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全反射蛍光顕微鏡<br>Total Internal Reflection Fluorescence (TIRF) Microscopy<br>Evanescent Wave Microscopy
全反射蛍光顕微鏡<br>Total Internal Reflection Fluorescence (TIRF) Microscopy<br>Evanescent Wave Microscopy  


全反射蛍光顕微鏡は、細胞とカバーガラスとの接着面のごく近傍で起こる分子・細胞内器官の動態や基板表面における1分子蛍光の観察に広く用いられる手法である。この顕微鏡は、光が屈折率の異なる界面において全反射するときに、反対側にわずかにしみ出す光(エバネッセント光)を励起光として利用し、界面のごく近傍のみを照明する手法である。したがって、照明領域以外に存在する蛍光分子の励起を避け、背景光を極めて低減させることが可能となる。
全反射蛍光顕微鏡は、細胞とカバーガラスとの接着面のごく近傍で起こる分子・細胞内器官の動態や基板表面における1分子蛍光の観察に広く用いられる手法である。この顕微鏡は、光が屈折率の異なる界面において全反射するときに、反対側にわずかにしみ出す光(エバネッセント光)を励起光として利用し、界面のごく近傍のみを照明する手法である。したがって、照明領域以外に存在する蛍光分子の励起を避け、背景光を極めて低減させることが可能となる。  


全反射蛍光顕微鏡による細胞機能の可視化<br>現在までに、以下のような細胞機能等広い領域において全反射顕微鏡を用いた可視化が行われている。個々の例については、各種参考文献を参照のこと(Axelrod 2008)。<br>・開口放出(exocytosis)/エンドサイトーシス<br>・細胞接着/細胞骨格<br>・シグナル伝達(Ca2+, cAMPなど)
全反射蛍光顕微鏡による細胞機能の可視化<br>現在までに、以下のような細胞機能等広い領域において全反射顕微鏡を用いた可視化が行われている。個々の例については、各種参考文献を参照のこと<ref><pmid>19118676</pmid></ref>。<br>・開口放出(exocytosis)/エンドサイトーシス<br>・細胞接着/細胞骨格<br>・シグナル伝達(Ca2+, cAMPなど)  


全反射蛍光顕微鏡の原理と特徴<br> 全反射<br> 屈折率の異なる2つの媒質(媒質1、媒質2)の界面に対し斜めに光を入射させると、屈折光と反射光が発生する。2つの媒質の屈折率をそれぞれn1、n2、入射角をθ1、屈折角をθ2としたとき、スネルの法則<br>(sinθ_1)/(sinθ_2 )=n_2/n_1 <br>が成立する(図1A)。屈折角θ2が90°になるときの入射角を特に臨界角(critical angle)といい、<br>θ_C=sin^(-1)⁡(n_2/n_1 )<br>で示される(ただしθC:臨界角)。2つの媒質の屈折率がn1&gt;n2を満たすとき、θ1&gt;θCの条件で光が入射すると、媒質2には光は透過せず、すべてが反射する。この現象が全反射(total internal reflection)である。たとえばガラス(n1=1.52)と水(n2=1.33)の間における臨界角は約61°となる。<br> 界面におけるエバネッセント場の形成<br>図1Bのようにガラス表面に臨界角以上の角度で光を入射させた場合の試料側で起こる現象を考える。このときガラス側には電磁波(光)が存在し、電磁波は電荷のない界面においては連続的に変化するため、試料側に電磁波のしみ出しが発生する(図1B)。このしみ出した電磁波をエバネッセント場(evanescent field)と呼び、全反射蛍光顕微鏡ではこの光(エバネッセント光)を励起光として利用する。<br> エバネッセント光の強度は全反射面からの距離の関数であり、<br>I(z)=I_0 exp(-z/d)<br>d=λ/(4π(n_1^2 sin^2⁡〖θ_1 〗-n_2^2 )^(1⁄2) )<br>で示される。ただし、<br>I(z): 全反射面からの距離zにおけるエバネッセント光強度<br>I0: 全反射面における光の強度<br>d: 光の強度が1/eとなる界面からの距離<br>λ: 入射光の波長<br>である。たとえばガラス(n1=1.52)と水(n2=1.33)の間に形成されたエバネッセント光がしみ出す深さdは、励起波長として可視光を用いた場合にはおよそ50–200 nmとなる。<br> 全反射蛍光顕微鏡の特徴<br>Bで示したように、エバネッセント光強度は界面から遠ざかるにつれて急速に減衰する。また、エバネッセント光強度は、界面において最大で入射光の約4倍に強くなる。したがって、界面のごく近傍に存在する蛍光分子のみを効率的に励起できる一方で背景光となる深部に存在する蛍光分子の励起は少なく、高いコントラストで蛍光を観察することが可能となる。
全反射蛍光顕微鏡の原理と特徴<br> 全反射<br> 屈折率の異なる2つの媒質(媒質1、媒質2)の界面に対し斜めに光を入射させると、屈折光と反射光が発生する。2つの媒質の屈折率をそれぞれn1、n2、入射角をθ1、屈折角をθ2としたとき、スネルの法則<br>(sinθ_1)/(sinθ_2 )=n_2/n_1 <br>が成立する(図1A)。屈折角θ2が90°になるときの入射角を特に臨界角(critical angle)といい、<br>θ_C=sin^(-1)⁡(n_2/n_1 )<br>で示される(ただしθC:臨界角)。2つの媒質の屈折率がn1&gt;n2を満たすとき、θ1&gt;θCの条件で光が入射すると、媒質2には光は透過せず、すべてが反射する。この現象が全反射(total internal reflection)である。たとえばガラス(n1=1.52)と水(n2=1.33)の間における臨界角は約61°となる。<br> 界面におけるエバネッセント場の形成<br>図1Bのようにガラス表面に臨界角以上の角度で光を入射させた場合の試料側で起こる現象を考える。このときガラス側には電磁波(光)が存在し、電磁波は電荷のない界面においては連続的に変化するため、試料側に電磁波のしみ出しが発生する(図1B)。このしみ出した電磁波をエバネッセント場(evanescent field)と呼び、全反射蛍光顕微鏡ではこの光(エバネッセント光)を励起光として利用する。<br> エバネッセント光の強度は全反射面からの距離の関数であり、<br>I(z)=I_0 exp(-z/d)<br>d=λ/(4π(n_1^2 sin^2⁡〖θ_1 〗-n_2^2 )^(1⁄2) )<br>で示される。ただし、<br>I(z): 全反射面からの距離zにおけるエバネッセント光強度<br>I0: 全反射面における光の強度<br>d: 光の強度が1/eとなる界面からの距離<br>λ: 入射光の波長<br>である。たとえばガラス(n1=1.52)と水(n2=1.33)の間に形成されたエバネッセント光がしみ出す深さdは、励起波長として可視光を用いた場合にはおよそ50–200 nmとなる。<br> 全反射蛍光顕微鏡の特徴<br>Bで示したように、エバネッセント光強度は界面から遠ざかるにつれて急速に減衰する。また、エバネッセント光強度は、界面において最大で入射光の約4倍に強くなる。したがって、界面のごく近傍に存在する蛍光分子のみを効率的に励起できる一方で背景光となる深部に存在する蛍光分子の励起は少なく、高いコントラストで蛍光を観察することが可能となる。  


全反射蛍光顕微鏡の装置構成<br> 励起方式<br>蛍光顕微鏡下で全反射照明を達成するための励起光の導入方式には、「プリズム式」と「対物レンズ式」の2種類が存在する(図2)。プリズム式は比較的安価に構築でき、背景光を低減できること、入射角を幅広く確保できることなどの利点があるが、試料上方の空間が塞がれてしまうために試料操作が困難であることが欠点である。一方で対物レンズ式は試料上方に空間が得られ、溶液交換や電極設置などの操作が容易に行える。またこの方式では、後述するようにレーザー光の入射位置を調節するだけで容易に全反射照明と落射照明とを切り替えることが可能であり、このような操作性の高さから、近年では対物レンズ式全反射蛍光顕微鏡が複数の顕微鏡メーカーから市販されている。<br> 対物レンズの選択<br>前述のように、全反射蛍光顕微鏡では入射光を臨界角以上の角度で試料へと照射することが必須である。また、試料の目的部位に均一に照明することが必要である。この要件を対物レンズ式にて達成するためには、対物レンズの後焦点面の辺縁部へレーザー光を集光すれば良い。すなわち、レーザー光を、対物レンズ中心軸の距離が試料の屈折率で決まるdn2と対物レンズの開口数(Numerical Aperture; NA)で決まるdNAの間となるように入射させれば良い(図3)。このことから、対物レンズ式全反射蛍光顕微鏡を達成するために必要な対物レンズのNAは試料の屈折率よりも大きいものである必要があることがわかる。各顕微鏡メーカーから1.65/1.49/1.45といった高いNAを持つ対物レンズが市販されており、目的に応じてこれらの対物レンズを選択すると良い。<br>
全反射蛍光顕微鏡の装置構成<br> 励起方式<br>蛍光顕微鏡下で全反射照明を達成するための励起光の導入方式には、「プリズム式」と「対物レンズ式」の2種類が存在する(図2)。プリズム式は比較的安価に構築でき、背景光を低減できること、入射角を幅広く確保できることなどの利点があるが、試料上方の空間が塞がれてしまうために試料操作が困難であることが欠点である。一方で対物レンズ式は試料上方に空間が得られ、溶液交換や電極設置などの操作が容易に行える。またこの方式では、後述するようにレーザー光の入射位置を調節するだけで容易に全反射照明と落射照明とを切り替えることが可能であり、このような操作性の高さから、近年では対物レンズ式全反射蛍光顕微鏡が複数の顕微鏡メーカーから市販されている。<br> 対物レンズの選択<br>前述のように、全反射蛍光顕微鏡では入射光を臨界角以上の角度で試料へと照射することが必須である。また、試料の目的部位に均一に照明することが必要である。この要件を対物レンズ式にて達成するためには、対物レンズの後焦点面の辺縁部へレーザー光を集光すれば良い。すなわち、レーザー光を、対物レンズ中心軸の距離が試料の屈折率で決まるdn2と対物レンズの開口数(Numerical Aperture; NA)で決まるdNAの間となるように入射させれば良い(図3)。このことから、対物レンズ式全反射蛍光顕微鏡を達成するために必要な対物レンズのNAは試料の屈折率よりも大きいものである必要があることがわかる。各顕微鏡メーカーから1.65/1.49/1.45といった高いNAを持つ対物レンズが市販されており、目的に応じてこれらの対物レンズを選択すると良い。<br>
<references/>

2012年6月15日 (金) 14:52時点における版

全反射蛍光顕微鏡
Total Internal Reflection Fluorescence (TIRF) Microscopy
Evanescent Wave Microscopy

全反射蛍光顕微鏡は、細胞とカバーガラスとの接着面のごく近傍で起こる分子・細胞内器官の動態や基板表面における1分子蛍光の観察に広く用いられる手法である。この顕微鏡は、光が屈折率の異なる界面において全反射するときに、反対側にわずかにしみ出す光(エバネッセント光)を励起光として利用し、界面のごく近傍のみを照明する手法である。したがって、照明領域以外に存在する蛍光分子の励起を避け、背景光を極めて低減させることが可能となる。

全反射蛍光顕微鏡による細胞機能の可視化
現在までに、以下のような細胞機能等広い領域において全反射顕微鏡を用いた可視化が行われている。個々の例については、各種参考文献を参照のこと[1]
・開口放出(exocytosis)/エンドサイトーシス
・細胞接着/細胞骨格
・シグナル伝達(Ca2+, cAMPなど)

全反射蛍光顕微鏡の原理と特徴
全反射
 屈折率の異なる2つの媒質(媒質1、媒質2)の界面に対し斜めに光を入射させると、屈折光と反射光が発生する。2つの媒質の屈折率をそれぞれn1、n2、入射角をθ1、屈折角をθ2としたとき、スネルの法則
(sinθ_1)/(sinθ_2 )=n_2/n_1
が成立する(図1A)。屈折角θ2が90°になるときの入射角を特に臨界角(critical angle)といい、
θ_C=sin^(-1)⁡(n_2/n_1 )
で示される(ただしθC:臨界角)。2つの媒質の屈折率がn1>n2を満たすとき、θ1>θCの条件で光が入射すると、媒質2には光は透過せず、すべてが反射する。この現象が全反射(total internal reflection)である。たとえばガラス(n1=1.52)と水(n2=1.33)の間における臨界角は約61°となる。
界面におけるエバネッセント場の形成
図1Bのようにガラス表面に臨界角以上の角度で光を入射させた場合の試料側で起こる現象を考える。このときガラス側には電磁波(光)が存在し、電磁波は電荷のない界面においては連続的に変化するため、試料側に電磁波のしみ出しが発生する(図1B)。このしみ出した電磁波をエバネッセント場(evanescent field)と呼び、全反射蛍光顕微鏡ではこの光(エバネッセント光)を励起光として利用する。
 エバネッセント光の強度は全反射面からの距離の関数であり、
I(z)=I_0 exp(-z/d)
d=λ/(4π(n_1^2 sin^2⁡〖θ_1 〗-n_2^2 )^(1⁄2) )
で示される。ただし、
I(z): 全反射面からの距離zにおけるエバネッセント光強度
I0: 全反射面における光の強度
d: 光の強度が1/eとなる界面からの距離
λ: 入射光の波長
である。たとえばガラス(n1=1.52)と水(n2=1.33)の間に形成されたエバネッセント光がしみ出す深さdは、励起波長として可視光を用いた場合にはおよそ50–200 nmとなる。
全反射蛍光顕微鏡の特徴
Bで示したように、エバネッセント光強度は界面から遠ざかるにつれて急速に減衰する。また、エバネッセント光強度は、界面において最大で入射光の約4倍に強くなる。したがって、界面のごく近傍に存在する蛍光分子のみを効率的に励起できる一方で背景光となる深部に存在する蛍光分子の励起は少なく、高いコントラストで蛍光を観察することが可能となる。

全反射蛍光顕微鏡の装置構成
励起方式
蛍光顕微鏡下で全反射照明を達成するための励起光の導入方式には、「プリズム式」と「対物レンズ式」の2種類が存在する(図2)。プリズム式は比較的安価に構築でき、背景光を低減できること、入射角を幅広く確保できることなどの利点があるが、試料上方の空間が塞がれてしまうために試料操作が困難であることが欠点である。一方で対物レンズ式は試料上方に空間が得られ、溶液交換や電極設置などの操作が容易に行える。またこの方式では、後述するようにレーザー光の入射位置を調節するだけで容易に全反射照明と落射照明とを切り替えることが可能であり、このような操作性の高さから、近年では対物レンズ式全反射蛍光顕微鏡が複数の顕微鏡メーカーから市販されている。
対物レンズの選択
前述のように、全反射蛍光顕微鏡では入射光を臨界角以上の角度で試料へと照射することが必須である。また、試料の目的部位に均一に照明することが必要である。この要件を対物レンズ式にて達成するためには、対物レンズの後焦点面の辺縁部へレーザー光を集光すれば良い。すなわち、レーザー光を、対物レンズ中心軸の距離が試料の屈折率で決まるdn2と対物レンズの開口数(Numerical Aperture; NA)で決まるdNAの間となるように入射させれば良い(図3)。このことから、対物レンズ式全反射蛍光顕微鏡を達成するために必要な対物レンズのNAは試料の屈折率よりも大きいものである必要があることがわかる。各顕微鏡メーカーから1.65/1.49/1.45といった高いNAを持つ対物レンズが市販されており、目的に応じてこれらの対物レンズを選択すると良い。

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