「ロドプシン」の版間の差分

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== 分布  ==
== 分布  ==


 視細胞には[[wikipedia:JA:繊毛|繊毛]]が分化した外節と呼ばれる特別の部位がある。桿体の外節にはパンケーキ状の円盤膜(disk membrane)が何層にも重なっている。そして、ロドプシンはこの円盤膜に埋め込まれて存在している。錐体の外節はひだ状の層構造になっており、この構造の中に錐体視物質が埋め込まれている(図1)。 微弱光でも効率よく受容できるように、ロドプシンは桿体の円盤膜に大量に発現している(円盤膜面積の50%以上がロドプシン分子である)。光を受容したロドプシンは構造変化を起こし、[[GTP結合タンパク質]](Gタンパク質)を介して[[細胞内シグナル伝達系]]を駆動する。この際にロドプシンの1分子は数百のGタンパク質を活性化し、光情報が増幅される。シグナル伝達系の下流でもさらに増幅機構が働き、その結果として、桿体はわずか1個の光子を受容しただけで応答することができる。
 視細胞には[[wikipedia:JA:繊毛|繊毛]]が分化した外節と呼ばれる特別の部位がある。桿体の外節にはパンケーキ状の円盤膜(disk membrane)が何層にも重なっている。そして、ロドプシンはこの円盤膜に埋め込まれて存在している。錐体の外節はひだ状の層構造になっており、この構造の中に錐体視物質が埋め込まれている(図1)。 微弱光でも効率よく受容できるように、ロドプシンは桿体の円盤膜に大量に発現している(円盤膜面積の50%以上がロドプシン分子である)。光を受容したロドプシンは構造変化を起こし、[[GTP結合タンパク質]](Gタンパク質)を介して[[細胞内シグナル伝達系]]を駆動する。この際にロドプシンの1分子は数百のGタンパク質を活性化し、光情報が増幅される。シグナル伝達系の下流でもさらに増幅機構が働き、その結果として、桿体はわずか1個の光子を受容しただけで応答することができる。


 円盤膜は定常的にリニューアルされている。外節の根元から新しい円盤膜が作られ、先端の円盤膜は[[網膜色素上皮細胞]]に取り込まれる。[[マウス]]ではおよそ10日で円盤膜が根元から網膜色素上皮細胞層に達する。  
 円盤膜は定常的にリニューアルされている。外節の根元から新しい円盤膜が作られ、先端の円盤膜は[[網膜色素上皮細胞]]に取り込まれる。[[マウス]]ではおよそ10日で円盤膜が根元から網膜色素上皮細胞層に達する。  
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 ロドプシンのタンパク質部分(オプシン)は膜を貫通する7本の[[wikipedia:JA:α-ヘリックス|α-ヘリックス]]構造を持つ単一ペプチドである。これらα-ヘリックスは、その間にある細胞質ループ(Cytoplasmic/Intracellular loop: CL/IL)と細胞外ループ(Extracellular loop: EL)でつながれている。N末端が円盤膜の内側(トポロジー的には細胞外)に位置し、C末端が[[wikipedia:JA:細胞質|細胞質]]側にある。ヘリックス領域は膜を貫通するため、レチナールや[[wikipedia:JA:構造水|構造水]]と相互作用する少数の[[wikipedia:JA:親水性|親水性]]残基をのぞいて、ほとんどが疎水性残基で構成されている。一方、それ以外の領域には親水性残基が多く見られる。  
 ロドプシンのタンパク質部分(オプシン)は膜を貫通する7本の[[wikipedia:JA:α-ヘリックス|α-ヘリックス]]構造を持つ単一ペプチドである。これらα-ヘリックスは、その間にある細胞質ループ(Cytoplasmic/Intracellular loop: CL/IL)と細胞外ループ(Extracellular loop: EL)でつながれている。N末端が円盤膜の内側(トポロジー的には細胞外)に位置し、C末端が[[wikipedia:JA:細胞質|細胞質]]側にある。ヘリックス領域は膜を貫通するため、レチナールや[[wikipedia:JA:構造水|構造水]]と相互作用する少数の[[wikipedia:JA:親水性|親水性]]残基をのぞいて、ほとんどが疎水性残基で構成されている。一方、それ以外の領域には親水性残基が多く見られる。  


 ヘリックス領域はフレキシブルなループ領域とは異なり、[[wikipedia:JA:剛体運動|剛体運動]](rigid body motion)によってヘッリクス間の配置が変わるような構造変化を起こす<ref><pubmed> 8864113 </pubmed></ref>。この変化により、ロドプシンの活性状態が生成することが知られている。また、細胞質側の第2、第3ループ(CL2, 3)はGタンパク質と結合するサイトとして重要である。
 ヘリックス領域はフレキシブルなループ領域とは異なり、[[wikipedia:JA:剛体運動|剛体運動]](rigid body motion)によってヘッリクス間の配置が変わるような構造変化を起こす<ref><pubmed> 8864113 </pubmed></ref>。この変化により、ロドプシンの活性状態が生成することが知られている。また、細胞質側の第2、第3ループ(CL2, 3)はGタンパク質と結合するサイトとして重要である。


=== ヘリックス8  ===
=== ヘリックス8  ===


 ロドプシンにはヘリックス7とC末端の間に[[wikipedia:JA:翻訳後修飾|翻訳後修飾]]([[パルミトイル化]])を受ける[[wikipedia:JA:システイン|システイン]]残基が存在し(システイン322、システイン323)、結合したパルミチン酸は[[wikipedia:JA:脂質二重膜|脂質二重膜]]に挿入されると考えられている。そのため、ヘリックス7とシステイン残基との間が細胞質側のもう一つのループとなり、この領域はさらにヘリックス構造を形成している。このヘリックスはヘリックス8と呼ばれている。膜表面に存在するヘリックス8は[[wikipedia:JA:両親媒性|両親媒性]]のヘリックスで膜側に疎水性の残基を含んでいる(図2)。  
 ロドプシンにはヘリックス7とC末端の間に[[wikipedia:JA:翻訳後修飾|翻訳後修飾]]([[パルミトイル化]])を受ける[[wikipedia:JA:システイン|システイン]]残基が存在し(システイン322、システイン323)、結合したパルミチン酸は[[wikipedia:JA:脂質二重膜|脂質二重膜]]に挿入されると考えられている。そのため、ヘリックス7とシステイン残基との間が細胞質側のもう一つのループとなり、この領域はさらにヘリックス構造を形成している。このヘリックスはヘリックス8と呼ばれている。膜表面に存在するヘリックス8は[[wikipedia:JA:両親媒性|両親媒性]]のヘリックスで膜側に疎水性の残基を含んでいる(図2)。  


== 翻訳後修飾  ==
== 翻訳後修飾  ==
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 視細胞の[[wikipedia:JA:小胞体|小胞体]]で生合成されたオプシンは外節につながる繊毛部分に輸送され、外節の根元から生成する新たな円盤膜に取り込まれていく。前述したように、光受容体であるロドプシンは翻訳後にレチナールを取り込む必要があるが、それ以外にも円盤膜に運ばれるまでにいくつかの翻訳後修飾を受ける。ロドプシンの大きな特徴の一つが[[システイン]]110(ウシロドプシンにおけるN末端からの番号)とシステイン187の間に形成される[[wikipedia:JA:S−S結合|S−S結合]]である(図2)。このジスフィルド結合は多くの[[Gタンパク質共役型受容体]](GPCR)でも保存されており細胞外ループ2とヘリックス3を架橋することによって構造安定化に寄与している。  
 視細胞の[[wikipedia:JA:小胞体|小胞体]]で生合成されたオプシンは外節につながる繊毛部分に輸送され、外節の根元から生成する新たな円盤膜に取り込まれていく。前述したように、光受容体であるロドプシンは翻訳後にレチナールを取り込む必要があるが、それ以外にも円盤膜に運ばれるまでにいくつかの翻訳後修飾を受ける。ロドプシンの大きな特徴の一つが[[システイン]]110(ウシロドプシンにおけるN末端からの番号)とシステイン187の間に形成される[[wikipedia:JA:S−S結合|S−S結合]]である(図2)。このジスフィルド結合は多くの[[Gタンパク質共役型受容体]](GPCR)でも保存されており細胞外ループ2とヘリックス3を架橋することによって構造安定化に寄与している。  


 また、ロドプシンのアスパラギン2/アスパラギン15は[[wikipedia:JA:糖鎖修飾|糖鎖修飾]]を受ける。このためロドプシンのアスパラギン2/アスパラギン15は生物種を超えて良く保存されている。このようなタンパク質の[[wikipedia:JA:N結合型糖鎖付加|N結合型糖鎖付加]]は、修飾されるアミノ酸残基の位置は異なるが、オプシン類そしてファミリー1のGPCRにも見られる。一般に、糖鎖修飾はタンパク質の輸送やフォールディングに関わると考えられている。これ以外にもN末端のメチオニンは[[wikipedia:JA:アセチル化|アセチル化]]され、前述のC末端のシステイン322/システイン323の残基はパルミトイル化(脂質修飾)されている。  
 また、ロドプシンのアスパラギン2/アスパラギン15は[[wikipedia:JA:糖鎖修飾|糖鎖修飾]]を受ける。このためロドプシンのアスパラギン2/アスパラギン15は生物種を超えて良く保存されている。このようなタンパク質の[[wikipedia:JA:N結合型糖鎖付加|N結合型糖鎖付加]]は、修飾されるアミノ酸残基の位置は異なるが、オプシン類そしてファミリー1のGPCRにも見られる。一般に、糖鎖修飾はタンパク質の輸送やフォールディングに関わると考えられている。これ以外にもN末端のメチオニンは[[wikipedia:JA:アセチル化|アセチル化]]され、前述のC末端のシステイン322/システイン323の残基はパルミトイル化(脂質修飾)されている。  


[[Image:Rhodopsin structure.png|thumb|right|350px|<b>図2:ロドプシンの立体構造モデル</b><br /><b>a</b>:基底状態のロドプシンの立体構造(PDBID:1U19)。ヘリックス1を青色で示しヘリックス8をオレンジ色で示している。7本の膜貫通ヘリックスに加えて膜面に平行なヘリックス8が特徴的である。ヘリックス3は大きく傾いていて細胞質側はヘリックス4とヘリックス5の間に入り込んでいる。上が円板膜内側、下がGタンパク質と相互作用する細胞質側である。手前のヘリックス7にレチナール(11−シス)とその結合部位であるリジン296、そしてシッフ塩基の対イオンとして機能するヘリックス3のグルタミン酸113のアミノ酸、システイン110-システイン187のジスフィルド結合、細胞質側にはヘリックス3にERYモチーフ、ヘリックス7にはNPXXYモチーフのアミノ酸を示している。<br /><b>b</b>:活性化に伴う構造変化。<!--IWLINK 64-->(緑色PDBID:1U19)と較べて<!--IWLINK 65-->は(オレンジ色PDBID:3PQR)ヘリックス6が大きく外側に動きヘリックス5も細胞質側に伸びるている。また基底状態ではヘリックス3とヘリックス6間のイオニックロックの相互作用が活性状態では解除されアルギニン135はNPXXYモチーフやチロシン223等と新たな相互作用を形成する。]]  
[[Image:Rhodopsin structure.png|thumb|right|350px|<b>図2:ロドプシンの立体構造モデル</b><br /><b>a</b>:基底状態のロドプシンの立体構造(PDBID:1U19)。ヘリックス1を青色で示しヘリックス8をオレンジ色で示している。7本の膜貫通ヘリックスに加えて膜面に平行なヘリックス8が特徴的である。ヘリックス3は大きく傾いていて細胞質側はヘリックス4とヘリックス5の間に入り込んでいる。上が円板膜内側、下がGタンパク質と相互作用する細胞質側である。手前のヘリックス7にレチナール(11−シス)とその結合部位であるリジン296、そしてシッフ塩基の対イオンとして機能するヘリックス3のグルタミン酸113のアミノ酸、システイン110-システイン187のジスフィルド結合、細胞質側にはヘリックス3にERYモチーフ、ヘリックス7にはNPXXYモチーフのアミノ酸を示している。<br /><b>b</b>:活性化に伴う構造変化。<!--IWLINK 64-->(緑色PDBID:1U19)と較べて<!--IWLINK 65-->は(オレンジ色PDBID:3PQR)ヘリックス6が大きく外側に動きヘリックス5も細胞質側に伸びるている。また基底状態ではヘリックス3とヘリックス6間のイオニックロックの相互作用が活性状態では解除されアルギニン135はNPXXYモチーフやチロシン223等と新たな相互作用を形成する。]]  
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== 吸収スペクトル  ==
== 吸収スペクトル  ==


レチナールやレチナールシッフ塩基は吸収極大波長が[[wikipedia:JA:紫外部|紫外部]]にあり、紫外光しか吸収することができない。しかしロドプシン中ではシッフ塩基がプロトン化しレチナール分子内の[[wikipedia:JA:二重結合|二重結合]]系が非局在化され、その結果、吸収極大波長が可視部に移動する。有機溶媒中のプロトン化シッフ塩基は約440 nmに吸収極大をもつが、ロドプシン中ではレチナール近傍のアミノ酸の効果によってさらに波長をシフトすることができる。この440 nmからタンパク質の作用によって変化する差分を「オプシンシフト(Opsin shift)」と呼ぶ(図4a)。 このように、ロドプシンの吸収極大はプロトン化したレチナールシッフ塩基の吸収極大がまわりのアミノ酸残基によって調節されたものである<ref>'''K Nakanishi, V Baloghair, M Arnaboli, K Tsujimoto, and B Honig'''<br>An External Point-Charge Model for Bacteriorhodopsin to Account for Its Purple Color<br>''J Am Chem Soc'':1980</ref>。多くの動物のロドプシンは500nm付近に吸収極大を示すが、深海など極端な光環境下で生息する生物はそれぞれの光環境に適した吸収極大を示す。  
 レチナールやレチナールシッフ塩基は吸収極大波長が[[wikipedia:JA:紫外部|紫外部]]にあり、紫外光しか吸収することができない。しかしロドプシン中ではシッフ塩基がプロトン化しレチナール分子内の[[wikipedia:JA:二重結合|二重結合]]系が非局在化され、その結果、吸収極大波長が可視部に移動する。有機溶媒中のプロトン化シッフ塩基は約440 nmに吸収極大をもつが、ロドプシン中ではレチナール近傍のアミノ酸の効果によってさらに波長をシフトすることができる。この440 nmからタンパク質の作用によって変化する差分を「オプシンシフト(Opsin shift)」と呼ぶ(図4a)。 このように、ロドプシンの吸収極大はプロトン化したレチナールシッフ塩基の吸収極大がまわりのアミノ酸残基によって調節されたものである<ref>'''K Nakanishi, V Baloghair, M Arnaboli, K Tsujimoto, and B Honig'''<br>An External Point-Charge Model for Bacteriorhodopsin to Account for Its Purple Color<br>''J Am Chem Soc'':1980</ref>。多くの動物のロドプシンは500nm付近に吸収極大を示すが、深海など極端な光環境下で生息する生物はそれぞれの光環境に適した吸収極大を示す。  


 オプシンシフト以外にもロドプシンはレチナールの種類を変えることによって吸収スペクトルを変えることができる。多くの脊椎動物は通常ビタミンA1(retinal)を用いるが、[[wikipedia:JA:魚類|魚類]]、[[wikipedia:JA:両生類|両生類]]や[[wikipedia:JA:爬虫類|爬虫類]]のなかには[[wikipedia:JA:A2 retinal|A2 retinal]] (3,4-dehydroretinal) を用いるものもいる。 共役二重結合系が長いのでA2レチナールはA1に比べてより長波長に吸収を持つ(図4b)。従ってA1/A2の視物質は同じタンパク質でもそれぞれ違う色をもつ。Opsin+A1 retinalの視物質がRhodopsin(rhod=紅)と呼ばれるのに対してOpsin+A2 retinalはPorphyropsin(porphyr=紫)と呼ばれる。カエル幼生([[wikipedia:JA:オタマジャクシ|オタマジャクシ]])のオプシンがA2レチナールを発色団とし、成体(カエル)になるとA1レチナールを発色団とする事が知られている。つまり、オタマジャクシは、濁った淡水でより透過に優れた長波長の光を利用するためにA2レチナールを利用していると考えられる。また、魚類(特に淡水魚)などは2種類のレチナールを持ち、季節変動などの環境要因によってA1/A2レチナールを使い分けていると考えられている。 無脊椎動物の視物質ではA1, A2 retinalの他にA3([[wikipedia:JA:3-hydroxyretina|3-hydroxyretina]])やA4([[wikipedia:JA:4-hydroxyretinal|4-hydroxyretinal]]) retinalが用いられる(図4c)。  
 オプシンシフト以外にもロドプシンはレチナールの種類を変えることによって吸収スペクトルを変えることができる。多くの脊椎動物は通常ビタミンA1(retinal)を用いるが、[[wikipedia:JA:魚類|魚類]]、[[wikipedia:JA:両生類|両生類]]や[[wikipedia:JA:爬虫類|爬虫類]]のなかには[[wikipedia:JA:A2 retinal|A2 retinal]] (3,4-dehydroretinal) を用いるものもいる。 共役二重結合系が長いのでA2レチナールはA1に比べてより長波長に吸収を持つ(図4b)。従ってA1/A2の視物質は同じタンパク質でもそれぞれ違う色をもつ。Opsin+A1 retinalの視物質がRhodopsin(rhod=紅)と呼ばれるのに対してOpsin+A2 retinalはPorphyropsin(porphyr=紫)と呼ばれる。カエル幼生([[wikipedia:JA:オタマジャクシ|オタマジャクシ]])のオプシンがA2レチナールを発色団とし、成体(カエル)になるとA1レチナールを発色団とする事が知られている。つまり、オタマジャクシは、濁った淡水でより透過に優れた長波長の光を利用するためにA2レチナールを利用していると考えられる。また、魚類(特に淡水魚)などは2種類のレチナールを持ち、季節変動などの環境要因によってA1/A2レチナールを使い分けていると考えられている。 無脊椎動物の視物質ではA1, A2 retinalの他にA3([[wikipedia:JA:3-hydroxyretina|3-hydroxyretina]])やA4([[wikipedia:JA:4-hydroxyretinal|4-hydroxyretinal]]) retinalが用いられる(図4c)。  
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 Meta IIはその前駆体Meta Iとの間でpH平衡にある(MetaI/IIの平衡はpH以外にも温度や膜の組成等で変化することが知られている)。 興味深いことに、平衡中の両者の量比は、シッフ塩基が脱プロトン化しているMeta IIが低pH(外液のプロトンが多い条件)で多くなり、プロトン化シッフ塩基を持つ Meta Iが高pHで多くなる。つまり、Meta II(活性状態)の生成には、シッフ塩基の脱プロトン化に伴う外界からのプロトンの取り込みが必要なことを示している。最近の研究によると、シッフ塩基の脱プロトン化がヘリックスの再配置(剛体運動)を誘起し、その結果、ERYモチーフが主となって形成するIonic lockが解除(グルタミン酸134がプロトン化)されることが知られている。ロドプシンの活性状態はこのような逐次的な構造変化によって生成するのである。  
 Meta IIはその前駆体Meta Iとの間でpH平衡にある(MetaI/IIの平衡はpH以外にも温度や膜の組成等で変化することが知られている)。 興味深いことに、平衡中の両者の量比は、シッフ塩基が脱プロトン化しているMeta IIが低pH(外液のプロトンが多い条件)で多くなり、プロトン化シッフ塩基を持つ Meta Iが高pHで多くなる。つまり、Meta II(活性状態)の生成には、シッフ塩基の脱プロトン化に伴う外界からのプロトンの取り込みが必要なことを示している。最近の研究によると、シッフ塩基の脱プロトン化がヘリックスの再配置(剛体運動)を誘起し、その結果、ERYモチーフが主となって形成するIonic lockが解除(グルタミン酸134がプロトン化)されることが知られている。ロドプシンの活性状態はこのような逐次的な構造変化によって生成するのである。  
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== 光シグナル伝達  ==
== 光シグナル伝達  ==


=== Gタンパク質のシグナル ===
=== Gタンパク質のシグナル ===


 光を受容したロドプシンは数ミリ秒の間にGタンパク質を活性化する状態に変化する。ロドプシンと共役するGタンパク質はαβγのサブユットからなる3量体Gタンパク質である。Gタンパク質はGTPを結合すると「on」、GDPを結合すると「off」になる分子スイッチとして機能する。一般にoff状態では3量体として存在し、Gα中でGDP-GTP交換反応が起こると、GαはGβγと解離して活性状態になる。活性化したロドプシンは1秒間に数百のGタンパク質を活性化することができるため、大きなシグナル増幅作用がある。
 光を受容したロドプシンは数ミリ秒の間にGタンパク質を活性化する状態に変化する。ロドプシンと共役するGタンパク質はαβγのサブユットからなる3量体Gタンパク質である。Gタンパク質はGTPを結合すると「on」、GDPを結合すると「off」になる分子スイッチとして機能する。一般にoff状態では3量体として存在し、Gα中でGDP-GTP交換反応が起こると、GαはGβγと解離して活性状態になる。活性化したロドプシンは1秒間に数百のGタンパク質を活性化することができるため、大きなシグナル増幅作用がある。


 活性化したGαは[[Cyclic GMP]] (cGMP)を5’-GMPに加水分解する酵素である[[ホスホジエステラーゼ]](Phosphodiesterase、PDE)に作用する。PDEは酵素活性部位であるαβサブユニットとこれらと特異的に結合しその活性を抑制する2つのγサブユニットからなる。GαはこのPDEγに結合することによってγサブユニットの抑制効果を解除し、PDEを活性化する。  
 活性化したGαは[[Cyclic GMP]] (cGMP)を5’-GMPに加水分解する酵素である[[ホスホジエステラーゼ]](Phosphodiesterase、PDE)に作用する。PDEは酵素活性部位であるαβサブユニットとこれらと特異的に結合しその活性を抑制する2つのγサブユニットからなる。GαはこのPDEγに結合することによってγサブユニットの抑制効果を解除し、PDEを活性化する。  
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 光を受容して応答した視細胞は、次の光を受容するために速やかにもとの静止状態に戻る必要がある。素早く戻ることが光受容の[[wikipedia:JA:時間分解能|時間分解能]]に関わるので、能動的に応答をシャットダウンし、もとの状態に戻ることが重要となる。  
 光を受容して応答した視細胞は、次の光を受容するために速やかにもとの静止状態に戻る必要がある。素早く戻ることが光受容の[[wikipedia:JA:時間分解能|時間分解能]]に関わるので、能動的に応答をシャットダウンし、もとの状態に戻ることが重要となる。  


 視細胞における光情報伝達はロドプシンの光受容によって始まり、また、ロドプシンからGタンパク質へのシグナル伝達の際に大きく増幅される。したがって、ロドプシンの活性状態を素早くシャットダウンすることは非常に重要である。ロドプシンの活性状態はメタロドプシンⅡ(Metarhodopsin II)と名付けられており、その名のとおり準安定(metastable)である。しかし、数十秒間は安定に存在する。視細胞の単一光子応答は1秒以内で終結するので、メタロドプシンⅡはこの時間よりも速くシャットダウン(不活性化)されている。メタロドプシンⅡの不活性化にはSer/Thrキナーゼである[[ロドプシンキナーゼ]](Rhodopsin Kinase: RK)が関与する。メタロドプシンⅡはこの酵素によって[[リン酸化]]され、そのGタンパク質活性化能が減少する。メタロドプシンⅡのC末端領域にはリン酸化される部位として複数のセリン、スレオニンが同定されている。生体内では主にセリン334, セリン338, セリン343がリン酸化される。さらにリン酸化されたメタロドプシンⅡに[[アレスチン]](Arrestin)が結合することによってGタンパク質との結合が完全に阻害される。  
 視細胞における光情報伝達はロドプシンの光受容によって始まり、また、ロドプシンからGタンパク質へのシグナル伝達の際に大きく増幅される。したがって、ロドプシンの活性状態を素早くシャットダウンすることは非常に重要である。ロドプシンの活性状態はメタロドプシンⅡ(Metarhodopsin II)と名付けられており、その名のとおり準安定(metastable)である。しかし、数十秒間は安定に存在する。視細胞の単一光子応答は1秒以内で終結するので、メタロドプシンⅡはこの時間よりも速くシャットダウン(不活性化)されている。メタロドプシンⅡの不活性化にはSer/Thrキナーゼである[[ロドプシンキナーゼ]](Rhodopsin Kinase: RK)が関与する。メタロドプシンⅡはこの酵素によって[[リン酸化]]され、そのGタンパク質活性化能が減少する。メタロドプシンⅡのC末端領域にはリン酸化される部位として複数のセリン、スレオニンが同定されている。生体内では主にセリン334, セリン338, セリン343がリン酸化される。さらにリン酸化されたメタロドプシンⅡに[[アレスチン]](Arrestin)が結合することによってGタンパク質との結合が完全に阻害される。  


 桿体視細胞の応答プロファイルは非常に再現性が良い。これを実現するために、応答を複数のステップで制御する(Multistep shut-off)機構があると考えられている。ロドプシンの不活性化が単一ステップだけで起こる場合、分子間の相互作用は確率論的に起こるので、速くシャッタダウンする場合や遅くシャットダウンする場合がでてくる。このようにシャットダウンがランダムだと単一光子応答がばらつき、ノイズと区別できなくなる。そのため、ロドプシンは複数ステップのシャットダウン機構を用いることによってシャットダウン時間の可変性を平均化し応答の再現性を保証していると考えられている。  
 桿体視細胞の応答プロファイルは非常に再現性が良い。これを実現するために、応答を複数のステップで制御する(Multistep shut-off)機構があると考えられている。ロドプシンの不活性化が単一ステップだけで起こる場合、分子間の相互作用は確率論的に起こるので、速くシャッタダウンする場合や遅くシャットダウンする場合がでてくる。このようにシャットダウンがランダムだと単一光子応答がばらつき、ノイズと区別できなくなる。そのため、ロドプシンは複数ステップのシャットダウン機構を用いることによってシャットダウン時間の可変性を平均化し応答の再現性を保証していると考えられている。  


 Gαは内在的な[[GTPase]]活性をもつ。そのため、GTPと結合して活性状態になったGαは自発的にGTPをGDPに加水分解し、再びGβγと結合して不活性状態に戻る。しかし、Gαの自発的な酵素活性は低く、視細胞内ではPDEγに結合したGαにGAP([[GTPase Activating Protein]])が作用することによってGTPの加水分解を加速している。Gαが不活性化しPDEから遊離するとPDEγは再び酵素活性部位であるPDEαβを阻害するためPDEの活性が抑えられる。  
 Gαは内在的な[[GTPase]]活性をもつ。そのため、GTPと結合して活性状態になったGαは自発的にGTPをGDPに加水分解し、再びGβγと結合して不活性状態に戻る。しかし、Gαの自発的な酵素活性は低く、視細胞内ではPDEγに結合したGαにGAP([[GTPase Activating Protein]])が作用することによってGTPの加水分解を加速している。Gαが不活性化しPDEから遊離するとPDEγは再び酵素活性部位であるPDEαβを阻害するためPDEの活性が抑えられる。  


 細胞が完全にもとの状態に戻るには、PDEの作用によって急減した細胞内cGMP濃度ももとに戻す必要がある。cGMPは[[グアニル酸シクラーゼ]]によって定常的に合成されているが、グアニル酸シクラーゼの活性は[[wikipedia:Guanylate cyclase activator|グアニル酸シクラーゼ活性化タンパク質]] (Guanyl Cyclase Activating Protein, GCAP)によって調節されている。光応答により[[細胞膜]]のCNGチャネルが閉じ細胞内のCa<sup>2+</sup>濃度が下がるとGCAPはグアニル酸シクラーゼの活性を促進するようになる。細胞内カルシウムの増減によるこの制御機構をカルシウムフィードバック機構と呼ぶ。この機構により細胞内のcGMP濃度が速やかに上昇すると[[CNGチャネル]]も開き、視細胞が元の状態に戻る。なお、細胞内カルシウム濃度の減少により、ロドプシンキナーゼを制御(どのように?)する因子([[Sモジュリン]]あるいはリカバリンと呼ばれている)も知られており<ref><pubmed> 8386803 </pubmed></ref>、GCAPとあわせて視細胞の[[明順応]]を説明する一つの機構と考えられている。  
 細胞が完全にもとの状態に戻るには、PDEの作用によって急減した細胞内cGMP濃度ももとに戻す必要がある。cGMPは[[グアニル酸シクラーゼ]]によって定常的に合成されているが、グアニル酸シクラーゼの活性は[[wikipedia:Guanylate cyclase activator|グアニル酸シクラーゼ活性化タンパク質]] (Guanyl Cyclase Activating Protein, GCAP)によって調節されている。光応答により[[細胞膜]]のCNGチャネルが閉じ細胞内のCa<sup>2+</sup>濃度が下がるとGCAPはグアニル酸シクラーゼの活性を促進するようになる。細胞内カルシウムの増減によるこの制御機構をカルシウムフィードバック機構と呼ぶ。この機構により細胞内のcGMP濃度が速やかに上昇すると[[CNGチャネル]]も開き、視細胞が元の状態に戻る。なお、細胞内カルシウム濃度の減少により、ロドプシンキナーゼを制御(どのように?)する因子([[Sモジュリン]]あるいはリカバリンと呼ばれている)も知られており<ref><pubmed> 8386803 </pubmed></ref>、GCAPとあわせて視細胞の[[明順応]]を説明する一つの機構と考えられている。  
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 様々な動物で見つかっているロドプシン(オプシン)の他に[[wikipedia:JA:古細菌|古細菌]]にも光感受性を持つレチナールタンパク質が含まれていることが知られている。1971年にOesterheltとStoeckniusは[[wikipedia:JA:好塩菌|好塩菌]]の一種[[wikipedia:JA:高度好塩菌|''Halobacterium halobium'']](最近では''Halobacterium salinarum''という)にレチナールを発色団とする光受容タンパク質が存在することを発見し、このタンパク質をバクテリオロドプシン(bR)と命名した<ref><pubmed> 4940442 </pubmed></ref>。その後の研究により、bRは光駆動の[[wikipedia:JA:プロトンポンプ|プロトンポンプ]]活性を示すことがわかり、また、バクテリアにはbRを含めて4種類のレチナールタンパク質が存在することがわかった。bR以外にはハロロドプシン(hR)、センソリーロドプシン(sR)、センソリーロドプシンII(sRII、フォボロドプシン(pR)ともいう)である。 動物のロドプシン“Animal Rhodopsin”に対してこれらのロドプシンを総称して“Bacterial Rhodopsin”と呼ぶ。 hRは光駆動のクロライドポンプ、sRとsRIIはそれぞれ正・負の光走性に関与するロドプシンである。最近、[[wikipedia:JA:緑藻類|緑藻類]]から光駆動の[[wikipedia:JA:チャネル|チャネル]]活性を示すロドプシン(チャネルロドプシン)が発見され、hRとともに、神経細胞の光操作([[wikipedia:Optogenetics|optogenetics]] )に応用されている。さらに最近では、海洋のバクテリアにもbR様のロドプシンが含まれていることが発見され、地球上のエネルギー生産の半分程度がbR様のロドプシン類で担われていることが注目されている。また、遺伝子発現を調節するロドプシン類も[[wikipedia:JA:アナベナ|アナベナ]]から発見されるなど、微生物が持つロドプシン類の機能解析は最近の一つのトピックスになっている。  
 様々な動物で見つかっているロドプシン(オプシン)の他に[[wikipedia:JA:古細菌|古細菌]]にも光感受性を持つレチナールタンパク質が含まれていることが知られている。1971年にOesterheltとStoeckniusは[[wikipedia:JA:好塩菌|好塩菌]]の一種[[wikipedia:JA:高度好塩菌|''Halobacterium halobium'']](最近では''Halobacterium salinarum''という)にレチナールを発色団とする光受容タンパク質が存在することを発見し、このタンパク質をバクテリオロドプシン(bR)と命名した<ref><pubmed> 4940442 </pubmed></ref>。その後の研究により、bRは光駆動の[[wikipedia:JA:プロトンポンプ|プロトンポンプ]]活性を示すことがわかり、また、バクテリアにはbRを含めて4種類のレチナールタンパク質が存在することがわかった。bR以外にはハロロドプシン(hR)、センソリーロドプシン(sR)、センソリーロドプシンII(sRII、フォボロドプシン(pR)ともいう)である。 動物のロドプシン“Animal Rhodopsin”に対してこれらのロドプシンを総称して“Bacterial Rhodopsin”と呼ぶ。 hRは光駆動のクロライドポンプ、sRとsRIIはそれぞれ正・負の光走性に関与するロドプシンである。最近、[[wikipedia:JA:緑藻類|緑藻類]]から光駆動の[[wikipedia:JA:チャネル|チャネル]]活性を示すロドプシン(チャネルロドプシン)が発見され、hRとともに、神経細胞の光操作([[wikipedia:Optogenetics|optogenetics]] )に応用されている。さらに最近では、海洋のバクテリアにもbR様のロドプシンが含まれていることが発見され、地球上のエネルギー生産の半分程度がbR様のロドプシン類で担われていることが注目されている。また、遺伝子発現を調節するロドプシン類も[[wikipedia:JA:アナベナ|アナベナ]]から発見されるなど、微生物が持つロドプシン類の機能解析は最近の一つのトピックスになっている。  


 これらのバクテリアのロドプシン類も、動物のロドプシン類と同様に7回膜貫通領域をもち、発色団としてレチナールを用い、さらにその発色団はレチナールシッフ塩基結合を介してヘリックス7に結合している。ただし、動物のロドプシンは主に11-シス型のレチナールを発色団として持ち、光を受容して全トランスに異性化されて活性状態になるが、バクテリアのロドプシンは全トランス型のレチナールを発色団とし、光を吸収して13-シス型に異性化し、機能を発揮することがわかっている。また、バクテリアのロドプシンは活性状態になったあと熱反応で元の状態に戻る光反応サイクルを描く。7本膜貫通α-ヘリックス構造を持つことから、両タンパク質は進化的に系統関係があると考えられていたが、アミノ酸配列からは相同性の無いことが明らかにされている。しかしロドプシン類の中でも20%程度の相同性しか示さないものもあるので、たとえ共通の祖先タンパク質から進化しても遠縁な生物種間では変異が蓄積し有意な相同性がなくなっている可能性もある。  
 これらのバクテリアのロドプシン類も、動物のロドプシン類と同様に7回膜貫通領域をもち、発色団としてレチナールを用い、さらにその発色団はレチナールシッフ塩基結合を介してヘリックス7に結合している。ただし、動物のロドプシンは主に11-シス型のレチナールを発色団として持ち、光を受容して全トランスに異性化されて活性状態になるが、バクテリアのロドプシンは全トランス型のレチナールを発色団とし、光を吸収して13-シス型に異性化し、機能を発揮することがわかっている。また、バクテリアのロドプシンは活性状態になったあと熱反応で元の状態に戻る光反応サイクルを描く。7本膜貫通α-ヘリックス構造を持つことから、両タンパク質は進化的に系統関係があると考えられていたが、アミノ酸配列からは相同性の無いことが明らかにされている。しかしロドプシン類の中でも20%程度の相同性しか示さないものもあるので、たとえ共通の祖先タンパク質から進化しても遠縁な生物種間では変異が蓄積し有意な相同性がなくなっている可能性もある。  


== 関連項目  ==
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<references />  
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<br> (執筆者:松山オジョス武、七田芳則 担当編集委員:林康紀)
 
(執筆者:松山オジョス武、七田芳則 担当編集委員:林康紀)