「傍腫瘍性神経症候群」の版間の差分

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英語名:paraneoplastic neurologic syndrome:PNS,
英語名:paraneoplastic neurologic syndrome:PNS,
同義語:腫瘍随伴神経症候群、腫瘍関連神経症候群
同義語:腫瘍随伴神経症候群、腫瘍関連神経症候群


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 傍腫瘍性神経症候群(paraneoplastic neurologic syndrome:PNS)とは、担癌患者に生じる様々な神経障害の中で、自己免疫的機序により生じると考えられる神経症候群であり、腫瘍転移による局所神経障害,化学療法に伴う末梢神経障害や白質脳症,放射線照射に伴う神経障害,免疫力低下に伴う様々な日和見感染症,凝固異常による血管障害,低栄養に伴う神経障害などが除外される場合に考慮される。
 傍腫瘍性神経症候群(paraneoplastic neurologic syndrome:PNS)とは、担癌患者に生じる様々な神経障害の中で、自己免疫的機序により生じると考えられる神経症候群であり、腫瘍転移による局所神経障害,化学療法に伴う末梢神経障害や白質脳症,放射線照射に伴う神経障害,免疫力低下に伴う様々な日和見感染症,凝固異常による血管障害,低栄養に伴う神経障害などが除外される場合に考慮される。
 PNSにおける神経障害は,中枢・末梢神経系のいずれにも生じるが,腫瘍の種類により比較的一定のパターンを呈する。辺縁系脳炎,脳脊髄炎,小脳変性症,感覚性運動失調型ニューロパチーなどがよく知られる病型である。PNSの60%以上は,神経症状出現時に腫瘍そのものは発見されず、神経症状出現後,数ヶ月から2年の間に腫瘍の存在が明らかになる。
 PNSにおける神経障害は,中枢・末梢神経系のいずれにも生じるが,腫瘍の種類により比較的一定のパターンを呈する。辺縁系脳炎,脳脊髄炎,小脳変性症,感覚性運動失調型ニューロパチーなどがよく知られる病型である。PNSの60%以上は,神経症状出現時に腫瘍そのものは発見されず、神経症状出現後,数ヶ月から2年の間に腫瘍の存在が明らかになる。
 神経症状と腫瘍の種類に関連する特徴的な抗神経自己抗体が血液・髄液中に見いだされ、本症の診断および腫瘍早期発見のマーカーとして有用である。1)〜5)
 神経症状と腫瘍の種類に関連する特徴的な抗神経自己抗体が血液・髄液中に見いだされ、本症の診断および腫瘍早期発見のマーカーとして有用である。1)〜5)


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===脳脊髄炎:paraneoplastic encephalomyelitis (PEM)===
===脳脊髄炎:paraneoplastic encephalomyelitis (PEM)===
 認知機能障害や意識障害・せん妄,錐体路徴候,不随意運動に加え,下位運動ニューロン症候,感覚・自律神経症候を様々な組み合わせで生じる。肺小細胞癌(small cell lung cancer:SCLC)に伴うことが最も多く,睾丸癌・胸腺腫・乳癌などの場合もある。自己抗体は,抗Hu抗体が最も多く検出される6)7)。
 認知機能障害や意識障害・せん妄,錐体路徴候,不随意運動に加え,下位運動ニューロン症候,感覚・自律神経症候を様々な組み合わせで生じる。肺小細胞癌(small cell lung cancer:SCLC)に伴うことが最も多く,睾丸癌・胸腺腫・乳癌などの場合もある。自己抗体は,抗Hu抗体が最も多く検出される6)7)。
===小脳変性症:paraneoplastic cerebellar degeneration (PCD)===
===小脳変性症:paraneoplastic cerebellar degeneration (PCD)===
 亜急性に小脳失調が進行する。SCLCに伴う抗Hu抗体陽性例、Lambert-Eaton 筋無力症候群(LEMS)を合併し電位依存性カルシウムチャネル(P/Q type voltage-gated calcium channel:VGCC)抗体陽性例,乳癌で抗Ri抗体陽性例などがある。女性の場合は,その半数以上が婦人科癌・乳癌を有し,抗Yo抗体が陽性である。病理像は、プルキンエ細胞の広汎な脱落を認めるものの、炎症細胞浸潤は極めて乏しい8)9)10)。
 亜急性に小脳失調が進行する。SCLCに伴う抗Hu抗体陽性例、Lambert-Eaton 筋無力症候群(LEMS)を合併し電位依存性カルシウムチャネル(P/Q type voltage-gated calcium channel:VGCC)抗体陽性例,乳癌で抗Ri抗体陽性例などがある。女性の場合は,その半数以上が婦人科癌・乳癌を有し,抗Yo抗体が陽性である。病理像は、プルキンエ細胞の広汎な脱落を認めるものの、炎症細胞浸潤は極めて乏しい8)9)10)。
===傍腫瘍性辺縁系脳炎:paraneoplastic limbic encephalitis (PLE)===
===傍腫瘍性辺縁系脳炎:paraneoplastic limbic encephalitis (PLE)===
 亜急性に進行する記銘・認知機能障害,精神症状,痙攣,意識障害などを呈する。潜在する腫瘍は,肺癌,睾丸癌,乳癌,Hodgkin病,未分化奇形腫,胸腺腫が多い。脳脊髄液で軽度のリンパ球および蛋白の増加,IgG増加が見られる。頭部MRIでは,一側または両側の側頭葉内側面にT2強調画像やFLAIR画像で高信号病変を認め,しばしば造影効果を伴う。PLEの60%に各種抗神経自己抗体が見られる。Hu/Ma2/CRMP5/amphiphysin/VGKC複合体/NMDA受容体に対する抗体が見られる。このなかで,抗電位依存性カリウムチャネル (voltage-gated potassium channel:VGKC)複合体抗体(抗Leucine-rich glioma inactivated 1 protein :LGI-1やcontactin-associated protein :CASPR-2抗体)が関連する辺縁系脳炎の一部は,胸腺腫やSCLCに伴うPNSであるが,腫瘍が存在しない自己免疫疾患の場合も多い。中枢神経での興奮性刺激伝達に関わるグルタミン酸受容体の一つであるNMDA受容体に対する抗体を生じる若年女性の場合は,約半数が卵巣奇形腫を有し、腫瘍摘出や免疫療法に反応して症状の改善が得られる。抗Ma2 (Ta) 抗体陽性例は数週から6ヶ月程度で進行する過眠・高体温などの視床下部症状や辺縁系・上部脳幹症状を呈する。MRIでは側頭葉内側面・視床下部・基底核・視床・四丘体領域に信号異常を認め,脳脊髄液は軽度の炎症反応を呈する。45歳以下の男性では睾丸腫瘍が多く,癌の摘出・免疫療法により症状が改善する11)〜15)。
 亜急性に進行する記銘・認知機能障害,精神症状,痙攣,意識障害などを呈する。潜在する腫瘍は,肺癌,睾丸癌,乳癌,Hodgkin病,未分化奇形腫,胸腺腫が多い。脳脊髄液で軽度のリンパ球および蛋白の増加,IgG増加が見られる。頭部MRIでは,一側または両側の側頭葉内側面にT2強調画像やFLAIR画像で高信号病変を認め,しばしば造影効果を伴う。PLEの60%に各種抗神経自己抗体が見られる。Hu/Ma2/CRMP5/amphiphysin/VGKC複合体/NMDA受容体に対する抗体が見られる。このなかで,抗電位依存性カリウムチャネル (voltage-gated potassium channel:VGKC)複合体抗体(抗Leucine-rich glioma inactivated 1 protein :LGI-1やcontactin-associated protein :CASPR-2抗体)が関連する辺縁系脳炎の一部は,胸腺腫やSCLCに伴うPNSであるが,腫瘍が存在しない自己免疫疾患の場合も多い。中枢神経での興奮性刺激伝達に関わるグルタミン酸受容体の一つであるNMDA受容体に対する抗体を生じる若年女性の場合は,約半数が卵巣奇形腫を有し、腫瘍摘出や免疫療法に反応して症状の改善が得られる。抗Ma2 (Ta) 抗体陽性例は数週から6ヶ月程度で進行する過眠・高体温などの視床下部症状や辺縁系・上部脳幹症状を呈する。MRIでは側頭葉内側面・視床下部・基底核・視床・四丘体領域に信号異常を認め,脳脊髄液は軽度の炎症反応を呈する。45歳以下の男性では睾丸腫瘍が多く,癌の摘出・免疫療法により症状が改善する11)〜15)。
===傍腫瘍性オプソクローヌス・ミオクローヌス症候群:paraneoplastic opsoclonus-myoclonus syndrome (POMS)===
===傍腫瘍性オプソクローヌス・ミオクローヌス症候群:paraneoplastic opsoclonus-myoclonus syndrome (POMS)===
 眼球のオプソクローヌスと四肢のミオクローヌスおよび小脳失調を呈するもので、小児では神経芽細胞腫に伴うことが多く、成人では抗Ri抗体陽性乳癌が知られている。抗Ri抗体以外, Hu, CRMP5, amphiphysin, Yo, Ma2に対する抗体が報告されている。神経芽細胞腫を伴う小児例や、自己免疫疾患に生じるオプソクローヌス・ミオクローヌス症候群は、副腎皮質ホルモンや大量ガンマグロブリン投与、B細胞を標的にしたrituximabが有効であるが,成人発症例では,免疫療法への反応が不良である16)17)。
 眼球のオプソクローヌスと四肢のミオクローヌスおよび小脳失調を呈するもので、小児では神経芽細胞腫に伴うことが多く、成人では抗Ri抗体陽性乳癌が知られている。抗Ri抗体以外, Hu, CRMP5, amphiphysin, Yo, Ma2に対する抗体が報告されている。神経芽細胞腫を伴う小児例や、自己免疫疾患に生じるオプソクローヌス・ミオクローヌス症候群は、副腎皮質ホルモンや大量ガンマグロブリン投与、B細胞を標的にしたrituximabが有効であるが,成人発症例では,免疫療法への反応が不良である16)17)。
===感覚性運動失調型ニューロパチー:sensory ataxic neuropathy/subacute sensory neuronopathy(SSN)===
===感覚性運動失調型ニューロパチー:sensory ataxic neuropathy/subacute sensory neuronopathy(SSN)===
 PNSでは末梢神経障害の頻度が最も高く,その中でSSNはPNSに特徴的なものである。女性に多く,SSNの90%にSCLCを合併,異常感覚・深部感覚障害を中心とした多発単ニューロパチーが上肢から全肢に広がり,高度障害に至る例が多い。抗Hu抗体を伴うことが多い6)。
 PNSでは末梢神経障害の頻度が最も高く,その中でSSNはPNSに特徴的なものである。女性に多く,SSNの90%にSCLCを合併,異常感覚・深部感覚障害を中心とした多発単ニューロパチーが上肢から全肢に広がり,高度障害に至る例が多い。抗Hu抗体を伴うことが多い6)。
 病理学的には後根神経節に高度のリンパ球浸潤を認める。末梢神経は軸索変性および脱髄所見が混在する。感覚運動型ポリニューロパチーを呈する場合の背景は様々であり,単クローン症を呈する血液細胞由来の腫瘍に伴う場合や、起立性低血圧やイレウスなどの自律神経症状を前景とすることもある(chronic gastrointestinal pseudo-obstruction:CGP)。CGPは腸管粘膜の神経叢が主病巣となるPNSとされ,抗HuまたはCV2抗体を有するSCLC患者で見られる18)。
 病理学的には後根神経節に高度のリンパ球浸潤を認める。末梢神経は軸索変性および脱髄所見が混在する。感覚運動型ポリニューロパチーを呈する場合の背景は様々であり,単クローン症を呈する血液細胞由来の腫瘍に伴う場合や、起立性低血圧やイレウスなどの自律神経症状を前景とすることもある(chronic gastrointestinal pseudo-obstruction:CGP)。CGPは腸管粘膜の神経叢が主病巣となるPNSとされ,抗HuまたはCV2抗体を有するSCLC患者で見られる18)。
===ランバートイートン筋無力症候群(Lambert-Eaton myasthenic syndrome :LEMS)===
===ランバートイートン筋無力症候群(Lambert-Eaton myasthenic syndrome :LEMS)===
 易疲労性,下肢近位筋力低下と口渇・陰萎などの自律神経症状を呈する。約60%が腫瘍を背景とし,その60%以上はSCLCである。SCLCから見ると,その3%にLEMSが合併するといわれ,男性が女性の2倍で,時に嚥下障害・外眼筋麻痺・呼吸筋麻痺を呈する。LEMSの80〜90%に抗VGCC抗体が陽性となる19)20)。腫瘍の治療または血漿交換療法,大量ガンマグロブリン療法でLEMSの症状が軽快する場合が多い。
 易疲労性,下肢近位筋力低下と口渇・陰萎などの自律神経症状を呈する。約60%が腫瘍を背景とし,その60%以上はSCLCである。SCLCから見ると,その3%にLEMSが合併するといわれ,男性が女性の2倍で,時に嚥下障害・外眼筋麻痺・呼吸筋麻痺を呈する。LEMSの80〜90%に抗VGCC抗体が陽性となる19)20)。腫瘍の治療または血漿交換療法,大量ガンマグロブリン療法でLEMSの症状が軽快する場合が多い。
===傍腫瘍性ステイッフマン症候群:paraneoplastic stiff-person syndrome===
===傍腫瘍性ステイッフマン症候群:paraneoplastic stiff-person syndrome===
 体幹筋・四肢近位筋に運動や感覚刺激で増強するこわばりや硬直を呈し,ジアゼパムが著効する。SCLCや乳癌・胸腺腫などに伴う。乳癌に伴う例で抗amphiphysin抗体を認めることがある21)。I型糖尿病などを伴う自己免疫性の場合はglutamic acid decarboxylase (GAD)に対する抗体が検出される。
 体幹筋・四肢近位筋に運動や感覚刺激で増強するこわばりや硬直を呈し,ジアゼパムが著効する。SCLCや乳癌・胸腺腫などに伴う。乳癌に伴う例で抗amphiphysin抗体を認めることがある21)。I型糖尿病などを伴う自己免疫性の場合はglutamic acid decarboxylase (GAD)に対する抗体が検出される。


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 PNSの発生頻度についての正確な調査はないが,悪性腫瘍患者の0.1〜1%前後とする推計があり,腫瘍の種類によって頻度が異なる。
 PNSの発生頻度についての正確な調査はないが,悪性腫瘍患者の0.1〜1%前後とする推計があり,腫瘍の種類によって頻度が異なる。
 PNSは,中枢神経原発の腫瘍では生じにくいが,内臓器原発の腫瘍ではいずれの場合もPNSを生じうる。この中で,肺小細胞癌,乳癌,子宮癌,卵巣癌,胸腺腫,形質細胞腫を有する例での発症が多い。多くは,中高年で発症するが,神経芽細胞腫によるPNSは小児に多い。
 PNSは,中枢神経原発の腫瘍では生じにくいが,内臓器原発の腫瘍ではいずれの場合もPNSを生じうる。この中で,肺小細胞癌,乳癌,子宮癌,卵巣癌,胸腺腫,形質細胞腫を有する例での発症が多い。多くは,中高年で発症するが,神経芽細胞腫によるPNSは小児に多い。




== 関連語 ==
== 関連項目 ==
 onconeural protein, 抗神経抗体、細胞傷害性T細胞 (cytotoxic T cells:CTL)
 
*onconeural protein
*抗神経抗体
*細胞傷害性T細胞 (cytotoxic T cells:CTL)




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担当者:田中 惠子、編集者氏名:高橋 良輔
(執筆者:田中惠子 担当編集委員:高橋良輔)