「ホスファチジルイノシトール」の版間の差分

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<font size="+1">[http://researchmap.jp/read0057142 伊集院 壮]、[http://researchmap.jp/read0133415 竹縄 忠臣]</font><br>
''神戸大学大学院 医学研究科 医科学 神戸大学 大学院医学研究科''<br>
DOI XXXX/XXXX 原稿受付日:2012年2月1日 原稿完成日:2012年2月10日<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/2rikenbsi 林 康紀](独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)<br>
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英語名:phosphatidylinositol 英略語:PI, PtdIns
英語名:phosphatidylinositol 英略語:PI, PtdIns


同義語:イノシトールリン酸
同義語:イノシトールリン酸


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 ホスファチジルイノシトール(ホスホイノシタイド)は[[wikipedia:ja:細胞性粘菌|細胞性粘菌]]から[[wikipedia:ja:哺乳類|哺乳類]]にいたるまで広く存在する[[wikipedia:ja:リン脂質|リン脂質]]である。ホスファチジルイノシトールは7種類の[[wikipedia:ja:イノシトール|イノシトール]]環を持つリン脂質の総称であり、[[細胞膜]]、[[wikipedia:ja:ゴルジ体|ゴルジ体]]膜、[[エンドソーム]]など細胞膜の構成成分である。シグナル伝達の[[セカンドメッセンジャー]]産生を介してシグナル伝達を行うのに加えて、多くのタンパク質と結合して、これらのタンパク質を膜に局在させる働きを持つ。ホスファチジルイノシトールは[[キナーゼ]]や[[ホスファターゼ]]によって精巧な代謝制御を受けており、これは[[細胞増殖]]、[[細胞内物質輸送]]、[[細胞骨格]]制御に必須である。また、この代謝異常は[[wikipedia:ja:悪性腫瘍|癌]]や[[wikipedia:ja:糖尿病|糖尿病]]など多くの疾患の原因となる。
 ホスファチジルイノシトール(ホスホイノシタイド)は[[wikipedia:ja:細胞性粘菌|細胞性粘菌]]から[[wikipedia:ja:哺乳類|哺乳類]]にいたるまで広く存在する[[wikipedia:ja:リン脂質|リン脂質]]である。ホスファチジルイノシトールは7種類の[[wikipedia:ja:イノシトール|イノシトール]]環を持つリン脂質の総称であり、[[細胞膜]]、[[wikipedia:ja:ゴルジ体|ゴルジ体]]膜、[[エンドソーム]]など細胞膜の構成成分である。シグナル伝達の[[セカンドメッセンジャー]]産生を介してシグナル伝達を行うのに加えて、多くのタンパク質と結合して、これらのタンパク質を膜に局在させる働きを持つ。ホスファチジルイノシトールは[[キナーゼ]]や[[ホスファターゼ]]によって精巧な代謝制御を受けており、これは[[細胞増殖]]、[[細胞内物質輸送]]、[[細胞骨格]]制御に必須である。また、この代謝異常は[[wikipedia:ja:悪性腫瘍|癌]]や[[wikipedia:ja:糖尿病|糖尿病]]など多くの疾患の原因となる。
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{{Chembox | verifiedrevid = 409517204 | ImageFile = Phosphatidylinositol.png | ImageSize = | IUPACName = | OtherNames = PI, PtdIns | Section1 = {{Chembox Identifiers | CASNo_Ref = {{cascite|correct|??}} | CASNo = | PubChem = | SMILES = }} | Section2 = {{Chembox Properties | Formula = C<sub>47</sub>H<sub>83</sub>O<sub>13</sub>P | MolarMass = 886.56 g/mol, neutral with fatty acid composition - 18:0, 20:4 | Appearance = | Density = | MeltingPt = | BoilingPt = | Solubility = }} | Section3 = {{Chembox Hazards | MainHazards = | FlashPt = | Autoignition = }} }} {{TOC limit|limit=3}}  
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 ホスファチジルイノシトールが見つかって60年以上が経過しているが、1988年のCantleyによる[[PI3キナーゼ]]の同定によって、現在は7種類のホスホイノシタイドが見つかっている<ref name="ref1"><pubmed>2467744</pubmed></ref>。ホスホイノシタイドは全リン脂質量の0.1%〜1%を占めているが、これはホスファチジルイノシトールが5%〜10%を占めるのに比べると非常に少ない。  
 ホスファチジルイノシトールが見つかって60年以上が経過しているが、1988年のCantleyによる[[PI3キナーゼ]]の同定によって、現在は7種類のホスホイノシタイドが見つかっている<ref name="ref1"><pubmed>2467744</pubmed></ref>。ホスホイノシタイドは全リン脂質量の0.1%〜1%を占めているが、これはホスファチジルイノシトールが5%〜10%を占めるのに比べると非常に少ない。  
 特にホスホイノシチドには様々な生理活性が知られており、本項目ではそれを含めて解説する。<br>  
 特にホスホイノシチドには様々な生理活性が知られており、本項目ではそれを含めて解説する。<br>  


== '''ホスファチジルイノシトールの機能'''  ==
== '''ホスファチジルイノシトールの機能'''  ==
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 さらに、ホスファチジルイノシトールの代謝異常は多くの重大かつ重篤な疾患と密接に関連していることも明らかとなっている。PI(3,4,5)P<sub>3</sub>の代謝異常は癌や糖尿病の患者に多く認められている。これは癌細胞の増殖や浸潤転移、[[インスリン]]による[[wikipedia:ja:骨格筋|骨格筋]]や[[wikipedia:ja:脂肪細胞|脂肪細胞]]への糖取込みにおいてPI(3,4,5)P<sub>3</sub>が必要であることに起因している。また、PI(4,5)P<sub>2</sub>の代謝異常が[[ダウン症]]や[[Lowe症候群]]などの遺伝性疾患患者に認められている<ref name="ref8"><pubmed>1919664</pubmed></ref>。
 さらに、ホスファチジルイノシトールの代謝異常は多くの重大かつ重篤な疾患と密接に関連していることも明らかとなっている。PI(3,4,5)P<sub>3</sub>の代謝異常は癌や糖尿病の患者に多く認められている。これは癌細胞の増殖や浸潤転移、[[インスリン]]による[[wikipedia:ja:骨格筋|骨格筋]]や[[wikipedia:ja:脂肪細胞|脂肪細胞]]への糖取込みにおいてPI(3,4,5)P<sub>3</sub>が必要であることに起因している。また、PI(4,5)P<sub>2</sub>の代謝異常が[[ダウン症]]や[[Lowe症候群]]などの遺伝性疾患患者に認められている<ref name="ref8"><pubmed>1919664</pubmed></ref>。
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== '''個々のホスホイノシチドの生合成経路と機能'''  ==
== '''個々のホスホイノシチドの生合成経路と機能'''  ==
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==== '''機能'''  ====
==== '''機能'''  ====


 PI(4)PはPI(4,5)P<sub>2</sub>産生の基質であり、ホスホリパーゼCによるPI(4,5)P<sub>2</sub>の加水分解による[[イノシトール3リン酸]]産生、カルシウム動員およびシグナル伝達制御を間接的に制御している。PI4KIIIαは細胞内のPI(4)PやPI(4,5)P<sub>2</sub>量を一定に保つ役割を担っている。一方で、PI(4)P自身に結合するエフェクター分子の機能を調節する役割も担っている。[[アダプター蛋白質|AP-1]]、[[wikipedia:GGA1|GGA1]]や[[wikipedia:epsinR|epsinR]]などのアダプターや小胞の被覆分子、[[wikipedia:OSBP|OSBP]]、[[wikipedia:CERT|CERT]]、[[wikipedia:FAPP1|FAPP1]]、FAPP2のような脂質を運搬する分子がPI(4)Pのエフェクター分子として知られている。これらのエフェクター分子は小胞体やゴルジ体からの輸送に関係しているものが多く、PI(4)Pは小胞体やゴルジ体の細胞膜へこれらの分子を局在させるための目印として機能していると思われる。 <br>
 PI(4)PはPI(4,5)P<sub>2</sub>産生の基質であり、ホスホリパーゼCによるPI(4,5)P<sub>2</sub>の加水分解による[[イノシトール3リン酸]]産生、カルシウム動員およびシグナル伝達制御を間接的に制御している。PI4KIIIαは細胞内のPI(4)PやPI(4,5)P<sub>2</sub>量を一定に保つ役割を担っている。一方で、PI(4)P自身に結合するエフェクター分子の機能を調節する役割も担っている。[[アダプター蛋白質|AP-1]]、[[wikipedia:GGA1|GGA1]]や[[wikipedia:epsinR|epsinR]]などのアダプターや小胞の被覆分子、[[wikipedia:OSBP|OSBP]]、[[wikipedia:CERT|CERT]]、[[wikipedia:FAPP1|FAPP1]]、FAPP2のような脂質を運搬する分子がPI(4)Pのエフェクター分子として知られている。これらのエフェクター分子は小胞体やゴルジ体からの輸送に関係しているものが多く、PI(4)Pは小胞体やゴルジ体の細胞膜へこれらの分子を局在させるための目印として機能していると思われる。  


=== '''PI(5)P'''  ===
=== '''PI(5)P'''  ===
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 Akt,Btk,PDK1などのPHドメインと結合して、これらの分子を細胞膜に局在させる働きを持つ。これらの分子はPI3キナーゼシグナル伝達経路の活性化を起こす。PI3キナーゼシグナルについての詳細は後述する。
 Akt,Btk,PDK1などのPHドメインと結合して、これらの分子を細胞膜に局在させる働きを持つ。これらの分子はPI3キナーゼシグナル伝達経路の活性化を起こす。PI3キナーゼシグナルについての詳細は後述する。
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== '''ポリホスホイノシチド結合ドメイン'''  ==
== '''ポリホスホイノシチド結合ドメイン'''  ==
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<references />
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(執筆者:伊集院壮、竹縄忠臣 担当編集委員:林 康紀)