「両眼視野闘争」の版間の差分

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=== 研究の歴史  ===
=== 研究の歴史  ===


 両眼視野闘争の歴史は古く、16世紀には既に[[wikipedia:ja:ルネサンス|ルネサンス]]期[[wikipedia:ja:イタリア|イタリア]]の博学者である[[wikipedia:ja:ジャンバッティスタ・デッラ・ポルタ|ジャンバッティスタ・デッラ・ポルタ]](Giambattista della Porta)によって両眼視野闘争に関する記述がなされている(ポルタが仕事の能率を上げるために2冊の本を同時に左目と右目で読もうとしたところ、両眼視野闘争のために両方の本を読むことができなかったという)<ref name="ref1">'''N Wade'''<br> A natural history of vision.<br>  ''MIT Press, Cambridge, MA.'': 1998</ref>。19世紀には、[[wikipedia:ja:チャールズ・ホイートストン|チャールズ・ホイートストン]](Charles Wheatstone)が両眼視野闘争に関する最初の体系的な実験心理学的研究を行った<ref><pubmed> 14000225  </pubmed></ref>。ホイートストンは、自身で発明したミラー式ステレオスコープを用いて、左目と右目にそれぞれ異なるアルファベットを呈示した際、どちらか片方のアルファベットが知覚されること、どちらのアルファベットが知覚されるかは時間が経つと入れ替わるといった両眼視野闘争の特性に関する記述を行った。このホイートストンの研究に触発されて、[[wikipedia:ja:ドイツ|ドイツ]]の[[wikipedia:ja:ヘルマン・フォン・ヘルムホルツ|ヘルマン・フォン・ヘルムホルツ]](Hermann von Helmholtz)、 [[wikipedia:ja:アメリカ|アメリカ]]の[[wikipedia:ja:ウィリアム・ジェームズ|ウィリアム・ジェームズ]](William James)、[[wikipedia:ja:イギリス|イギリス]]の[[wikipedia:ja:チャールズ・シェリントン|チャールズ・シェリントン]](Charles Scott Sherrington)といった研究者らによって両眼視野闘争に関する研究が次々となされた<ref name="ref1" /><ref name="ref3">'''W Levelt'''<br> On binocular rivalry.<br>  ''Institute of Perception RVO-TNO, Soesterberg, Netherlands.'': 1965</ref>。  
 両眼視野闘争の歴史は古く、16世紀には既に[[wikipedia:ja:ルネサンス|ルネサンス]]期[[wikipedia:ja:イタリア|イタリア]]の博学者である[[wikipedia:ja:ジャンバッティスタ・デッラ・ポルタ|ジャンバッティスタ・デッラ・ポルタ]](Giambattista della Porta)によって両眼視野闘争に関する記述がなされている(ポルタが仕事の能率を上げるために2冊の本を同時に左目と右目で読もうとしたところ、両眼視野闘争のために両方の本を読むことができなかったという)<ref name="ref1">'''N Wade'''<br> A natural history of vision.<br>  ''MIT Press, Cambridge, MA.'': 1998</ref>。19世紀には、[[wikipedia:ja:チャールズ・ホイートストン|チャールズ・ホイートストン]](Charles Wheatstone)が両眼視野闘争に関する最初の体系的な実験心理学的研究を行った<ref><pubmed> 14000225  </pubmed></ref>。ホイートストンは、自身で発明したミラー式ステレオスコープを用いて、左目と右目でそれぞれ異なるアルファベットを見た際、どちらか片方のアルファベットが知覚されること、どちらのアルファベットが知覚されるかは時間が経つと入れ替わるといった両眼視野闘争の特性に関する記述を行った。このホイートストンの研究に触発されて、[[wikipedia:ja:ドイツ|ドイツ]]の[[wikipedia:ja:ヘルマン・フォン・ヘルムホルツ|ヘルマン・フォン・ヘルムホルツ]](Hermann von Helmholtz)、 [[wikipedia:ja:アメリカ|アメリカ]]の[[wikipedia:ja:ウィリアム・ジェームズ|ウィリアム・ジェームズ]](William James)、[[wikipedia:ja:イギリス|イギリス]]の[[wikipedia:ja:チャールズ・シェリントン|チャールズ・シェリントン]](Charles Scott Sherrington)といった研究者らによって両眼視野闘争に関する研究が次々となされた<ref name="ref1" /><ref name="ref3">'''W Levelt'''<br> On binocular rivalry.<br>  ''Institute of Perception RVO-TNO, Soesterberg, Netherlands.'': 1965</ref>。  


  [[Image:Rivalry-Example.png|thumb|200px|'''図1.両眼視野闘争刺激の例'''<Br>左目に赤いフィルター、右目に緑色のフィルタをあてて観察した場合、家の画像は左目のみに、顔の画像は右目だけに入力される。このような時に、家の知覚と顔の知覚が不規則に入れ替わる。(Reproduced with permission from Tong, Nakayama, Vaughan & Kanwisher (1998)<ref name="ref60"><pubmed> 9808462 </pubmed></ref>. Copyright 1998, Cell Press)]]
  [[Image:Rivalry-Example.png|thumb|200px|'''図1.両眼視野闘争刺激の例'''<Br>左目に赤いフィルター、右目に緑色のフィルタをあてて観察した場合、家の画像は左目のみに、顔の画像は右目だけに入力される。このような時に、家の知覚と顔の知覚が不規則に入れ替わる。(Reproduced with permission from Tong, Nakayama, Vaughan & Kanwisher (1998)<ref name="ref60"><pubmed> 9808462 </pubmed></ref>. Copyright 1998, Cell Press)]]
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=== 日本における研究の歴史  ===
=== 日本における研究の歴史  ===


 日本においては、両眼視野闘争の研究が大正時代に始まった。1915年に、黒田源次が「色彩視野闘争の時間的研究」と題する論文を「京都医学雑誌」に発表している<ref name="ref4">'''黒田源次.'''<br> 色彩視野闘争の時間的研究.<br>  ''京都医学雑誌, 12, 609-659'': 1915</ref>。黒田は、両目にそれぞれ異なる色を持つ視覚図形を呈示し、知覚の切り替わりにかかる時間や、どの色が知覚にのぼりやすいかといった研究を行った<ref name="ref4" />。また、「京都医学雑誌」の同号において、[[wikipedia:ja:石川日出鶴丸|石川日出鶴丸]]が、「闘争中枢」というメカニズムを仮定した視野闘争に関する生理学的仮説を発表している<ref name="ref5">'''石川日出鶴丸.'''<br> 視野闘争に関する一新生理学的仮説.<br>  ''京都医学雑誌,12, 661-678'': 1915</ref>。我が国における古典的な両眼視野闘争に関する研究に関しては、柿崎を参照<ref name="ref6">'''柿崎祐一. '''<br> 視野闘争の研究.<br>  ''京大文学部紀要, 7, 1-83.'': 1963</ref>。  
 日本においては、両眼視野闘争の研究が大正時代に始まった。1915年に、黒田源次が「色彩視野闘争の時間的研究」と題する論文を「京都医学雑誌」に発表している<ref name="ref4">'''黒田源次.'''<br> 色彩視野闘争の時間的研究.<br>  ''京都医学雑誌, 12, 609-659'': 1915</ref>。黒田は、左右の目でそれぞれ異なる色を持つ視覚図形を見た際に、知覚の切り替わりにかかる時間や、どの色が知覚にのぼりやすいかといった研究を行った<ref name="ref4" />。また、「京都医学雑誌」の同号において、[[wikipedia:ja:石川日出鶴丸|石川日出鶴丸]]が、「闘争中枢」というメカニズムを仮定した視野闘争に関する生理学的仮説を発表している<ref name="ref5">'''石川日出鶴丸.'''<br> 視野闘争に関する一新生理学的仮説.<br>  ''京都医学雑誌,12, 661-678'': 1915</ref>。我が国における古典的な両眼視野闘争に関する研究に関しては、柿崎を参照<ref name="ref6">'''柿崎祐一. '''<br> 視野闘争の研究.<br>  ''京大文学部紀要, 7, 1-83.'': 1963</ref>。  


 両眼視野闘争は、現在英語では通常binocular rivalryと呼ばれている。日本語では、黒田・石川の時代から「視野闘争」という訳語が伝統的に用いられており、今日では「両眼視野闘争」と呼ばれることが多い。
 両眼視野闘争は、現在英語では通常binocular rivalryと呼ばれている。日本語では、黒田・石川の時代から「視野闘争」という訳語が伝統的に用いられており、今日では「両眼視野闘争」と呼ばれることが多い。
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== 両眼視野闘争の主観的な特性  ==
== 両眼視野闘争の主観的な特性  ==


 図1のような図形を、片方の目に赤色のフィルター、もう片方の目に緑色のフィルターをかけて観察すると、両眼視野闘争を体験することができる。図1の図形は赤い顔と、緑の家を透明にして重ねあわせた画像で、フィルターを通して見ると、この画像は、物理的には2つの目の網膜にそれぞれ投影される。しかし、私たちの意識にのぼるのは、2つの画像のうちどちらか一方である(両眼視野闘争のターゲットの図形が小さい場合はどちらかだけが知覚されるが、ある程度以上の大きさになると、2つの図形が混ざったものが意識にのぼることが多い <ref><pubmed> 1586647  </pubmed></ref>)。どちらの画像が知覚されるかは、時間が経つとともに変化し、一方の画像が現れては消え、もう一方の画像が現れるというダイナミックな知覚の切り替わりが生じる。
 図1のような図形を、片方の目に赤色のフィルター、もう片方の目に緑色のフィルターをかけて見ると、両眼視野闘争を体験することができる。図1の図形は赤い顔と、緑の家を透明にして重ねあわせた画像で、フィルターを通して見ると、それぞれの画像は、物理的には左右の目の網膜に別々に投影される。しかし、私たちの意識にのぼるのは、2つの画像のうちどちらか一方である。どちらの画像が知覚されるかは、時間が経つとともに変化し、一方の画像が現れては消え、もう一方の画像が現れるというダイナミックな知覚の切り替わりが生じる。


 両眼視野闘争やその他の両義図形と呼ばれる知覚においては、知覚の切り替わりが不規則なタイミングで生じ、いつ知覚が切り替わるのかについて正確に予測をすることはできない<ref name="ref3" /><ref name="ref8">'''F Fox, J Herrmann '''<br> Stochastic properties of binocular rivalry alternations.<br>  ''Perception and Psychophysics, 2, 432-436'': 1967</ref>。知覚の切り替わりにかかる時間のばらつきは、[[wikipedia:ja:ガンマ分布|ガンマ分布]]と呼ばれる確率分布に従う<ref><pubmed> 5582864  </pubmed></ref><ref><pubmed> 15929652  </pubmed></ref><ref><pubmed> 12876471  </pubmed></ref>。また、どちらか一方の目に呈示される視覚刺激の強さを操作すると、他方の目に呈示している刺激の知覚される時間が変化する<ref name="ref3" />(例えば[[wikipedia:ja:コントラスト|コントラスト]]・明度の高い刺激や動いている刺激はより長く知覚される<ref><pubmed> 2765591  </pubmed></ref><ref><pubmed> 14113912  </pubmed></ref><ref name="ref14">'''B B Breese '''<br> Binocular rivalry. <br>  ''Psychological Review, 16, 410-415'': 1909</ref><ref name="ref15">'''S Kakizaki '''<br> Binocular rivalry and stimulus intensity.<br>  ''Japanese Psychological Research, 2(3), 94-105'': 1960</ref>)。
 両眼視野闘争やその他の両義図形と呼ばれる知覚においては、知覚の切り替わりが不規則なタイミングで生じ、いつ知覚が切り替わるのかについて正確に予測をすることはできない<ref name="ref3" /><ref name="ref8">'''F Fox, J Herrmann '''<br> Stochastic properties of binocular rivalry alternations.<br>  ''Perception and Psychophysics, 2, 432-436'': 1967</ref>。知覚の切り替わりにかかる時間のばらつきは、[[wikipedia:ja:ガンマ分布|ガンマ分布]]と呼ばれる確率分布に従う<ref><pubmed> 5582864  </pubmed></ref><ref><pubmed> 15929652  </pubmed></ref><ref><pubmed> 12876471  </pubmed></ref>。また、どちらか一方の目に呈示される視覚刺激の強さを操作すると、他方の目に呈示している刺激の知覚される時間が変化する<ref name="ref3" />(例えば[[wikipedia:ja:コントラスト|コントラスト]]・明度の高い刺激や動いている刺激はより長く知覚される<ref><pubmed> 2765591  </pubmed></ref><ref><pubmed> 14113912  </pubmed></ref><ref name="ref14">'''B B Breese '''<br> Binocular rivalry. <br>  ''Psychological Review, 16, 410-415'': 1909</ref><ref name="ref15">'''S Kakizaki '''<br> Binocular rivalry and stimulus intensity.<br>  ''Japanese Psychological Research, 2(3), 94-105'': 1960</ref>)。
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