両眼視野闘争

提供:脳科学辞典
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英:binocular rivalry

両眼視野闘争とは、2つの目にそれぞれ異なる視覚図形が呈示された場合、どちらか一方の図形が知覚され、時間が過ぎるとともに知覚が切り替わる現象。両眼視野闘争は多義知覚の一種であり、今日では視覚入力に対する気づき(visual awareness)について研究する心理物理学的手法として良く用いられている。両眼視野闘争のデモはhttp://www.psy.vanderbilt.edu/faculty/blake/rivalry/BR.htmlを参照。

歴史的背景

両眼視野闘争研究の歴史

両眼視野闘争の歴史は古く、16世紀には既にルネサンス期イタリアの博学者であるジャンバッティスタ・デッラ・ポルタ(Giambattista della Porta)によって両眼視野闘争に関する記述がなされている[1]。19世紀には、Wheatstoneが両眼視野闘争に関する最初の体系的な実験心理学的研究を行った[2]。Wheatstoneは、自身で発明したミラー式ステレオスコープを用いて、左目と右目にそれぞれ異なるアルファベットを呈示した際、どちらか片方のアルファベットが知覚されること、どちらのアルファベットが知覚されるかは時間が経つと入れ替わるといった両眼視野闘争の特性に関する記述を行った。このWheatstoneの研究に触発されて、ドイツのHelmholtz、 アメリカのWilliam James、イギリスのSherringtonといった研究者らによって両眼視野闘争に関する研究が次々となされた[1,3]。

日本における研究の歴史

日本においては、両眼視野闘争の研究が大正時代に始まった。1915年に、黒田源次が「色彩視野闘争の時間的研究」と題する論文を「京都医学雑誌」に発表している[4]。黒田は、両目にそれぞれ異なる色を持つ視覚図形を呈示し、知覚の切り替わりにかかる時間や、どの色が知覚にのぼりやすいかといった検討を行った[4]。また、「京都医学雑誌」の同号において、石川日出鶴丸が、「闘争中枢」というメカニズムを仮定した視野闘争に関する生理学的仮説を発表している[5]。我が国における古典的な両眼視野闘争に関する研究に関しては、柿崎(1963)を参照[6]。

(執筆者:竹村浩昌、土谷尚嗣、担当編集委員:藤田一郎)