「プロスタグランジン」の版間の差分

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==== 疾病応答  ====
==== 疾病応答  ====
感染や組織損傷は局所炎症に留まらず、発熱、視床下部-下垂体-副腎系(HPA; hypothalamus-pituitary-adrenal axis)活性化、食欲不振、疲労、傾眠、痛覚過敏といった全身症状を呈する<ref name="ref16"><pubmed> 18073775 </pubmed></ref>。これらの症状は疾病応答(sickness behavior; sickness response)と呼ばれ、生存を促進する適応的反応と考えられている。PG合成を阻害するNSAIDはこれらの多くの症状を改善することから、疾病応答におけるPGの役割が推測されてきた<ref name="ref17"><pubmed> 22837039 </pubmed></ref><ref name="ref18"><pubmed> 19275907 </pubmed></ref>。細菌内毒素であるリポ多糖類(LPS; lipopolysaccharide)やサイトカインの一種IL-1βを末梢に投与すると疾病応答の多くが再現されることから、疾病応答におけるPGE<sub>2</sub>の作用機序に関する研究にはLPSやIL-1βを全身投与した小動物を用いた疾病応答モデルが主に用いられてきた。


==== 発熱  ====
==== 発熱  ====
視床下部視索前野へのNSAIDやPGE2の局所注入実験により、視索前野におけるPGE2産生が疾病応答モデルによる発熱に寄与することが示唆されてきた<ref name="ref17" />。その後、遺伝子改変マウスの解析により、PGE2生合成に関わるCOX-2とmPGES-1が疾病応答モデルにおける発熱に必須であることが示された<ref name="ref19"><pubmed> 10216176 </pubmed></ref><ref name="ref20"><pubmed> 14566340 </pubmed></ref>。LPSの全身投与により、COX-2とmPGES-1が脳内の血管内皮細胞に共に誘導されることから、疾病時の発熱には血管内皮細胞からのPGE2産生が関与することが示唆された<ref name="ref10" /><ref name="ref21"><pubmed> 11306620 </pubmed></ref>。しかし、血管内皮細胞でのCOX-2とmPGES-1の遺伝子発現誘導はLPS投与から一時間程度の発熱の初期相には見られない。一方、肺や肝臓におけるマクロファージではCOX-2の発現は末梢へのLPS投与により速やかに誘導され、末梢血中のPGE2濃度も速やかに上昇する<ref name="ref22"><pubmed> 16933973 </pubmed></ref>。さらに末梢血中へのPGE2阻害抗体投与により発熱が遅延することから、発熱の初期相には脳外で産生されたPGE2の関与が示唆された<ref name="ref22" />。
EP3欠損マウスではLPSやIL-1βによる発熱応答は消失することから、疾病時の発熱にはEP3が主に働くことが示された<ref name="ref23"><pubmed> 9751056 </pubmed></ref><ref name="ref24"><pubmed> 12837930 </pubmed></ref>。しかしEP1欠損マウスでもLPSの投与量によって発熱応答に異常を認めることから、部分的にEP1の関与もある<ref name="ref24" />。さらに条件付け欠損マウスにより、疾病応答における発熱には視索前野神経細胞におけるEP3が必須であることが示された<ref name="ref25"><pubmed> 17676060 </pubmed></ref>。EP3は視索前野の抑制性神経細胞に発現しているが、この神経細胞は淡蒼縫線核(raphe pallidus; RPa)にある交感神経系の前運動神経を直接的あるいは間接的に抑制する<ref name="ref26"><pubmed> 12040067 </pubmed></ref>。EP3の活性化は視索前野の抑制性神経細胞を抑制することで、RPaの交感神経系を脱抑制すると考えられている。発熱は皮膚血管収縮による放熱減少、褐色脂肪組織からの熱産生促進、ふるえと呼ばれる不随意の筋収縮により誘導される。脳領域不活性化実験から、視索前野におけるEP3活性化は、RPaへの直接投射により皮膚血管の収縮を促し、視床下部背内側(dorsomedial hypothalamus; DMH)を経てRPaへ至る間接投射を介して褐色脂肪組織の熱産生を惹起すると考えられている<ref name="ref27"><pubmed> 19327390 </pubmed></ref>。


==== HPA系活性化  ====
==== HPA系活性化  ====
視床下部の室傍核(paraventricular hypothalamic nucleus; PVN)の小細胞領域にはコルチコトロピン放出因子(corticotropin-releasing hormone; CRH)陽性の神経細胞が存在する。このCRH陽性神経細胞は正中隆起(median eminence; ME)に軸索を投射しており、神経細胞の活性化に応じてCRHを下垂体門脈系に放出する。CRHは下垂体前葉からの副腎皮質刺激ホルモン(adrenocorticotropic hormone; ACTH)放出を誘導し、ACTHは副腎皮質から糖質コルチコイド放出を促す。この一連の過程をHPA系活性化と称する。視索前野へのNSAIDとPGE<sub>2</sub>の局所投与実験から、LPSによるHPA系活性化に視索前野におけるPGE<sub>2</sub>作用が関与することが示唆されてきた<ref name="ref28"><pubmed> 9922367 </pubmed></ref>。
LPS投与によるHPA系活性化にはタイミングによって異なるPGE<sub>2</sub>生成機構が関与する。すなわちCOX-2やmPGES-1の欠損マウスではLPS投与から6時間後のコルチコステロン放出は減弱するが、LPS投与から1時間後では減弱を認めない<ref name="ref29"><pubmed> 19193887 </pubmed></ref>。LPS投与により脳内の血管内皮細胞におけるCOX-2とmPGES-1の発現が共に誘導されることから、LPSによるHPA系活性化の後期相に血管内皮からのPGE2産生が関与する可能性が示唆される。一方、COX-1欠損マウスではLPS投与から1時間後のコルチコステロン上昇が消失するのに対し、6時間後のコルチコステロン上昇は正常であることから、HPA系活性化の初期相にはCOX-1を介したPG産生が関わる<ref name="ref30"><pubmed> 20034541 </pubmed></ref>。COX-1特異的阻害薬の脳室内投与によりLPS投与によるHPA系活性化の初期相が阻害されることから、COX-1の作用点は脳内であると考えられる<ref name="ref31"><pubmed> 19828811 </pubmed></ref>。生理的条件下ではCOX-1はミクログリアや血管周囲マクロファージに発現しているが、LPS投与により速やかに血管内皮に誘導されることが報告されている<ref name="ref31" />。
LPSによるACTH分泌にはPG依存的なメカニズムとPG非依存的なメカニズムが共に関わるが、PGE受容体欠損マウスを用いた解析から、LPSによるPG依存的な分泌にはEP1とEP3が共に必要であることが示されている<ref name="ref32"><pubmed> 12642666 </pubmed></ref>。HPA系活性化におけるEP1とEP3の作用部位は確定していない。


==== 摂食行動  ====
==== 摂食行動  ====
mPGES-1欠損マウスでは、IL-1βの腹腔内投与による摂食行動抑制がほぼ完全に消失することから、疾病時の食欲不振の少なくとも一部にPGE2が関与することが示唆されている<ref name="ref33"><pubmed> 16554545 </pubmed></ref><ref name="ref34"><pubmed> 16946079 </pubmed></ref>。EP4アゴニストの脳室内投与により摂食行動が抑制されること、PGE2の脳室内投与による摂食行動の抑制がEP4阻害薬により消失することから、食欲不振におけるEP4の役割が示唆されている<ref name="ref35"><pubmed> 16997129 </pubmed></ref>。一方、DP1活性化はNPY受容体Y1依存的に摂食行動を促進することが示されている<ref name="ref36"><pubmed> 18258196 </pubmed></ref>。


==== 覚醒睡眠  ====
==== 覚醒睡眠  ====