「ロドプシン」の版間の差分

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{{PBB|geneid=6010}}別名:桿体視物質、視紅 英:Rhodopsin, Visual purple
{{PBB|geneid=6010}}英:rhodopsin, visual purple 独:Rhodopsin, Sehpurpur 仏:rhodopsine, pourpre rétinienne
同義語:桿体視物質、視紅 


 眼の網膜には光受容に特化した2種類の[[視細胞]]、桿体と錐体が含まれ、それぞれには[[wikipedia:ja:光|光]]を受容するために特別に[[細胞分化|分化]]した[[wikipedia:ja:タンパク質|タンパク質]](光受容タンパク質)が含まれる。これらのタンパク質を視物質と呼び<ref name=ref1>'''Dowling J'''<br>The Retina: An approachable part of the brain<br>''The Belknap Press of Harvard Univ. Press'':1987</ref><ref name><pubmed> 9893707 </pubmed></ref>、特に[[桿体]]の視物質(桿体視物質)をロドプシンと呼ぶ。桿体には外節と呼ばれる光受容に特化した領域(外節)があり、その中には円盤膜(disk membrane)と呼ばれるパンケーキ状の膜構造がある。ロドプシンはこの膜構造の中に大量に埋め込まれて存在している。 ロドプシンはアポタンパク質と発色団レチナールより構成されており、レチナールが光を吸収することによって異性化しタンパク質部分の構造変化を起こし、[[Gタンパク質]]を介して[[細胞内シグナル伝達系]]を駆動する。光を吸収するという光受容体としての機能・特性がそのまま分子の物性を反映するプローブとして使えるため、ロドプシンは分光法によってその光反応過程が詳細に解析されており、Gタンパク質共役型受容体(GPCR)のなかでも最も研究が進んでいる受容体としても注目されている。また近年ではロドプシンに近縁なタンパク質(ロドプシン類あるいはオプシン類)が多く同定されており、さまざまな生物種の視覚の他に概日リズムの光同調などの視覚以外の生理機能を担っていることが明らかになっている。
 眼の網膜には光受容に特化した2種類の[[視細胞]]、桿体と錐体が含まれ、それぞれには[[wikipedia:ja:光|光]]を受容するために特別に[[細胞分化|分化]]した[[wikipedia:ja:タンパク質|タンパク質]](光受容タンパク質)が含まれる。これらのタンパク質を視物質と呼び<ref name=ref1>'''Dowling J'''<br>The Retina: An approachable part of the brain<br>''The Belknap Press of Harvard Univ. Press'':1987</ref><ref name><pubmed> 9893707 </pubmed></ref>、特に[[桿体]]の視物質(桿体視物質)をロドプシンと呼ぶ。桿体には外節と呼ばれる光受容に特化した領域(外節)があり、その中には円盤膜(disk membrane)と呼ばれるパンケーキ状の膜構造がある。ロドプシンはこの膜構造の中に大量に埋め込まれて存在している。 ロドプシンはアポタンパク質と発色団レチナールより構成されており、レチナールが光を吸収することによって異性化しタンパク質部分の構造変化を起こし、[[Gタンパク質]]を介して[[細胞内シグナル伝達系]]を駆動する。光を吸収するという光受容体としての機能・特性がそのまま分子の物性を反映するプローブとして使えるため、ロドプシンは分光法によってその光反応過程が詳細に解析されており、Gタンパク質共役型受容体(GPCR)のなかでも最も研究が進んでいる受容体としても注目されている。また近年ではロドプシンに近縁なタンパク質(ロドプシン類あるいはオプシン類)が多く同定されており、さまざまな生物種の視覚の他に概日リズムの光同調などの視覚以外の生理機能を担っていることが明らかになっている。


 
==発見の歴史==
== ロドプシン分子 ==
===発見の歴史===
 [[wikipedia:JA:脊椎動物|脊椎動物]]の眼の網膜には2種類の視細胞、桿体と[[錐体]]が存在し、それぞれ、[[暗所視]]、[[明所視]]を司る。両視細胞には光を受容するために特別に分化したタンパク質(光受容タンパク質)が含まれ、それらを視物質と呼ぶ<ref name=ref1 /><ref name><pubmed> 9893707 </pubmed></ref>。桿体に含まれる視物質(桿体視物質)をロドプシンと呼び、ロドプシンは視物質の代表として多くの研究に利用されている。
 [[wikipedia:JA:脊椎動物|脊椎動物]]の眼の網膜には2種類の視細胞、桿体と[[錐体]]が存在し、それぞれ、[[暗所視]]、[[明所視]]を司る。両視細胞には光を受容するために特別に分化したタンパク質(光受容タンパク質)が含まれ、それらを視物質と呼ぶ<ref name=ref1 /><ref name><pubmed> 9893707 </pubmed></ref>。桿体に含まれる視物質(桿体視物質)をロドプシンと呼び、ロドプシンは視物質の代表として多くの研究に利用されている。


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 ウシロドプシンの一次配列は1982年に決定され<ref><pubmed> 6759163 </pubmed></ref>、その翌年にはクローニングされている<ref><pubmed> 6194890 </pubmed></ref>。そして2000年にはX線結晶解析により3次元立体構造モデルが提出された<ref><pubmed> 10926528 </pubmed></ref><ref><pubmed> 11972040 </pubmed></ref>。また、現在ではさまざまな中間状態や活性状態<ref><pubmed> 21389988 </pubmed></ref>、変異体などの立体構造も発表されている。(多くの研究がウシロドプシンで行われているためロドプシンのアミノ酸番号はウシロドプシンに準ずるのが慣例となっている。)
 ウシロドプシンの一次配列は1982年に決定され<ref><pubmed> 6759163 </pubmed></ref>、その翌年にはクローニングされている<ref><pubmed> 6194890 </pubmed></ref>。そして2000年にはX線結晶解析により3次元立体構造モデルが提出された<ref><pubmed> 10926528 </pubmed></ref><ref><pubmed> 11972040 </pubmed></ref>。また、現在ではさまざまな中間状態や活性状態<ref><pubmed> 21389988 </pubmed></ref>、変異体などの立体構造も発表されている。(多くの研究がウシロドプシンで行われているためロドプシンのアミノ酸番号はウシロドプシンに準ずるのが慣例となっている。)


 1986年に[[GTP結合蛋白質共役型受容体]](GTP-binding protein coupled receptor, GPCR)の一つ[[βアドレナリン受容体]]の一次配列が決定されるとすでに解析されていたロドプシンの配列そしてその配列から予想される7回膜貫通構造が非常に似ていることが発見された。その後も次々に様々なGPCRの配列が決定され、これらは一大タンパク質ファミリーを形成することが明らかになった。一次構造の決定、クローニング、結晶構造決定などについては、種々のGPCRの中ではロドプシンで最初に行われた。ウシロドプシンのように大量の試料を比較的簡単に調製できるGPCRは珍しく、また内在性のリガンドを持つロドプシンは他のGPCRに較べて非常に安定でそのためロドプシンの研究は他の受容体よりも先に進んだ。こうしてロドプシンはGPCR研究のトップランナーとして研究されてきた経歴があり、GPCRファミリー1の代表的な受容体とされている。
== 分布==
 視細胞には[[wikipedia:JA:繊毛|繊毛]]が分化した[[外節]]と呼ばれる特別の部位がある。桿体の外節にはパンケーキ状の円盤膜(disk membrane)が何層にも重なっている。そして、ロドプシンはこの円盤膜に埋め込まれて存在している。錐体の外節はひだ状の層構造になっており、この構造の中に錐体視物質が埋め込まれている(図1)。 微弱光でも効率よく受容できるように、ロドプシンは桿体の円盤膜に大量に発現している(円盤膜面積の50%以上がロドプシン分子である)。光を受容したロドプシンは構造変化を起こし、[[GTP結合タンパク質]](Gタンパク質)を介して[[細胞内シグナル伝達系]]を駆動する。この際にロドプシンの1分子は数百のGタンパク質を活性化し、光情報が増幅される。シグナル伝達系の下流でもさらに増幅機構が働き、その結果として、桿体はわずか1個の光子を受容しただけで応答することができる。
 視細胞には[[wikipedia:JA:繊毛|繊毛]]が分化した[[外節]]と呼ばれる特別の部位がある。桿体の外節にはパンケーキ状の円盤膜(disk membrane)が何層にも重なっている。そして、ロドプシンはこの円盤膜に埋め込まれて存在している。錐体の外節はひだ状の層構造になっており、この構造の中に錐体視物質が埋め込まれている(図1)。 微弱光でも効率よく受容できるように、ロドプシンは桿体の円盤膜に大量に発現している(円盤膜面積の50%以上がロドプシン分子である)。光を受容したロドプシンは構造変化を起こし、[[GTP結合タンパク質]](Gタンパク質)を介して[[細胞内シグナル伝達系]]を駆動する。この際にロドプシンの1分子は数百のGタンパク質を活性化し、光情報が増幅される。シグナル伝達系の下流でもさらに増幅機構が働き、その結果として、桿体はわずか1個の光子を受容しただけで応答することができる。


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 一方、錐体には複数のサブタイプがあり、それぞれに波長感受性の異なる錐体視物質が含まれている。ヒトの錐体には、赤、緑、青に感受性の高い3種類の錐体視物質がそれぞれ含まれている。そして、これら錐体の応答が統合されることにより、色覚が生じる<ref><pubmed> 1385866 </pubmed></ref>。
 一方、錐体には複数のサブタイプがあり、それぞれに波長感受性の異なる錐体視物質が含まれている。ヒトの錐体には、赤、緑、青に感受性の高い3種類の錐体視物質がそれぞれ含まれている。そして、これら錐体の応答が統合されることにより、色覚が生じる<ref><pubmed> 1385866 </pubmed></ref>。
 1986年に[[GTP結合蛋白質共役型受容体]](GTP-binding protein coupled receptor, GPCR)の一つ[[βアドレナリン受容体]]の一次配列が決定されるとすでに解析されていたロドプシンの配列そしてその配列から予想される7回膜貫通構造が非常に似ていることが発見された。その後も次々に様々なGPCRの配列が決定され、これらは一大タンパク質ファミリーを形成することが明らかになった。一次構造の決定、クローニング、結晶構造決定などについては、種々のGPCRの中ではロドプシンで最初に行われた。ウシロドプシンのように大量の試料を比較的簡単に調製できるGPCRは珍しく、また内在性のリガンドを持つロドプシンは他のGPCRに較べて非常に安定でそのためロドプシンの研究は他の受容体よりも先に進んだ。こうしてロドプシンはGPCR研究のトップランナーとして研究されてきた経歴があり、GPCRファミリー1の代表的な受容体とされている。


==基本構造 ==
==基本構造 ==