「プリオン」の版間の差分

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<font size="+1">鈴木 元治郎、[http://researchmap.jp/motomasa 田中 元雅]</font><br>
''独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター''<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2012年9月6日 原稿完成日:2014年2月20日<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/read0141446 漆谷 真](滋賀医科大学 医学部 神経内科)<br>
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英:prion 独:Prion 仏:prion
英:prion 独:Prion 仏:prion


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 プリオンとはタンパク質からなる感染性因子のことであり、[[wikipedia:ja:ミスフォールド|ミスフォールド]]したタンパク質がその構造を正常の構造のタンパク質に伝えることによって伝播する<ref><pubmed> 9811807 </pubmed></ref>。他の感染性因子と異なり、[[wikipedia:ja:DNA|DNA]]や[[wikipedia:ja:RNA|RNA]]といった[[wikipedia:ja:核酸|核酸]]は含まれていない。[[狂牛病]]や[[クロイツフェルト・ヤコブ病]]などの[[伝達性海綿状脳症]]の原因となり、これらの病気はプリオン病と呼ばれている。[[脳]]などの神経組織の構造に影響を及ぼす極めて進行が速い疾患として知られており、治療法が確立していない致死性の疾患である。
 プリオンとはタンパク質からなる感染性因子のことであり、[[wikipedia:ja:ミスフォールド|ミスフォールド]]したタンパク質がその構造を正常の構造のタンパク質に伝えることによって伝播する<ref><pubmed> 9811807 </pubmed></ref>。他の感染性因子と異なり、[[wikipedia:ja:DNA|DNA]]や[[wikipedia:ja:RNA|RNA]]といった[[wikipedia:ja:核酸|核酸]]は含まれていない。[[狂牛病]]や[[クロイツフェルト・ヤコブ病]]などの[[伝達性海綿状脳症]]の原因となり、これらの病気はプリオン病と呼ばれている。[[脳]]などの神経組織の構造に影響を及ぼす極めて進行が速い疾患として知られており、治療法が確立していない致死性の疾患である。
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== 歴史  ==
== 歴史  ==
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 ヒトでのプリオン病の発症は人口100万人当たり1人程度とされており、非常にまれな疾患である。わが国では第五類感染症に指定されている。
 ヒトでのプリオン病の発症は人口100万人当たり1人程度とされており、非常にまれな疾患である。わが国では第五類感染症に指定されている。


===病態仮説===  
===プリオン仮説===  
 これまでに発見されたウイルスなどの感染性因子は、遺伝情報としてDNAやRNAなどの核酸を保持している。しかし、プリオン病の病原体であるプリオンには、DNAやRNAは検出されていない。また、[[wikipedia:ja:核酸分解酵素|核酸分解酵素]]による処理や[[wikipedia:ja:紫外線|紫外線]]などの核酸障害処理に対してプリオンは耐性を示す。しかし、[[wikipedia:ja:フェノール|フェノール]]、[[wikipedia:ja:グアニジン塩酸塩|グアニジン塩酸塩]]、[[wikipedia:ja:尿素|尿素]]などのタンパク質変性剤に対しプリオンは感受性を示す。このことはプリオンが核酸に依存しない、タンパク質からなる感染因子であることを示している。Prusinerらは、スクレイピーに感染した脳から、プリオンを高純度に含む分画を精製することに成功し、この分画に特異的に認められるタンパク質としてPrP<sup>Sc</sup>を同定した。さらにPrP<sup>Sc</sup>がプリオンの感染価と一致した挙動を示すことを見出し、PrP<sup>Sc</sup>がプリオンであるとするプリオン仮説を提唱した。プリオン仮説によれば、PrP<sup>Sc</sup>がPrP<sup>C</sup>をPrP<sup>Sc</sup>に変換させることによってPrP<sup>Sc</sup>が新たに産生され、プリオンは複製し伝播すると考えられている。
 これまでに発見されたウイルスなどの感染性因子は、遺伝情報としてDNAやRNAなどの核酸を保持している。しかし、プリオン病の病原体であるプリオンには、DNAやRNAは検出されていない。また、[[wikipedia:ja:核酸分解酵素|核酸分解酵素]]による処理や[[wikipedia:ja:紫外線|紫外線]]などの核酸障害処理に対してプリオンは耐性を示す。しかし、[[wikipedia:ja:フェノール|フェノール]]、[[wikipedia:ja:グアニジン塩酸塩|グアニジン塩酸塩]]、[[wikipedia:ja:尿素|尿素]]などのタンパク質変性剤に対しプリオンは感受性を示す。このことはプリオンが核酸に依存しない、タンパク質からなる感染因子であることを示している。Prusinerらは、スクレイピーに感染した脳から、プリオンを高純度に含む分画を精製することに成功し、この分画に特異的に認められるタンパク質としてPrP<sup>Sc</sup>を同定した。さらにPrP<sup>Sc</sup>がプリオンの感染価と一致した挙動を示すことを見出し、PrP<sup>Sc</sup>がプリオンであるとするプリオン仮説を提唱した。プリオン仮説によれば、PrP<sup>Sc</sup>がPrP<sup>C</sup>をPrP<sup>Sc</sup>に変換させることによってPrP<sup>Sc</sup>が新たに産生され、プリオンは複製し伝播すると考えられている。


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 哺乳類のプリオン病は経口摂取により感染すると考えられているが、その詳細な感染過程については不明である。プリオンの不活性化には、[[wikipedia:ja:熱|熱]]、[[wikipedia:ja:放射線|放射線]]、[[wikipedia:ja:ホルマリン|ホルマリン]]などの処理では不十分であり、強酸、高温、高圧の処理が必要である。このことがプリオン病の封じ込めが難しい一つの要因となっている。
 哺乳類のプリオン病は経口摂取により感染すると考えられているが、その詳細な感染過程については不明である。プリオンの不活性化には、[[wikipedia:ja:熱|熱]]、[[wikipedia:ja:放射線|放射線]]、[[wikipedia:ja:ホルマリン|ホルマリン]]などの処理では不十分であり、強酸、高温、高圧の処理が必要である。このことがプリオン病の封じ込めが難しい一つの要因となっている。


== プリオンの特徴 ==  
===株===  
 
 プリオンの特徴の一つにウイルスなどと同様に性質が異なる「株(strain)」が存在することがしられている。異なるプリオン株は病理変化、潜伏期間などで異なる性質を示す。プリオンにおける「株」の違いは原因となるPrP<sup>Sc</sup>の構造の違いによって引き起こされると考えられている<ref><pubmed> 21947062 </pubmed></ref>。
 プリオンの特徴の一つにウイルスなどと同様に性質が異なる「株(strain)」が存在することがしられている。異なるプリオン株は病理変化、潜伏期間などで異なる性質を示す。プリオンにおける「株」の違いは原因となるPrP<sup>Sc</sup>の構造の違いによって引き起こされると考えられている<ref><pubmed> 21947062 </pubmed></ref>。


 また、プリオン感染には「種の壁(species barrier)」と呼ばれる現象が知られている。動物におけるプリオン病はすべてPrP<sup>Sc</sup>によって引き起こされると考えられているが、動物種を超えての感染はほとんど認められず、感染しても長い潜伏期間が必要となることが多い。しかし、ウシの狂牛病がヒトに感染し変異型CJDを引き起こすことが報告され、ウシのプリオンはウシとヒトとの種の壁を乗り越えることが明らかとなった。一方、ヒツジのスクレイピーはヒトには感染しないとされている。  
===種の壁===
 また、プリオン感染には「種の壁(species barrier)」と呼ばれる現象が知られている。動物におけるプリオン病はすべてPrP<sup>Sc</sup>によって引き起こされると考えられているが、動物種を超えての感染はほとんど認められず、感染しても長い潜伏期間が必要となることが多い。しかし、ウシの狂牛病がヒトに感染し変異型CJDを引き起こすことが報告され、ウシのプリオンはウシとヒトとの種の壁を乗り越えることが明らかとなった。一方、ヒツジのスクレイピーはヒトには感染しないとされている。


== 他の生物におけるプリオン ==  
== 他の生物におけるプリオン ==  
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== 参考文献 ==  
== 参考文献 ==  


<references />  
<references />
 
(執筆者:鈴木元治郎、田中元雅 担当編集委員:高橋良輔)

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