「ヒストン」の版間の差分

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 ヒストンは真核生物の大きな[[wikipedia:ja:ゲノム|ゲノム]]を細胞[[核]]にはめ込むのに必要な圧縮を可能にし、DNA鎖の核内への収納に関与している。最終的に約2mのDNAは10μm程度の核内に収納される。
 ヒストンは真核生物の大きな[[wikipedia:ja:ゲノム|ゲノム]]を細胞[[核]]にはめ込むのに必要な圧縮を可能にし、DNA鎖の核内への収納に関与している。最終的に約2mのDNAは10μm程度の核内に収納される。


=== クロマチンの制御 ===
=== ヒストンの修飾によるクロマチンの制御 ===


 ヒストンのアミノ末端部分は、さまざまな修飾を受けることによりクロマチンの機能を制御している。遺伝子の発現もそのうちのひとつで、このようにゲノムの塩基配列の変化を起こさずに遺伝子の機能を調節する仕組みを[[エピジェネティクス]]という。ヒストン修飾は遺伝子発現制御にとどまらずDNA修復や染色体凝縮([[有糸分裂]])、[[wikipedia:ja:精子|精子]]形成([[wikipedia:ja:減数分裂|減数分裂]])などの多様な生物学的プロセスに関与していることが知られている<ref><pubmed>21927517</pubmed></ref>が、ここでは転写を調節するヒストン修飾の例を以下に示す。  
 ヒストンのアミノ末端部分(ヒストンテール)は、さまざまな修飾を受けることによりクロマチンの機能を制御している。その影響は修飾の種類や部位によって決まる(表1、表2、図2)。遺伝子の発現もそのうちのひとつで、このようにゲノムの塩基配列の変化を起こさずに遺伝子の機能を調節する仕組みを[[エピジェネティクス]]という。ヒストン修飾は遺伝子発現制御にとどまらずDNA修復や染色体凝縮([[有糸分裂]])、[[wikipedia:ja:精子|精子]]形成([[wikipedia:ja:減数分裂|減数分裂]])などの多様な生物学的プロセスに関与していることが知られている<ref><pubmed>21927517</pubmed></ref>が、ここでは転写を調節するヒストン修飾の例を以下に示す。  


== ヒストンの修飾 ==
[[Image:Kinichinakashima fig 2.png|thumb|350px|'''図2.代表的なヒストンテール上アミノ酸の修飾'''<br>それぞれのヒストンコアタンパク質におけるヒストンテールの修飾のうち代表的なものを示した。左端がN末端を示す。ヒストンテールは多様な修飾を受け、その影響は修飾の種類や部位によって決まる(表1)。ヒストン修飾は遺伝子の発現制御などに重要な役割を果たしている。]]
[[Image:Kinichinakashima fig 2.png|thumb|350px|'''図2.代表的なヒストンテール上アミノ酸の修飾'''<br>それぞれのヒストンコアタンパク質におけるヒストンテールの修飾のうち代表的なものを示した。左端がN末端を示す。ヒストンテールは多様な修飾を受け、その影響は修飾の種類や部位によって決まる(表1)。ヒストン修飾は遺伝子の発現制御などに重要な役割を果たしている。]]


 ヒストンテールは多様な修飾を受け、その影響は修飾の種類や部位によって決まる(表1、表2、図2)。ヒストン修飾は遺伝子の発現制御などに重要な役割を果たしている。
====アセチル化  ====


=== ヒストンのアセチル化  ===
:ヒストンのアセチル化は細胞内の[[ヒストンアセチル基転移酵素]](Histone Acetyl Transferase:HAT)により行われる。HATはヒストン中の特定のリジン残基のアミノ基(-NH2(-NH3+))をアミド(-NHCOCH3)に変換することにより電荷を中和し、ヒストン-DNA間の結合を部分的に弱める。これにより、ヌクレオソーム同士をつないでいるDNA鎖(リンカーDNA)に対して[[転写因子]]や[[wikipedia:ja:RNAポリメラーゼ|RNAポリメラーゼ]]がより結合しやすい状態になり、結果として転写が活性化される。ヒストンの脱アセチル化では、この[[wikipedia:ja:アセチル基|アセチル基]]が[[加水分解]]により除去され、元の[[wikipedia:ja:アミノ基|アミノ基]]に戻ることによりヒストンへのDNAの巻きつきが強められ転写が抑制される。ヒストンの脱アセチル化は[[ヒストン脱アセチル化酵素]](Histone Deacetylase:HDAC)によって行われる。


 ヒストンのアセチル化は細胞内の[[ヒストンアセチル基転移酵素]](Histone Acetyl Transferase:HAT)により行われる。HATはヒストン中の特定のリジン残基のアミノ基(-NH2(-NH3+))をアミド(-NHCOCH3)に変換することにより電荷を中和し、ヒストン-DNA間の結合を部分的に弱める。これにより、ヌクレオソーム同士をつないでいるDNA鎖(リンカーDNA)に対して[[転写因子]]や[[wikipedia:ja:RNAポリメラーゼ|RNAポリメラーゼ]]がより結合しやすい状態になり、結果として転写が活性化される。ヒストンの脱アセチル化では、この[[wikipedia:ja:アセチル基|アセチル基]]が[[加水分解]]により除去され、元の[[wikipedia:ja:アミノ基|アミノ基]]に戻ることによりヒストンへのDNAの巻きつきが強められ転写が抑制される。ヒストンの脱アセチル化は[[ヒストン脱アセチル化酵素]](Histone Deacetylase:HDAC)によって行われる。
====メチル化 ====
 
=== ヒストンのメチル化 ===


 ヒストンのメチル化は主にリジン残基に見られ、ヒストンH3ではK4、K9、K27、K36、K79が、ヒストンH4ではK20がメチル化されることが知られている。これらのメチル化の数は1~3つ(mono~tri)存在し、またそれぞれリン酸化される残基の位置によって転写の活性化に関与するものと抑制に関与するものが存在する。一般的にH3K4、K36、K79は転写活性化に関与し、H3K9、K27、H4K20は転写抑制に関与している。またリジン残基だけでなくアルギニン残基もメチル化され、転写制御に関わることが報告されている<ref><pubmed>12101096</pubmed></ref><ref><pubmed>11751582</pubmed></ref>。  
 ヒストンのメチル化は主にリジン残基に見られ、ヒストンH3ではK4、K9、K27、K36、K79が、ヒストンH4ではK20がメチル化されることが知られている。これらのメチル化の数は1~3つ(mono~tri)存在し、またそれぞれリン酸化される残基の位置によって転写の活性化に関与するものと抑制に関与するものが存在する。一般的にH3K4、K36、K79は転写活性化に関与し、H3K9、K27、H4K20は転写抑制に関与している。またリジン残基だけでなくアルギニン残基もメチル化され、転写制御に関わることが報告されている<ref><pubmed>12101096</pubmed></ref><ref><pubmed>11751582</pubmed></ref>。  
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| style="text-align:center" | S14  
| style="text-align:center" | S14  
| style="text-align:center" | リン酸化  
| style="text-align:center" | リン酸化  
| style="text-align:center" | アポトーシス
| style="text-align:center" | [[アポトーシス]]
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| style="text-align:center" | K15  
| style="text-align:center" | K15  
99行目: 96行目:
| style="text-align:center" | T3   
| style="text-align:center" | T3   
| style="text-align:center" | リン酸化  
| style="text-align:center" | リン酸化  
| style="text-align:center" | 減数分裂
| style="text-align:center" | [[減数分裂]]
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| rowspan="2" style="text-align:center" | K4  
| rowspan="2" style="text-align:center" | K4  
106行目: 103行目:
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|-
| style="text-align:center" | メチル化  
| style="text-align:center" | メチル化  
| style="text-align:center" | ユークロマチン形成
| style="text-align:center" | [[ユークロマチン]]形成
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| rowspan="2" style="text-align:center" | K9  
| rowspan="2" style="text-align:center" | K9  
133行目: 130行目:
| style="text-align:center" | K18
| style="text-align:center" | K18
| style="text-align:center" | アセチル化  
| style="text-align:center" | アセチル化  
| style="text-align:center" | 転写活性化、DNA修復
| style="text-align:center" | 転写活性化、[[wikipedia:ja:DNA修復|DNA修復]]
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| style="text-align:center" | K23  
| style="text-align:center" | K23  
141行目: 138行目:
| rowspan="2" style="text-align:center" | K27  
| rowspan="2" style="text-align:center" | K27  
| style="text-align:center" | アセチル化  
| style="text-align:center" | アセチル化  
| style="text-align:center" | 転写サイレンシング  
| style="text-align:center" | [[転写サイレンシング]]
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| style="text-align:center" | メチル化  
| style="text-align:center" | メチル化  
148行目: 145行目:
| style="text-align:center" | S28  
| style="text-align:center" | S28  
| style="text-align:center" | リン酸化  
| style="text-align:center" | リン酸化  
| style="text-align:center" | 有糸分裂
| style="text-align:center" | [[細胞分裂:有糸分裂]]
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| style="text-align:center" | K36  
| style="text-align:center" | K36  
177行目: 174行目:
| style="text-align:center" | K8  
| style="text-align:center" | K8  
| style="text-align:center" | アセチル化  
| style="text-align:center" | アセチル化  
| style="text-align:center" | ヒストンのDNAへの結合、<br>テロメアサイレンシング
| style="text-align:center" | ヒストンのDNAへの結合、[[テロメアサイレンシング]]
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| style="text-align:center" | K12  
| style="text-align:center" | K12  
201行目: 198行目:
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| style="text-align:center" | アセチル化  
| style="text-align:center" | アセチル化  
| style="text-align:center" | [[CBP]] /[[p300]]、[[PCAF]]、[[GCN5]]、<br>[[TIP60]]、[[SAGA]]、[[NuA3]]、[[NuA4]]
| style="text-align:center" | [[CBP]] /[[p300]]、[[PCAF]]、[[GCN5]]、[[TIP60]]、[[SAGA]]、[[NuA3]]、[[NuA4]]
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| style="text-align:center" | 脱アセチル化  
| style="text-align:center" | 脱アセチル化  
| style="text-align:center" | HDAC、[[SIRT]]、[[NuRD]]、[[SIR2複合体]]、<br>[[Rpd3大]]、[[Rpd3小]]  
| style="text-align:center" | HDAC、[[SIRT]]、[[NuRD]]、[[SIR2複合体]]、[[Rpd3大]]、[[Rpd3小]]  
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| style="text-align:center" | メチル化  
| style="text-align:center" | メチル化  
| style="text-align:center" | [[SUV39H1]]、[[G9a]]、[[Ezh2]]、[[SET1]]、<br>[[SET2]]、[[SET7/9]]、[[MLL]]、[[DOT1]]、<br>[[CARM1]]、[[PRMT]]  
| style="text-align:center" | [[SUV39H1]]、[[G9a]]、[[Ezh2]]、[[SET1]]、[[SET2]]、[[SET7/9]]、[[MLL]]、[[DOT1]]、[[CARM1]]、[[PRMT]]  
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| style="text-align:center" | 脱メチル化  
| style="text-align:center" | 脱メチル化  
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=== アセチル化  ===
=== アセチル化  ===
 
(編集 林 コメント:トピックごとに見出しを付けられないでしょうか?)
 前述のように、ヒストンのアセチル化と脱アセチル化は、それぞれHAT及びHDACにより行われている。代表的なHATとして[[CBP]]([[CREB binding protein]])や[[p300]]が知られている(表2)。p300の欠損マウスやヘテロ欠損マウス、p300とCBP両方のヘテロ欠損マウスでは細胞の増殖や[[神経管]]形成、[[wikipedia:ja:心臓|心臓]]の発達が起こらずに胎生致死となる<ref><pubmed>9590171</pubmed></ref>。また、CBPは神経系遺伝子の[[プローター]]領域のヒストンのアセチル化増進を介して[[神経発生]]を制御していることが報告されており、CBPのヘテロ欠損マウスでは胎生期の神経発生異常に起因すると考えられる[[ルビンシュタイン・テイビ症候群]]を引き起こすことが知られている<ref><pubmed>20152182</pubmed></ref>。神経幹細胞からニューロンへの分化においては[[neuron restrictive silencing factor]]([[NRSF]], 別名 [[repressor for element-1 silencing transcription factor]]([[REST]])と呼ばれる[[転写因子]]がニューロン特異的遺伝子の発現を制御していることが知られている。NRSFはニューロン特異的遺伝子のプロモーター上の[[neuron restrictive silencing element]]([[NRSE]])と呼ばれる配列に特異的に結合し、そこでHDACやメチル化DNA結合タンパク質である[[methyl CpG binding protein 2]]([[MeCP2]])、
 前述のように、ヒストンのアセチル化と脱アセチル化は、それぞれHAT及びHDACにより行われている。代表的なHATとして[[CBP]]([[CREB binding protein]])や[[p300]]が知られている(表2)。p300の欠損マウスやヘテロ欠損マウス、p300とCBP両方のヘテロ欠損マウスでは細胞の増殖や[[神経管]]形成、[[wikipedia:ja:心臓|心臓]]の発達が起こらずに胎生致死となる<ref><pubmed>9590171</pubmed></ref>。また、CBPは神経系遺伝子の[[プローター]]領域のヒストンのアセチル化増進を介して[[神経発生]]を制御していることが報告されており、CBPのヘテロ欠損マウスでは胎生期の神経発生異常に起因すると考えられる[[ルビンシュタイン・テイビ症候群]]を引き起こすことが知られている<ref><pubmed>20152182</pubmed></ref>。神経幹細胞からニューロンへの分化においては[[neuron restrictive silencing factor]]([[NRSF]], 別名 [[repressor for element-1 silencing transcription factor]]([[REST]])と呼ばれる[[転写因子]]がニューロン特異的遺伝子の発現を制御していることが知られている。NRSFはニューロン特異的遺伝子のプロモーター上の[[neuron restrictive silencing element]]([[NRSE]])と呼ばれる配列に特異的に結合し、そこでHDACやメチル化DNA結合タンパク質である[[methyl CpG binding protein 2]]([[MeCP2]])、
[[co-repressor for REST]]([[CoREST]])とよばれる[[コリプレッサー]]の複合体を形成することにより、ニューロン特異的遺伝子の発現を負に制御している<ref><pubmed>15907476</pubmed></ref>。
[[co-repressor for REST]]([[CoREST]])とよばれる[[コリプレッサー]]の複合体を形成することにより、ニューロン特異的遺伝子の発現を負に制御している<ref><pubmed>15907476</pubmed></ref>。
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=== メチル化  ===
=== メチル化  ===
 
(編集 林 コメント:トピックごとに見出しを付けられないでしょうか?)
 中枢神経系の発生過程において、神経幹細胞は胎生中期にはニューロンへのみ分化し、胎生後期以降にはアストロサイトへの分化能を獲得し、優位にアストロサイトへと分化することが知られている<ref><pubmed>11740937</pubmed></ref>。この神経幹細胞の発生段階依存的なアストロサイトへの分化能獲得には、DNAのメチル化やヒストンのメチル化などのエピジェネティックなクロマチン修飾が関与することが報告されている<ref><pubmed>14770186</pubmed></ref><ref name=ref24><pubmed>17603471</pubmed></ref>。
 中枢神経系の発生過程において、神経幹細胞は胎生中期にはニューロンへのみ分化し、胎生後期以降にはアストロサイトへの分化能を獲得し、優位にアストロサイトへと分化することが知られている<ref><pubmed>11740937</pubmed></ref>。この神経幹細胞の発生段階依存的なアストロサイトへの分化能獲得には、DNAのメチル化やヒストンのメチル化などのエピジェネティックなクロマチン修飾が関与することが報告されている<ref><pubmed>14770186</pubmed></ref><ref name=ref24><pubmed>17603471</pubmed></ref>。