「ホスホリパーゼC」の版間の差分

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=== PLCβ  ===
=== PLCβ  ===


 主な活性化経路は7回膜貫通型三量体[[G蛋白質共役型受容体]](以下、G蛋白質共役型受容体)を介したものである。Gq共役型受容体を介して活性化される三量体G蛋白質のαサブユニットが作用する経路と、Gi共役型受容体刺激により遊離するβγサブユニットが作用する経路とがある。PLCβを活性化しうるαサブユニットはGαqファミリー(脳ではGαqおよびGα11)であり、PLCβのC末の調節ドメインに結合し作用する。PLCβ1-4のいずれも活性化しうるがPLCβ1およびPLCβ4への作用が最も強く、PLCβ2への作用が最も弱い。一方、βγサブユニットはPLCβ2およびPLCβ3に作用するが、PLCβ1への作用は弱く、PLCβ4には作用しない。また、PLCβ2およびPLCβ3は、Racなどの低分子量G蛋白質による活性化も報告されている。
 主な活性化経路は7回膜貫通型三量体[[Gタンパク質共役型受容体]](以下、Gタンパク質共役型受容体)を介したものである。Gq共役型受容体を介して活性化される三量体Gタンパク質のαサブユニットが作用する経路と、Gi共役型受容体刺激により遊離するβγサブユニットが作用する経路とがある。PLCβを活性化しうるαサブユニットはGαqファミリー(脳ではGαqおよびGα11)であり、PLCβのC末の調節ドメインに結合し作用する。PLCβ1-4のいずれも活性化しうるがPLCβ1およびPLCβ4への作用が最も強く、PLCβ2への作用が最も弱い。一方、βγサブユニットはPLCβ2およびPLCβ3に作用するが、PLCβ1への作用は弱く、PLCβ4には作用しない。また、PLCβ2およびPLCβ3は、Racなどの低分子量Gタンパク質による活性化も報告されている。


=== PLCγ  ===
=== PLCγ  ===


 主な活性化経路は[[wikipedia:ja:増殖因子|増殖因子]]や[[神経栄養因子]]などに対する[[チロシンキナーゼ]]活性を有する受容体を介したものである。[[リガンド]]の結合により受容体の自己チロシンリン酸化が起こり、その部位にPLCγがSH2ドメインを介して結合し、その後PLCγ自身も[[チロシンリン酸化]]され活性化される。それと同時に、受容体は[[ホスファチジルイノシトール#.E3.83.9B.E3.82.B9.E3.83.95.E3.82.A1.E3.83.81.E3.82.B8.E3.83.AB.E3.82.A4.E3.83.8E.E3.82.B7.E3.83.88.E3.83.BC.E3.83.AB3.E3.82.AD.E3.83.8A.E3.83.BC.E3.82.BC.E3.81.A8PI3.E3.82.AD.E3.83.8A.E3.83.BC.E3.82.BC.E3.82.B7.E3.82.B0.E3.83.8A.E3.83.AB.E4.BC.9D.E9.81.94.E7.B5.8C.E8.B7.AF|ホスファチジルイノシトール3-キナーゼ]](phosphatidylinositol 3-kinase, PI3K)を活性化し、それにより産生される[[ホスファチジルイノシトール#PI.283.2C4.2C5.29P3|ホスファチジルイノシトール3,4,5-三リン酸]](phosphatidylinositol 3,4,5-triphosphate, PIP<sub>3</sub>)はPLCγを膜へ移動させ活性化を促進する。また、G蛋白質共役型受容体などを介してPLCγを活性化させる経路、さらにはチロシンリン酸化を介さない経路など、さまざまな活性化経路が報告されている。
 主な活性化経路は[[wikipedia:ja:増殖因子|増殖因子]]や[[神経栄養因子]]などに対する[[チロシンキナーゼ]]活性を有する受容体を介したものである。[[リガンド]]の結合により受容体の自己チロシンリン酸化が起こり、その部位にPLCγがSH2ドメインを介して結合し、その後PLCγ自身も[[チロシンリン酸化]]され活性化される。それと同時に、受容体は[[ホスファチジルイノシトール#.E3.83.9B.E3.82.B9.E3.83.95.E3.82.A1.E3.83.81.E3.82.B8.E3.83.AB.E3.82.A4.E3.83.8E.E3.82.B7.E3.83.88.E3.83.BC.E3.83.AB3.E3.82.AD.E3.83.8A.E3.83.BC.E3.82.BC.E3.81.A8PI3.E3.82.AD.E3.83.8A.E3.83.BC.E3.82.BC.E3.82.B7.E3.82.B0.E3.83.8A.E3.83.AB.E4.BC.9D.E9.81.94.E7.B5.8C.E8.B7.AF|ホスファチジルイノシトール3-キナーゼ]](phosphatidylinositol 3-kinase, PI3K)を活性化し、それにより産生される[[ホスファチジルイノシトール#PI.283.2C4.2C5.29P3|ホスファチジルイノシトール3,4,5-三リン酸]](phosphatidylinositol 3,4,5-triphosphate, PIP<sub>3</sub>)はPLCγを膜へ移動させ活性化を促進する。また、Gタンパク質共役型受容体などを介してPLCγを活性化させる経路、さらにはチロシンリン酸化を介さない経路など、さまざまな活性化経路が報告されている。


=== PLCδ  ===
=== PLCδ  ===


 主な活性化因子は細胞内Ca<sup>2+</sup>濃度上昇(1-10μM)であると考えられている。Ca<sup>2+</sup>イオンはPLCδのPHドメインとPIP<sub>2</sub>との結合を促進させるなどの作用によりPLCδを膜に移動させ酵素活性を高める。細胞内Ca<sup>2+</sup>濃度上昇はPLCの下流シグナルでもあることから、膜の受容体を介して他のタイプのPLCが活性化されCa<sup>2+</sup>濃度上昇が起こると、さらにPLCδが活性化されシグナルが増幅される、という可能性が示唆されている。また、PLCδ1については、[[トランスグルタミナーゼ]]活性を有するGTP結合蛋白質の1種[[Gh]]による活性調節が報告されている。  
 主な活性化因子は細胞内Ca<sup>2+</sup>濃度上昇(1-10μM)であると考えられている。Ca<sup>2+</sup>イオンはPLCδのPHドメインとPIP<sub>2</sub>との結合を促進させるなどの作用によりPLCδを膜に移動させ酵素活性を高める。細胞内Ca<sup>2+</sup>濃度上昇はPLCの下流シグナルでもあることから、膜の受容体を介して他のタイプのPLCが活性化されCa<sup>2+</sup>濃度上昇が起こると、さらにPLCδが活性化されシグナルが増幅される、という可能性が示唆されている。また、PLCδ1については、[[トランスグルタミナーゼ]]活性を有するGTP結合タンパク質の1種[[Gh]]による活性調節が報告されている。  


=== PLCε  ===
=== PLCε  ===


 PLCεの活性化経路は多様であり、様々な[[低分子量G蛋白質]]やG蛋白質共役型受容体を介する経路が報告されている。[[Ras]]ファミリーのRasや[[Rap]]は[[wikipedia:ja:GTP|GTP]]依存的にPLCεのRAドメインに結合し、[[Rho]]ファミリーのRhoA、RhoB、RhoCはYドメインのPLCε固有のアミノ酸配列に結合し、それぞれPLCεを活性化する。また、β2[[アドレナリン受容体]]や[[プロスタグランジン]]E1受容体などのGs共役型受容体を介してcAMPが産生されると、[[cAMP依存性グアニンヌクレオチド交換反応促進因子]]を介してRap2Bが活性化され、それがPLCεのRAドメインに結合しPLCεを活性化する。また、PLCεは三量体G蛋白質のGα12やGβγサブユニットによっても活性化されることが報告されている。
 PLCεの活性化経路は多様であり、様々な[[低分子量Gタンパク質]]やGタンパク質共役型受容体を介する経路が報告されている。[[Ras]]ファミリーのRasや[[Rap]]は[[wikipedia:ja:GTP|GTP]]依存的にPLCεのRAドメインに結合し、[[Rho]]ファミリーのRhoA、RhoB、RhoCはYドメインのPLCε固有のアミノ酸配列に結合し、それぞれPLCεを活性化する。また、β2[[アドレナリン受容体]]や[[プロスタグランジン]]E1受容体などのGs共役型受容体を介してcAMPが産生されると、[[cAMP依存性グアニンヌクレオチド交換反応促進因子]]を介してRap2Bが活性化され、それがPLCεのRAドメインに結合しPLCεを活性化する。また、PLCεは三量体Gタンパク質のGα12やGβγサブユニットによっても活性化されることが報告されている。


=== PLCη  ===
=== PLCη  ===


 2005年に発見された最も新しいタイプのPLCであり、その活性化経路については不明の点が多い。PLCη1、PLCη2ともにCa<sup>2+</sup>に対する感受性が高く、また、PLCβ2やPLCβ3と同様に三量体G蛋白質のβγサブユニットにより活性化されることからG蛋白質共役型受容体を介する経路が示唆されている。しかし、Gβγの作用が直接的なのか間接的なのかは明らかではない。
 2005年に発見された最も新しいタイプのPLCであり、その活性化経路については不明の点が多い。PLCη1、PLCη2ともにCa<sup>2+</sup>に対する感受性が高く、また、PLCβ2やPLCβ3と同様に三量体Gタンパク質のβγサブユニットにより活性化されることからGタンパク質共役型受容体を介する経路が示唆されている。しかし、Gβγの作用が直接的なのか間接的なのかは明らかではない。


== PLC下流シグナルの働き  ==
== PLC下流シグナルの働き  ==
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=== PIP<sub>2</sub>  ===
=== PIP<sub>2</sub>  ===


 多くの蛋白質は特定の[[イノシトールリン脂質]](PIP<sub>2</sub>を含む)を認識するドメインを有しており、よってPIP<sub>2</sub>の濃度変化はそれらの蛋白質の機能に影響をおよぼしうる<ref><pubmed>15922587</pubmed></ref>。PIP<sub>2</sub>により活性が高められることが報告されているチャネルには、[[内向き整流K+チャネル|内向き整流K<sup>+</sup>チャネル]](Kir1, Kir2, Kir3, Kir6)、N型[[電位依存性Ca2+チャネル|電位依存性Ca<sup>2+</sup>チャネル]]、[[M電流]]を担うK<sup>+</sup>チャネル([[Mチャネル]]、KCNQ/Kv7)、[[TRP]](transient receptor potential)ファミリー(TRPV1, TRPM5, TRPM7, TRPM8)、[[リアノジン受容体]]、などがある。M1[[ムスカリン性アセチルコリン受容体]]刺激によるMチャネルの抑制は、PIP<sub>2</sub>減少によると考えられている。  
 多くのタンパク質は特定の[[イノシトールリン脂質]](PIP<sub>2</sub>を含む)を認識するドメインを有しており、よってPIP<sub>2</sub>の濃度変化はそれらのタンパク質の機能に影響をおよぼしうる<ref><pubmed>15922587</pubmed></ref>。PIP<sub>2</sub>により活性が高められることが報告されているチャネルには、[[内向き整流K+チャネル|内向き整流K<sup>+</sup>チャネル]](Kir1, Kir2, Kir3, Kir6)、N型[[電位依存性Ca2+チャネル|電位依存性Ca<sup>2+</sup>チャネル]]、[[M電流]]を担うK<sup>+</sup>チャネル([[Mチャネル]]、KCNQ/Kv7)、[[TRP]](transient receptor potential)ファミリー(TRPV1, TRPM5, TRPM7, TRPM8)、[[リアノジン受容体]]、などがある。M1[[ムスカリン性アセチルコリン受容体]]刺激によるMチャネルの抑制は、PIP<sub>2</sub>減少によると考えられている。  


=== IP<sub>3</sub>  ===
=== IP<sub>3</sub>  ===
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=== DAG  ===
=== DAG  ===


 PLCにより生成されるDAGは、プロテインキナーゼC(protein kinase C, PKC)を活性化し、様々な蛋白質の機能に影響をおよぼす。DAGはまた、非選択性陽イオンチャネルを構成するTRPファミリーの中のTRPC3、TRPC6、TRPC7を活性化する。これらのチャネルはCa<sup>2+</sup>透過性があるため、Ca<sup>2+</sup>を細胞内に流入させ細胞内Ca<sup>2+</sup>濃度上昇を引き起こしうる。  
 PLCにより生成されるDAGは、プロテインキナーゼC(protein kinase C, PKC)を活性化し、様々なタンパク質の機能に影響をおよぼす。DAGはまた、非選択性陽イオンチャネルを構成するTRPファミリーの中のTRPC3、TRPC6、TRPC7を活性化する。これらのチャネルはCa<sup>2+</sup>透過性があるため、Ca<sup>2+</sup>を細胞内に流入させ細胞内Ca<sup>2+</sup>濃度上昇を引き起こしうる。  


 DAGに[[ジアシルグリセロールキナーゼ]](diacylglycerol kinase)が作用すると[[ホスファチジン酸]](phosphatidic acid)が、一方、ジアシルグリセロールリパーゼ(diacylglycerol lipase, DGL)が作用すると2-AGがそれぞれ生成され、どちらの分子もシグナルとして働きうる。2-AGは[[内因性カンナビノイド]](endocannabinoid)の1つであり、神経系においてはCB1受容体を介して、免疫系においてはCB2受容体を介して多様な反応を引き起こしうる。
 DAGに[[ジアシルグリセロールキナーゼ]](diacylglycerol kinase)が作用すると[[ホスファチジン酸]](phosphatidic acid)が、一方、ジアシルグリセロールリパーゼ(diacylglycerol lipase, DGL)が作用すると2-AGがそれぞれ生成され、どちらの分子もシグナルとして働きうる。2-AGは[[内因性カンナビノイド]](endocannabinoid)の1つであり、神経系においてはCB1受容体を介して、免疫系においてはCB2受容体を介して多様な反応を引き起こしうる。
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=== シナプス可塑性の誘導および促進  ===
=== シナプス可塑性の誘導および促進  ===


 ムスカリン受容体刺激はシナプス可塑性にも影響をおよぼす。[[CA1]][[錐体細胞]]への興奮性入力において、ムスカリン受容体刺激は、[[長期抑圧]](long-term depression, LTD)や[[長期増強]](long-term potentiation, LTP)を単独で誘導し、また、電気刺激で誘導されるLTPを促進することが報告されている。LTDの誘導にはCa<sup>2+</sup>濃度上昇と蛋白合成が必要であること<ref><pubmed>20505129</pubmed></ref>、LTPの誘導にはIP<sub>3</sub>受容体を介するCa<sup>2+</sup>放出<ref><pubmed>18256268</pubmed></ref>とPKCが関与すること<ref><pubmed>20720110</pubmed></ref>、LTPの促進については、前述のNMDA受容体に対する促進作用やSKチャネルの抑制が関与すること、などの報告がある。SKチャネル抑制の関与については、M1受容体の活性化によりPKCを介してSKチャネルが抑制され、それによりLTP誘導時の[[興奮性シナプス後電位]](excitatory postsynaptic potential, EPSP)の持続時間が延び、それによりNMDA受容体のチャネル機能が促進される、と説明されている<ref><pubmed>21145007</pubmed></ref>。  
 ムスカリン受容体刺激はシナプス可塑性にも影響をおよぼす。[[CA1]][[錐体細胞]]への興奮性入力において、ムスカリン受容体刺激は、[[長期抑圧]](long-term depression, LTD)や[[長期増強]](long-term potentiation, LTP)を単独で誘導し、また、電気刺激で誘導されるLTPを促進することが報告されている。LTDの誘導にはCa<sup>2+</sup>濃度上昇とタンパク合成が必要であること<ref><pubmed>20505129</pubmed></ref>、LTPの誘導にはIP<sub>3</sub>受容体を介するCa<sup>2+</sup>放出<ref><pubmed>18256268</pubmed></ref>とPKCが関与すること<ref><pubmed>20720110</pubmed></ref>、LTPの促進については、前述のNMDA受容体に対する促進作用やSKチャネルの抑制が関与すること、などの報告がある。SKチャネル抑制の関与については、M1受容体の活性化によりPKCを介してSKチャネルが抑制され、それによりLTP誘導時の[[興奮性シナプス後電位]](excitatory postsynaptic potential, EPSP)の持続時間が延び、それによりNMDA受容体のチャネル機能が促進される、と説明されている<ref><pubmed>21145007</pubmed></ref>。  


=== 内因性カンナビノイド2-AGの放出  ===
=== 内因性カンナビノイド2-AGの放出  ===