「ミュラーグリア」の版間の差分

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<font size="+1">須賀 晶子、[http://researchmap.jp/read0042632 高橋政代]</font><br>
<font size="+1">須賀 晶子、[http://researchmap.jp/read0042632 高橋 政代]</font><br>
''独立行政法人理化学研究所 発生・再生科学総合研究センター''<br>
''独立行政法人理化学研究所 発生・再生科学総合研究センター''<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2012年9月27日 原稿完成日:2023年10月12日<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2012年9月27日 原稿完成日:2023年10月12日<br>
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同義語:ミュラー細胞  
同義語:ミュラー細胞  
{{box|text= ミュラーグリアは[[網膜]]内の主要な[[グリア細胞]]である。発生期においては神経細胞の移動と神経突起の分化に関わる。組織では神経伝達物質の取り込み、細胞外カリウムイオン濃度の調整、組織内の水の量の調節など網膜組織の恒常性に関わる。組織の傷害時にはグリオーシスを起こし、動物種によってはこの過程が網膜の再生に寄与する場合もある。哺乳動物ではミュラーグリアは障害時にも増殖しないが、試験管内では網膜の神経細胞に分化させられることから、網膜の幹細胞・前駆細胞様になる可能性を持つと考えられている。}}
{{box|text= ミュラーグリアは[[網膜]]内の主要な[[グリア細胞]]である。発生期においては神経細胞の移動と神経突起の分化に関わる。組織では神経伝達物質の取り込み、細胞外カリウムイオン濃度の調整、組織内の水の量の調節など網膜組織の恒常性に関わる。組織の傷害時にはグリオーシスを起こし、動物種によってはこの過程が網膜の再生に寄与する場合もある。哺乳動物ではミュラーグリアは傷害時にも増殖しないが、試験管内では網膜の神経細胞に分化させられることから、網膜の幹細胞・前駆細胞様になる可能性を持つと考えられている。}}


== ミュラーグリアとは  ==
== ミュラーグリアとは  ==
[[Image:Akikosuga fig 1.jpg|thumb|250px|'''図1.ミュラーグリアと網膜の神経細胞の位置関係'''<br>色素上皮に接する神経上皮細胞の頂端で最初期に生まれた神経細胞から錐体視細胞、水平細胞、神経節細胞が発生してくる。第二波として生まれた神経細胞からミュラー細胞、桿体視細胞、双極細胞、アマクリン細胞が発生してくる。発生期にある神経細胞とミュラー細胞は最終的な位置まで移動するが、その際にミュラー細胞の突起が神経細胞の移動と神経突起の分化に関わると考えられている。<br>c:錐体視細胞、r: 桿体視細胞、H:水平細胞、A:アマクリン細胞、B:双極細胞、G:網膜神経節細胞、OLM:外境界膜、ILM:内境界膜、ONL:外顆粒層、OPL:外網状層、INL:内顆粒層、IPL:内網状層、GCL:網膜神経節細胞層  [http://webvision.med.utah.edu/book/part-ii-anatomy-and-physiology-of-the-retina/glial-cells-of-the-retina/ Webvision Glial Cells of the Retina]より]]  
[[Image:Akikosuga fig 1.jpg|thumb|250px|'''図1.ミュラーグリアと網膜の神経細胞の位置関係'''<br>色素上皮に接する神経上皮細胞の頂端で最初期に生まれた神経細胞から錐体視細胞、水平細胞、神経節細胞が発生してくる。第二波として生まれた神経細胞からミュラー細胞、桿体視細胞、双極細胞、アマクリン細胞が発生してくる。発生期にある神経細胞とミュラー細胞は最終的な位置まで移動するが、その際にミュラー細胞の突起が神経細胞の移動と神経突起の分化に関わると考えられている。<br>c:錐体視細胞、r: 桿体視細胞、H:水平細胞、A:アマクリン細胞、B:双極細胞、G:網膜神経節細胞、OLM:外境界膜、ILM:内境界膜、ONL:外顆粒層、OPL:外網状層、INL:内顆粒層、IPL:内網状層、GCL:網膜神経節細胞層  [http://webvision.med.utah.edu/book/part-ii-anatomy-and-physiology-of-the-retina/glial-cells-of-the-retina/ Webvision Glial Cells of the Retina]より]]  
 ミュラーグリアは[[網膜]]内の主要な[[グリア細胞]]であり、放射状に延びる細胞体が網膜内のすべての[[神経細胞]]と接している('''図1''')。発生的には神経細胞と共通の[[網膜前駆細胞]]に由来する。(イントロを御願い致します)
 ミュラーグリアは[[網膜]]内の主要な[[グリア細胞]]であり、放射状に延びる細胞体が網膜内のすべての[[神経細胞]]と接している('''図1''')。発生的には神経細胞と共通の[[網膜前駆細胞]]に由来する。


==発生  ==
==発生  ==
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[[Image:Akikosuga fig 2.jpg|thumb|250px|'''図2.マウス網膜の神経細胞とミュラーグリアの発生''']]  
[[Image:Akikosuga fig 2.jpg|thumb|250px|'''図2.マウス網膜の神経細胞とミュラーグリアの発生''']]  


 網膜にはミュラーグリアのほかに[[アストロサイト]]、[[ミクログリア]]の3種類のグリア細胞が存在する。ミクログリアが[[wj:血球|血球]]成分である[[wj:マクロファージ|マクロファージ]]由来と考えられており<ref><pubmed> 7047372 </pubmed></ref> 、アストロサイトは[[視神経]]を介して網膜内へ移動してくるのに対し<ref><pubmed> 3282180 </pubmed></ref>、ミュラーグリアは網膜神経細胞と共通の前駆細胞から作られる<ref><pubmed> 3600789 </pubmed></ref>。網膜内の各神経細胞とミュラーグリアが生み出される順番は、生物種にかかわらず網膜[[神経節細胞]]、[[水平細胞]]、[[錐体視細胞]]、[[アマクリン細胞]]、[[桿体視細胞]]、[[双極細胞]]、ミュラーグリアの順で大まかに共通している<ref><pubmed> 15036211 </pubmed></ref>(図2)。ミュラーグリアと網膜の前駆細胞はともに放射状に伸びた形をしているが、前駆細胞の核が網膜層内を往復運動しているのに対し<ref><pubmed> 17560964 </pubmed></ref>、ミュラーグリアの核は[[内顆粒層]]に位置する。ミュラーグリアの突起は[[強膜]]側では視細胞と密着結合して[[外境界膜]]を形成し、[[硝子体]]側ではアストロサイトとともに[[内境界膜]]を形成する。  
 網膜にはミュラーグリアのほかに[[アストロサイト]]、[[ミクログリア]]の3種類のグリア細胞が存在する。ミクログリアが[[wj:血球|血球]]成分である[[wj:マクロファージ|マクロファージ]]由来と考えられており<ref><pubmed> 7047372 </pubmed></ref> 、アストロサイトは[[視神経]]を介して網膜内へ移動してくるのに対し<ref><pubmed> 3282180 </pubmed></ref>、ミュラーグリアは網膜神経細胞と共通の前駆細胞から作られる<ref><pubmed> 3600789 </pubmed></ref>。網膜内の各神経細胞とミュラーグリアが生み出される順番は、生物種にかかわらず網膜[[神経節細胞]]、[[水平細胞]]、[[視細胞#錐体|錐体視細胞]]、[[アマクリン細胞]]、[[視細胞#桿体|桿体視細胞]]、[[双極細胞]]、ミュラーグリアの順で大まかに共通している<ref><pubmed> 15036211 </pubmed></ref>('''図2''')。ミュラーグリアと網膜の前駆細胞はともに放射状に伸びた形をしているが、前駆細胞の核が網膜層内を往復運動しているのに対し<ref><pubmed> 17560964 </pubmed></ref>、ミュラーグリアの核は[[内顆粒層]]に位置する。ミュラーグリアの突起は[[強膜]]側では視細胞と密着結合して[[外境界膜]]を形成し、[[硝子体]]側ではアストロサイトとともに[[内境界膜]]を形成する。  


==機能  ==
==機能  ==
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=== 神経伝達物質のリサイクル  ===
=== 神経伝達物質のリサイクル  ===


 網膜内の神経細胞から放出される[[グルタミン酸]]、[[γ-アミノ酪酸]]([[GABA]])はミュラーグリア内で[[wj:グルタミン|グルタミン]]へと変換される<ref><pubmed> 19114072 </pubmed></ref>。グルタミン酸は[[グルタミン酸・アスパラギン酸輸送体]](GLAST)を介して細胞内に取り込まれ、[[グルタミン合成酵素]](Glutamine synthetase)によってグルタミンに変換された後にグルタミン輸送体を介して細胞外へ放出される<ref><pubmed> 8531222 </pubmed></ref>。一方GABAは[[GABA輸送体]](GAT-3)を介して細胞内に取り込まれた後に<ref><pubmed> 8915826 </pubmed></ref>[[GABAアミノ基転移酵素]](GABA-T)によってグルタミン酸へと変換され、細胞内に取り込まれたグルタミン酸と同じ経路をたどる。  
 網膜内の神経細胞から放出される[[グルタミン酸]]、[[γ-アミノ酪酸]]([[GABA]])はミュラーグリア内で[[wj:グルタミン|グルタミン]]へと変換される<ref><pubmed> 19114072 </pubmed></ref>。グルタミン酸は[[グルタミン酸トランスポーター|グルタミン酸・アスパラギン酸輸送体]](GLAST)を介して細胞内に取り込まれ、[[グルタミン合成酵素]](Glutamine synthetase)によってグルタミンに変換された後にグルタミン輸送体を介して細胞外へ放出される<ref><pubmed> 8531222 </pubmed></ref>。一方GABAは[[GABA輸送体]](GAT-3)を介して細胞内に取り込まれた後に<ref><pubmed> 8915826 </pubmed></ref>[[GABAアミノ基転移酵素]](GABA-T)によってグルタミン酸へと変換され、細胞内に取り込まれたグルタミン酸と同じ経路をたどる。


=== 網膜組織内のカリウムイオン濃度の調節  ===
=== 網膜組織内のカリウムイオン濃度の調節  ===
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*[[グリア細胞]]  
*[[グリア細胞]]  
*[[網膜神経回路]]  
*[[網膜]]  
*[[神経幹細胞]]  
*[[神経幹細胞]]  
*[[神経前駆細胞]]  
*[[神経前駆細胞]]  
*[[ニューロン新生]]  
*[[ニューロン新生]]


== 参考文献  ==
== 参考文献  ==


<references />
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