優位半球・劣位半球

提供:脳科学辞典
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英語名: dominant hemisphere・minor hemisphere

定義

 左右の大脳半球のうち、ある特定の機能に密接に関係している大脳半球を優位半球 (dominant hemisphere)、そうでない大脳半球を劣位半球 (minor hemisphere)と呼ぶ。左大脳半球が言語機能に密接に関係している場合、左大脳半球が言語優位半球である。またこのように大脳半球間で、ある機能に果たす役割が異なっており、一方の大脳半球で優れていることを半球優位性と呼ぶ。

半球優位性の概念形成の歴史

 高次脳機能のなかで半球優位性の現象が最初に知られたのは言語で、フランスの外科医であったPaul Brocaが発話の半球優位性に関する論文を出版し、言語の左半球優位性が確立されたとされる。それ以前にフランスの神経学者であったMarc Daxが発話の左半球優位性を提唱したとの見解もあるが、Brocaが科学的な客観的証拠を提示し、言語の左半球優位性を確立したとの見方が一般的である。

 当初、左半球が言語以外の全ての機能に関しても優位であり、右半球は劣位半球であると考えられていた。その後、右半球損傷によって空間的知覚障害が生じることが報告され、空間認知機能における右半球の優位性が示唆された。

半球優位性の研究方法

 1949年に和田淳によって開発されたIntracarotid Sodium Amobarbital Procedureは、言語機能の半球優位性の検討に非常に有用であったため、特にてんかん患者において世界的に行われてきた。欧米ではWada testと呼ばれることが多い。これは、内頸動脈に短時間の麻酔作用を持つアモバルビタールナトリウム (sodium amobarbital)を注入し、一側の大脳半球の機能を一過性に低下させた状態で言語機能を評価する方法である。

 難治性てんかん患者において発作を防ぐため、まれに脳梁を離断することがある。これは脳梁離断術と呼ばれており、この脳梁離断術により脳梁が切断された状態を分離脳と呼ぶことがある。Roger Wolcott SperryとMichael Gazzanigaは、脳梁離断患者の研究により左右の大脳半球が異なる役割を果たしていることを明らかにし、Roger Wolcott Sperryは1981年にノーベル生理学・医学賞を受賞した。

 近年では脳活動の測定技術の飛躍的な進歩により、ポジトロン断層法 (positron emission tomography: PET)や機能的磁気共鳴画像法 (functional magnetic resonance imaging: fMRI)といった神経機能画像法を用いて言語優位半球を同定する手法を用いることが多くなっている。よく用いられる方法として動詞生成課題が挙げられる。動詞生成課題では、撮像中に様々な単語を視覚的もしくは聴覚的に呈示し、それらの単語に関連する動詞を想起させる。その際の活動をコントロール課題 (一般的には非言語的な課題)の際の活動と比較することで、言語関連領域の活動を検出する。言語優位半球が左半球である場合、左下前頭回を含む言語関連領域の賦活が認められることが多い。一方で、言語優位半球が右半球である場合は、右下前頭回を含む言語関連領域の賦活が認められることがある。

いくつかの機能に関する半球優位性

言語

 半球優位性が最も明確に確認されている機能は言語で、一側性皮質損傷後の失語症の出現率やWada testの結果から、右利き成人の95%程度は左半球優位であり、左利き成人では60~70%程度が左半球優位であるとされることが多い。この左半球優位性の説明として、左半球のBroca野が右半球の相同領域よりも大きいとする結果が報告されている一方で、差がないとする結果も報告されており現段階でコンセンサスが得られているとは言い難い[1] (Keller, Roberts et al. 2009)。最近では、右利きにおける左半球への言語機能の側性化の頻度が、家族に左利きがいるかどうかや右手をどれくらい頻繁に使用するかに影響されることが報告されている[2] (Tzourio-Mazoyer, Petit et al. 2010)。

利き手

 利き手とは上肢の使いやすさに関わる現象で、日常必須の習慣的行為における一方の手の多用傾向を言う。経頭蓋的直流刺激法を用いて左右の手の使用頻度について検討した研究は、左の後部頭頂皮質を刺激した場合に左手の使用頻度が増加する一方で、右の後部頭頂皮質を刺激しても影響がないことを報告している[3] (Oliveira, Diedrichsen et al. 2010)。このことから、後部頭頂皮質はどちらの手を使用するか決定することに関わっていることが示唆されている。

行為

 脳損傷後に失行症が認められることがある。失行症とは運動実現器官に異常がないのに、目的に沿って運動を遂行できない状態である。観念運動失行や観念失行は左半球損傷後に認められることが多い。一方、右半球損傷後に多く認められる行為障害として、着衣失行や運動維持困難が挙げられる。着衣失行は右頭頂葉病変により認められることが多く、運動維持困難は右半球前部の病変により認められることが多いことから、右半球の優位性が示唆されている。

視空間認知

 病巣と反対側の刺激に対して、発見して報告したり、反応したり、その方向を向いたりすることが障害される半側空間無視は、右半球損傷後に多く認められる。また、まれではあるが、左半球損傷後に半側空間無視が出現する場合もある。しかしながら、そのような場合、出現しても一過性で軽度であることが多い。このことからも、空間性注意には右半球の果たす役割が大きく、側性化が起こっていると考えられている。経頭蓋的直流刺激法を用いて視空間イメージの神経基盤について検討した研究も、左に比べ、右の頭頂葉重要な役割を果たしていうことを報告している[4] (Sack, Sperling et al. 2002)。最近では、左半球に比べ右半球において、白質繊維の容積が大きいことや、右の後部頭頂皮質が脳梁を介して左の頭頂葉と運動野の連絡に抑制的に働いていることも明らかにされている [5] [6](Koch, Cercignani et al. 2011; Thiebaut de Schotten, Dell'Acqua et al. 2011)。

顔認知

 顔の認知には後頭葉や側頭葉が関わっていることが多くの研究から明らかにされている。また古くから相貌失認の研究などにより右半球の優位性が示唆されており、近年の機能的磁気共鳴画像 (fMRI)研究や拡散協調画像 (DTI)研究もこの見方を支持している[7] [8] [9] (Derenzi et al., 1994; Ishai et al., 2005; Thomas et al., 2009)。マカクザルを対象としたfMRI研究は、前頭葉にも顔に選択的に反応する領域が存在することを明らかにし、更にこの前頭葉における顔選択的な領域が左半球よりも右半球に多く存在することも報告している[10](Tsao et al., 2008)。

情動

 情動は言葉のメロディーとして表現されうる(情動的プロソディー)。この情動的プロソディーの障害は、右半球損傷後に認められることが多い[11] (Ross, 1981)。最近では、情動の半球優位性に関してGainottiにより提唱された’right hemisphere hypothesis’を支持する結果が脳損傷患者を対象とした研究や、メタアナリシスにより比較的多く報告されている[12] (Gainotti, 2012)。しかしながら、情動全般に関わる半球優位性に関していくつかのモデルが提唱されているが、決定的な見解は確立されていない。

関連項目

参考文献

  1. Resource not found in PubMed.
  2. Resource not found in PubMed.
  3. Resource not found in PubMed.
  4. Resource not found in PubMed.
  5. Resource not found in PubMed.
  6. Resource not found in PubMed.
  7. Resource not found in PubMed.
  8. Resource not found in PubMed.
  9. Resource not found in PubMed.
  10. Resource not found in PubMed.
  11. Resource not found in PubMed.
  12. Resource not found in PubMed.

1 Keller, S.S., Roberts, N., Hopkins, W. (2009). A comparative magnetic resonance imaging study of the anatomy, variability, and asymmetry of Broca's area in the human and chimpanzee brain. J Neurosci 29, 14607-14616.

2 Koch, G., Cercignani, M., Bonni, S., Giacobbe, V., Bucchi, G., Versace, V., Caltagirone, C., Bozzali, M. (2011). Asymmetry of parietal interhemispheric connections in humans. J Neurosci 31, 8967-8975.

3 Oliveira, F.T., Diedrichsen, J., Verstynen, T., Duque, J., Ivry, R.B. (2010). Transcranial magnetic stimulation of posterior parietal cortex affects decisions of hand choice. Proc Natl Acad Sci U S A 107, 17751-17756.

4 Sack, A.T., Sperling, J.M., Prvulovic, D., Formisano, E., Goebel, R., Salle, F., Dierks, T., Linden, D.E. (2002). Tracking the mind's image in the brain II: transcranial magnetic stimulation reveals parietal asymmetry in visuospatial imagery. Neuron 35, 195-204.

5 Thiebaut de Schotten, M., Dell'Acqua, F., Forkel, S.J., Simmons, A., Vergani, F., Murphy, D.G., Catani, M. (2011). A lateralized brain network for visuospatial attention. Nat Neurosci 14, 1245-1246.

6 Tzourio-Mazoyer, N., Petit, L., Razafimandimby, A., Crivello, F., Zago, L., Jpbard, G., Joliot, M., Mellet, E., Mazoyer, B. (2010). Left hemisphere lateralization for language in right-handers is controlled in part by familial sinistrality, manual preference strength, and head size. J Neurosci 30, 13314-13318.

7 Gainotti, G. (2012). Unconscious processing of emotions and the right hemisphere. Neuropsychologia 50, 205-218.

8 Derenzi, E., Perani, D., Carlesimo, G.A., Silveri, M.C., Fazio, F. (1994). Prosopagnosia Can Be Associated with Damage Confined to the Right-Hemisphere - an MRI and PET Study and a Review of the Literature. Neuropsychologia 32, 893-902.

9 Ishai, A., Schmidt, C.F., Boesiger, P. (2005). Face perception is mediated by a distributed cortical network. Brain Res Bull 67, 87-93.

10 Thomas, C., Avidan, G., Humphreys, K., Jung, K.J., Gao, F., Behrmann, M. (2009). Reduced structural connectivity in ventral visual cortex in congenital prosopagnosia. Nat Neurosci 12, 29-31.

11 Tsao, D.Y., Schweers, N., Moeller, S., Freiwald, W.A. (2008). Patches of face-selective cortex in the macaque frontal lobe. Nat Neuroscience 11, 877-879.

12 Ross, E.D. (1981). The Aprosodias. Functional-anatomic organization of the affective components of language in the right hemisphere. Arch Neurol 38, 561-569.


(執筆者:伊藤文人、藤井俊勝 担当編集委員:伊佐正)