「ワーキングメモリー」の版間の差分

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 ワーキングメモリーは動物にもあり、ヒトに近い脳の構造と機能を持つ[[[サル]]等を用いて盛んに研究されている。動物を用いた研究は、ヒトでは困難な特定部位の限定的な破壊あるいは不活性化実験による、脳部位と行動との間の因果性解明やニューロンレベルでの機能理解などにおいて大いに貢献しているが、特にワーキングメモリーへの強い関与が示唆される、前頭前皮質などの高次脳領域については、動物種間での脳部位同士の対応関係が必ずしも自明ではない<ref name=Neubert2014><pubmed>24485097</pubmed></ref> 点や、用いられる行動課題も異なる場合が多く、また同じワーキングメモリー課題を課しても、ヒトが[[言語化]]、あるいは意味記憶との連関を多用しながら課題を解くのが一般的であるのに対して、動物は必ずしもそうではない(あるいはどのようにして解いているのかが正確にはわからない)等、課題の解き方が異なる為、使われる脳部位も使い方も異なる可能性がある、という点などから、実験結果をヒトと比較する際には注意が必要である<ref name=Tremblay2023><pubmed>36536242</pubmed></ref> 。
 ワーキングメモリーは動物にもあり、ヒトに近い脳の構造と機能を持つ[[[サル]]等を用いて盛んに研究されている。動物を用いた研究は、ヒトでは困難な特定部位の限定的な破壊あるいは不活性化実験による、脳部位と行動との間の因果性解明やニューロンレベルでの機能理解などにおいて大いに貢献しているが、特にワーキングメモリーへの強い関与が示唆される、前頭前皮質などの高次脳領域については、動物種間での脳部位同士の対応関係が必ずしも自明ではない<ref name=Neubert2014><pubmed>24485097</pubmed></ref> 点や、用いられる行動課題も異なる場合が多く、また同じワーキングメモリー課題を課しても、ヒトが[[言語化]]、あるいは意味記憶との連関を多用しながら課題を解くのが一般的であるのに対して、動物は必ずしもそうではない(あるいはどのようにして解いているのかが正確にはわからない)等、課題の解き方が異なる為、使われる脳部位も使い方も異なる可能性がある、という点などから、実験結果をヒトと比較する際には注意が必要である<ref name=Tremblay2023><pubmed>36536242</pubmed></ref> 。
[[ファイル:Hirabayashi Working Memory Fig2.png|サムネイル|'''図2. マカクザルの背外側前頭前皮質から記録された、空間作業記憶に関わる単一神経細胞の持続的スパイク発火'''<br>文献<ref name=Funahashi1989><pubmed>8413653</pubmed></ref><ref name=Constantinidis2018 />より。]]
[[ファイル:Hirabayashi Working Memory Fig2.png|サムネイル|'''図2. マカクザルの背外側前頭前皮質から記録された、空間作業記憶に関わる単一神経細胞の持続的スパイク発火'''<br>文献<ref name=Funahashi1989><pubmed>2918358 </pubmed></ref><ref name=Constantinidis2018 />より。]]
 
== 神経機構 ==
== 神経機構 ==
 ワーキングメモリーの神経機構は、特にどのようにして情報を保持するかという短期記憶の観点について研究が進められてきた。一般的には、長い間、神経細胞の持続的な[[スパイク]]発火によって情報の保持が実現されている('''図2''')、と考えられてきた。この情報保持に関わる持続的発火自体はこれまでに非常に多くの報告があり<ref name=Constantinidis2018><pubmed>30089641</pubmed></ref> 、それがどのように実現されているかについても様々なモデルが提唱されてきた。最も基本的なモデルは、近隣の神経細胞同士が互いに興奮性の結合を持つ[[セルアセンブリ]]を形成し、スパイク発火を伝えあう事で、多少の摂動が加えられても一定の状態に戻る安定した「[[アトラクター]]」を形成し、これによって持続的な発火を実現している、というものである<ref name=Wang2001><pubmed>11476885</pubmed></ref> 。興奮性結合は近隣の神経細胞同士に限らず、異なる脳部位同士、あるいは3つ以上の脳部位間での結合に基づいたモデルも提唱されている<ref name=Mejias2022><pubmed>35200137</pubmed></ref> 。神経細胞が持続的発火を実現するには、一定の入力に対して長い時定数で発火する必要があり、大脳皮質においては、一般に低次の感覚皮質に比べて高次[[連合野]]の方がこの時定数が長い事から、これが低次感覚皮質よりも高次連合野の方がワーキングメモリーへの関与が強い理由であるという説が提唱されている<ref name=Leavitt2017><pubmed>28515011</pubmed></ref> 。
 ワーキングメモリーの神経機構は、特にどのようにして情報を保持するかという短期記憶の観点について研究が進められてきた。一般的には、長い間、神経細胞の持続的な[[スパイク]]発火によって情報の保持が実現されている('''図2''')、と考えられてきた。この情報保持に関わる持続的発火自体はこれまでに非常に多くの報告があり<ref name=Constantinidis2018><pubmed>30089641</pubmed></ref> 、それがどのように実現されているかについても様々なモデルが提唱されてきた。最も基本的なモデルは、近隣の神経細胞同士が互いに興奮性の結合を持つ[[セルアセンブリ]]を形成し、スパイク発火を伝えあう事で、多少の摂動が加えられても一定の状態に戻る安定した「[[アトラクター]]」を形成し、これによって持続的な発火を実現している、というものである<ref name=Wang2001><pubmed>11476885</pubmed></ref> 。興奮性結合は近隣の神経細胞同士に限らず、異なる脳部位同士、あるいは3つ以上の脳部位間での結合に基づいたモデルも提唱されている<ref name=Mejias2022><pubmed>35200137</pubmed></ref> 。神経細胞が持続的発火を実現するには、一定の入力に対して長い時定数で発火する必要があり、大脳皮質においては、一般に低次の感覚皮質に比べて高次[[連合野]]の方がこの時定数が長い事から、これが低次感覚皮質よりも高次連合野の方がワーキングメモリーへの関与が強い理由であるという説が提唱されている<ref name=Leavitt2017><pubmed>28515011</pubmed></ref> 。