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歴史<br>プリオン研究の歴史は、18世紀にイギリスでヒツジやヤギのスクレイピーが記録されたことから始まると考えられる。ヒトでは1920年と1921年にCreutzfeldtとJakobによってクロイツフェルト・ヤコブ病(Creutzfeldt-Jakob disease: CJD)が報告された。1936 年には、プリオン病であると考えられているゲルストマン・ストロイスラー・シャインカー症候群(Gerstmann-Straussler-Scheinker syndrome: GSS)が報告された。1947年には伝達性ミンク脳症の発生が報告された。1957年には、Gajdusekらによってパプア・ニューギニアにおけるクール―が報告され、1959年にはクール―とCJDとの類似性が指摘されている。1976年、Gajdusekがノーベル医学・生理学賞を受賞した。1982年、Prusinerがスクレイピー感染脳を用いた実験からproteinaceous infectious particlesの概念を提唱し、この感染性因子をprionと命名した(prion仮説の提唱)<ref name=ref2><pubmed> 6801762 </pubmed></ref>。1986年、ウシ海綿状脳症(BSE)の発生がイギリスで報告され、1987年には人由来乾燥硬膜移植による医源性CJDが発生し、1996年にはBSE由来とされる変異型CJD (vCJD)が報告された。1997年にはPrusinerがノーベル医学・生理学賞を受賞した。2003年アメリカにおいてBSEの発生が確認され日本への米国産牛肉の輸入が禁止された。2005年、日本においてvCJDの患者が報告された。  
歴史<br>プリオン研究の歴史は、18世紀にイギリスでヒツジやヤギのスクレイピーが記録されたことから始まると考えられる。ヒトでは1920年と1921年にCreutzfeldtとJakobによってクロイツフェルト・ヤコブ病(Creutzfeldt-Jakob disease: CJD)が報告された。1936 年には、プリオン病であると考えられているゲルストマン・ストロイスラー・シャインカー症候群(Gerstmann-Straussler-Scheinker syndrome: GSS)が報告された。1947年には伝達性ミンク脳症の発生が報告された。1957年には、Gajdusekらによってパプア・ニューギニアにおけるクール―が報告され、1959年にはクール―とCJDとの類似性が指摘されている。1976年、Gajdusekがノーベル医学・生理学賞を受賞した。1982年、Prusinerがスクレイピー感染脳を用いた実験からproteinaceous infectious particlesの概念を提唱し、この感染性因子をprionと命名した(prion仮説の提唱)<ref name=ref2><pubmed> 6801762 </pubmed></ref>。1986年、ウシ海綿状脳症(BSE)の発生がイギリスで報告され、1987年には人由来乾燥硬膜移植による医源性CJDが発生し、1996年にはBSE由来とされる変異型CJD (vCJD)が報告された。1997年にはPrusinerがノーベル医学・生理学賞を受賞した。2003年アメリカにおいてBSEの発生が確認され日本への米国産牛肉の輸入が禁止された。2005年、日本においてvCJDの患者が報告された。  


プリオンタンパク質<br>哺乳類プリオンタンパク質(PrP)<br>哺乳類においてプリオンとしてふるまい、狂牛病などのプリオン病の原因となるのはPrPと呼ばれるタンパク質であり、そのアミノ酸配列は高度に保存されている。PrPは健康なヒトや動物でも発現しているタンパク質であり、脳、心臓、肝臓など多くの組織、臓器において発現が認められているが、特に脳、神経細胞において高い発現をしている。PrP遺伝子はヒトにおいては第20番染色体上に存在しており、2つのエキソンからなる。PrPは、同一のアミノ酸配列でありながら、正常プリオンタンパク質と異常プリオンタンパク質の二つの異なる高次構造をとることが知られており、異常プリオンタンパク質がプリオン病に特異的に検出される。<br>正常プリオンタンパク質(cellular PrP&nbsp;: PrP<sup>C</sup>)<br>PrP<sup>C</sup>は、ヒトでは253個のアミノ酸からなる(マウスでは254個)前駆体タンパク質として翻訳される。N末端の22個のアミノ酸は小胞体への移行シグナルであり、小胞体移行後にシグナルペプチターゼによって切断される。C末端の23個のアミノ酸はグリコシルホスファチジルイノシトール(GPI)アンカーシグナルとして機能し、ゴルジ体での230番目のセリンへのGPIアンカー付加後に除去される。179番目と214番目のシステイン残基間にはジスルフィド結合が形成され、181番目と197番目のアスパラギンには糖鎖修飾がおこる。このような修飾ののち、主に細胞膜上のラフトと呼ばれるコレステロールやスフィンゴ脂質に富む領域に発現する。細胞膜上に発現したPrP<sup>C</sup>は、エンドサイトーシスによって細胞内に取り込まれ、一部は分解されることなくリサイクルされ、一部はリソソームのタンパク質分解酵素によって分解される。<br>PrP<sup>C</sup>の機能についてはわかっていないことが多く、今後明らかにされると思われる。最初に報告されたプリオン遺伝子(''PRNP'')欠損(PrP<sup>-/-</sup>)マウスは何ら行動異常や神経異常を示さないことが報告されたが<ref name=ref5><pubmed> 1373228 </pubmed></ref>、その後作成された欠損マウスでは老齢期の行動異常や小脳プルキンエ細胞の変性死などの異常が報告されている。PrPはN末端に繰り返し配列を持っており、この配列を介して銅イオンと結合し、抗酸化作用に関係しているとの報告がある。また、アポトーシスや長期増強への関与なども報告されている。
プリオンタンパク質<br>哺乳類プリオンタンパク質(PrP)<br>哺乳類においてプリオンとしてふるまい、狂牛病などのプリオン病の原因となるのはPrPと呼ばれるタンパク質であり、そのアミノ酸配列は高度に保存されている。PrPは健康なヒトや動物でも発現しているタンパク質であり、脳、心臓、肝臓など多くの組織、臓器において発現が認められているが、特に脳、神経細胞において高い発現をしている。PrP遺伝子はヒトにおいては第20番染色体上に存在しており、2つのエキソンからなる。PrPは、同一のアミノ酸配列でありながら、正常プリオンタンパク質と異常プリオンタンパク質の二つの異なる高次構造をとることが知られており、異常プリオンタンパク質がプリオン病に特異的に検出される。<br>正常プリオンタンパク質(cellular PrP&nbsp;: PrP<sup>C</sup>)<br>PrP<sup>C</sup>は、ヒトでは253個のアミノ酸からなる(マウスでは254個)前駆体タンパク質として翻訳される。N末端の22個のアミノ酸は小胞体への移行シグナルであり、小胞体移行後にシグナルペプチターゼによって切断される。C末端の23個のアミノ酸はグリコシルホスファチジルイノシトール(GPI)アンカーシグナルとして機能し、ゴルジ体での230番目のセリンへのGPIアンカー付加後に除去される。179番目と214番目のシステイン残基間にはジスルフィド結合が形成され、181番目と197番目のアスパラギンには糖鎖修飾がおこる。このような修飾ののち、主に細胞膜上のラフトと呼ばれるコレステロールやスフィンゴ脂質に富む領域に発現する。細胞膜上に発現したPrP<sup>C</sup>は、エンドサイトーシスによって細胞内に取り込まれ、一部は分解されることなくリサイクルされ、一部はリソソームのタンパク質分解酵素によって分解される。<br>PrP<sup>C</sup>の機能についてはわかっていないことが多く、今後明らかにされると思われる。最初に報告されたプリオン遺伝子(''PRNP'')欠損(PrP<sup>-/-</sup>)マウスは何ら行動異常や神経異常を示さないことが報告されたが<ref name=ref5><pubmed> 1373228 </pubmed></ref>、その後作成された欠損マウスでは老齢期の行動異常や小脳プルキンエ細胞の変性死などの異常が報告されている<ref><pubmed> 8606772 </pubmed></ref>。PrPはN末端に繰り返し配列を持っており、この配列を介して銅イオンと結合し、抗酸化作用に関係しているとの報告がある。また、アポトーシスや長期増強への関与なども報告されている。


異常プリオンタンパク質(scrapie PrP:PrP<sup>Sc</sup>)<br>PrP<sup>Sc</sup>はPrP<sup>C</sup>が構造変化を起こしたものであり、プリオン病に特異的に検出される。PrP<sup>Sc</sup>は、PrP<sup>C</sup>と比べてβシート構造に富んだ構造をとっていることが明らかになってきている。また、PrP<sup>C</sup>が界面活性剤に可溶性を示し、プロテアーゼKなどのタンパク質分解酵素によって容易に分解されるのに対し、PrP<sup>Sc</sup>は、界面活性剤に難溶性であり、タンパク質分解酵素にも抵抗性を示す。PrP<sup>Sc</sup>の凝集体はアミロイド線維とよばれる構造をとっており、PrPのアミロイド線維はPrP単量体が結合する鋳型として働くことができ、PrPの単量体がPrPのアミロイド線維にとりこまれることによってPrPのアミロイドは伸長することができる。また、毒性・感染力の強いPrP<sup>Sc</sup>はアミロイドよりもむしろオリゴマーであるという主張もある。
異常プリオンタンパク質(scrapie PrP:PrP<sup>Sc</sup>)<br>PrP<sup>Sc</sup>はPrP<sup>C</sup>が構造変化を起こしたものであり、プリオン病に特異的に検出される。PrP<sup>Sc</sup>は、PrP<sup>C</sup>と比べてβシート構造に富んだ構造をとっていることが明らかになってきている。また、PrP<sup>C</sup>が界面活性剤に可溶性を示し、プロテアーゼKなどのタンパク質分解酵素によって容易に分解されるのに対し、PrP<sup>Sc</sup>は、界面活性剤に難溶性であり、タンパク質分解酵素にも抵抗性を示す。PrP<sup>Sc</sup>の凝集体はアミロイド線維とよばれる構造をとっており、PrPのアミロイド線維はPrP単量体が結合する鋳型として働くことができ、PrPの単量体がPrPのアミロイド線維にとりこまれることによってPrPのアミロイドは伸長することができる。また、毒性・感染力の強いPrP<sup>Sc</sup>はアミロイドよりもむしろオリゴマーであるという主張もある<ref><pubmed> 16148934 </pubmed></ref>。


プリオン病<br>プリオン病とは、ヒトおよび動物において伝達性(感染性)のある異常プリオンタンパク質(PrP<sup>Sc</sup>)が脳に蓄積し、脳が海綿状に変化することによって起きる致死性の疾患の総称である。動物では、ヒツジやヤギにみられるスクレイピー(scrapie)、ミンクでみられる伝達性ミンク脳症(transmissible mink encephalopathy: TME)、シカでみられる慢性消耗性疾患(chronic wasting disease: CWD)、ウシ海綿状脳症(bovine spongiform encephalopathy: BSE)、ネコ海綿状脳症(feline spongiform encephalopathy: FSE)などが知られている。ヒトでは、クロイツフェルト・ヤコブ病(Creutzfeldt-Jakob disease: CJD)、ゲルストマン・ストロイスラー・シャインカー症候群(Gerstmann-Straussler-Scheinker syndrome: GSS)などが知られており、その原因により特発性・遺伝性・感染性と大きく三つに分類される。また、プリオン病はわが国では第五類感染症に指定されている。現在までに知られているプリオン病は、有効な治療法が確立しておらず致死性である。<br>ヒトでのプリオン病の発症は人口100万人当たり1人程度とされており、非常にまれな疾患である。ヒトのプリオン病のうちもっとも頻度の高いものは特発性であり、原因が不明である孤発性CJD (sporadic CJD)であり、ヒトプリオン病の約80-85%を占めている。遺伝性のプリオン病には家族性CJD (familial CJD)、GSS、致死性家族性不眠症(fatal familial insomnia: FFI)が知られており、プリオン遺伝子に変異を有している。感染性のプリオン病には、狂牛病から感染することによって起こると考えられる変異型CJD (variant CJD)やCJD汚染成長ホルモン投与や汚染脳硬膜移植などによって起こる医原性CJD (iatrogenic CJD)などが知られている。また、クールーはパプア・ニューギニアのフォア族の子供と女性にみられる疾患であり、食人習慣による経口感染が原因と考えられる。  
プリオン病<br>プリオン病とは、ヒトおよび動物において伝達性(感染性)のある異常プリオンタンパク質(PrP<sup>Sc</sup>)が脳に蓄積し、脳が海綿状に変化することによって起きる致死性の疾患の総称である。動物では、ヒツジやヤギにみられるスクレイピー(scrapie)、ミンクでみられる伝達性ミンク脳症(transmissible mink encephalopathy: TME)、シカでみられる慢性消耗性疾患(chronic wasting disease: CWD)、ウシ海綿状脳症(bovine spongiform encephalopathy: BSE)、ネコ海綿状脳症(feline spongiform encephalopathy: FSE)などが知られている。ヒトでは、クロイツフェルト・ヤコブ病(Creutzfeldt-Jakob disease: CJD)、ゲルストマン・ストロイスラー・シャインカー症候群(Gerstmann-Straussler-Scheinker syndrome: GSS)などが知られており、その原因により特発性・遺伝性・感染性と大きく三つに分類される。また、プリオン病はわが国では第五類感染症に指定されている。現在までに知られているプリオン病は、有効な治療法が確立しておらず致死性である。<br>ヒトでのプリオン病の発症は人口100万人当たり1人程度とされており、非常にまれな疾患である。ヒトのプリオン病のうちもっとも頻度の高いものは特発性であり、原因が不明である孤発性CJD (sporadic CJD)であり、ヒトプリオン病の約80-85%を占めている。遺伝性のプリオン病には家族性CJD (familial CJD)、GSS、致死性家族性不眠症(fatal familial insomnia: FFI)が知られており、プリオン遺伝子に変異を有している。感染性のプリオン病には、狂牛病から感染することによって起こると考えられる変異型CJD (variant CJD)やCJD汚染成長ホルモン投与や汚染脳硬膜移植などによって起こる医原性CJD (iatrogenic CJD)などが知られている。また、クールーはパプア・ニューギニアのフォア族の子供と女性にみられる疾患であり、食人習慣による経口感染が原因と考えられる。  
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