体(H3・H4)を形成する。H2A、H2Bは溶液中でヘテロ二量体は形成するが、四量体は形成しない。その後、H3-H4四量体がDNAに結合し、そこに2個のH2A・H2Bが結合することによってヌクレオソームが完成する(図1)。コアヒストンとヌクレオソームの分子構成    ヌクレアソームはヒストン八量体に146 bp の DNA が左巻きに約1.65回巻き付いた構造である。ヒストン八量体はコアヒストンであるH2A、H2B、H3、H4から形成され、H3-H4四量体がDNAに結合し、そこに2個のH2A・H2Bが結合することによってヌクレオソームが完成する。]]ヌクレオソームヒストンの構造は球形のカルボキシル末端部分と、直鎖状のアミノ末端部分(ヒストンテール)からなる<ref name="ref2" /><ref><pubmed>7479959</pubmed></ref><ref><pubmed>19217387</pubmed></ref>。 ヒストンテールのセリン、リジン、アルギニン残基などはリン酸化、アセチル化、メチル化、ユビキチン化といった化学修飾を受けることが知られている。これらの化学修飾は、遺伝子発現等、数々のクロマチン機能の制御に関わっている(機能の項参照)。ヒストンは多くの翻訳後修飾可能な残基を持っており、複数の修飾の組み合わせがそれぞれ特異的な機能を引き出すという仮説は、ヒストンコード仮説と呼ばれている<ref><pubmed>10638745</pubmed></ref><ref><pubmed> 11498575</pubmed></ref>。
== 機能  ==


== 機能 ==
=== DNA鎖の核内への収納 ===
 
=== DNA鎖の核内への収納 ===


真核生物のクロマチンの基本単位であるヌクレオソームを構成するヒストンは円柱形で、146bpのDNAがその表面に1.65回巻き付けられている<ref name="ref2" />。ヒストンは真核生物の大きなゲノムを細胞核にはめ込むのに必要な圧縮を可能にし、DNA鎖の核内への収納に関与している。最終的に約2mのDNAは10μm程度の核内に収納される。  
真核生物のクロマチンの基本単位であるヌクレオソームを構成するヒストンは円柱形で、146bpのDNAがその表面に1.65回巻き付けられている<ref name="ref2" />。ヒストンは真核生物の大きなゲノムを細胞核にはめ込むのに必要な圧縮を可能にし、DNA鎖の核内への収納に関与している。最終的に約2mのDNAは10μm程度の核内に収納される。  


=== クロマチンの制御 ===
=== クロマチンの制御 ===


ヒストンのアミノ末端部分は、さまざまな修飾を受けることによりクロマチンの機能を制御している。遺伝子の発現もそのうちのひとつで、このようにゲノムの塩基配列の変化を起こさずに遺伝子の機能を調節する仕組みをエピジェネティクスという。ヒストン修飾は遺伝子発現制御にとどまらずDNA修復や染色体凝縮(有糸分裂)、精子形成(減数分裂)などの多様な生物学的プロセスに関与していることが知られている<ref><pubmed>21927517</pubmed></ref>が、ここでは転写を調節するヒストン修飾の例を以下に示す。  
ヒストンのアミノ末端部分は、さまざまな修飾を受けることによりクロマチンの機能を制御している。遺伝子の発現もそのうちのひとつで、このようにゲノムの塩基配列の変化を起こさずに遺伝子の機能を調節する仕組みをエピジェネティクスという。ヒストン修飾は遺伝子発現制御にとどまらずDNA修復や染色体凝縮(有糸分裂)、精子形成(減数分裂)などの多様な生物学的プロセスに関与していることが知られている<ref><pubmed>21927517</pubmed></ref>が、ここでは転写を調節するヒストン修飾の例を以下に示す。  


== ヒストンの修飾(表1、表2、図2) ==
== ヒストンの修飾(表1、表2、図2) ==
[[Image:Kinichinakashima fig 2.png|thumb|430px|'''図2 代表的なヒストンテール上アミノ酸の修飾'''<br>それぞれのヒストンコアタンパク質におけるヒストンテールの修飾のうち代表的なものを示した。左端がN末端を示す。ヒストンテールは多様な修飾を受け、その影響は修飾の種類や部位によって決まる(表1)。ヒストン修飾は遺伝子の発現制御などに重要な役割を果たしている]]


=== ヒストンのアセチル化 ===
=== ヒストンのアセチル化 ===


ヒストンのアセチル化は細胞内のヒストンアセチル基転移酵素(Histone Acetyl Transferase:HAT)により行われる。HATはヒストン中の特定のリジン残基のアミノ基(-NH2(-NH3+))をアミド(-NHCOCH3)に変換することにより電荷を中和し、ヒストン-DNA間の結合を部分的に弱める。これにより、ヌクレオソーム同士をつないでいるDNA鎖(リンカーDNA)に対して転写因子やRNAポリメラーゼがより結合しやすい状態になり、結果として転写が活性化される。ヒストンの脱アセチル化では、このアセチル基が加水分解により除去され、元のアミノ基に戻ることによりヒストンへのDNAの巻きつきが強められ転写が抑制される。ヒストンの脱アセチル化はヒストン脱アセチル化酵素(Histone Deacetylase:HDAC)によって行われる。  
ヒストンのアセチル化は細胞内のヒストンアセチル基転移酵素(Histone Acetyl Transferase:HAT)により行われる。HATはヒストン中の特定のリジン残基のアミノ基(-NH2(-NH3+))をアミド(-NHCOCH3)に変換することにより電荷を中和し、ヒストン-DNA間の結合を部分的に弱める。これにより、ヌクレオソーム同士をつないでいるDNA鎖(リンカーDNA)に対して転写因子やRNAポリメラーゼがより結合しやすい状態になり、結果として転写が活性化される。ヒストンの脱アセチル化では、このアセチル基が加水分解により除去され、元のアミノ基に戻ることによりヒストンへのDNAの巻きつきが強められ転写が抑制される。ヒストンの脱アセチル化はヒストン脱アセチル化酵素(Histone Deacetylase:HDAC)によって行われる。  


=== ヒストンのメチル化 ===
=== ヒストンのメチル化 ===


ヒストンのメチル化は主にリジン残基に見られ、ヒストンH3ではK4、K9、K27、K36、K79が、ヒストンH4ではK20がメチル化されることが知られている。これらのメチル化の数は1~3つ(mono~tri)存在し、またそれぞれリン酸化される残基の位置によって転写の活性化に関与するものと抑制に関与するものが存在する。一般的にH3K4、K36、K79は転写活性化に関与し、H3K9、K27、H4K20は転写抑制に関与している。またリジン残基だけでなくアルギニン残基もメチル化され、転写制御に関わることが報告されている<ref><pubmed>12101096</pubmed></ref><ref><pubmed>11751582</pubmed></ref>。  
ヒストンのメチル化は主にリジン残基に見られ、ヒストンH3ではK4、K9、K27、K36、K79が、ヒストンH4ではK20がメチル化されることが知られている。これらのメチル化の数は1~3つ(mono~tri)存在し、またそれぞれリン酸化される残基の位置によって転写の活性化に関与するものと抑制に関与するものが存在する。一般的にH3K4、K36、K79は転写活性化に関与し、H3K9、K27、H4K20は転写抑制に関与している。またリジン残基だけでなくアルギニン残基もメチル化され、転写制御に関わることが報告されている<ref><pubmed>12101096</pubmed></ref><ref><pubmed>11751582</pubmed></ref>。  


== 神経系細胞分化におけるヒストンの修飾の役割 ==
{| border="1" cellpadding="1" style="width:70%"
|+ '''表1:ヒストン修飾とその働き'''
|-
| style="text-align:center" | '''ヒストン'''
| style="text-align:center" | '''サイト'''
| style="text-align:center" | '''修飾'''
| style="text-align:center" | '''機能'''
|-
| rowspan="4" style="text-align:center; width:30%" | '''H2A''' 
| BMP2, 4 
| style="color:blue; text-align:center" | ●
| style="text-align:center" | <ref name="ref7"><pubmed>11331769</pubmed></ref>
|-
| Notch
| style="color:blue; text-align:center" | ●
| style="text-align:center" | <ref name="ref8"><pubmed>10205173</pubmed></ref>
|-
| Wnt
| style="color:red; text-align:center" | ●
| rowspan="5" |
| style="text-align:center" | <ref name="ref27"><pubmed>15142975</pubmed></ref>
|-
| Wnt
| style="color:red; text-align:center" | ●
| rowspan="5" |
| style="text-align:center" | <ref name="ref27"><pubmed>15142975</pubmed></ref>
|-
| rowspan="6" style="text-align:center" | 転写因子
| Mash1
| style="color:red; text-align:center" | ●
| style="text-align:center" | <ref name="ref21"><pubmed>8221886</pubmed></ref>
|-
| Neurog
| style="color:red; text-align:center" | ●
| style="text-align:center" | <ref name="ref22"><pubmed>9539122</pubmed></ref>
|-
| Math1
| style="color:red; text-align:center" | ●
| style="text-align:center" | <ref name="ref3"><pubmed>9367153</pubmed></ref>
|-
| NeuroD
| style="color:red; text-align:center" | ●
| style="text-align:center" | <ref name="ref23"><pubmed>7754368</pubmed></ref>
|-
| Hes1, 5
| rowspan="2" |
| style="color:blue; text-align:center" | ●
| style="text-align:center" | <ref name="ref5"><pubmed>1340473</pubmed></ref><ref name="ref24"><pubmed>7909512</pubmed></ref>
|-
| Id1, 3
| style="color:blue; text-align:center" | ●
| style="text-align:center" | <ref name="ref25"><pubmed>7623812</pubmed></ref><ref name="ref26"><pubmed>10537105</pubmed></ref>
|-
| rowspan="9" style="text-align:center" | '''アストロサイト分化'''
| rowspan="3" style="text-align:center" | 細胞外因子
| BMP2, 4
| style="color:red; text-align:center" | ●
| rowspan="6" |
| style="text-align:center" | <ref name="ref10"><pubmed>8893018</pubmed></ref>
|-
| LIF/CNTF
| style="color:red; text-align:center" | ●
| style="text-align:center" | <ref name="ref11"><pubmed>9334309</pubmed></ref>
|-
| Retinoic acid (RA)
| style="color:red; text-align:center" | ●
| style="text-align:center" | <ref name="ref13"><pubmed>19609931</pubmed></ref>
|-
| rowspan="6" style="text-align:center" | 転写因子
| Smads
| style="color:red; text-align:center" | ●
| style="text-align:center" | <ref name="ref12"><pubmed>10205054</pubmed></ref>
|-
| STAT3
| style="color:red; text-align:center" | ●
| style="text-align:center" | <ref name="ref12"><pubmed>10205054</pubmed></ref>
|-
| p300/CBP
| style="color:red; text-align:center" | ●
| style="text-align:center" | <ref name="ref11"><pubmed>9334309</pubmed></ref><ref name="ref12"><pubmed>10205054</pubmed></ref>
|-
| Neurog
|
| style="color:blue; text-align:center" | ●
| style="text-align:center" | <ref name="ref15"><pubmed>11239394</pubmed></ref>
|-
| Hes5
| style="color:red; text-align:center" | ●
| rowspan="3" |
| style="text-align:center" | <ref name="ref28"><pubmed>10821751</pubmed></ref>
|-
| Id4
| style="color:red; text-align:center" | ●
| style="text-align:center" | <ref name="ref29"><pubmed>15469968</pubmed></ref>
|-
| rowspan="9" style="text-align:center" | '''オリゴデンドロサイト分化'''
| rowspan="3" style="text-align:center" | 細胞外因子
| Shh
| style="color:red; text-align:center" | ●
| style="text-align:center" | <ref name="ref16"><pubmed>10719353</pubmed></ref>
|-
| BMP2, 4
| rowspan="2" |
| style="color:blue; text-align:center" | ●
| style="text-align:center" | <ref name="ref33"><pubmed>12399304</pubmed></ref>
|-
| Notch
| style="color:blue; text-align:center" | ●
| style="text-align:center" | <ref name="ref34"><pubmed>9697852</pubmed></ref>
|-
| rowspan="6" style="text-align:center" | 転写因子
| Olig1, 2
| style="color:red; text-align:center" | ●
|
| style="text-align:center" | <ref name="ref17"><pubmed>10719888</pubmed></ref><ref name="ref18"><pubmed>10719889</pubmed></ref><ref name="ref19"><pubmed>11091082</pubmed></ref>
|-
| Hes5
| rowspan="2" |
| style="color:blue; text-align:center" | ●
| style="text-align:center" | <ref name="ref30"><pubmed>10862737</pubmed></ref>
|-
| Id2, 4
| style="color:blue; text-align:center" | ●
| style="text-align:center" | <ref name="ref31"><pubmed>11301021</pubmed></ref><ref name="ref32"><pubmed>10790366</pubmed></ref>
|-
| YY1
| style="color:red; text-align:center" | ●
|
| style="text-align:center" | <ref name="ref20"><pubmed>17640524</pubmed></ref>
|-
| Tcf4
|
| style="color:blue; text-align:center" | ●
| style="text-align:center" | <ref name="ref35"><pubmed>15950605</pubmed></ref>
|-
| HDAC
| style="color:red; text-align:center" | ●
|
| style="text-align:center" | <ref name="ref20"><pubmed>17640524</pubmed></ref>
|}
 
== 神経系細胞分化におけるヒストンの修飾の役割 ==


哺乳類の中枢神経系は、発生段階において共通の神経幹細胞から分化・産生されるニューロン、アストロサイト、オリゴデンドロサイトによって構成され、互いに精妙に相互作用することで高度な神経活動が維持されている[13]。  
哺乳類の中枢神経系は、発生段階において共通の神経幹細胞から分化・産生されるニューロン、アストロサイト、オリゴデンドロサイトによって構成され、互いに精妙に相互作用することで高度な神経活動が維持されている[13]。  


=== アセチル化 ===
=== アセチル化 ===


 前述のように、ヒストンのアセチル化と脱アセチル化は、それぞれHAT及びHDACにより行われている。代表的なHATとしてCBP(CREB binding protein)やp300が知られている(表2)。p300の欠損マウスやヘテロ欠損マウス、p300とCBP両方のヘテロ欠損マウスでは細胞の増殖や神経管形成、心臓の発達が起こらずに胎生致死となる[14]。また、CBPは神経系遺伝子のプローター領域のヒストンのアセチル化増進を介して神経発生を制御していることが報告されており、CBPのヘテロ欠損マウスでは胎生期の神経発生異常に起因すると考えられるルビンシュタイン・テイビ症候群を引き起こすことが知られている[15]。神経幹細胞からニューロンへの分化においてはNRSF(neuron restrictive silencing factor, 別名 repressor for element-1 silencing transcription factor(REST))と呼ばれる転写因子がニューロン特異的遺伝子の発現を制御していることが知られている。NRSFはニューロン特異的遺伝子のプロモーター上のNRSE(neuron restrictive silencing element)と呼ばれる配列に特異的に結合し、そこでHDACやメチル化DNA結合タンパク質であるMeCP2(methyl CpG binding protein 2)、CoREST(co-repressor for REST)とよばれるコリプレッサーの複合体を形成することにより、ニューロン特異的遺伝子の発現を負に制御している[16]。ヒストンのアセチル化は神経幹細胞からオリゴデンドロサイトの分化にも関与し、その分化はHDACにより大きく影響を受ける。HDACは転写因子YY1(Yin Yang1)と強調してオリゴデンドロサイトの発現を抑制する転写調節因子Id4(inhibition of differentiation 4)およびTCF(T-cell factor)を抑制することでオリゴデンドロサイトへの分化を促進させることが報告されている[17]。さらにHDACはWntの下流のβ-カテニンと拮抗的にTCFと結合し、オリゴデンドロサイト分化を抑制するId2(inhibition of differentiation 2)やId4の発現を阻害することによってもオリゴデンドロサイトの分化を促進させている[18]。<br>  
 前述のように、ヒストンのアセチル化と脱アセチル化は、それぞれHAT及びHDACにより行われている。代表的なHATとしてCBP(CREB binding protein)やp300が知られている(表2)。p300の欠損マウスやヘテロ欠損マウス、p300とCBP両方のヘテロ欠損マウスでは細胞の増殖や神経管形成、心臓の発達が起こらずに胎生致死となる[14]。また、CBPは神経系遺伝子のプローター領域のヒストンのアセチル化増進を介して神経発生を制御していることが報告されており、CBPのヘテロ欠損マウスでは胎生期の神経発生異常に起因すると考えられるルビンシュタイン・テイビ症候群を引き起こすことが知られている[15]。神経幹細胞からニューロンへの分化においてはNRSF(neuron restrictive silencing factor, 別名 repressor for element-1 silencing transcription factor(REST))と呼ばれる転写因子がニューロン特異的遺伝子の発現を制御していることが知られている。NRSFはニューロン特異的遺伝子のプロモーター上のNRSE(neuron restrictive silencing element)と呼ばれる配列に特異的に結合し、そこでHDACやメチル化DNA結合タンパク質であるMeCP2(methyl CpG binding protein 2)、CoREST(co-repressor for REST)とよばれるコリプレッサーの複合体を形成することにより、ニューロン特異的遺伝子の発現を負に制御している[16]。ヒストンのアセチル化は神経幹細胞からオリゴデンドロサイトの分化にも関与し、その分化はHDACにより大きく影響を受ける。HDACは転写因子YY1(Yin Yang1)と強調してオリゴデンドロサイトの発現を抑制する転写調節因子Id4(inhibition of differentiation 4)およびTCF(T-cell factor)を抑制することでオリゴデンドロサイトへの分化を促進させることが報告されている[17]。さらにHDACはWntの下流のβ-カテニンと拮抗的にTCFと結合し、オリゴデンドロサイト分化を抑制するId2(inhibition of differentiation 2)やId4の発現を阻害することによってもオリゴデンドロサイトの分化を促進させている[18]。<br>  
39行目: 181行目:
 その他にも、成体ラット海馬由来の神経幹細胞に、HDAC阻害剤としての活性を有し、抗てんかん薬として知られるバルプロ酸を作用させると、アストロサイト、オリゴデンドロサイトへの分化が抑制され、ニューロンへの分化が促進することが報告されている[19]。このニューロン分化促進は、HDACによりその発現が抑制されているニューロン分化を促進する転写因子NeuroD(neurogenic differentiation)の発現抑制がHDAC阻害剤であるバルプロ酸により解除されることに起因すると考えられている[19]。最近では、このようなHDAC阻害剤によるニューロン分化促進作用を利用した脊髄損傷の治療への応用的研究や、HDAC阻害剤を中枢神経系の疾患(ルビンシュタイン・テイビ症候群、レット症候群、フリードリッヒ運動失調症、ハンチントン病、多発性硬化症 など)の治療に利用しようとした試みもなされている[20] [21]。  
 その他にも、成体ラット海馬由来の神経幹細胞に、HDAC阻害剤としての活性を有し、抗てんかん薬として知られるバルプロ酸を作用させると、アストロサイト、オリゴデンドロサイトへの分化が抑制され、ニューロンへの分化が促進することが報告されている[19]。このニューロン分化促進は、HDACによりその発現が抑制されているニューロン分化を促進する転写因子NeuroD(neurogenic differentiation)の発現抑制がHDAC阻害剤であるバルプロ酸により解除されることに起因すると考えられている[19]。最近では、このようなHDAC阻害剤によるニューロン分化促進作用を利用した脊髄損傷の治療への応用的研究や、HDAC阻害剤を中枢神経系の疾患(ルビンシュタイン・テイビ症候群、レット症候群、フリードリッヒ運動失調症、ハンチントン病、多発性硬化症 など)の治療に利用しようとした試みもなされている[20] [21]。  


=== メチル化 ===
=== メチル化 ===


 中枢神経系の発生過程において、神経幹細胞は胎生中期にはニューロンへのみ分化し、胎生後期以降にはアストロサイトへの分化能を獲得し、優位にアストロサイトへと分化することが知られている[22]。この神経幹細胞の発生段階依存的なアストロサイトへの分化能獲得には、DNAのメチル化やヒストンのメチル化などのエピジェネティックなクロマチン修飾が関与することが報告されている[23][24]。<br>  
 中枢神経系の発生過程において、神経幹細胞は胎生中期にはニューロンへのみ分化し、胎生後期以降にはアストロサイトへの分化能を獲得し、優位にアストロサイトへと分化することが知られている[22]。この神経幹細胞の発生段階依存的なアストロサイトへの分化能獲得には、DNAのメチル化やヒストンのメチル化などのエピジェネティックなクロマチン修飾が関与することが報告されている[23][24]。<br>  
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これらから、メチル化やアセチル化などのヒストン修飾は脳の発達や機能にさまざまな役割を果たしており、脳において重要な機構であるといえる。  
これらから、メチル化やアセチル化などのヒストン修飾は脳の発達や機能にさまざまな役割を果たしており、脳において重要な機構であるといえる。  


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<references /> (執筆者:村尾直哉、中島欽一 担当編集委員:村上富士夫)
(執筆者:村尾直哉、中島欽一 担当編集委員:村上富士夫)
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