「優位半球・劣位半球」の版間の差分

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<font size="+1">[http://researchmap.jp/ayahito-ito 伊藤 文人]</font><br>
''京都大学 こころの未来研究センター''<br>
<font size="+1">[http://researchmap.jp/1227 藤井 俊勝]</font><br>
''東北福祉大学 感性福祉研究所 & 健康科学部''<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2012年7月18日 原稿完成日:2016年5月25日<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/keijitanaka 田中 啓治](独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)<br>
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英語名: dominant hemisphere・minor hemisphere
英語名: dominant hemisphere・minor hemisphere


== 定義 ==
{{box|text= 左右の大脳半球のうち、ある特定の機能に密接に関係している大脳半球を優位半球、そうでない大脳半球を劣位半球と呼ぶ。例えば、左大脳半球が言語機能に密接に関係している場合、左大脳半球が言語優位半球である。またこのように大脳半球間で、ある機能に果たす役割が異なっており、一方の大脳半球で優れていることを半球優位性と呼ぶ。}}
 
 左右の[[大脳半球]]のうち、ある特定の機能に密接に関係している大脳半球を優位半球 (dominant hemisphere)、そうでない大脳半球を劣位半球 (minor hemisphere)と呼ぶ。左大脳半球が[[言語]]機能に密接に関係している場合、左大脳半球が言語優位半球である。またこのように大脳半球間で、ある機能に果たす役割が異なっており、一方の大脳半球で優れていることを[[半球優位性]]と呼ぶ。


== 半球優位性の概念形成の歴史 ==
== 半球優位性の概念形成の歴史 ==
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===利き手===
===利き手===


 [[wikipedia:ja:利き手|利き手]]とは上肢の使いやすさに関わる現象で、日常必須の習慣的行為における一方の手の多用傾向を言う。[[経頭蓋的直流刺激法]]を用いて左右の手の使用頻度について検討した研究は、左の後部[[頭頂皮質]]を刺激した場合に左手の使用頻度が増加する一方で、右の後部頭頂皮質を刺激しても影響がないことを報告している<ref name=ref3><pubmed>20876098</pubmed></ref>。このことから、後部頭頂皮質はどちらの手を使用するか決定することに関わっていることが示唆されている。
 [[wikipedia:ja:利き手|利き手]]とは上肢の使いやすさに関わる現象で、日常必須の習慣的行為における一方の手の多用傾向を言う。[[経頭蓋磁気刺激法]](transcranial magnetic stimulation: TMS)を用いて正常な神経活動を局所的に機能ブロックした状態で左右の手の使用頻度について検討した研究は、左の後部[[頭頂皮質]]を刺激した場合に右手の使用頻度が減少する一方で、右の後部頭頂皮質を刺激しても影響がないことを報告している<ref name=ref3><pubmed>20876098</pubmed></ref>。このことから、後部頭頂皮質はどちらの手を使用するか決定することに関わっていること、およびこの機能に非対称性の存在することが示唆されている。


===行為===
===行為===


 脳損傷後に[[失行症]]が認められることがある。失行症とは運動実現器官に異常がないのに、目的に沿って運動を遂行できない状態である。[[観念運動失行]]や[[観念失行]]は左半球損傷後に認められることが多い。一方、右半球損傷後に多く認められる行為障害として、[[着衣失行]]や[[運動維持困難]]が挙げられる。着衣失行は右[[頭頂葉]]病変により認められることが多く、運動維持困難は右半球前部の病変により認められることが多いことから、右半球の優位性が示唆されている。
 脳損傷後に[[失行症]]が認められることがある。失行症とは運動実現器官に異常がないのに、目的に沿って運動を遂行できない状態である。[[観念運動失行]]や[[観念失行]]は左半球損傷後に認められることが多いが、[[着衣失行]]や[[運動維持困難]]は右半球損傷後に多く認められる。これらの半球優位性は、それぞれの行為に伴う言語的観念および衣服と身体の空間関係の認識などの機能の半球優位に起因すると考えられる。


===視空間認知===
===視空間認知===


 病巣と反対側の刺激に対して、発見して報告したり、反応したり、その方向を向いたりすることが障害される[[半側空間無視]]は、右半球損傷後に多く認められる。また、まれではあるが、左半球損傷後に半側空間無視が出現する場合もある。しかしながら、そのような場合、出現しても一過性で軽度であることが多い。このことからも、空間性注意には右半球の果たす役割が大きく、側性化が起こっていると考えられている。経頭蓋的直流刺激法を用いて視空間イメージの神経基盤について検討した研究も、左に比べ、右の頭頂葉重要な役割を果たしていうことを報告している<ref name=ref4><pubmed>12123619</pubmed></ref>。最近では、左半球に比べ右半球において、[[白質]]線維の容積が大きいことや、右の後部頭頂皮質が脳梁を介して左の頭頂葉と[[運動野]]の連絡に抑制的に働いていることも明らかにされている <ref name=ref2><pubmed>21677180</pubmed></ref> <ref name=ref5><pubmed>21926985</pubmed></ref>。
 病巣と反対側の刺激に対して、発見して報告したり、反応したり、その方向を向いたりすることが障害される[[半側空間無視]]は、右半球損傷後に多く認められる。また、まれではあるが、左半球損傷後に半側空間無視が出現する場合もある。しかしながら、そのような場合、出現しても一過性で軽度であることが多い。このことからも、空間性注意には右半球の果たす役割が大きく、側性化が起こっていると考えられている。経頭蓋磁気刺激法を用いて視空間イメージの神経基盤について検討した研究も、左に比べ、右の頭頂葉重要な役割を果たしていうことを報告している<ref name=ref4><pubmed>12123619</pubmed></ref>。最近では、左半球に比べ右半球において、[[白質]]線維の容積が大きいことや、右の後部頭頂皮質が脳梁を介して左の頭頂葉と[[運動野]]の連絡に抑制的に働いていることも明らかにされている <ref name=ref2><pubmed>21677180</pubmed></ref> <ref name=ref5><pubmed>21926985</pubmed></ref>。


===顔認知===
===顔認知===


 顔の認知には後頭葉や側頭葉が関わっていることが多くの研究から明らかにされている。また古くから[[相貌失認]]の研究などにより右半球の優位性が示唆されており、近年の機能的磁気共鳴画像 (fMRI)研究や[[拡散協調画像]] (DTI)研究もこの見方を支持している<ref name=ref8><pubmed>7969865</pubmed></ref> <ref name=ref9><pubmed>16140166</pubmed></ref> <ref name=ref10><pubmed>19029889</pubmed></ref>。[[マカクザル]]を対象としたfMRI研究は、前頭葉にも顔に選択的に反応する領域が存在することを明らかにし、更にこの前頭葉における顔選択的な領域が左半球よりも右半球に多く存在することも報告している<ref name=ref11><pubmed>18622399</pubmed></ref>。
 顔の認知には後頭葉や側頭葉が関わっていることが多くの研究から明らかにされている。また古くから[[相貌失認]]の研究などにより右半球の優位性が示唆されており、近年のfMRI研究や[[拡散テンソル画像]](DTI)研究もこの見方を支持している<ref name=ref8><pubmed>7969865</pubmed></ref> <ref name=ref9><pubmed>16140166</pubmed></ref> <ref name=ref10><pubmed>19029889</pubmed></ref>。[[マカクザル]]を対象としたfMRI研究は、前頭葉にも顔に選択的に反応する領域が存在することを明らかにし、更にこの前頭葉における顔選択的な領域が左半球よりも右半球に多く存在することも報告している<ref name=ref11><pubmed>18622399</pubmed></ref>。


===情動===
===情動===


 情動は言葉のメロディーとして表現されうる([[情動的プロソディー]])。この情動的プロソディーの障害は、右半球損傷後に認められることが多い<ref name=ref12><pubmed>7271534</pubmed></ref>。最近では、情動の半球優位性に関してGainottiにより提唱された’right hemisphere hypothesis’を支持する結果が脳損傷患者を対象とした研究や、[[wikipedia:ja:メタアナリシス|メタアナリシス]]により比較的多く報告されている<ref name=ref7><pubmed>22197572</pubmed></ref>。しかしながら、情動全般に関わる半球優位性に関していくつかのモデルが提唱されているが、決定的な見解は確立されていない。
 情動は発話における抑揚などの音声学的特徴として現れることが多い([[情動的プロソディー]])。発話における情動的プロソディーの障害は、右半球損傷後に認められることが多い<ref name=ref12><pubmed>7271534</pubmed></ref>。情動全般に関しても、Gainottiにより提唱された"right hemisphere hypothesis"を支持する結果が脳損傷患者を対象とした研究から比較的多く報告されている<ref name=ref7><pubmed>22197572</pubmed></ref>。しかしながら、PETやfMRIといった脳機能画像法を用いた研究では、必ずしもこの見方がサポートされておらず<ref name=ref13><pubmed>12880784</pubmed></ref>、情動的な刺激に対する扁桃体の賦活は右扁桃体よりも左扁桃体で多く認められるとする報告も存在する<ref name=ref14><pubmed>15145620</pubmed></ref>。右半球は情動的な刺激に対する低次の処理に関与する一方で、左半球は右半球で処理された情報に基づくより高次の処理に関与しているとの見方もあり<ref name=ref15><pubmed>24795597</pubmed></ref>、今後の更なる検討が待たれる。


== 関連項目 ==
== 関連項目 ==
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<References />
<References />
(執筆者:伊藤文人、藤井俊勝 担当編集委員:伊佐正)

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