「上衣細胞」の版間の差分

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[[Image:Fig1-ependyma.jpg|400px|図1. 脳室構造と上衣細胞。(A) 齧歯類の脳室構造。(B, C)  マウス側脳室外壁の走査電子顕微鏡写真。脳室面は多くの可動性繊毛を持つ上衣細胞で覆われている (B)。上衣細胞繊毛は協調的に運動する (C) 。文献[27][44]より改変。(D) 側脳室外壁に隣接する脳室下帯。側脳室に面した上衣細胞の隙間からアストロサイトの形態を持つ神経幹細胞が一次繊毛を伸長している。神経幹細胞は一過性増殖細胞を経て、新生ニューロンを産生する。]]<br>  
[[Image:Fig1-ependyma.jpg|400px|図1. 脳室構造と上衣細胞。(A) 齧歯類の脳室構造。(B, C)  マウス側脳室外壁の走査電子顕微鏡写真。脳室面は多くの可動性繊毛を持つ上衣細胞で覆われている (B)。上衣細胞繊毛は協調的に運動する (C) 。文献[27][44]より改変。(D) 側脳室外壁に隣接する脳室下帯。側脳室に面した上衣細胞の隙間からアストロサイトの形態を持つ神経幹細胞が一次繊毛を伸長している。神経幹細胞は一過性増殖細胞を経て、新生ニューロンを産生する。]]<br> <br>  


== 上衣細胞の発生  ==
== 上衣細胞の発生  ==
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=== 上衣細胞成熟の分子機構  ===
=== 上衣細胞成熟の分子機構  ===


 上衣細胞が正常に発達し機能するためには、細胞間での協調した繊毛運動が必要不可欠である。上衣細胞が成熟するにつれて、1本1本の繊毛が伸長し運動を始め、脳脊髄液流を生み出す。生み出された液流が基底小体の向きを同じ方向へと配向させ、協調した繊毛運動となる。この過程は平面細胞極性(Planar Cell Polarity; PCP)の形成と呼ばれ、2種類の極性が提唱されている<ref><pubmed> 22101065</pubmed></ref>(図2E)。<br> 1つ目は“Rotational Polarity”であり、基底小体及び基底仮足の配向を示す<ref name="ref12" />。発達中の上衣細胞において、Wnt/PCPシグナルの構成因子であるVangl2は細胞頂端部/後部の境界面及び繊毛に沿って局在しており、基底小体を液流の方向へ配向させる役割を担っていることが示唆されている<ref name="ref14" />。別のPCPシグナル因子であるDvl2やCelsr2/3もRotational Polarityの形成に必要であることが報告されている<ref name="ref27"><pubmed> 20685736</pubmed></ref><ref><pubmed> 20473291</pubmed></ref>。<br> もう1つは“Translational Polarity”であり、基底小体及び繊毛の細胞内前方への移動を示す。上衣細胞の前駆細胞である放射状グリアは1本の一次繊毛を有しており、細胞内前方に位置している。一次繊毛を欠失する変異体では、上衣細胞のTranslational Polarityが障害されることから、放射状グリアの極性が上衣細胞に分化しても引き継がれていることが示唆されている<ref name="ref12" />。non-muscle myosin II は上衣細胞に発現しており、その機能阻害によってRotational Polarityを阻害することなくTranslational Polarityのみが阻害される<ref name="ref27" />。このことから、上衣細胞の成熟に関与する2つの極性形成はそれぞれ独自のメカニズムで制御されていると考えられている。<br>  
 上衣細胞が正常に発達し機能するためには、細胞間での協調した繊毛運動が必要不可欠である。上衣細胞が成熟するにつれて、1本1本の繊毛が伸長し運動を始め、脳脊髄液流を生み出す。生み出された液流が基底小体の向きを同じ方向へと配向させ、協調した繊毛運動となる。この過程は平面細胞極性(Planar Cell Polarity; PCP)の形成と呼ばれ、2種類の極性が提唱されている<ref><pubmed> 22101065</pubmed></ref>(図2E)。<br> 1つ目は“Rotational Polarity”であり、基底小体及び基底仮足の配向を示す<ref name="ref12" />。発達中の上衣細胞において、Wnt/PCPシグナルの構成因子であるVangl2は細胞頂端部/後部の境界面及び繊毛に沿って局在しており、基底小体を液流の方向へ配向させる役割を担っていることが示唆されている<ref name="ref14" />。別のPCPシグナル因子であるDvl2やCelsr2/3もRotational Polarityの形成に必要であることが報告されている<ref name="ref27"><pubmed> 20685736</pubmed></ref><ref><pubmed> 20473291</pubmed></ref>。<br> もう1つは“Translational Polarity”であり、基底小体及び繊毛の細胞内前方への移動を示す。上衣細胞の前駆細胞である放射状グリアは1本の一次繊毛を有しており、細胞内前方に位置している。一次繊毛を欠失する変異体では、上衣細胞のTranslational Polarityが障害されることから、放射状グリアの極性が上衣細胞に分化しても引き継がれていることが示唆されている<ref name="ref12" />。non-muscle myosin II は上衣細胞に発現しており、その機能阻害によってRotational Polarityを阻害することなくTranslational Polarityのみが阻害される<ref name="ref27" />。このことから、上衣細胞の成熟に関与する2つの極性形成はそれぞれ独自のメカニズムで制御されていると考えられている。<br> <br>  


== 上衣細胞の種類と形態  ==
== 上衣細胞の種類と形態  ==
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 脊髄中心管は3種類の上衣細胞(放射状、立方状、伸長上衣状)で覆われており、全てのサブタイプは1-3本の9+2型繊毛を有している<ref name="ref30" /><ref name="ref31" />。放射状上衣細胞は中心管の背側極及び腹側極に局在し、基底面から長い突起を伸ばしている。多数の立方状及び伸長上衣状上衣細胞は中心管の全周に存在している。脊髄中心管上衣細胞の中で最も数が多いのは2本の繊毛を持つタイプで、免疫組織化学的には、CD24、FoxJ1、CD133、S100β、Sox2、vimentin陽性である。この細胞は、形態学的には脳室壁に存在しているE2細胞と似ているが、E2細胞と比較して、電子密度の高い暗い細胞質を持つ点や基底小体近傍の高電子密度領域が小さい点が異なっている。<br>  
 脊髄中心管は3種類の上衣細胞(放射状、立方状、伸長上衣状)で覆われており、全てのサブタイプは1-3本の9+2型繊毛を有している<ref name="ref30" /><ref name="ref31" />。放射状上衣細胞は中心管の背側極及び腹側極に局在し、基底面から長い突起を伸ばしている。多数の立方状及び伸長上衣状上衣細胞は中心管の全周に存在している。脊髄中心管上衣細胞の中で最も数が多いのは2本の繊毛を持つタイプで、免疫組織化学的には、CD24、FoxJ1、CD133、S100β、Sox2、vimentin陽性である。この細胞は、形態学的には脳室壁に存在しているE2細胞と似ているが、E2細胞と比較して、電子密度の高い暗い細胞質を持つ点や基底小体近傍の高電子密度領域が小さい点が異なっている。<br>  
 
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== 上衣細胞の機能  ==
== 上衣細胞の機能  ==


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=== 成体脳におけるニューロン新生の制御  ===
=== 成体脳におけるニューロン新生の制御  ===


 胎生期を通して、神経上皮細胞や放射状グリアといった神経幹細胞は常に脳室周囲に存在し、脳室面から一次繊毛を伸長して脳脊髄液からの機械的・化学的情報を受け取ることで、脳発生を制御していると推測されている<ref name="ref79"><pubmed> 17506691</pubmed></ref><ref name="ref80"><pubmed> 19345185</pubmed></ref><ref name="ref81"><pubmed> 20080044</pubmed></ref>。実際にIGF2は胎生後期に脳脊髄液中に分泌されており、神経幹細胞の増殖に寄与することが示されている<ref name="ref42" />。一方、成体脳においても、海馬歯状回及び側脳室の脳室下帯では神経幹細胞が存在し続け、継続的にニューロン新生が生じている。成体脳でニューロン新生が発見されて以来、脳室周囲に存在するどの細胞が分裂能を持った神経幹細胞であるかが議論になってきたが、1999年、電子顕微鏡及び増殖阻害剤を用いた実験により、側脳室に面した上衣細胞ではなく、脳室下帯のアストロサイトが成体神経幹細胞であることが証明された<ref name="ref82"><pubmed> 9989494</pubmed></ref><ref name="ref83"><pubmed> 10380923</pubmed></ref>(図1D)。側脳室脳室壁の上衣細胞(E1及びE2細胞)は脳室下帯に隣接しており、ニューロン新生との関連が数多く報告されている。<br> 上衣細胞が分泌する栄養および増殖因子は、隣接する脳室下帯のニューロン新生に影響することが考えられる。例えばFGF2は、神経幹細胞の増殖に重要であることが知られている因子の1つである。リンパ管新生に重要であるVEGF-C及びその受容体であるVEGFR-3は上衣細胞と神経幹細胞に発現しており、その阻害はニューロン新生を減少させることから、上衣細胞からのVEGF-C分泌がニューロン新生に寄与することが報告されている<ref name="ref84"><pubmed> 21498572</pubmed></ref>。また、BMPアンタゴニストであるnogginやBMP4と結合して下流シグナルを抑制する細胞膜受容体LRP2は上衣細胞で発現しており、BMPが誘導するグリア新生を抑制したり、BMP4の濃度を調節したりすることでニューロン新生を促進していると考えられている<ref name="ref85"><pubmed> 20460439</pubmed></ref><ref name="ref86"><pubmed> 11163261</pubmed></ref><ref name="ref87"><pubmed> 15464277</pubmed></ref>。さらに、上衣細胞及び血管内皮細胞が分泌するPEDFは、神経幹細胞のNotchシグナルを調節することで増殖に影響を与えることが報告されている<ref name="ref88"><pubmed> 19898467</pubmed></ref><ref name="ref89"><pubmed> 16491078</pubmed></ref>。このように、生理的な条件下では、上衣細胞は様々な因子を分泌することで脳室下帯のニューロン新生を調節する役割を果たしている。一方で、脳傷害時には脳室の上衣細胞が神経前駆細胞としてはたらき、新生ニューロンを産生することが報告されている<ref name="ref90"><pubmed> 19234458</pubmed></ref>が、その制御メカニズムや再生への寄与など、不明な点は多い。<br> 側脳室脳室壁の上衣細胞だけではなく、第3脳室に存在する伸長上衣細胞もニューロン新生との関連が報告されている。β2型伸長上衣細胞は高脂質の食事摂取に応じて視床下部のニューロンを産生し、エネルギー代謝に関与することが示されている<ref name="ref91"><pubmed> 22446882</pubmed></ref>。<br> 脳室の上衣細胞が生後に分裂しない[8]のとは対照的に、脊髄中心管の上衣細胞は生理的条件下でも[<sup>3</sup>H]-thymidineやbromodeoxyuridineを取り込むことから、増殖し、自己複製している<ref name="ref31" /><ref name="ref92"><pubmed> 22434575</pubmed></ref>。また、脊髄損傷時には、中心管の上衣細胞の増殖が亢進し、アストロサイト及びオリゴデンドロサイトを産生するが、ニューロンは産生しないという報告がある<ref name="ref30" /><ref name="ref31" />。  
 胎生期を通して、神経上皮細胞や放射状グリアといった神経幹細胞は常に脳室周囲に存在し、脳室面から一次繊毛を伸長して脳脊髄液からの機械的・化学的情報を受け取ることで、脳発生を制御していると推測されている<ref name="ref79"><pubmed> 17506691</pubmed></ref><ref name="ref80"><pubmed> 19345185</pubmed></ref><ref name="ref81"><pubmed> 20080044</pubmed></ref>。実際にIGF2は胎生後期に脳脊髄液中に分泌されており、神経幹細胞の増殖に寄与することが示されている<ref name="ref42" />。一方、成体脳においても、海馬歯状回及び側脳室の脳室下帯では神経幹細胞が存在し続け、継続的にニューロン新生が生じている。成体脳でニューロン新生が発見されて以来、脳室周囲に存在するどの細胞が分裂能を持った神経幹細胞であるかが議論になってきたが、1999年、電子顕微鏡及び増殖阻害剤を用いた実験により、側脳室に面した上衣細胞ではなく、脳室下帯のアストロサイトが成体神経幹細胞であることが証明された<ref name="ref82"><pubmed> 9989494</pubmed></ref><ref name="ref83"><pubmed> 10380923</pubmed></ref>(図1D)。側脳室脳室壁の上衣細胞(E1及びE2細胞)は脳室下帯に隣接しており、ニューロン新生との関連が数多く報告されている。<br> 上衣細胞が分泌する栄養および増殖因子は、隣接する脳室下帯のニューロン新生に影響することが考えられる。例えばFGF2は、神経幹細胞の増殖に重要であることが知られている因子の1つである。リンパ管新生に重要であるVEGF-C及びその受容体であるVEGFR-3は上衣細胞と神経幹細胞に発現しており、その阻害はニューロン新生を減少させることから、上衣細胞からのVEGF-C分泌がニューロン新生に寄与することが報告されている<ref name="ref84"><pubmed> 21498572</pubmed></ref>。また、BMPアンタゴニストであるnogginやBMP4と結合して下流シグナルを抑制する細胞膜受容体LRP2は上衣細胞で発現しており、BMPが誘導するグリア新生を抑制したり、BMP4の濃度を調節したりすることでニューロン新生を促進していると考えられている<ref name="ref85"><pubmed> 20460439</pubmed></ref><ref name="ref86"><pubmed> 11163261</pubmed></ref><ref name="ref87"><pubmed> 15464277</pubmed></ref>。さらに、上衣細胞及び血管内皮細胞が分泌するPEDFは、神経幹細胞のNotchシグナルを調節することで増殖に影響を与えることが報告されている<ref name="ref88"><pubmed> 19898467</pubmed></ref><ref name="ref89"><pubmed> 16491078</pubmed></ref>。このように、生理的な条件下では、上衣細胞は様々な因子を分泌することで脳室下帯のニューロン新生を調節する役割を果たしている。一方で、脳傷害時には脳室の上衣細胞が神経前駆細胞としてはたらき、新生ニューロンを産生することが報告されている<ref name="ref90"><pubmed> 19234458</pubmed></ref>が、その制御メカニズムや再生への寄与など、不明な点は多い。<br> 側脳室脳室壁の上衣細胞だけではなく、第3脳室に存在する伸長上衣細胞もニューロン新生との関連が報告されている。β2型伸長上衣細胞は高脂質の食事摂取に応じて視床下部のニューロンを産生し、エネルギー代謝に関与することが示されている<ref name="ref91"><pubmed> 22446882</pubmed></ref>。<br> 脳室の上衣細胞が生後に分裂しない[8]のとは対照的に、脊髄中心管の上衣細胞は生理的条件下でも[<sup>3</sup>H]-thymidineやbromodeoxyuridineを取り込むことから、増殖し、自己複製している<ref name="ref31" /><ref name="ref92"><pubmed> 22434575</pubmed></ref>。また、脊髄損傷時には、中心管の上衣細胞の増殖が亢進し、アストロサイト及びオリゴデンドロサイトを産生するが、ニューロンは産生しないという報告がある<ref name="ref30" /><ref name="ref31" />。 <br> <br>


== 参考文献  ==
== 参考文献  ==
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