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: prion
<div align="right"> 
<font size="+1">鈴木 元治郎、[http://researchmap.jp/motomasa 田中 元雅]</font><br>
''独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター''<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2012年9月6日 原稿完成日:2014年2月20日<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/read0141446 漆谷 真](滋賀医科大学 医学部 神経内科)<br>
</div>


{{Infobox protein family
| Symbol =
| Name = Human Prion Protein.
| image = 1QLX.png
| width = 250
| caption = Crystal structure of human prion protein. From Zahn et al.<ref><pubmed>10618385</pubmed></ref>
| Pfam = PF00377
| Pfam_clan =
| InterPro =
| SMART =
| PROSITE = PDOC00263
| MEROPS =
| SCOP = 2prp
| TCDB =
| OPM family =
| OPM protein =
| CAZy =
| CDD =
}}
英:prion 独:Prion 仏:prion
{{box|text=
 プリオンとはタンパク質からなる感染性因子のことであり、[[wikipedia:ja:ミスフォールド|ミスフォールド]]したタンパク質がその構造を正常の構造のタンパク質に伝えることによって伝播する<ref><pubmed> 9811807 </pubmed></ref>。他の感染性因子と異なり、[[wikipedia:ja:DNA|DNA]]や[[wikipedia:ja:RNA|RNA]]といった[[wikipedia:ja:核酸|核酸]]は含まれていない。[[狂牛病]]や[[クロイツフェルト・ヤコブ病]]などの[[伝達性海綿状脳症]]の原因となり、これらの病気はプリオン病と呼ばれている。[[脳]]などの神経組織の構造に影響を及ぼす極めて進行が速い疾患として知られており、治療法が確立していない致死性の疾患である。
 プリオンとはタンパク質からなる感染性因子のことであり、[[wikipedia:ja:ミスフォールド|ミスフォールド]]したタンパク質がその構造を正常の構造のタンパク質に伝えることによって伝播する<ref><pubmed> 9811807 </pubmed></ref>。他の感染性因子と異なり、[[wikipedia:ja:DNA|DNA]]や[[wikipedia:ja:RNA|RNA]]といった[[wikipedia:ja:核酸|核酸]]は含まれていない。[[狂牛病]]や[[クロイツフェルト・ヤコブ病]]などの[[伝達性海綿状脳症]]の原因となり、これらの病気はプリオン病と呼ばれている。[[脳]]などの神経組織の構造に影響を及ぼす極めて進行が速い疾患として知られており、治療法が確立していない致死性の疾患である。
}}


== 歴史  ==
== 歴史  ==


 18世紀にイギリスで[[wikipedia:ja:ヒツジ|ヒツジ]]や[[wikipedia:ja:ヤギ|ヤギ]]の[[スクレイピー]]が記録された。ヒトでは1920年と1921年に[[wikipedia:Hans Gerhard Creutzfeldt|Creutzfeldt]]と[[wikipedia:Alfons Maria Jakob|Jakob]]によってクロイツフェルト・ヤコブ病(Creutzfeldt-Jakob disease: CJD)が報告された。1936 年には、プリオン病であると考えられている[[ゲルストマン・ストロイスラー・シャインカー症候群]](Gerstmann-Straussler-Scheinker syndrome: GSS)が報告された。1947年には[[伝達性ミンク脳症]]の発生が報告された。1957年には、Gajdusekらによって[[wikipedia:ja:パプア・ニューギニア|パプア・ニューギニア]]における[[クール―]]が報告され、1959年にはクール―とCJDとの類似性が指摘されている。1976年、Gajdusekが[[wikipedia:ja:ノーベル生理学・医学賞|ノーベル生理学・医学賞]]を受賞した。1982年、[[wikipedia:ja:スタンリー・B・プルシナー|Prusiner]]がスクレイピー感染脳を用いた実験からproteinaceous infectious particlesの概念を提唱し、この感染性因子をprionと命名した(prion仮説の提唱)<ref name="ref2"><pubmed> 6801762 </pubmed></ref>。1986年、[[ウシ海綿状脳症]](BSE)の発生がイギリスで報告され、1987年には人由来乾燥[[硬膜]]移植による医源性CJDが発生し、1996年にはBSE由来とされる変異型CJD (vCJD)が報告された。1997年にはPrusinerがノーベル医学・生理学賞を受賞した。2003年アメリカにおいてBSEの発生が確認され日本への米国産牛肉の輸入が禁止された。2005年、日本においてvCJDの患者が報告された。
 18世紀にイギリスで[[wikipedia:ja:ヒツジ|ヒツジ]]や[[wikipedia:ja:ヤギ|ヤギ]]の[[スクレイピー]]が記録された。ヒトでは1920年と1921年に[[wikipedia:Hans Gerhard Creutzfeldt|Creutzfeldt]]と[[wikipedia:Alfons Maria Jakob|Jakob]]によってクロイツフェルト・ヤコブ病(Creutzfeldt-Jakob disease: CJD)が報告された。1936 年には、プリオン病であると考えられている[[ゲルストマン・ストロイスラー・シャインカー症候群]](Gerstmann-Straussler-Scheinker syndrome: GSS)が報告された。1947年には[[伝達性ミンク脳症]]の発生が報告された。1957年には、Gajdusekらによって[[wikipedia:ja:パプア・ニューギニア|パプア・ニューギニア]]における[[クール―]]が報告され、1959年にはクール―とCJDとの類似性が指摘されている。1976年、Gajdusekが[[wikipedia:ja:ノーベル生理学・医学賞|ノーベル生理学・医学賞]]を受賞した。1982年、[[wikipedia:ja:スタンリー・B・プルシナー|Prusiner]]がスクレイピー感染脳を用いた実験からproteinaceous infectious particlesの概念を提唱し、この感染性因子をプリオンと命名した(プリオン仮説の提唱)<ref name="ref2"><pubmed> 6801762 </pubmed></ref>。1986年、[[ウシ海綿状脳症]](BSE)の発生がイギリスで報告され、1987年には人由来乾燥[[硬膜]]移植による医源性CJDが発生し、1996年にはBSE由来とされる変異型CJD (vCJD)が報告された。1997年にはPrusinerがノーベル医学・生理学賞を受賞した。2003年アメリカにおいてBSEの発生が確認され日本への米国産牛肉の輸入が禁止された。2005年、日本においてvCJDの患者が報告された。


==プリオンタンパク質 ===
==プリオンタンパク質 ==


 哺乳類においてプリオンとしてふるまい、狂牛病などのプリオン病の原因となるのはPrPと呼ばれる。PrPは、ヒトでは253個、マウスでは254個のアミノ酸からなるタンパク質であり、そのアミノ酸配列は高度に保存されている<ref name="ref7"><pubmed> 1675487 </pubmed></ref>。 PrPは健康なヒトや動物でも発現しているタンパク質であり、脳、[[wikipedia:ja:心臓|心臓]]、[[wikipedia:ja:肝臓|肝臓]]など多くの組織、臓器において発現が認められているが、特に脳、神経細胞において高い発現をしている。  
 哺乳類においてプリオンとしてふるまい、狂牛病などのプリオン病の原因となるのはPrPと呼ばれる。PrPは、ヒトでは253個、マウスでは254個のアミノ酸からなるタンパク質であり、そのアミノ酸配列は高度に保存されている<ref name="ref7"><pubmed> 1675487 </pubmed></ref>。 PrPは健康なヒトや動物でも発現しているタンパク質であり、脳、[[wikipedia:ja:心臓|心臓]]、[[wikipedia:ja:肝臓|肝臓]]など多くの組織、臓器において発現が認められているが、特に脳、神経細胞において高い発現をしている。  
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== プリオン病 ==  
== プリオン病 ==  
 プリオン病とは、ヒトおよび動物において伝達性(感染性)のある異常プリオンタンパク質(PrP<sup>Sc</sup>)が脳に蓄積し、脳が海綿状に変化することによって起きる致死性の疾患の総称である。動物では、ヒツジやヤギにみられるスクレイピー(scrapie)、ミンクでみられる伝達性ミンク脳症(transmissible mink encephalopathy: TME)、[[wikipedia:ja:シカ|シカ]]でみられる[[慢性消耗性疾患]](chronic wasting disease: CWD)、ウシ海綿状脳症(bovine spongiform encephalopathy: BSE)、[[ネコ海綿状脳症]](feline spongiform encephalopathy: FSE)などが知られている。ヒトでは、クロイツフェルト・ヤコブ病(Creutzfeldt-Jakob disease: CJD)、ゲルストマン・ストロイスラー・シャインカー症候群(Gerstmann-Straussler-Scheinker syndrome: GSS)などが知られており、その原因により特発性・遺伝性・感染性と大きく三つに分類される。また、プリオン病はわが国では第五類感染症に指定されている。現在までに知られているプリオン病は、有効な治療法が確立しておらず致死性である。


 ヒトでのプリオン病の発症は人口100万人当たり1人程度とされており、非常にまれな疾患である。ヒトのプリオン病のうちもっとも頻度の高いものは特発性であり、原因が不明である孤発性CJD (sporadic CJD)であり、ヒトプリオン病の約80-85%を占めている。遺伝性のプリオン病には家族性CJD (familial CJD)、GSS、[[致死性家族性不眠症]](fatal familial insomnia: FFI)が知られており、プリオン遺伝子に変異を有している。感染性のプリオン病には、狂牛病から感染することによって起こると考えられる変異型CJD (variant CJD)やCJD[[汚染成長ホルモン投与]]や汚染脳硬膜移植などによって起こる医原性CJD (iatrogenic CJD)などが知られている。また、クールーはパプア・ニューギニアの[[wikipedia:ja:フォア族|フォア族]]の子供と女性にみられる疾患であり、[[wikipedia:ja:食人|食人]]習慣による経口感染が原因と考えられる。  
 プリオン病とは、ヒトおよび動物において伝達性(感染性)のある異常プリオンタンパク質(PrP<sup>Sc</sup>)が脳に蓄積し、脳が海綿状に変化することによって起きる疾患の総称である。現在までに知られているプリオン病は、有効な治療法が確立しておらず致死性である。
 
===プリオン病に分類される疾患===
 動物では、ヒツジやヤギにみられるスクレイピー(scrapie)、ミンクでみられる伝達性ミンク脳症(transmissible mink encephalopathy: TME)、[[wikipedia:ja:シカ|シカ]]でみられる[[慢性消耗性疾患]](chronic wasting disease: CWD)、ウシ海綿状脳症(bovine spongiform encephalopathy: BSE)、[[ネコ海綿状脳症]](feline spongiform encephalopathy: FSE)などが知られている。ヒトでは、クロイツフェルト・ヤコブ病(Creutzfeldt-Jakob disease: CJD)、ゲルストマン・ストロイスラー・シャインカー症候群(Gerstmann-Straussler-Scheinker syndrome: GSS)などが知られており、その原因により特発性・遺伝性・感染性と大きく三つに分類される。
 
 ヒトのプリオン病のうちもっとも頻度の高いものは特発性であり、原因が不明である孤発性CJD (sporadic CJD)であり、ヒトプリオン病の約80-85%を占めている。
 
 遺伝性のプリオン病には家族性CJD (familial CJD)、GSS、[[致死性家族性不眠症]](fatal familial insomnia: FFI)が知られており、プリオン遺伝子に変異を有している。
 
 感染性のプリオン病には、狂牛病から感染することによって起こると考えられる変異型CJD (variant CJD)やCJD汚染[[成長ホルモン]]投与や汚染脳硬膜移植などによって起こる医原性CJD (iatrogenic CJD)などが知られている。また、クールーはパプア・ニューギニアの[[wikipedia:ja:フォレ族|フォレ族]]の子供と女性にみられる疾患であり、[[wikipedia:ja:食人|食人]]習慣による経口感染が原因と考えられる。
 
===臨床症状===
 
 ヒト、CJDの臨床症状としては、急速に進行する[[認知症]]、[[全身性ミオクローヌス]]などが特徴である。しかし、生前診断ではCJDと診断されず、剖検によって初めてCJDと診断される症例が多く存在する(確定診断には、死後、剖検を行い、脳の病理学的な検索が必要)。CJDの早期診断は非常に困難なことが多いが、[[髄液]]中の[[14-3-3タンパク質]]、[[tauタンパク質]]、[[neuron specific enolase]] ([[NSE]])による診断、[[脳波]]での[[周期性同期性放電]]、[[MRI]]における[[大脳基底核]]や[[大脳皮質]]での高信号などによる診断が有効であることが知られてきた。また、プリオン遺伝子の遺伝子検査も家族性、孤発性を問わず診断には重要である。
 
===病理所見===
 
 病理所見としては、PrP<sup>Sc</sup>の沈着、[[灰白質]]における空砲の形成や海綿状変性、[[クールー斑]]の形成、[[グリオーシス]]などが挙げられる。CJDでは海綿状変性が、GSSではクールー斑の出現が、それぞれ特徴的に観察される。PrP<sup>Sc</sup>の沈着はシナプス型、プラーク型の染色パターンがあり、プリオン病の指標となる。プリオン病の組織病理はプリオンタンパクの変異の種類や「プリオン株」の種類によって非常に多彩となり、プリオン病の大部分を占めるCJDにおいてもその病理所見は多彩である。
 
===疫学===
 ヒトでのプリオン病の発症は人口100万人当たり1人程度とされており、非常にまれな疾患である。わが国では第五類感染症に指定されている。


== プリオン仮説 ==  
===プリオン仮説===  
 これまでに発見されたウイルスなどの感染性因子は、遺伝情報としてDNAやRNAなどの核酸を保持している。しかし、プリオン病の病原体であるプリオンには、DNAやRNAは検出されていない。また、[[wikipedia:ja:核酸分解酵素|核酸分解酵素]]による処理や[[wikipedia:ja:紫外線|紫外線]]などの核酸障害処理に対してプリオンは耐性を示す。しかし、[[wikipedia:ja:フェノール|フェノール]]、[[wikipedia:ja:グアニジン塩酸塩|グアニジン塩酸塩]]、[[wikipedia:ja:尿素|尿素]]などのタンパク質変性剤に対しプリオンは感受性を示す。このことはプリオンが核酸に依存しない、タンパク質からなる感染因子であることを示している。Prusinerらは、スクレイピーに感染した脳から、プリオンを高純度に含む分画を精製することに成功し、この分画に特異的に認められるタンパク質としてPrP<sup>Sc</sup>を同定した。さらにPrP<sup>Sc</sup>がプリオンの感染価と一致した挙動を示すことを見出し、PrP<sup>Sc</sup>がプリオンであるとするプリオン仮説を提唱した。プリオン仮説によれば、PrP<sup>Sc</sup>がPrP<sup>C</sup>をPrP<sup>Sc</sup>に変換させることによってPrP<sup>Sc</sup>が新たに産生され、プリオンは複製し伝播すると考えられている。
 これまでに発見されたウイルスなどの感染性因子は、遺伝情報としてDNAやRNAなどの核酸を保持している。しかし、プリオン病の病原体であるプリオンには、DNAやRNAは検出されていない。また、[[wikipedia:ja:核酸分解酵素|核酸分解酵素]]による処理や[[wikipedia:ja:紫外線|紫外線]]などの核酸障害処理に対してプリオンは耐性を示す。しかし、[[wikipedia:ja:フェノール|フェノール]]、[[wikipedia:ja:グアニジン塩酸塩|グアニジン塩酸塩]]、[[wikipedia:ja:尿素|尿素]]などのタンパク質変性剤に対しプリオンは感受性を示す。このことはプリオンが核酸に依存しない、タンパク質からなる感染因子であることを示している。Prusinerらは、スクレイピーに感染した脳から、プリオンを高純度に含む分画を精製することに成功し、この分画に特異的に認められるタンパク質としてPrP<sup>Sc</sup>を同定した。さらにPrP<sup>Sc</sup>がプリオンの感染価と一致した挙動を示すことを見出し、PrP<sup>Sc</sup>がプリオンであるとするプリオン仮説を提唱した。プリオン仮説によれば、PrP<sup>Sc</sup>がPrP<sup>C</sup>をPrP<sup>Sc</sup>に変換させることによってPrP<sup>Sc</sup>が新たに産生され、プリオンは複製し伝播すると考えられている。


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 哺乳類のプリオン病は経口摂取により感染すると考えられているが、その詳細な感染過程については不明である。プリオンの不活性化には、[[wikipedia:ja:熱|熱]]、[[wikipedia:ja:放射線|放射線]]、[[wikipedia:ja:ホルマリン|ホルマリン]]などの処理では不十分であり、強酸、高温、高圧の処理が必要である。このことがプリオン病の封じ込めが難しい一つの要因となっている。
 哺乳類のプリオン病は経口摂取により感染すると考えられているが、その詳細な感染過程については不明である。プリオンの不活性化には、[[wikipedia:ja:熱|熱]]、[[wikipedia:ja:放射線|放射線]]、[[wikipedia:ja:ホルマリン|ホルマリン]]などの処理では不十分であり、強酸、高温、高圧の処理が必要である。このことがプリオン病の封じ込めが難しい一つの要因となっている。


== プリオンの特徴 ==  
===株===  
 
 プリオンの特徴の一つにウイルスなどと同様に性質が異なる「株(strain)」が存在することがしられている。異なるプリオン株は病理変化、潜伏期間などで異なる性質を示す。プリオンにおける「株」の違いは原因となるPrP<sup>Sc</sup>の構造の違いによって引き起こされると考えられている<ref><pubmed> 21947062 </pubmed></ref>。
 プリオンの特徴の一つにウイルスなどと同様に性質が異なる「株(strain)」が存在することがしられている。異なるプリオン株は病理変化、潜伏期間などで異なる性質を示す。プリオンにおける「株」の違いは原因となるPrP<sup>Sc</sup>の構造の違いによって引き起こされると考えられている<ref><pubmed> 21947062 </pubmed></ref>。


 また、プリオン感染には「種の壁(species barrier)」と呼ばれる現象が知られている。動物におけるプリオン病はすべてPrP<sup>Sc</sup>によって引き起こされると考えられているが、動物種を超えての感染はほとんど認められず、感染しても長い潜伏期間が必要となることが多い。しかし、ウシの狂牛病がヒトに感染し変異型CJDを引き起こすことが報告され、ウシのプリオンはウシとヒトとの種の壁を乗り越えることが明らかとなった。一方、ヒツジのスクレイピーはヒトには感染しないとされている。  
===種の壁===
 また、プリオン感染には「種の壁(species barrier)」と呼ばれる現象が知られている。動物におけるプリオン病はすべてPrP<sup>Sc</sup>によって引き起こされると考えられているが、動物種を超えての感染はほとんど認められず、感染しても長い潜伏期間が必要となることが多い。しかし、ウシの狂牛病がヒトに感染し変異型CJDを引き起こすことが報告され、ウシのプリオンはウシとヒトとの種の壁を乗り越えることが明らかとなった。一方、ヒツジのスクレイピーはヒトには感染しないとされている。


== 他の生物におけるプリオン ==  
== 他の生物におけるプリオン ==  


 哺乳類以外にも菌類やアメフラシでもプリオンが存在することが知られている<ref name="ref3"><pubmed> 22879407 </pubmed></ref><ref name="ref4"><pubmed> 14697205 </pubmed></ref>。ここでいうプリオンとは、タンパク質からなる細胞質性の遺伝因子という意味である。つまり、あるタンパク質が可溶性の正常型構造と不溶性のアミロイド構造をとることによって異なる機能となることであり、タンパク質の構造が伝播することによって遺伝因子となることである。哺乳類以外のプリオンは疾病というよりむしろ、何らかの細胞機能を担っているのではないかと考えられている。  
 哺乳類以外にも菌類やアメフラシでもプリオンが存在することが知られている<ref name="ref3"><pubmed> 22879407 </pubmed></ref><ref name="ref4"><pubmed> 14697205 </pubmed></ref>。ここでいうプリオンとは、タンパク質からなる細胞質性の遺伝因子という意味である。つまり、あるタンパク質が可溶性の正常型構造と不溶性のアミロイド構造をとることによって異なる機能となることであり、タンパク質の構造が伝播することによって遺伝因子となることである。哺乳類以外のプリオンは疾病というよりむしろ、何らかの細胞機能を担っているのではないかと考えられている。  


=== 菌類におけるプリオン  ===
=== 菌類におけるプリオン  ===
54行目: 101行目:
=== 長期記憶におけるプリオン  ===
=== 長期記憶におけるプリオン  ===


 [[wikipedia:ja:ショウジョウバエ|ショウジョウバエ]]や[[wikipedia:ja:アメフラシ|アメフラシ]]の神経細胞における[[cytoplasmic polyadenylation element binding protein]] (CPEB)はプリオンのように振る舞うことによって、[[長期記憶]]の形成と維持に関わっていることがわかってきている。アメフラシ(''Aplysia'')は神経細胞が大きいため神経細胞研究のモデル生物として利用されている。アメフラシのCPEB(ApCPEB)はシナプスの活性に依存してプリオン化状態に類似したオリゴマーを形成することがわかっており、オリゴマー形成が長期記憶の維持に重要であることがわかっている<ref><pubmed> 20144764 </pubmed></ref>。ショウジョウバエにおけるCPEBの一つである[[Orb2]]も同様のオリゴマーを形成し、オリゴマー形成が長期記憶の維持に重要であることがわかっている<ref><pubmed> 22284910 </pubmed></ref>。これらのことから、神経細胞におけるCPEBのプリオン化状態に類似したオリゴマー形成が長期記憶の形成・維持に重要であることがわかり、プリオンが長期記憶の形成・維持という細胞機能の制御に重要であることを示している。  
 [[wikipedia:ja:ショウジョウバエ|ショウジョウバエ]]や[[wikipedia:ja:アメフラシ|アメフラシ]]の神経細胞における[[cytoplasmic polyadenylation element binding protein]] (CPEB)はプリオンのように振る舞うことによって、[[長期記憶]]の形成と維持に関わっていることがわかってきている。アメフラシ(''Aplysia'')は神経細胞が大きいため神経細胞研究のモデル生物として利用されている。アメフラシのCPEB(ApCPEB)はシナプスの活性に依存してプリオン化状態に類似したオリゴマーを形成することがわかっており、オリゴマー形成が長期記憶の維持に重要であることがわかっている<ref><pubmed> 20144764 </pubmed></ref>。ショウジョウバエにおけるCPEBの一つである[[Orb2]]も同様のオリゴマーを形成し、オリゴマー形成が長期記憶の維持に重要であることがわかっている<ref><pubmed> 22284910 </pubmed></ref>。これらのことから、神経細胞におけるCPEBのプリオン化状態に類似したオリゴマー形成が長期記憶の形成・維持に重要であることがわかり、プリオンが長期記憶の形成・維持という細胞機能の制御に重要であることを示している。


== 関連項目 ==  
== 関連項目 ==  
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== 参考文献 ==  
== 参考文献 ==  


<references />  
<references />
 
(執筆者:鈴木元治郎、田中元雅 担当編集委員:高橋良輔)

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