「三叉神経痛」の版間の差分

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==参考文献==
==参考文献==
{| class="wikitable"
|+表1. 三叉神経痛診断基準
! style="text-align:left;"|三叉神経痛
|-
| A. 三叉神経枝の1つ以上の支配領域に生じ、三叉神経領域を超えて広がらない一側性の発作性顔面痛を繰り返し(注①)、BとCをすべて満たす。<br>
B. 痛みは以下のすべての特徴をもつ<br>
 ① 数分の1秒から2分間持続する<br>
 ② 激痛(注3)<br>
 ③ 電気ショックのような、ズキンとするような、突き刺すような、または鋭いと表現される痛みの性質<br>
C. 障害されている神経支配領域への非侵害刺激により誘発される。<br>
D. ほかに適切なICHD-3の診断がない。<br>
注① 少数例では障害されている神経の支配域を超えて痛みが広がることもある。その場合でも痛みは三叉神経の皮膚分節内にとどまる。<br>
注② 発作痛の持続時間は経過中に変化し、徐々に延長することがある。発作痛が主として2分を超えて持続すると訴える患者は少数である。<br>
注③ 痛みは経過中に重症化していくこともある。<br>
注④ 痛みの発作は自発痛として、または自発痛のように感じられることがある。ただし、この診断に分類するためには、非侵害刺激によって痛みが誘発された既往や所見がなければならない。理想的には診察医は痛みを誘発する現象が再現することを確定すべきである。しかし、患者が拒否したり、トリガーの解剖学的位置が刺激困難であったり、他の要因によって必ずしも特定できないこともある。
|-
! style="text-align:left;"|典型的三叉神経痛
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|A. 13.1.1.「三叉神経痛」の診断基準を満たす片側顔面痙攣の繰り返す発作<br>
B. MRI上または手術中に三叉神経根の形態学的な変化(注①)を伴う神経血管圧迫所見(単なる接触所見ではない)が実証されている。                     
注① 典型的には萎縮か位置の異常<ref name=日本頭痛学会・国際頭痛分類委員会2018></ref><br>
|}


三叉神経痛のtrigger point<ref name=Garg2011><pubmed>22480095</pubmed></ref> [8]
三叉神経痛のtrigger point<ref name=Garg2011><pubmed>22480095</pubmed></ref> [8]

2020年11月22日 (日) 21:40時点における版

三叉神経痛                           濱野忠則 福井大学医学部第二内科・脳神経内科 担当編集委員:漆谷真

英:Trigeminal neuralgia 独:Tridentaler Nervenschmerz 仏:Douleur nerveuse tridentale

同義語:有痛性チック、一次性三叉神経痛

 三叉神経痛は一側三叉神経支配領域、特に第2、3領域(口唇、頬、歯肉、下顎)に限局した数秒~数分のピリッとした電撃痛を反復するものであり、中年期以降に発症し、女性に多い。鼻唇溝、オトガイの狭い領域に痛みの誘発点を有することが多い。痛みは、間歇期は無症状であるが、昼夜を問わず頻回に出現するため、QOLを大きく損ねる。

三叉神経痛とは 

 紀元2世紀Galenの時代にカッパドキアのArateusによりはじめて記載された[1][1]。1756年フランスのAndreにより新しい疾患概念としてtic douloureux(有痛性チック)が提唱された[2][2]。その後1773年Fothergillにより三叉神経痛について現代にも通用する症状の詳細な記載がなされている[1][1]。1929年Dandyは三叉神経が血管により圧迫され有痛性チックが生ずる可能性について記載している[3][3]。1960年代、カルバマゼピンの治療応用が開始され[4][4]、1970年代にはJannetaによる減圧術の多数例の検討がなされた[5][5]という歴史的背景がある。一側三叉神経支配領域、特に第2,3枝領域(口唇、頬、歯肉、下顎)に限局した数分の1秒~2分のピリッとした電撃痛を反復するものであり、中年期以降に発症する。女性に多く、洗顔、髭剃り、会話、歯磨きなどの些細な刺激で誘発される。痛みは、間歇期は無症状であるが、昼夜を問わず頻回に出現するため、QOLを大きく損ねる。

診断

 典型的な症例の場合、診断は決して困難ではない。診断基準を表に示す(表1[5][5]。一側三叉神経支配領域、特に第2、3枝領域(口唇、頬、歯肉、下顎)に限局した数分の1秒~2分のピリッとした電撃痛を反復するものであり、中年期以降に発症し、女性に多い。鼻唇溝、オトガイの狭い領域に痛みの誘発点を有することが多い。洗顔、髭剃り、会話、歯磨きなどの些細な刺激で誘発される。痛みは、昼夜を問わず頻回に出現する。間歇期は無症状である。激痛のため、罹患側のしかめっ面をしばしば誘発する(有痛性チック)。典型的(特発性)三叉神経痛は、明らかな顔面感覚鈍麻はない。疼痛部位の検討では、三叉神経第2枝、第3枝合併例が最も多く33~36%、第3枝単独が15~19%、第2枝単独が17~18%、第1、第2枝合併が12~13%、第1枝単独は3~4%とまれである[5][5] [6] [7]。第2枝、第3枝のtrigger point(口の周囲や鼻翼、頬など)の存在が診断上有用である(図1)[7][6] [8][8]。

 一方症候性三叉神経痛では、顔面感覚鈍麻を伴い、第1枝領域単独にも症状を呈しうる。角膜反射の低下など、他の脳神経障害を伴うことがある。若年発症の場合や、発作間歇期が短い場合は症候性三叉神経痛を疑う必要がある。

検査

 典型的三叉神経痛ではMRI、MRAにより橋の三叉神経根と上小脳動脈や前下小脳動脈などの血管との接触、圧迫を認める。FIESTA画像が診断に有用である(図2[9][9]。症候性三叉神経痛では、三叉神経の走行路であるGasser神経節、正円孔(第2枝)、卵円孔(第3枝)、海面静脈洞(第1、第2枝)、上眼窩裂(1枝)を含む中頭蓋窩を中心にMRIで症候性三叉神経痛の原因となりうる悪性腫瘍や、副鼻腔炎を認める場合がある。また血液検査(炎症所見、自己抗体、ウイルス抗体)で炎症性疾患、自己免疫性疾患、帯状疱疹など症候性三叉神経痛の原因疾患を認める場合がある。

鑑別疾患

 症候性三叉神経痛をきたしうるすべての疾患が挙げられる。

表3. 三叉神経痛との鑑別診断が必要な症候性三叉神経痛
帯状疱疹(皮疹が遅れて出現することもある。)
腫瘍(小脳橋角部腫瘍による三叉神経根の圧迫(髄膜種など)、および三叉神経に沿った腫瘍の浸潤(三叉神経鞘腫、悪性リンパ腫、聴神経鞘腫など)
副鼻腔炎・肉芽腫性疾患 (三叉神経第1枝の障害が多く、他の脳神経障害を合併)
自己免疫疾患(混合性結合組織病、サルコイドーシスなど)
多発性硬化症(両側性の三叉神経痛をきたしうる。)
歯科治療や歯周囲の感染、下顎の埋没智歯抜去やインプラントに伴う下顎神経の末梢分枝 下歯槽神経の損傷。

 その他、大後頭神経三叉神経症候群(Great Occipital Trigeminal Syndrome : GOTS)という概念がある。これは、後頭部に痛みがある場合、目の奥の痛みや目の疲れを同時に自覚するものである。三叉神経のうち、第1枝(眼神経)の由来の神経線維と、頸神経系(C1・C2)の一部の神経線維は脊髄上部で同じ細胞に接続しており、後頭神経の興奮(後頭部痛・項部痛)が三叉神経の第1枝(眼神経)に伝搬して、前頭部および眼窩部への関連痛症状(目の奥の痛みなど)を引き起こす[10][10]。一方、三叉神経の第2枝および第3枝の頚髄レベルへの投射は比較的少なく、頚椎性の痛みが上顎や下顎骨への関連痛として知覚される可能性は少ない。

病態生理 

 典型的三叉神経痛の原因の多くは、血管の三叉神経、とくにroot entry zone (REZ )での圧迫(neuro-vascular compression)である。その根拠は以下による[11] [11]。

  1. MRIなどによる画像診断で、同部位において三叉神経を圧迫する血管の存在が確認される。
  2. 血管による圧迫部位の近傍の摘出標本で、脱髄などの病理学的変化が確認されている。
  3. 神経血管減圧術により大部分の患者で恒久的に神経痛が消失する。

 Janettaによる責任血管の集計では、動脈では上小脳動脈が圧迫していた症例が75%を占め、最多であった。前下小脳動脈の約10%が続くが、名前のついていない小動脈による圧迫もある。また、静脈による三叉神経を圧迫所見も68%で認めている[5][5]。このような血管の圧迫は三叉神経に局所的な脱髄、および軸索の切断を生じさせる。すると傷害を受けた三叉神経は過興奮性を獲得し、自発放電や遷延性の後放電を発現する。顔面を軽く触れたような刺激によって、このような異常放電が惹起され三叉神経痛の発生に関与すると考えられている[12] [12]。さらに、脱髄を受けた神経線維が並列しているため、正常なシナプスを介さないで隣接したニューロンに電気的興奮を生じさせるephaptic cross-talkと呼ばれる現象が生じやすくなっており、疼痛がより広い範囲に拡大するなどの説がある[13] [11]。

治療

  • 1st line: カルバマゼピン。著効する場合が多い[4] [14][15][4][13][14]。一般的には100mgから開始し、通常維持量は200~400mg、最大量で600-800mgを超えない。
  • 2nd line: カルバマゼピンで皮疹、肝機能障害、汎血球減少症など副作用が出現した場合や無効例にはフェニトイン、プレガバリン、クロナゼパムなどを投与する。効果はカルバマゼピンに通常劣る。
  • 3rd line: 治療抵抗性の場合は、有効性の高い神経血管減圧術を考慮する。しかし髄液漏、髄膜炎、聴力低下などの合併症が稀に生ずることもあり、より合併症の少ないガンマナイフ療法や三叉神経ブロックも選択されるが、根治療法ではない[14] [13]。

疫学

 1945年~1984年の米国での疫学調査では、10万人あたり年間発症数は4-13人と報告されている[14]。男女比は1:1.5~1.74と女性に多かった[5][15][5][6] [5][7] [14]。また年齢が進むほど発症者が増加することも明らかであり、例えば40歳代で3.7人であったものが、70歳代では25人と大きな差異を認めている。イギリスでの検討では、10万人あたりの年間発症数は8人であった[16] [15]。高血圧[15] [14]や片頭痛[17] [16]が三叉神経痛の危険因子であることが報告されている。

参考文献

三叉神経痛のtrigger point[8] [8]


左三叉神経を前下小脳動脈が圧迫している(図2A水平断、図2B冠状断、矢印:福井大学放射線医学講座木村浩彦教授ご提供)[9] [9]

  1. 1.0 1.1 Rose, F.C. (1999).
    Trigeminal neuralgia. Archives of neurology, 56(9), 1163-4. [PubMed:10488822] [WorldCat] [DOI]
  2. Nurmikko, T.J., & Eldridge, P.R. (2001).
    Trigeminal neuralgia--pathophysiology, diagnosis and current treatment. British journal of anaesthesia, 87(1), 117-32. [PubMed:11460800] [WorldCat] [DOI]
  3. Dandy, W. E. (1929).
    An operation for the cure of tic douloureux: partial section of the sensory root at the pons.
    Archives of Surgery, 18(2), 687-734.
  4. 4.0 4.1 Campbell, F.G., Graham, J.G., & Zilkha, K.J. (1966).
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  5. 5.0 5.1 5.2 5.3 5.4 5.5 Barker, F.G., Jannetta, P.J., Bissonette, D.J., Larkins, M.V., & Jho, H.D. (1996).
    The long-term outcome of microvascular decompression for trigeminal neuralgia. The New England journal of medicine, 334(17), 1077-83. [PubMed:8598865] [WorldCat] [DOI]
  6. 6.0 6.1 Maarbjerg, S., Gozalov, A., Olesen, J., & Bendtsen, L. (2014).
    Trigeminal neuralgia--a prospective systematic study of clinical characteristics in 158 patients. Headache, 54(10), 1574-82. [PubMed:25231219] [WorldCat] [DOI]
  7. 日本頭痛学会・国際頭痛分類委員会 (2018).
    13. 脳神経の有痛性病変およびその他の顔面痛. 国際頭痛分類第3版, 医学書院, 東京. pp166-87
  8. 8.0 8.1 Garg, R.K., Malhotra, H.S., & Verma, R. (2011).
    Trigeminal neuralgia. Journal of the Indian Medical Association, 109(9), 631-6. [PubMed:22480095] [WorldCat]
  9. 9.0 9.1 Resource not found in PubMed.
  10. 引用エラー: 無効な <ref> タグです。「寺本純</pubmed」という名前の注釈に対するテキストが指定されていません
  11. 引用エラー: 無効な <ref> タグです。「柴田護</pubmed」という名前の注釈に対するテキストが指定されていません
  12. Devor, M., Amir, R., & Rappaport, Z.H. (2002).
    Pathophysiology of trigeminal neuralgia: the ignition hypothesis. The Clinical journal of pain, 18(1), 4-13. [PubMed:11803297] [WorldCat] [DOI]
  13. 引用エラー: 無効な <ref> タグです。「柴田護」という名前の注釈に対するテキストが指定されていません
  14. 14.0 14.1 引用エラー: 無効な <ref> タグです。「日本神経治療学会治療指針作成委員会編」という名前の注釈に対するテキストが指定されていません
  15. 15.0 15.1 15.2 Katusic, S., Beard, C.M., Bergstralh, E., & Kurland, L.T. (1990).
    Incidence and clinical features of trigeminal neuralgia, Rochester, Minnesota, 1945-1984. Annals of neurology, 27(1), 89-95. [PubMed:2301931] [WorldCat] [DOI]
  16. MacDonald, B.K., Cockerell, O.C., Sander, J.W., & Shorvon, S.D. (2000).
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  17. Lin, K.H., Chen, Y.T., Fuh, J.L., & Wang, S.J. (2016).
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