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 動物細胞に存在する[[wikipedia:jp:細胞小器官|細胞内小器官]]の1つであり、主要な'''[[微小管]]形成中心(microtubule organizing center: MTOC)'''として機能する。[[wikipedia:jp:細胞分裂|細胞分裂]]の際に[[wikipedia:jp:紡錘体|紡錘体]]極に存在し紡錘体の形成に関与する他、[[神経細胞]]を含む多くの細胞において[[wikipedia:jp:細胞極性化|細胞極性]]の形成・維持に関与すると考えられている。また、ある種の細胞においては'''基底小体(basal body)'''として'''一次[[wikipedia:jp:繊毛|繊毛]](primary cilia)'''の基部に存在しその形成に重要な役割を担う。
 動物細胞に存在する細胞内小器官の1つであり、主要な微小管形成中心(microtubule organizing center: MTOC)として機能する。細胞分裂の際に紡錘体極に存在し紡錘体の形成に関与する他、神経細胞を含む多くの細胞において細胞極性の形成・維持に関与すると考えられている。また、ある種の細胞においては基底小体(basal body)として一次繊毛(primary cilia)の基部に存在しその形成に重要な役割を担う。
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[[image:Centrosome-sheme.jpg|300px|thumb|'''図1 中心体の構造'''<br>母中心小体はdistal appendageおよびsubdistal appendageと呼ばれる特徴的な構造を持つ。また、母中心小体と娘中心小体はC-Nap1、rootletinなどのリンカータンパク質によって連結されている。<br>mother centriole:母中心小体、daugher centriole:娘中心小体、pericentriolar material:中心小体周辺物質、&gamma;-TuRC: &gamma;-tubulin ring complex、microtubule:微小管]][[image:Centrosome-sheme2.jpg|300px|thumb|'''図2 中心小体の構造'''<br>中心小体の長軸に対して水平方向(左)および垂直方向(右)の断面を示した模式図。中心小体は3本の連結した微小管が9つ円周上に並びシリンダー構造を形成している。シリンダー内腔(lumen)にはCentrinなど多数のタンパク質が局在している。]]
[[image:Centrosome-sheme.jpg|300px|thumb|'''図1 中心体の構造'''<br>母中心小体はdistal appendageおよびsubdistal appendageと呼ばれる特徴的な構造を持つ。また、母中心小体と娘中心小体はC-Nap1、rootletinなどのリンカータンパク質によって連結されている。<br>mother centriole:母中心小体、daugher centriole:娘中心小体、pericentriolar material:中心小体周辺物質、&gamma;-TuRC: &gamma;-tubulin ring complex、microtubule:微小管]][[image:Centrosome-sheme2.jpg|300px|thumb|'''図2 中心小体の構造'''<br>中心小体の長軸に対して水平方向(左)および垂直方向(右)の断面を示した模式図。中心小体は3本の連結した微小管が9つ円周上に並びシリンダー構造を形成している。シリンダー内腔(lumen)にはCentrinなど多数のタンパク質が局在している。]]


 中心体は、一対の'''中心小体(または中心子;centriole)'''と'''中心小体周辺物質(pericentriolar material: PCM)'''によって構成される(図1)。中心小体は9つの三連微小管が円周上に並んだ直径0.2&mu;m、長さ0.5&mu;m程度のシリンダー構造を有しており(図2)、その周囲を多数の線維状[[wikipedia:jp:タンパク質|タンパク質]]によって構成される不定形のPCMが覆っている。PCMに局在する'''&gamma;-[[チュブリン|tubulin]] ring complex (&gamma;-TuRC)'''は微小管の重合核として機能しそこから微小管が伸長する。
 中心体は、一対の'''中心小体(または中心子;centriole)'''と'''中心小体周辺物質(pericentriolar material: PCM)'''によって構成される(図1)。中心小体は9つの三連微小管が円周上に並んだ直径0.2&mu;m、長さ0.5&mu;m程度のシリンダー構造を有しており(図2)、その周囲を多数の線維状[[w:jp:タンパク質|タンパク質]]によって構成される不定形のPCMが覆っている。PCMに局在する'''&gamma;-[[チュブリン|tubulin]] ring complex (&gamma;-TuRC)'''は微小管の重合核として機能しそこから微小管が伸長する。


 中心体は染色体と同様に細胞周期の制御下で複製され、娘細胞に分配されることが知られている。まず、[[wikipedia:ja:G1期|G1期]]から[[wikipedia:ja:S期|S期]]にかけて各々の中心小体の側部に[[wikipedia:ja:Sas6|Sas6]]などの新たな中心小体の鋳型となる分子が集積する。S期から[[wikipedia:ja:G2期|G2期]]には鋳型を基に中心小体を構成する微小管が伸長し、二対の中心小体が形成される。[[wikipedia:ja:M期|M期]]に入ると元の中心小体を連結していたリンカーが解離し、新たに形成された2つの中心体は分離して紡錘体の両端にそれぞれ局在し、紡錘体の形成に関与する。それらの中心体は細胞分裂によって[[wikipedia:jp:娘細胞|娘細胞]]に一つずつ分配される。分配された一対の中心小体は次のG1期においてリンカータンパク質によって再び連結される<ref><pubmed>22321829</pubmed></ref>。
 中心体は染色体と同様に細胞周期の制御下で複製され、娘細胞に分配されることが知られている。まず、[[wj:G1期|G1期]]から[[wj:S期|S期]]にかけて各々の中心小体の側部に[[wj:Sas6|Sas6]]などの新たな中心小体の鋳型となる分子が集積する。S期から[[wj:G2期|G2期]]には鋳型を基に中心小体を構成する微小管が伸長し、二対の中心小体が形成される。[[wj:M期|M期]]に入ると元の中心小体を連結していたリンカーが解離し、新たに形成された2つの中心体は分離して紡錘体の両端にそれぞれ局在し、紡錘体の形成に関与する。それらの中心体は細胞分裂によって[[w:jp:娘細胞|娘細胞]]に一つずつ分配される。分配された一対の中心小体は次のG1期においてリンカータンパク質によって再び連結される<ref><pubmed>22321829</pubmed></ref>。


 中心体内に存在する2つの中心小体は同質ではなく、”より古い”方の中心小体('''母中心小体: mother centriole''')は'''distal appendage'''や'''subdistal appendage'''と呼ばれる構造を持つ。distal appendageは一次繊毛形成時に中心体を[[形質膜]]へと移動させるのに必要であると考えられている。subdistal appendageには[[wikipedia:Ninein|Ninein]]などのタンパク質が局在しており微小管を中心小体に繋ぎ留める機能を持つ。このような中心小体の非対称性は[[神経幹細胞]]の非対称分裂機構に寄与する可能性が示唆されている(下記参照)。  
 中心体内に存在する2つの中心小体は同質ではなく、”より古い”方の中心小体('''母中心小体: mother centriole''')は'''distal appendage'''や'''subdistal appendage'''と呼ばれる構造を持つ。distal appendageは一次繊毛形成時に中心体を[[形質膜]]へと移動させるのに必要であると考えられている。subdistal appendageには[[w:Ninein|Ninein]]などのタンパク質が局在しており微小管を中心小体に繋ぎ留める機能を持つ。このような中心小体の非対称性は[[神経幹細胞]]の非対称分裂機構に寄与する可能性が示唆されている(下記参照)。  


 一般に間期の細胞では、中心体は細胞体の中心部に位置し周縁部に向かって微小管を放射状に伸ばしている(ただし、中心体で重合した微小管は必ずしも常に中心体に繋ぎ止められているわけではなく、細胞によっては速やかに微小管から放出される場合もある)。また、中心体の近傍には[[ゴルジ体]]が局在しており、微小管に沿った輸送システムにより膜小胞を細胞周縁部に供給している。極性化した細胞では中心体の位置が中心からずれることにより、不均等な微小管の配置や局所的な膜成分およびタンパク質の供給を促すと考えられている。
 一般に間期の細胞では、中心体は細胞体の中心部に位置し周縁部に向かって微小管を放射状に伸ばしている(ただし、中心体で重合した微小管は必ずしも常に中心体に繋ぎ止められているわけではなく、細胞によっては速やかに微小管から放出される場合もある)。また、中心体の近傍には[[ゴルジ体]]が局在しており、微小管に沿った輸送システムにより膜小胞を細胞周縁部に供給している。極性化した細胞では中心体の位置が中心からずれることにより、不均等な微小管の配置や局所的な膜成分およびタンパク質の供給を促すと考えられている。
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=== 神経幹細胞の非対称分裂  ===
=== 神経幹細胞の非対称分裂  ===


 [[大脳皮質]]の神経幹細胞は、発生初期においては'''[[wikipedia:ja:対称分裂|対称分裂]]'''により自らと同じ性質をもつ娘細胞を2つ産生し神経幹細胞の数を増大させる。その後、'''[[非対称分裂]]'''により1つの神経幹細胞と1つの神経細胞を産生し、神経幹細胞の数を維持しながら神経細胞の数を増大させる。中心体はこのような神経幹細胞の分裂制御および細胞運命決定に関与すると考えられている。[[Cdk5rap2]]などの中心体関連タンパク質を欠失させると神経幹細胞を維持できなくなり、大脳皮質の神経細胞数が著しく減少する('''[[小頭症]]''')<ref><pubmed>21632253</pubmed></ref>。また、非対称分裂の際には”より古い”中心小体を含む中心体が神経幹細胞側の娘細胞に継承されること、subdistal appendageに局在するNineinが神経幹細胞の維持に必要であることが報告されている<ref><pubmed>19829375</pubmed></ref>。
 [[大脳皮質]]の神経幹細胞は、発生初期においては'''[[wj:対称分裂|対称分裂]]'''により自らと同じ性質をもつ娘細胞を2つ産生し神経幹細胞の数を増大させる。その後、'''[[非対称分裂]]'''により1つの神経幹細胞と1つの神経細胞を産生し、神経幹細胞の数を維持しながら神経細胞の数を増大させる。中心体はこのような神経幹細胞の分裂制御および細胞運命決定に関与すると考えられている。[[Cdk5rap2]]などの中心体関連タンパク質を欠失させると神経幹細胞を維持できなくなり、大脳皮質の神経細胞数が著しく減少する('''[[小頭症]]''')<ref><pubmed>21632253</pubmed></ref>。また、非対称分裂の際には”より古い”中心小体を含む中心体が神経幹細胞側の娘細胞に継承されること、subdistal appendageに局在するNineinが神経幹細胞の維持に必要であることが報告されている<ref><pubmed>19829375</pubmed></ref>。


=== 神経細胞極性形成  ===
=== 神経細胞極性形成  ===
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 神経細胞は[[脳室帯]]等の細胞分裂層で産生された後、脳組織内を自らが機能する部位へと移動する([[神経細胞移動]])。神経細胞移動の不全は皮質の層構造形成に異常を引き起こすことが知られており、層構造異常を伴う脳奇形の原因遺伝子として同定された[[Lis1]], [[Doublecortin]]等が、中心体および微小管関連遺伝子として神経細胞移動の制御に関与することが示されている。
 神経細胞は[[脳室帯]]等の細胞分裂層で産生された後、脳組織内を自らが機能する部位へと移動する([[神経細胞移動]])。神経細胞移動の不全は皮質の層構造形成に異常を引き起こすことが知られており、層構造異常を伴う脳奇形の原因遺伝子として同定された[[Lis1]], [[Doublecortin]]等が、中心体および微小管関連遺伝子として神経細胞移動の制御に関与することが示されている。


 神経細胞は移動に際して[[先導突起]]と呼ばれる神経突起を進行方向に伸展し、[[wikipedia:ja:細胞核|細胞核]]およびその他の細胞内小器官を先導突起内へと移入させる。これまでに、中心体が移動中の神経細胞において細胞核の前方(先導突起側)に局在し(図4)細胞核に先行して先導突起内に移動すること、移動時の細胞核が微小管網の籠状構造に覆われていることが報告されており<ref><pubmed>15173193</pubmed></ref><ref><pubmed>15475953</pubmed></ref>、このことから中心体は自身から伸長する微小管によって先導突起と細胞核を連結し細胞核を先導突起内へ牽引するというモデルが提唱されている。しかし、移動中の神経細胞内では細胞核周辺の微小管が必ずしも中心体に収束しておらず(図5)細胞核と中心体は独立に移動するという、上記の核牽引モデルと矛盾する報告もある<ref><pubmed>17913873</pubmed></ref>。中心体は細胞の極性形成および維持に関与することから、細胞核を牽引するのではなく移動方向を決定することで間接的に細胞核移動に関与しているのかもしれない。また、細胞核移動を駆動する力は微小管モータータンパク質[[ダイニン]]が担うと考えられているが、ダイニンによる動力発生の詳細な作用機序は明らかではない。加えて[[アクチン]]モーターである[[ミオシン]]が細胞核移動に作用するという報告もある<ref><pubmed>15958735</pubmed></ref><ref><pubmed>16174753</pubmed></ref>。中心体自身の移動もダイニンとミオシンの連動により制御されると考えられているがその詳細は不明である<ref><pubmed>17618279</pubmed></ref><ref><pubmed>19607793</pubmed></ref>。
 神経細胞は移動に際して[[先導突起]]と呼ばれる神経突起を進行方向に伸展し、[[wj:細胞核|細胞核]]およびその他の細胞内小器官を先導突起内へと移入させる。これまでに、中心体が移動中の神経細胞において細胞核の前方(先導突起側)に局在し(図4)細胞核に先行して先導突起内に移動すること、移動時の細胞核が微小管網の籠状構造に覆われていることが報告されており<ref><pubmed>15173193</pubmed></ref><ref><pubmed>15475953</pubmed></ref>、このことから中心体は自身から伸長する微小管によって先導突起と細胞核を連結し細胞核を先導突起内へ牽引するというモデルが提唱されている。しかし、移動中の神経細胞内では細胞核周辺の微小管が必ずしも中心体に収束しておらず(図5)細胞核と中心体は独立に移動するという、上記の核牽引モデルと矛盾する報告もある<ref><pubmed>17913873</pubmed></ref>。中心体は細胞の極性形成および維持に関与することから、細胞核を牽引するのではなく移動方向を決定することで間接的に細胞核移動に関与しているのかもしれない。また、細胞核移動を駆動する力は微小管モータータンパク質[[ダイニン]]が担うと考えられているが、ダイニンによる動力発生の詳細な作用機序は明らかではない。加えて[[アクチン]]モーターである[[ミオシン]]が細胞核移動に作用するという報告もある<ref><pubmed>15958735</pubmed></ref><ref><pubmed>16174753</pubmed></ref>。中心体自身の移動もダイニンとミオシンの連動により制御されると考えられているがその詳細は不明である<ref><pubmed>17618279</pubmed></ref><ref><pubmed>19607793</pubmed></ref>。


=== 繊毛の形成  ===
=== 繊毛の形成  ===


 神経幹細胞を含む多くの細胞は'''一次繊毛'''と呼ばれる微小管束によって膜が突出したアンテナ状構造を持つ。一次繊毛は一般的に非運動性で[[wikipedia:jp:ソニック・ヘッジホッグ|hedgehog]]シグナルや[[PDGF]]シグナルなどの細胞外シグナルや機械刺激に対するセンサーとして働く。[[wikipedia:jp:細胞周期|間期]]の細胞において母中心小体は基底小体として機能し、一次繊毛の基部に停留して一次繊毛を構成する微小管束の伸長を制御する。繊毛の形成不全は脳の発生過程や機能において様々な障害を引き起こすことが知られている<ref><pubmed>21435552</pubmed></ref>。[[小脳]][[顆粒細胞]]や海馬[[歯状回]]顆粒細胞の前駆細胞は[[Sonic Hedgehog]]シグナル依存的な[[細胞増殖]]を行うことが知られており、一次繊毛の形成不全を示す[[IFT88]]や[[Kif3a]]欠損マウスにおいてはこれらの細胞数が減少する。
 神経幹細胞を含む多くの細胞は'''一次繊毛'''と呼ばれる微小管束によって膜が突出したアンテナ状構造を持つ。一次繊毛は一般的に非運動性で[[w:jp:ソニック・ヘッジホッグ|hedgehog]]シグナルや[[PDGF]]シグナルなどの細胞外シグナルや機械刺激に対するセンサーとして働く。[[w:jp:細胞周期|間期]]の細胞において母中心小体は基底小体として機能し、一次繊毛の基部に停留して一次繊毛を構成する微小管束の伸長を制御する。繊毛の形成不全は脳の発生過程や機能において様々な障害を引き起こすことが知られている<ref><pubmed>21435552</pubmed></ref>。[[小脳]][[顆粒細胞]]や海馬[[歯状回]]顆粒細胞の前駆細胞は[[Sonic Hedgehog]]シグナル依存的な[[細胞増殖]]を行うことが知られており、一次繊毛の形成不全を示す[[IFT88]]や[[Kif3a]]欠損マウスにおいてはこれらの細胞数が減少する。


 [[脈絡叢]](choroid plexus)上皮細胞の一次繊毛は[[脳脊髄液]]量の調節に関与していると考えられており、繊毛形成の異常は脳脊髄液量の増大と'''[[水頭症]]'''を引き起こす。
 [[脈絡叢]](choroid plexus)上皮細胞の一次繊毛は[[脳脊髄液]]量の調節に関与していると考えられており、繊毛形成の異常は脳脊髄液量の増大と'''[[水頭症]]'''を引き起こす。