「ボツリヌス毒素」の版間の差分

 
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<font size="+1">[http://researchmap.jp/read0077838 幸田 知子]、[http://researchmap.jp/read0077839 小崎 俊司]</font><br>
<font size="+1">[http://researchmap.jp/read0077838 幸田 知子]、[http://researchmap.jp/read0077839 小崎 俊司]</font><br>
''大阪府立大学 大学院生命環境科学研究科 獣医学専攻''<br>
''大阪府立大学 大学院生命環境科学研究科 獣医学専攻''<br>
DOI XXXX/XXXX 原稿受付日:2014年4月15日 原稿完成日:2014年月日<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2014年4月15日 原稿完成日:2014年5月9日<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/2rikenbsi 林 康紀](独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/2rikenbsi 林 康紀](独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)<br>
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==分類==
==分類==
 菌は産生する神経毒素活性を持つ毒素の抗原性により分類されA〜G型の7型がある。ヒトのボツリヌス症は、主としてA、BおよびE型により起こり、稀にF型による事例が報告されている。わが国では1951年「[[wj:飯寿司|いずし]]」を原因食品とするE型菌による[[wj:食中毒|食中毒]]が初めて報告され、その後北海道、東北地方を中心に中毒の発生が多い。アメリカ、カリフォルニア州で1歳未満、特に生後2週から3ヶ月の乳児に麻痺症状を呈する患者が多数発生したことを契機として、1976年には、乳児の消化管内で菌の増殖にともなう毒素産生によって起こる乳児ボツリヌス症が確認された<ref name=ref1><pubmed>62164</pubmed></ref>。本症は北アメリカ以外に、南アメリカ、ヨーロッパ、日本、オーストラリアの各地で発生が報告されている。
=== A〜G型 ===
 ボツリヌス菌は産生する神経毒素活性を持つ毒素の抗原性により分類されA〜G型の7型がある。ヒトのボツリヌス症は、主としてA、BおよびE型により起こり、稀にF型による事例が報告されている。わが国では1951年「[[wj:飯寿司|いずし]]」を原因食品とするE型菌による[[wj:食中毒|食中毒]]が初めて報告され、その後北海道、東北地方を中心に中毒の発生が多い。アメリカ、カリフォルニア州で1歳未満、特に生後2週から3ヶ月の乳児に麻痺症状を呈する患者が多数発生したことを契機として、1976年には、乳児の消化管内で菌の増殖にともなう毒素産生によって起こる乳児ボツリヌス症が確認された<ref name=ref1><pubmed>62164</pubmed></ref>。本症は北アメリカ以外に、南アメリカ、ヨーロッパ、日本、オーストラリアの各地で発生が報告されている。


 2013年には、G型毒素が発見されて以来、約40年ぶりとなる新型ボツリヌス毒素(H型毒素)産生菌が、米国の乳児ボツリヌス症患者から分離された<ref name=ref02><pubmed>24106296</pubmed></ref>。この菌は、B型とH型毒素の2種類を産生する株(Bh型)であり、産生毒素は、A型~G型の抗毒素血清に中和されなかった。また、[[wj:二重免疫拡散試験|二重免疫拡散試験]]、毒素アミノ酸配列比較からも、既存のA型~G型毒素とは異なる型であると考えられた。アミノ酸配列から軽鎖領域はF型毒素と類似し、重鎖C末端領域はA型毒素と類似している<ref name=ref03><pubmed>24106295</pubmed></ref>。しかしながら、いずれの領域も毒素の中和とは関係ないことから新規の毒素型と判断された。H型毒素を単独で産生する株が発見されていないことから、複数の毒素を産生する株も含めて、今後慎重な型別をする必要がある。
 2013年には、G型毒素が発見されて以来、約40年ぶりとなる新型ボツリヌス毒素(H型毒素)産生菌が、米国の乳児ボツリヌス症患者から分離された<ref name=ref02><pubmed>24106296</pubmed></ref>。この菌は、B型とH型毒素の2種類を産生する株(Bh型)であり、産生毒素は、A型~G型の抗毒素血清に中和されなかった。また、[[wj:二重免疫拡散試験|二重免疫拡散試験]]、毒素アミノ酸配列比較からも、既存のA型~G型毒素とは異なる型であると考えられた。アミノ酸配列から軽鎖領域はF型毒素と類似し、重鎖C末端領域はA型毒素と類似している<ref name=ref03><pubmed>24106295</pubmed></ref>。しかしながら、いずれの領域も毒素の中和とは関係ないことから新規の毒素型と判断された。H型毒素を単独で産生する株が発見されていないことから、複数の毒素を産生する株も含めて、今後慎重な型別をする必要がある。


=== C2型 ===
 C2毒素は、ボツリヌス菌が産生する2成分毒素であるが、ボツリヌス神経毒素とは構造および生物活性が全く異なる。細胞内[[アクチン]]を[[ADPリボシル]]化し、アクチンの重合化を妨げ、[[細胞骨格]]を破壊すると考えられている<ref name=ref04><pubmed>3335520</pubmed></ref>。
 C2毒素は、ボツリヌス菌が産生する2成分毒素であるが、ボツリヌス神経毒素とは構造および生物活性が全く異なる。細胞内[[アクチン]]を[[ADPリボシル]]化し、アクチンの重合化を妨げ、[[細胞骨格]]を破壊すると考えられている<ref name=ref04><pubmed>3335520</pubmed></ref>。
 
=== C3型 ===
 C3酵素は、C型菌が産生する第3番目の酵素、C3毒素として報告されたが、C3毒素はC1(神経毒素)やC2毒素のような致死活性はないため、C3酵素と呼ばれる。C3酵素の分子レベルの活性は、ADPリボシル化による[[Rhoファミリー低分子量Gタンパク質]]の不活化である<ref name=ref05><pubmed>3805032</pubmed></ref>。
 C3酵素は、C型菌が産生する第3番目の酵素、C3毒素として報告されたが、C3毒素はC1(神経毒素)やC2毒素のような致死活性はないため、C3酵素と呼ばれる。C3酵素の分子レベルの活性は、ADPリボシル化による[[Rhoファミリー低分子量Gタンパク質]]の不活化である<ref name=ref05><pubmed>3805032</pubmed></ref>。


== 生化学的性状 ==
==ボツリヌス菌の生化学的性状 ==
 ボツリヌス菌の生化学的な性状は、産生する毒素型とは無関係で4群に分類することができる。
 ボツリヌス菌の生化学的な性状は、産生する毒素型とは無関係で4群に分類することができる。


 第I群菌には全てのA型菌とタンパク分解性のB、F型菌が属し、最も耐熱性の高い芽胞を形成する。第I群菌と[[w:Clostridium sporogenes|''Clostridium sporogenes'']]とは毒素産生性以外の性状で区別することは困難である。
 第I群菌には全てのA型菌とタンパク質分解性のB、F型菌が属し、最も耐熱性の高い芽胞を形成する。第I群菌と[[w:Clostridium sporogenes|''Clostridium sporogenes'']]とは毒素産生性以外の性状で区別することは困難である。


 第II群菌には全てのE型菌とタンパク非分解性のB、 F型菌が属し、比較的易熱性の芽胞を形成する。発育至的温度も最も低い。菌は[[wj:タンパク分解酵素|タンパク分解酵素]]を欠くため、毒素は毒性が低いか全く毒性のない前駆体の形で産生される。
 第II群菌には全てのE型菌とタンパク質非分解性のB、 F型菌が属し、比較的易熱性の芽胞を形成する。発育至適温度も最も低い。菌は[[wj:タンパク質分解酵素|タンパク質分解酵素]]を欠くため、毒素は毒性が低いか全く毒性のない前駆体の形で産生される。


 第III群としてC、D型菌が属している。本菌は、増殖に対して酸素許容量が低く、高い嫌気条件を必要とする。[[w:Clostridium novyi|''C. novyi'']]が極めて類似した性状を示す。
 第III群としてC、D型菌が属している。本菌は、増殖に対して酸素許容量が低く、高い嫌気条件を必要とする。[[w:Clostridium novyi|''C. novyi'']]が極めて類似した性状を示す。


 第IV群菌に属するG型菌は他の群と異なり、糖非分解性でリパーゼを産生しない。芽胞形成能が低く、また形成された芽胞の大部分は易熱性である。G型菌と遺伝学的に相同性のある菌群に対してC. argentinenseの名称が提唱されている。欧米で発生した乳児ボツリヌス症から分類された菌の中で、C. butyricum、C. baratiiがそれぞれE、F型と非常に類似した毒素を産生することが分かっている。
 第IV群菌に属するG型菌は他の群と異なり、糖非分解性でリパーゼを産生しない。芽胞形成能が低く、また形成された芽胞の大部分は易熱性である。G型菌と遺伝学的に相同性のある菌群に対して[[w:Clostridium argentinense |''C. argentinense'']]の名称が提唱されている。欧米で発生した乳児ボツリヌス症から分類された菌の中で、[[w:Clostridium butyricum |''C. butyricum'']]、[[w:Clostridium baratii |''C. baratii'']]がそれぞれE、F型と非常に類似した毒素を産生することが分かっている。


{| class="wikitable"  
{| class="wikitable"  
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|-
|-
| rowspan="2" |
| rowspan="2" |
| colspan="7" style="text-align:center" | Species
| colspan="7" style="text-align:center" | '''菌'''


|-
|-
| style="text-align:center" | C. botulinum
| colspan="4" style="text-align:center" | '''''C. botulinum'''''
| style="text-align:center" | C. botulinum
| style="text-align:center" | '''''C. butylicum'''''
| style="text-align:center" | C. botulinum
| style="text-align:center" | '''''C. baratii'''''
| style="text-align:center" | C. botulinum
| style="text-align:center" | '''''C. tetani'''''
| style="text-align:center" | C. butylicum
| style="text-align:center" | C. baratii
| style="text-align:center" | C. tetani
|-
|-
| Group
| '''群'''
| style="text-align:center" | I
| style="text-align:center" | I
| style="text-align:center" | II
| style="text-align:center" | II
| style="text-align:center" | III
| style="text-align:center" | III
| style="text-align:center" | IV
| style="text-align:center" | IV
|
|
|
|
|
|-
|-
| Toxin types
| '''毒素型'''
| style="text-align:center" | A, B, F
| style="text-align:center" | A, B, F
| style="text-align:center" | B, E, F
| style="text-align:center" | B, E, F
85行目: 85行目:
| style="text-align:center" | TeNT
| style="text-align:center" | TeNT
|-
|-
| Proteolysis<br>Liquefaction of Gelatin
| '''タンパク質分解性<br>ゼラチン液化'''
| style="text-align:center" | +
| style="text-align:center" | +
| style="text-align:center" | -
| style="text-align:center" | -
94行目: 94行目:
| style="text-align:center" | -
| style="text-align:center" | -
|-
|-
| Glucose fermentation
| '''糖分解性'''
| style="text-align:center" | +
| style="text-align:center" | +
| style="text-align:center" | +
| style="text-align:center" | +
103行目: 103行目:
| style="text-align:center" | -
| style="text-align:center" | -
|-
|-
| Lipase
| '''リパーゼ産生'''
| style="text-align:center" | +
| style="text-align:center" | +
| style="text-align:center" | +
| style="text-align:center" | +
112行目: 112行目:
| style="text-align:center" | -
| style="text-align:center" | -
|-
|-
| Optimum growth temperature
| '''発育至適温度'''
| style="text-align:center" | 30-37℃
| style="text-align:center" | 30-37℃
| style="text-align:center" | 25-30℃
| style="text-align:center" | 25-30℃
121行目: 121行目:
| style="text-align:center" | 37℃
| style="text-align:center" | 37℃
|-
|-
| Spore resistance temperature
| '''芽胞耐熱温度'''
| style="text-align:center" | 112℃
| style="text-align:center" | 112℃
| style="text-align:center" | 80℃
| style="text-align:center" | 80℃
| style="text-align:center" | 104℃
| style="text-align:center" | 104℃
| style="text-align:center" | 104℃
| style="text-align:center" | 104℃
| style="text-align:center" |
| style="text-align:center" |  
| style="text-align:center" |  
|
|
|-
|-
| Related cllosiridia
| '''関連するクロストリジウム属'''
| style="text-align:center" | C. sprogenes
| style="text-align:center" | ''C. sporogenes''
| style="text-align:center" | C. novyi
| style="text-align:center" | ''C. novyi''
| style="text-align:center" | C. subterminale
| style="text-align:center" | ''C. subterminale''
|
|
|
|
152行目: 153行目:


===成人腸管定着性ボツリヌス症===
===成人腸管定着性ボツリヌス症===
 1歳以上の子供や成人でも乳児ボツリヌス症と同様に、腸管内で芽胞が発芽、増殖して発病することが報告されている。起因は外科手術や[[wj:抗菌剤|抗菌剤]]の投与によって[wj:腸管細菌叢|腸管細菌叢]]が変化することによると考えられている。
 1歳以上の子供や成人でも乳児ボツリヌス症と同様に、腸管内で芽胞が発芽、増殖して発病することが報告されている。起因は外科手術や[[wj:抗菌剤|抗菌剤]]の投与によって[[wj:腸管細菌叢|腸管細菌叢]]が変化することによると考えられている。
[[Image:ボツリヌス毒素4.jpg|thumb|300px|'''図1. ボツリヌス毒素の構造'''<br>M毒素は、1分子の神経毒素と1分子の血球凝集活性のない無毒成分(non-toxic non-HA:NTHA)から構成されている。A, B, C, D型のNTHAは、酵素によりN末端側が切断されるが、E, F型菌では、その部位近傍の33残基が欠損している。L毒素はM毒素にHAが結合している。HAは4つのサブコンポーネント(HA-52, HA-35, HA-20, HA-15)で構成され、型により、多少分子量が異なる。LL毒素は、2分子のL毒素がHA-35を介して結合している。図はA型毒素の構成成分を記載している。神経毒素は血球凝集活性の有無にかかわらず、生体内の弱アルカリ条件下で解離し、神経毒素が作用部位に到達すると考えられている。<ref><pubmed>8521962</pubmed></ref>]]  
[[Image:ボツリヌス毒素4.jpg|thumb|300px|'''図1. ボツリヌス毒素の構造'''<br>M毒素は、1分子の神経毒素と1分子の血球凝集活性のない無毒成分(non-toxic non-HA:NTHA)から構成されている。A, B, C, D型のNTHAは、酵素によりN末端側が切断されるが、E, F型菌では、その部位近傍の33残基が欠損している。L毒素はM毒素にHAが結合している。HAは4つのサブコンポーネント(HA-52, HA-35, HA-20, HA-15)で構成され、型により、多少分子量が異なる。LL毒素は、2分子のL毒素がHA-35を介して結合している。図はA型毒素の構成成分を記載している。神経毒素は血球凝集活性の有無にかかわらず、生体内の弱アルカリ条件下で解離し、神経毒素が作用部位に到達すると考えられている。<ref><pubmed>8521962</pubmed></ref>]]  


[[ファイル:Botulinus toxin 1.png|right|thumb|250px|'''図2. ボツリヌス神経毒素の構造''']]
[[ファイル:Botulinus toxin 1.png|right|thumb|250px|'''図2. ボツリヌス神経毒素の構造''']]
==構造==
==構造==
===複合体毒素===
===複合体毒素===
165行目: 167行目:


===神経毒素===
===神経毒素===
 神経毒素は菌体内で1本鎖ポリペプチドの形(intact form)で産生され、培養液中あるいは[[wj:消化管|消化管]]内で[[wj:トリプシン|トリプシン]]などの[[タンパク質分解酵素]]により、分子内に解裂(nicking)が生じ分子量5万の軽鎖(light chain)と分子量10万の重鎖(heavy chain)がジスルフィド(SS)結合で結ばれた2本鎖フラグメント構造(nicked form)へ変化する。第Ⅰ群菌(これはA-Gの分類とどのような関係にあるのでしょうか)では自己の産生するトリプシン様酵素が神経毒素のnicked formへの変化に関与している。神経毒素はこの分子内解裂による変化により数倍から数百倍に毒力が上昇するが、この活性化現象はタンパク質非分解性B、E型菌に著明に認められる。軽鎖と重鎖はnicked formの神経毒素から還元処理により分離することができる。重鎖はさらに分子量のほぼ等しいN末端領域(H<small>N</small>)とC末端流域(H<small>C</small>)の機能の異なる2つのドメインに分けられる<ref name=ref3><pubmed>2824382</pubmed></ref>。
 神経毒素は菌体内で1本鎖ポリペプチドの形(intact form)で産生され、培養液中あるいは[[wj:消化管|消化管]]内で[[wj:トリプシン|トリプシン]]などの[[タンパク質分解酵素]]により、分子内に解裂(nicking)が生じ分子量5万の軽鎖(light chain)と分子量10万の重鎖(heavy chain)がジスルフィド(SS)結合で結ばれた2本鎖フラグメント構造(nicked form)へ変化する。第Ⅰ群菌では自己の産生するトリプシン様酵素が神経毒素のnicked formへの変化に関与している。神経毒素はこの分子内解裂による変化により数倍から数百倍に毒力が上昇するが、この活性化現象はタンパク質非分解性B、E型菌に著明に認められる。軽鎖と重鎖はnicked formの神経毒素から還元処理により分離することができる。重鎖はさらに分子量のほぼ等しいN末端領域(H<small>N</small>)とC末端流域(H<small>C</small>)の機能の異なる2つのドメインに分けられる<ref name=ref3><pubmed>2824382</pubmed></ref>。


===無毒成分===
===無毒成分===
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 シナプス小胞内の神経伝達物質を放出するには[[シナプス前]]膜との融合が必要であり、その一連の過程で[[SNARE|SNAP(soluble NSF attachment protein)受容体]](SNARE)と呼ばれタンパク質群([[VAMP]]/[[シナプトブレビン]]、[[SNAP-25]]、[[シンタキシン]])が関与している。軽鎖は亜鉛依存性プロテアーゼ活性を持ち、これらSNAREタンパク質のいずれかを分解する<ref name=ref9><pubmed>22289120</pubmed></ref>(図3)。B, D, F, G型毒素はVAMP/シナプトブレビンを(図4)、A, E型毒素はSNAP-25を、C型毒素はSNAP-25とシンタキシンを、それぞれ切断する<ref name=ref10936621><pubmed>10936621</pubmed></ref>。その結果、シナプス小胞と前膜の融合が起こらず神経伝達物質の放出が阻止される。軽鎖の持つプロテアーゼ活性は基質特異性が高く、これがボツリヌス毒素の持つ神経に対する高い毒性を反映している。
 シナプス小胞内の神経伝達物質を放出するには[[シナプス前]]膜との融合が必要であり、その一連の過程で[[SNARE|SNAP(soluble NSF attachment protein)受容体]](SNARE)と呼ばれタンパク質群([[VAMP]]/[[シナプトブレビン]]、[[SNAP-25]]、[[シンタキシン]])が関与している。軽鎖は亜鉛依存性プロテアーゼ活性を持ち、これらSNAREタンパク質のいずれかを分解する<ref name=ref9><pubmed>22289120</pubmed></ref>(図3)。B, D, F, G型毒素はVAMP/シナプトブレビンを(図4)、A, E型毒素はSNAP-25を、C型毒素はSNAP-25とシンタキシンを、それぞれ切断する<ref name=ref10936621><pubmed>10936621</pubmed></ref>。その結果、シナプス小胞と前膜の融合が起こらず神経伝達物質の放出が阻止される。軽鎖の持つプロテアーゼ活性は基質特異性が高く、これがボツリヌス毒素の持つ神経に対する高い毒性を反映している。


 一方、脳[[シナプトソーム]]や[[初代神経培養細胞]]に対する毒作用解析から、神経毒素は[[シナプス前膜]]に存在する特異的な受容体に結合後、神経細胞内に侵入し、アセチルコリン以外の種々の神経伝達物質の放出も阻害することが明らかになっている<ref name=ref4><pubmed>19264088</pubmed></ref>。臨床的に中枢神経作用があまり問題にならないのは、テタヌス毒素とは異なり、ボツリヌス毒素は脳血液関門を通らないためと考えられている。
 一方、脳[[シナプトソーム]]や[[初代神経培養細胞]]に対する毒作用解析から、神経毒素は[[シナプス前膜]]に存在する特異的な受容体に結合後、神経細胞内に侵入し、アセチルコリン以外の種々の神経伝達物質の放出も阻害することが明らかになっている<ref name=ref4><pubmed>19264088</pubmed></ref>。臨床的に中枢神経作用があまり問題にならないのは、テタヌス毒素とは異なり、ボツリヌス毒素は[[血液脳関門]]を通らないためと考えられている。


==治療==
==治療==