「ホスホリパーゼC」の版間の差分

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英語名:Phospholipase C 英語略名:PLC  
英語名:Phospholipase C 英語略名:PLC  
 
[[ファイル:Phospholipase.jpg|thumb|right|400px|'''図1 各種フォスフォリパーゼの切断部位の比較''' [http://fr.wikipedia.org/wiki/Fichier:Phospholipase.jpg Wikipedia]による。]]
 フォスフォリパーゼ C(phospholipase C、PLC)は、[[wikipedia:ja:生体膜|生体膜]]の主要成分である[[wikipedia:ja:リン脂質|リン脂質]]を[[wikipedia:ja:加水分解|加水分解]]する[[wikipedia:ja:酵素|酵素]]群(phospholipase)の中の、[[wikipedia:ja:グリセロール|グリセロール]]と[[wikipedia:ja:リン酸|リン酸]]の間の[[wikipedia:ja:エステル|エステル]]エステル結合を加水分解する酵素の総称である。
 フォスフォリパーゼ C(phospholipase C、PLC)は、[[wikipedia:ja:生体膜|生体膜]]の主要成分である[[wikipedia:ja:リン脂質|リン脂質]]を[[wikipedia:ja:加水分解|加水分解]]する[[wikipedia:ja:酵素|酵素]]群(phospholipase)の中の、[[wikipedia:ja:グリセロール|グリセロール]]と[[wikipedia:ja:リン酸|リン酸]]の間の[[wikipedia:ja:エステル|エステル]]エステル結合を加水分解する酵素の総称である(図1)。主な基質である[[フォスファチジルイノシトール4,5-二リン酸]](phosphatidylinositol 4,5-bisphosphate, PIP<sub>2</sub>)を、[[イノシトール1,4,5-三リン酸]](inositol 1,4,5-triphosphate, IP<sub>3</sub>)と[[ジアシルグリセロール]](diacylglycerol, DAG)に分解する。この反応により生じるPIP<sub>2</sub>低下、IP<sub>3</sub>生成、DAG生成はそれぞれシグナルとして働き細胞内で多様な反応を引き起こす。


==活性==
==活性==
[[ファイル:Phospholipase.jpg|thumb|right|400px|'''図1 各種フォスフォリパーゼの切断部位の比較''' [http://fr.wikipedia.org/wiki/Fichier:Phospholipase.jpg Wikipedia]による。]]
[[Image:PLC-1.jpg|thumb|right|400px|'''図2 PLCの下流のシグナル''']]
[[Image:PLC-1.jpg|thumb|right|400px|'''図2 PLCの下流のシグナル''']]
 PLCは、生体膜の主要成分であるリン脂質を加水分解する酵素群の中の、グリセロールとリン酸の間のエステル結合を加水分解する酵素の総称である。PLCは[[受容体]]刺激により活性化され、主な基質である[[フォスファチジルイノシトール4,5-二リン酸]](phosphatidylinositol 4,5-bisphosphate, PIP<sub>2</sub>)を、[[イノシトール1,4,5-三リン酸]](inositol 1,4,5-triphosphate, IP<sub>3</sub>)と[[ジアシルグリセロール]](diacylglycerol, DAG)に分解する。この反応により生じる(1)PIP<sub>2</sub>低下、(2)IP<sub>3</sub>生成、(3)DAG生成、はそれぞれシグナルとして働き細胞内で多様な反応を引き起こす。例えば、(1)PIP<sub>2</sub>低下は[[イオンチャネル]]の働きを変化させ、(2)IP<sub>3</sub>はIP<sub>3</sub>受容体を介する[[小胞体]]からのCa<sup>2+</sup>放出により[[細胞内Ca<sup>2+</sup>濃度]]を局所的に上昇させ、(3) DAGは[[プロテインキナーゼC]](protein kinase C, PKC)や[[TRPCチャネル]]を活性化する。また、DAGが[[ジアシルグリセロールリパーゼ]](diacylglycerol lipase, DGL)により分解されると、内因性[[カンナビノイド]]である[[2-アラキドノイルグリセロール]](2-arachidonoylglycerol, 2-AG)が生成され、それはさらに[[カンナビノイド受容体]](CB1, CB2)を介して様々な反応を引き起こす(図2)。
 PLCは、生体膜の主要成分であるリン脂質を加水分解する酵素群の中の、グリセロールとリン酸の間のエステル結合を加水分解する酵素の総称である。PLCは[[受容体]]刺激により活性化され、主な基質であるフォスファチジルイノシトール4,5-二リン酸(phosphatidylinositol 4,5-bisphosphate, PIP<sub>2</sub>)を、イノシトール1,4,5-三リン酸(inositol 1,4,5-triphosphate, IP<sub>3</sub>)とジアシルグリセロール(diacylglycerol, DAG)に分解する。この反応により生じる(1)PIP<sub>2</sub>低下、(2)IP<sub>3</sub>生成、(3)DAG生成、はそれぞれシグナルとして働き細胞内で多様な反応を引き起こす。例えば、(1)PIP<sub>2</sub>低下は[[イオンチャネル]]の働きを変化させ、(2)IP<sub>3</sub>はIP<sub>3</sub>受容体を介する[[小胞体]]からの[[Ca2+|Ca<sup>2+</sup>]]放出により細胞内Ca<sup>2+</sup>濃度を局所的に上昇させ、(3) DAGは[[プロテインキナーゼC]](protein kinase C, PKC)や[[TRPCチャネル]]を活性化する。また、DAGが[[ジアシルグリセロールリパーゼ]](diacylglycerol lipase, DGL)により分解されると、内因性[[カンナビノイド]]である[[2-アラキドノイルグリセロール]](2-arachidonoylglycerol, 2-AG)が生成され、それはさらに[[カンナビノイド受容体]](CB1, CB2)を介して様々な反応を引き起こす(図2)。


== 分子構造による分類  ==
== 分子構造による分類  ==
[[Image:PLC-2.jpg|thumb|right|400px|'''図3 PLCのドメイン構造''']]  
[[Image:PLC-2.jpg|thumb|right|400px|'''図3 PLCのドメイン構造''']]  
 PLCは構造的にβ、γ、δ、ε、ζ、ηの6つのタイプに分類され、[[wikipedia:ja:哺乳動物|哺乳動物]]ではβ1-4、γ1-2、δ1,3-4、ε、ζ、η1-2の合わせて13種類のサブタイプが同定されている。また、いくつかのサブタイプについてはsplicing variantが報告されている。splicing variantの一部を除くと、すべてのPLCは酵素活性を司るXドメインとYドメインの他に、さまざまなシグナル関連物質と相互作用するPHドメイン(ζ型を除く)、Ca<sup>2+</sup>結合能を有する[[wikipedia:ja:EFハンド|EFハンド]]EFハンドモチーフおよび[[wikipedia:ja:C2ドメイン|C2ドメイン]]を共通に有する(図3)。これらの基本的なドメイン構造に加え、PLCγではSrc相同ドメインの[[wikipedia:ja:SH2ドメイン|SH2ドメイン]]および[[wikipedia:ja:SH3ドメイン|SH3ドメイン]], PLCεでは[[wikipedia:Guanine nucleotide exchange factor|RasGEF]](Ras guanine nucleotide exchange factor)様ドメインおよびRA(Ras association)ドメインなど、各タイプに特徴的なドメイン構造がみられる。
 PLCは構造的にβ、γ、δ、ε、ζ、ηの6つのタイプに分類され、[[wikipedia:ja:哺乳動物|哺乳動物]]ではβ1-4、γ1-2、δ1,3-4、ε、ζ、η1-2の合わせて13種類のサブタイプが同定されている。また、いくつかのサブタイプについてはsplicing variantが報告されている。splicing variantの一部を除くと、すべてのPLCは酵素活性を司るXドメインとYドメインの他に、さまざまなシグナル関連物質と相互作用する[[wikipedia:Ph_domain|PHドメイン]](ζ型を除く)、Ca<sup>2+</sup>結合能を有する[[wikipedia:ja:EFハンド|EFハンド]]モチーフおよび[[wikipedia:ja:C2ドメイン|C2ドメイン]]を共通に有する(図3)。これらの基本的なドメイン構造に加え、PLCγではSrc相同ドメインの[[wikipedia:ja:SH2ドメイン|SH2ドメイン]]および[[wikipedia:ja:SH3ドメイン|SH3ドメイン]], PLCεでは[[wikipedia:Guanine nucleotide exchange factor|RasGEF]](Ras guanine nucleotide exchange factor)様ドメインおよびRA(Ras association)ドメインなど、各タイプに特徴的なドメイン構造がみられる。


== 体内および脳内での分布  ==
== 体内および脳内での分布  ==
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=== PLCβ  ===
=== PLCβ  ===


 PLCβ1, 3, 4は脳で発現が高いが、その分布は脳領域により異なる。PLCβ1は主に[[大脳]]で、PLCβ3 は[[小脳]]尾側部で、PLCβ4は小脳吻側部、[[視床]]、[[脳幹]]に分布する<ref><pubmed>9753089</pubmed></ref>。PLCβ2は脳での発現は低い。脳以外の部位としては、PLCβ2は[[wikipedia:ja:リン|リン]]造血組織由来細胞で、PLCβ3は[[wikipedia:ja:リン|リン]]肝臓、[[wikipedia:ja:リン|リン]]耳下腺で、PLCβ4は[[網膜]]に多く分布する。  
 PLCβ1, 3, 4は脳で発現が高いが、その分布は脳領域により異なる。PLCβ1は主に[[大脳]]で、PLCβ3 は[[小脳]]尾側部で、PLCβ4は小脳吻側部、[[視床]]、[[脳幹]]に分布する<ref><pubmed>9753089</pubmed></ref>。PLCβ2は脳での発現は低い。脳以外の部位としては、PLCβ2は[[wikipedia:Haematopoiesis|造血]]組織由来細胞で、PLCβ3は[[wikipedia:ja:肝臓|肝臓]][[wikipedia:ja:耳下腺|耳下腺]]で、PLCβ4は[[網膜]]に多く分布する。  


=== PLCγ  ===
=== PLCγ  ===
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=== PLCδ  ===
=== PLCδ  ===


 PLCδはPLCβやPLCγに比べると相対的に量は少ない。PLCδ1はPLCδタイプの中で最も量が多くかつ広く分布しており、高発現組織は[[wikipedia:ja:リン|リン]]骨格筋、[[wikipedia:ja:リン|リン]]脾臓、[[wikipedia:ja:リン|リン]]精巣、[[wikipedia:ja:リン|リン]]肺などである。脳では主に[[アストログリア]]に発現し、ニューロンでは少ない。PLCδ3は[[wikipedia:ja:リン|リン]]腎臓および[[wikipedia:ja:リン|リン]]心臓に、PLCδ4は脳、骨格筋、精巣、腎臓に発現している。
 PLCδはPLCβやPLCγに比べると相対的に量は少ない。PLCδ1はPLCδタイプの中で最も量が多くかつ広く分布しており、高発現組織は[[wikipedia:ja:骨格筋|骨格筋]][[wikipedia:ja:脾臓|脾臓]][[wikipedia:ja:精巣|精巣]][[wikipedia:ja:|]]肺などである。脳では主に[[アストログリア]]に発現し、ニューロンでは少ない。PLCδ3は[[wikipedia:ja:腎臓|腎臓]]および[[wikipedia:ja:心臓|心臓]]に、PLCδ4は脳、骨格筋、精巣、腎臓に発現している。


=== PLCε  ===
=== PLCε  ===
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 PLCη1およびPLCη2は神経系で発現が高く、大脳皮質、[[海馬]]、小脳、[[嗅球]]で発現が高い。  
 PLCη1およびPLCη2は神経系で発現が高く、大脳皮質、[[海馬]]、小脳、[[嗅球]]で発現が高い。  
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== 活性調節  ==
== 活性調節  ==
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=== PLCβ  ===
=== PLCβ  ===


 主な活性化経路は7回膜貫通型三量体[[G蛋白質共役型受容体]](以下、G蛋白質共役型受容体)を介したものである。Gq共役型受容体を介して活性化される三量体G蛋白質のαサブユニットが作用する経路と、Gi共役型受容体刺激により遊離するβγサブユニットが作用する経路とがある。PLCβを活性化しうるαサブユニットはGαqファミリー(脳ではGαqおよびGα11)であり、PLCβのC末の調節ドメインに結合し作用する。PLCβ1-4のいずれも活性化しうるがPLCβ1およびPLCβ4への作用が最も強く、PLCβ2への作用が最も弱い。一方、GβγサブユニットはPLCβ2およびPLCβ3に作用するが、PLCβ1への作用は弱く、PLCβ4には作用しない。また、PLCβ2およびPLCβ3は、Racなどの低分子量G蛋白質による活性化も報告されている。
 主な活性化経路は7回膜貫通型三量体[[G蛋白質共役型受容体]](以下、G蛋白質共役型受容体)を介したものである。Gq共役型受容体を介して活性化される三量体G蛋白質のαサブユニットが作用する経路と、Gi共役型受容体刺激により遊離するβγサブユニットが作用する経路とがある。PLCβを活性化しうるαサブユニットはGαqファミリー(脳ではGαqおよびGα11)であり、PLCβのC末の調節ドメインに結合し作用する。PLCβ1-4のいずれも活性化しうるがPLCβ1およびPLCβ4への作用が最も強く、PLCβ2への作用が最も弱い。一方、βγサブユニットはPLCβ2およびPLCβ3に作用するが、PLCβ1への作用は弱く、PLCβ4には作用しない。また、PLCβ2およびPLCβ3は、Racなどの低分子量G蛋白質による活性化も報告されている。


=== PLCγ  ===
=== PLCγ  ===


 主な活性化経路は[[wikipedia:ja:リン|リン]]増殖因子や[[神経栄養因子]]などに対する[[チロシンキナーゼ]]活性を有する受容体を介したものである。[[リガンド]]の結合により受容体の自己チロシンリン酸化が起こり、その部位にPLCγがSH2ドメインを介して結合し、その後PLCγ自身も[[チロシンリン酸化]]され活性化される。それと同時に、受容体は[[フォスファチジルイノシトール3-キナーゼ]](phosphatidylinositol 3-kinase, PI3K)を活性化し、それにより産生される[[フォスファチジルイノシトール3,4,5-三リン酸]](phosphatidylinositol 3,4,5-triphosphate, PIP<sub>3</sub>)はPLCγを膜へ移動させ活性化を促進する。また、G蛋白質共役型受容体などを介してPLCγを活性化させる経路、さらにはチロシンリン酸化を介さない経路など、さまざまな活性化経路が報告されている。  
 主な活性化経路は[[wikipedia:ja:増殖因子|増殖因子]][[神経栄養因子]]などに対する[[チロシンキナーゼ]]活性を有する受容体を介したものである。[[リガンド]]の結合により受容体の自己チロシンリン酸化が起こり、その部位にPLCγがSH2ドメインを介して結合し、その後PLCγ自身も[[チロシンリン酸化]]され活性化される。それと同時に、受容体は[[フォスファチジルイノシトール3-キナーゼ]](phosphatidylinositol 3-kinase, PI3K)を活性化し、それにより産生される[[フォスファチジルイノシトール3,4,5-三リン酸]](phosphatidylinositol 3,4,5-triphosphate, PIP<sub>3</sub>)はPLCγを膜へ移動させ活性化を促進する。また、G蛋白質共役型受容体などを介してPLCγを活性化させる経路、さらにはチロシンリン酸化を介さない経路など、さまざまな活性化経路が報告されている。  


=== PLCδ  ===
=== PLCδ  ===
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=== PLCε  ===
=== PLCε  ===


 PLCεの活性化経路は多様であり、様々な[[低分子量G蛋白質]]やG蛋白質共役型受容体を介する経路が報告されている。RasファミリーのRasや[[Rap]]は[[wikipedia:ja:GTP|GTP]]依存的にPLCεのRAドメインに結合し、[[Rhoファミリー]]のRhoA、RhoB、RhoCはYドメインのPLCε固有のアミノ酸配列に結合し、それぞれPLCεを活性化する。また、β2[[アドレナリン受容体]]や[[プロスタグランジン]]E1受容体などのGs共役型受容体を介してcAMPが産生されると、[[cAMP依存性グアニンヌクレオチド交換反応促進因子]]を介してRap2Bが活性化され、それがPLCεのRAドメインに結合しPLCεを活性化する。また、PLCεは三量体G蛋白質のGα12やGβγサブユニットによっても活性化されることが報告されている。  
 PLCεの活性化経路は多様であり、様々な[[低分子量G蛋白質]]やG蛋白質共役型受容体を介する経路が報告されている。[[Ras]]ファミリーのRasや[[Rap]]は[[wikipedia:ja:GTP|GTP]]依存的にPLCεのRAドメインに結合し、[[Rho]]ファミリーのRhoA、RhoB、RhoCはYドメインのPLCε固有のアミノ酸配列に結合し、それぞれPLCεを活性化する。また、β2[[アドレナリン受容体]]や[[プロスタグランジン]]E1受容体などのGs共役型受容体を介してcAMPが産生されると、[[cAMP依存性グアニンヌクレオチド交換反応促進因子]]を介してRap2Bが活性化され、それがPLCεのRAドメインに結合しPLCεを活性化する。また、PLCεは三量体G蛋白質のGα12やGβγサブユニットによっても活性化されることが報告されている。  


=== PLCη  ===
=== PLCη  ===
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=== PIP<sub>2</sub>  ===
=== PIP<sub>2</sub>  ===


 多くの蛋白質は特定のイノシトールリン脂質(PIP<sub>2</sub>を含む)を認識するドメインを有しており、よってPIP<sub>2</sub>の濃度変化はそれらの蛋白質の機能に影響をおよぼしうる<ref><pubmed>15922587</pubmed></ref>。PIP<sub>2</sub>により活性が高められることが報告されているチャネルには、[[内向き整流K<sup>+</sup>チャネル]](Kir1, Kir2, Kir3, Kir6)、N型[[電位依存性Ca<sup>2+</sup>チャネル]]、[[M電流]]を担うK<sup>+</sup>チャネル([[Mチャネル]]、KCNQ/Kv7)、[[TRP]](transient receptor potential)ファミリー(TRPV1, TRPM5, TRPM7, TRPM8)、[[リアノジン受容体]]、などがある。M1[[ムスカリン性アセチルコリン受容体]]刺激によるMチャネルの抑制は、PIP<sub>2</sub>減少によると考えられている。  
 多くの蛋白質は特定の[[イノシトールリン脂質]](PIP<sub>2</sub>を含む)を認識するドメインを有しており、よってPIP<sub>2</sub>の濃度変化はそれらの蛋白質の機能に影響をおよぼしうる<ref><pubmed>15922587</pubmed></ref>。PIP<sub>2</sub>により活性が高められることが報告されているチャネルには、[[内向き整流K+チャネル|内向き整流K<sup>+</sup>チャネル]](Kir1, Kir2, Kir3, Kir6)、N型[[電位依存性Ca2+チャネル|電位依存性Ca<sup>2+</sup>チャネル]]、[[M電流]]を担うK<sup>+</sup>チャネル([[Mチャネル]]、KCNQ/Kv7)、[[TRP]](transient receptor potential)ファミリー(TRPV1, TRPM5, TRPM7, TRPM8)、[[リアノジン受容体]]、などがある。M1[[ムスカリン性アセチルコリン受容体]]刺激によるMチャネルの抑制は、PIP<sub>2</sub>減少によると考えられている。  


=== IP<sub>3</sub>  ===
=== IP<sub>3</sub>  ===
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 PLCにより生成されるDAGは、プロテインキナーゼC(protein kinase C, PKC)を活性化し、様々な蛋白質の機能に影響をおよぼす。DAGはまた、非選択性陽イオンチャネルを構成するTRPファミリーの中のTRPC3、TRPC6、TRPC7を活性化する。これらのチャネルはCa<sup>2+</sup>透過性があるため、Ca<sup>2+</sup>を細胞内に流入させ細胞内Ca<sup>2+</sup>濃度上昇を引き起こしうる。  
 PLCにより生成されるDAGは、プロテインキナーゼC(protein kinase C, PKC)を活性化し、様々な蛋白質の機能に影響をおよぼす。DAGはまた、非選択性陽イオンチャネルを構成するTRPファミリーの中のTRPC3、TRPC6、TRPC7を活性化する。これらのチャネルはCa<sup>2+</sup>透過性があるため、Ca<sup>2+</sup>を細胞内に流入させ細胞内Ca<sup>2+</sup>濃度上昇を引き起こしうる。  


 DAGにジアシルグリセロールキナーゼ(diacylglycerol kinase)が作用するとフォスファチジン酸(phosphatidic acid)が、一方、ジアシルグリセロールリパーゼ(diacylglycerol lipase, DGL)が作用すると2-AGがそれぞれ生成され、どちらの分子もシグナルとして働きうる。2-AGは内因性カンナビノイド(endocannabinoid)の1つであり、神経系においてはCB1受容体を介して、免疫系においてはCB2受容体を介して多様な反応を引き起こしうる。
 DAGに[[ジアシルグリセロールキナーゼ]](diacylglycerol kinase)が作用すると[[フォスファチジン酸]](phosphatidic acid)が、一方、ジアシルグリセロールリパーゼ(diacylglycerol lipase, DGL)が作用すると2-AGがそれぞれ生成され、どちらの分子もシグナルとして働きうる。2-AGは[[内因性カンナビノイド]](endocannabinoid)の1つであり、神経系においてはCB1受容体を介して、免疫系においてはCB2受容体を介して多様な反応を引き起こしうる。
 
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== Gq共役型受容体-PLCβを介する反応の例  ==
== Gq共役型受容体-PLCβを介する反応の例  ==


 神経系、特に中枢ニューロンのPLCの働きに関する研究の多くは、Gq共役型受容体–PLCβを介する反応を調べたものである。そこで、海馬ニューロンのムスカリン性受容体を介する反応を例に挙げ説明する。海馬ニューロンにおいて、電気刺激による内在アセチルコリンの遊離、あるいはアセチルコリン受容体アゴニストの投与によりさまざまな反応が引き起こされることが報告されている。その中からPLCβを介すると思われるものを以下に示す。一部の反応については、ノックアウトマウスを用いて、関与する受容体とPLCのタイプが主にM1受容体とPLCβ1であることが証明されている。すべて証明された訳ではないが、他の反応も同様であると思われる。
 神経系、特に中枢ニューロンのPLCの働きに関する研究の多くは、Gq共役型受容体–PLCβを介する反応を調べたものである。そこで、海馬ニューロンのムスカリン性受容体を介する反応を例に挙げ説明する。海馬ニューロンにおいて、電気刺激による内在[[アセチルコリン]]の遊離、あるいはアセチルコリン受容体アゴニストの投与によりさまざまな反応が引き起こされることが報告されている。その中からPLCβを介すると思われるものを以下に示す。一部の反応については、ノックアウトマウスを用いて、関与する受容体とPLCのタイプが主にM1受容体とPLCβ1であることが証明されている。すべて証明された訳ではないが、他の反応も同様であると思われる。


=== 静止膜電位の変化  ===
=== 静止膜電位の変化  ===


 ムスカリン受容体刺激は細胞のタイプや条件によりさまざまな膜電位変化(単相性の脱分極、単相性の過分極、両者が混ざったもの)をもたらす<ref><pubmed>20446119</pubmed></ref><ref><pubmed>15194117</pubmed></ref>。脱分極のメカニズムとしては、非選択性陽イオンチャネルの活性化とK<sup>+</sup>チャネルの抑制とがある。非選択性陽イオンチャネルの分子実態は不明であるが、TRPファミリーの一員である可能性が高く、TPRC4およびTRPC5の関与が示唆されている。これらのチャネルの活性化経路は不明であるが、PLCの下流の何らかのシグナルが関与していると考えられる。ムスカリン受容体刺激により抑制されるK<sup>+</sup>チャネルは主にMチャネルであるが、内向き整流K<sup>+</sup>チャネルやその他のK<sup>+</sup>チャネルの関与も示唆されている。メカニズムとしては、少なくともMチャネルの場合は、PIP<sub>2</sub>減少の関与の可能性が高い。過分極のメカニズムとしては、IP<sub>3</sub>を介する細胞内Ca<sup>2+</sup>濃度上昇により、アパミン感受性のCa<sup>2+</sup>依存性K<sup>+</sup>チャネル(SKチャネル)が活性化されることが考えられる。
 ムスカリン受容体刺激は細胞のタイプや条件によりさまざまな[[膜電位]]変化(単相性の脱分極、単相性の[[過分極]]、両者が混ざったもの)をもたらす<ref><pubmed>20446119</pubmed></ref><ref><pubmed>15194117</pubmed></ref>。脱分極のメカニズムとしては、非選択性陽イオンチャネルの活性化とK<sup>+</sup>チャネルの抑制とがある。非選択性陽イオンチャネルの分子実態は不明であるが、TRPファミリーの一員である可能性が高く、TPRC4およびTRPC5の関与が示唆されている。これらのチャネルの活性化経路は不明であるが、PLCの下流の何らかのシグナルが関与していると考えられる。ムスカリン受容体刺激により抑制されるK<sup>+</sup>チャネルは主にMチャネルであるが、内向き整流K<sup>+</sup>チャネルやその他のK<sup>+</sup>チャネルの関与も示唆されている。メカニズムとしては、少なくともMチャネルの場合は、PIP<sub>2</sub>減少の関与の可能性が高い。過分極のメカニズムとしては、IP<sub>3</sub>を介する細胞内Ca<sup>2+</sup>濃度上昇により、[[アパミン]]感受性のCa<sup>2+</sup>依存性K<sup>+</sup>チャネル([[SKチャネル]])が活性化されることが考えられる。


=== 後脱分極  ===
=== 後脱分極  ===


 ムスカリン受容体アゴニストを投与すると、活動電位発生直後に脱分極がみられるようになる。また、活動電位の後の脱分極が長く続く場合もある。前者はslow afterdepolarization(sADP)、後者はplateau potential(PP)と呼ばれ、いずれも非選択性陽イオンチャネルの活性化およびMチャネルの抑制の関与が示唆されている。
 [[ムスカリン受容体]][[アゴニスト]]を投与すると、[[活動電位]]発生直後に脱分極がみられるようになる。また、活動電位の後の[[脱分極]]が長く続く場合もある。前者は[[slow after depolarization]](sADP)、後者は[[plateau potential]](PP)と呼ばれ、いずれも非選択性陽イオンチャネルの活性化およびMチャネルの抑制の関与が示唆されている。


=== 細胞内Ca<sup>2+</sup>濃度上昇  ===
=== 細胞内Ca<sup>2+</sup>濃度上昇  ===


 ムスカリン受容体刺激は細胞内Ca2+濃度上昇をもたらす。メカニズムとしては、IP<sub>3</sub>を介して小胞体からCa<sup>2+</sup>が放出されること、PLCの下流の何らかのシグナルにより活性化された非選択性陽イオンチャネルを介してCa<sup>2+</sup>が流入すること、脱分極により活性化された電位依存性Ca<sup>2+</sup>チャネルを介してCa<sup>2+</sup>が流入すること、などが関与しうる。樹状突起のムスカリン受容体を局所的に短時間刺激すると、Ca<sup>2+</sup>濃度上昇の波が細胞体に向かって伝播するのがみられる。このCa<sup>2+</sup> waveにおいてはIP<sub>3</sub>受容体を介するCa<sup>2+</sup>放出が重要な役割を担っている。  
 ムスカリン受容体刺激は細胞内Ca2+濃度上昇をもたらす。メカニズムとしては、IP<sub>3</sub>を介して[[小胞体]]からCa<sup>2+</sup>が放出されること、PLCの下流の何らかのシグナルにより活性化された非選択性陽イオンチャネルを介してCa<sup>2+</sup>が流入すること、脱分極により活性化された[[電位依存性Ca2+チャネル|電位依存性Ca<sup>2+</sup>チャネル]]を介してCa<sup>2+</sup>が流入すること、などが関与しうる。[[樹状突起]]のムスカリン受容体を局所的に短時間刺激すると、Ca<sup>2+</sup>濃度上昇の波が[[細胞体]]に向かって伝播するのがみられる。このCa<sup>2+</sup> waveにおいてはIP<sub>3</sub>受容体を介するCa<sup>2+</sup>放出が重要な役割を担っている。  


=== NMDA受容体に及す影響  ===
=== NMDA受容体に及す影響  ===


 NMDA型グルタミン酸受容体はシナプス可塑性の誘導において重要な役割を担っている。ムスカリン受容体刺激はNMDA受容体のチャネル機能に影響を及ぼす。主たる作用は促進作用であるが、条件によっては抑制作用もみられる。促進作用についてはPKC、抑制作用についてはカルモジュリンの関与が報告されている。
 [[NMDA型グルタミン酸受容体]]は[[シナプス可塑性]]の誘導において重要な役割を担っている。ムスカリン受容体刺激はNMDA受容体のチャネル機能に影響を及ぼす。主たる作用は促進作用であるが、条件によっては抑制作用もみられる。促進作用についてはPKC、抑制作用については[[カルモジュリン]]の関与が報告されている。


=== シナプス可塑性の誘導および促進  ===
=== シナプス可塑性の誘導および促進  ===


 ムスカリン受容体刺激はシナプス可塑性にも影響をおよぼす。CA1錐体細胞への興奮性入力において、ムスカリン受容体刺激は、長期抑圧(long-term depression, LTD)や長期増強(long-term potentiation, LTP)を単独で誘導し、また、電気刺激で誘導されるLTPを促進することが報告されている。LTDの誘導にはCa<sup>2+</sup>濃度上昇と蛋白合成が必要であること、LTPの誘導にはIP<sub>3</sub>受容体を介するCa<sup>2+</sup>放出とPKCが関与すること、LTPの促進については、前述のNMDA受容体に対する促進作用やSKチャネルの抑制が関与すること、などの報告がある。SKチャネル抑制の関与については、M1受容体の活性化によりPKCを介してSKチャネルが抑制され、それによりLTP誘導時の興奮性シナプス後電位(excitatory postsynaptic potential, EPSP)の持続時間が延び、それによりNMDA受容体のチャネル機能が促進される、と説明されている。  
 ムスカリン受容体刺激はシナプス可塑性にも影響をおよぼす。[[CA1]][[錐体細胞]]への興奮性入力において、ムスカリン受容体刺激は、[[長期抑圧]](long-term depression, LTD)や[[長期増強]](long-term potentiation, LTP)を単独で誘導し、また、電気刺激で誘導されるLTPを促進することが報告されている。LTDの誘導にはCa<sup>2+</sup>濃度上昇と蛋白合成が必要であること、LTPの誘導にはIP<sub>3</sub>受容体を介するCa<sup>2+</sup>放出とPKCが関与すること、LTPの促進については、前述のNMDA受容体に対する促進作用やSKチャネルの抑制が関与すること、などの報告がある。SKチャネル抑制の関与については、M1受容体の活性化によりPKCを介してSKチャネルが抑制され、それによりLTP誘導時の[[興奮性シナプス後電位]](excitatory postsynaptic potential, EPSP)の持続時間が延び、それによりNMDA受容体のチャネル機能が促進される、と説明されている。  


=== 内因性カンナビノイド2-AGの放出  ===
=== 内因性カンナビノイド2-AGの放出  ===


 シナプス後側のムスカリン受容体刺激はPLCβを介してDAGを、さらにDGLを介して2-AGを生成する。2-AGは細胞外へと拡散し、シナプス前終末のCB1受容体に結合し、伝達物質の放出を抑制する<ref><pubmed>19126760</pubmed></ref>。  
 シナプス後側のムスカリン受容体刺激はPLCβを介してDAGを、さらにDGLを介して2-AGを生成する。2-AGは細胞外へと拡散し、[[シナプス前終末]]のCB1受容体に結合し、伝達物質の放出を抑制する<ref><pubmed>19126760</pubmed></ref>。  


<br>  海馬のムスカリン受容体の場合を例に挙げたが、他の脳領域や他のGq共役型受容体の場合も同様に考えることができる。しかし、どの受容体を介してどのような反応が引き起こされるのかは細胞により大きく異なり、発現しているシグナル関連分子の発現量や分布様式により決まると考えられる。  
 海馬のムスカリン受容体の場合を例に挙げたが、他の脳領域や他のGq共役型受容体の場合も同様に考えることができる。しかし、どの受容体を介してどのような反応が引き起こされるのかは細胞により大きく異なり、発現しているシグナル関連分子の発現量や分布様式により決まると考えられる。  


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(執筆者:少作隆子、担当編集委員:林康紀)
(執筆者:少作隆子、担当編集委員:林 康紀)