「ユビキチン」の版間の差分

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タイトル:ユビキチン
<div align="right">
<font size="+1">[https://researchmap.jp/fuseya 伏屋 康寛]、[https://researchmap.jp/Kazuhiro_Iwai 岩井 一宏]</font><br>
''京都大学・大学院医学研究科・細胞機能制御学''<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2021年2月11日 原稿完成日:2020年10月13日<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/read0192882 古屋敷 智之](神戸大学大学院医学研究科・医学部 薬理学分野)<br>
</div>


著者:伏屋康寛、岩井一宏
英:ubiquitin
 
所属:京都大学・大学院医学研究科・細胞機能制御学


{{box|text= ユビキチンはタンパク質を修飾してその機能を変換する翻訳後修飾因子の1つである。当初プロテアソーム依存的なタンパク質分解と密接に関連して研究が推進してきたが、現在ではユビキチン修飾系はタンパク質分解のみならず、シグナル伝達・プログラム細胞死・DNA修復・選択的オートファジーなどの様々な生体機能の制御系として機能している可逆的な翻訳後修飾系であり、その機能破綻はガンや神経変性疾患、自己免疫疾患など様々なヒトの疾患に関わることが明らかとなっている。さらに近年、ユビキチン自身がリン酸化などの翻訳後修飾を受けることや、枝分かれしたユビキチン鎖(分岐鎖)や異なる結合様式のユビキチン鎖が連結する混合鎖といった複雑なユビキチン鎖が相次いで発見され、ユビキチンの生物学は更に広く発展している。}}
{{box|text= ユビキチンはタンパク質を修飾してその機能を変換する翻訳後修飾因子の1つである。当初プロテアソーム依存的なタンパク質分解と密接に関連して研究が推進してきたが、現在ではユビキチン修飾系はタンパク質分解のみならず、シグナル伝達・プログラム細胞死・DNA修復・選択的オートファジーなどの様々な生体機能の制御系として機能している可逆的な翻訳後修飾系であり、その機能破綻はガンや神経変性疾患、自己免疫疾患など様々なヒトの疾患に関わることが明らかとなっている。さらに近年、ユビキチン自身がリン酸化などの翻訳後修飾を受けることや、枝分かれしたユビキチン鎖(分岐鎖)や異なる結合様式のユビキチン鎖が連結する混合鎖といった複雑なユビキチン鎖が相次いで発見され、ユビキチンの生物学は更に広く発展している。}}
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[[ファイル:Fuseya ubiquitin Fig3.png|サムネイル|
[[ファイル:Fuseya ubiquitin Fig3.png|サムネイル|
'''図3. ユビキチン修飾系の多様性''']]
'''図3. ユビキチン修飾系の多様性''']]
[[ファイル:Fuseya ubiquitin Fig4.png|サムネイル|
'''図4. 様々なユビキチン鎖に基づく多様な機能'''<br>
各ユビキチン鎖に対して特異的に結合するユビキチンレセプターの存在により,各ユビキチン鎖に応じた特定の機能を果たすことが可能となる。]]
 ユビキチンをはじめとする可逆的な翻訳後修飾系はタンパク質に翻訳後修飾因子を結合させる酵素群、修飾を読み解くデコーダー群、修飾を終焉させる切断酵素群から構成される<ref name=Oh2018><pubmed>30110556</pubmed></ref><ref name=Oikawa2020><pubmed>32403254</pubmed></ref> 。
 ユビキチンをはじめとする可逆的な翻訳後修飾系はタンパク質に翻訳後修飾因子を結合させる酵素群、修飾を読み解くデコーダー群、修飾を終焉させる切断酵素群から構成される<ref name=Oh2018><pubmed>30110556</pubmed></ref><ref name=Oikawa2020><pubmed>32403254</pubmed></ref> 。
=== 修飾酵素 ===
=== 修飾酵素 ===
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 ユビキチン鎖の伸長には、7個のリジン(K6、K11、K27、K29、K33、K48、K63)、及びN末端のメチオニン(M1)がいずれもが関わりうる。ユビキチン鎖の中で、すべて同じリジンあるいはメチオニンが用いられているのを均質なユビキチン鎖といい、計8種類存在する('''図3''')<ref name=Akutsu2016><pubmed>26906419</pubmed></ref> 。
 ユビキチン鎖の伸長には、7個のリジン(K6、K11、K27、K29、K33、K48、K63)、及びN末端のメチオニン(M1)がいずれもが関わりうる。ユビキチン鎖の中で、すべて同じリジンあるいはメチオニンが用いられているのを均質なユビキチン鎖といい、計8種類存在する('''図3''')<ref name=Akutsu2016><pubmed>26906419</pubmed></ref> 。


 一方、1つのユビキチン分子の複数のリジン残基にユビキチンが結合することでできる枝分かれしたユビキチン鎖である分岐型ユビキチン鎖や、あるユビキチン鎖の上に異なる連結型のユビキチン鎖が結合した混合型ユビキチン鎖も報告されている('''図3''')<ref name=Haakonsen2019><pubmed>31300189</pubmed></ref> 。さらにユビキチン自身がアセチル化やリン酸化による翻訳後修飾を受けることが発見されるなど、ユビキチン修飾系は現在想定されている以上に多彩な役割を果たしている可能性が考えられている(図3)<ref name=Haakonsen2019><pubmed>31300189</pubmed></ref><ref name=大竹2020><pubmed>2020246041</pubmed></ref><ref name=佐々木2018><pubmed>2019053479</pubmed></ref><ref name=Koyano2014><pubmed>24784582</pubmed></ref><ref name=Swatek2016><pubmed>27012465</pubmed></ref><ref name=Ohtake2015><pubmed>25527407</pubmed></ref><ref name=Herhaus2015><pubmed>26268526</pubmed></ref> 。
 一方、1つのユビキチン分子の複数のリジン残基にユビキチンが結合することでできる枝分かれしたユビキチン鎖である分岐型ユビキチン鎖や、あるユビキチン鎖の上に異なる連結型のユビキチン鎖が結合した混合型ユビキチン鎖も報告されている('''図3''')<ref name=Haakonsen2019><pubmed>31300189</pubmed></ref> 。さらにユビキチン自身がアセチル化やリン酸化による翻訳後修飾を受けることが発見されるなど、ユビキチン修飾系は現在想定されている以上に多彩な役割を果たしている可能性が考えられている('''図3''')<ref name=Haakonsen2019><pubmed>31300189</pubmed></ref><ref name=大竹2020><pubmed>2020246041</pubmed></ref><ref name=佐々木2018><pubmed>2019053479</pubmed></ref><ref name=Koyano2014><pubmed>24784582</pubmed></ref><ref name=Swatek2016><pubmed>27012465</pubmed></ref><ref name=Ohtake2015><pubmed>25527407</pubmed></ref><ref name=Herhaus2015><pubmed>26268526</pubmed></ref> 。


====均質なユビキチン鎖====
====均質なユビキチン鎖====
 ユビキチンの48番目のリジン残基(K48)を介した均質なユビキチン鎖(K48鎖)は、ユビキチンの最も良く知られている機能であるタンパク質をプロテアソームへ運ぶ分解シグナルとして機能する<ref name=Hershko1992><pubmed>1323239</pubmed></ref><ref name=Kornitzer2000><pubmed>10567911</pubmed></ref><ref name=Murata2009><pubmed>19165213</pubmed></ref> 。
 ユビキチンの48番目のリジン残基(K48)を介した均質なユビキチン鎖(K48鎖)は、ユビキチンの最も良く知られている機能であるタンパク質をプロテアソームへ運ぶ分解シグナルとして機能する<ref name=Hershko1992><pubmed>1323239</pubmed></ref><ref name=Kornitzer2000><pubmed>10567911</pubmed></ref><ref name=Murata2009><pubmed>19165213</pubmed></ref> 。


 一方、K63を介したK63鎖は分解ではなく、DNA修復、シグナル伝達に関与する。また、N 末端のメチオニンを介したユビキチン鎖である直鎖状ユビキチン鎖(M1鎖)は唯一の生成酵素であるLUBACユビキチンリガーゼにより特異的に合成され、NF-&kappa;B活性化や細胞死抑制に関わることが知られている(図4)<ref name=Oikawa2020><pubmed>32403254</pubmed></ref><ref name=Sasaki2015><pubmed>26085215</pubmed></ref><ref name=Kirisako2006><pubmed>17006537</pubmed></ref><ref name=Tokunaga2009><pubmed>19136968</pubmed></ref><ref name=Tokunaga2011><pubmed>21455180</pubmed></ref><ref name=Iwai2014><pubmed>25027653</pubmed></ref><ref name=Fujita2014><pubmed>24469399</pubmed></ref><ref name=Iwai2020><pubmed>32627388</pubmed></ref> 。
 一方、K63を介したK63鎖は分解ではなく、DNA修復、シグナル伝達に関与する。また、N 末端のメチオニンを介したユビキチン鎖である直鎖状ユビキチン鎖(M1鎖)は唯一の生成酵素であるLUBACユビキチンリガーゼにより特異的に合成され、NF-&kappa;B活性化や細胞死抑制に関わることが知られている('''図4''')<ref name=Oikawa2020><pubmed>32403254</pubmed></ref><ref name=Sasaki2015><pubmed>26085215</pubmed></ref><ref name=Kirisako2006><pubmed>17006537</pubmed></ref><ref name=Tokunaga2009><pubmed>19136968</pubmed></ref><ref name=Tokunaga2011><pubmed>21455180</pubmed></ref><ref name=Iwai2014><pubmed>25027653</pubmed></ref><ref name=Fujita2014><pubmed>24469399</pubmed></ref><ref name=Iwai2020><pubmed>32627388</pubmed></ref> 。


====分岐型ユビキチン鎖・混合型ユビキチン鎖====
====分岐型ユビキチン鎖・混合型ユビキチン鎖====
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 活性化されたParkinはミトコンドリア外膜にあるタンパク質をユビキチン化することで、mitophagyと呼称されるオートファジー機構で異常ミトコンドリアを除去する<ref name=Narendra2010><pubmed>20126261</pubmed></ref><ref name=Matsuda2010><pubmed>20404107</pubmed></ref><ref name=Geisler2010><pubmed>20098416</pubmed></ref> 。PINK1、Parkinの変異によるミトコンドリアの品質管理機構が破綻し、異常ミトコンドリア蓄積による活性酸素種産生が亢進することがパーキンソン病の病態に関与していると考えられている。
 活性化されたParkinはミトコンドリア外膜にあるタンパク質をユビキチン化することで、mitophagyと呼称されるオートファジー機構で異常ミトコンドリアを除去する<ref name=Narendra2010><pubmed>20126261</pubmed></ref><ref name=Matsuda2010><pubmed>20404107</pubmed></ref><ref name=Geisler2010><pubmed>20098416</pubmed></ref> 。PINK1、Parkinの変異によるミトコンドリアの品質管理機構が破綻し、異常ミトコンドリア蓄積による活性酸素種産生が亢進することがパーキンソン病の病態に関与していると考えられている。
[[ファイル:Fuseya ubiquitin Fig4.png|サムネイル|
 
'''図4. 様々なユビキチン鎖に基づく多様な機能'''<br>
各ユビキチン鎖に対して特異的に結合するユビキチンレセプターの存在により,各ユビキチン鎖に応じた特定の機能を果たすことが可能となる。]]
===ユビキチンレセプター===
===ユビキチンレセプター===
 翻訳後修飾は特異的な結合タンパク質(デコーダー群)に認識されることで、その機能を果たす。ユビキチンはタンパク質としては非常に小さいが、翻訳後修飾因子としては非常に大きい。それゆえ、ユビキチン鎖だけで認識シグナルを作ることができるので、タンパク質のどの部位にK48鎖が結合しても分解に導くことができる特徴を持つので、進化上、分解シグナルとして出現したのであろうと考えられている。ユビキチン修飾系におけるデコーダー群をユビキチンレセプターという。ユビキチンレセプターの多くは2個のユビキチンを認識する。つまりユビキチンレセプターは8種類あるユビキチン間結合のいずれかを特異的に認識する。そのため、ユビキチン鎖の種類によって大きく異なる機能を発現する('''図4''')<ref name=Dikic2009><pubmed>19773779</pubmed></ref><ref name=Husnjak2012><pubmed>22482907</pubmed></ref> 。
 翻訳後修飾は特異的な結合タンパク質(デコーダー群)に認識されることで、その機能を果たす。ユビキチンはタンパク質としては非常に小さいが、翻訳後修飾因子としては非常に大きい。それゆえ、ユビキチン鎖だけで認識シグナルを作ることができるので、タンパク質のどの部位にK48鎖が結合しても分解に導くことができる特徴を持つので、進化上、分解シグナルとして出現したのであろうと考えられている。ユビキチン修飾系におけるデコーダー群をユビキチンレセプターという。ユビキチンレセプターの多くは2個のユビキチンを認識する。つまりユビキチンレセプターは8種類あるユビキチン間結合のいずれかを特異的に認識する。そのため、ユビキチン鎖の種類によって大きく異なる機能を発現する('''図4''')<ref name=Dikic2009><pubmed>19773779</pubmed></ref><ref name=Husnjak2012><pubmed>22482907</pubmed></ref> 。