「利他的な罰」の版間の差分

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==利他的な罰とは==
==利他的な罰とは==
 [[利他的行動]]は、動物においても様々な場面で見られる。代表的なものには、親が子を守る行動などがある。一方、動物と[[ヒト]]との最も大きな違いには,ヒトにおける広範な協力関係を含んだ社会の形成が指摘されており、ここではヒトの持つ向社会的な互恵行動が,社会を形成した要因だと考えられている<ref name=ref3>'''Herbert Gintiscorrespondence, Samuel Bowles, Robert Boyd, Ernst Fehr'''<br>Explaining Altruistic Behavior in Humans.<br>''Evolution and Human Behavior''; 2003; 24: 153-172.</ref>。この様な互恵行動の中でも“利他的な罰”は、ヒトの協力的な行動の進化の過程において、重要な役割を果たしてきたと考えられている<ref name=ref1 />。利他的な罰とは、社会生活を営む上で非協力的な行動をするものに対して、協力的な者が、自己犠牲を払って罰を与える行動のことであり、広範な社会の規範(ルール)を維持するための行動として捉えられている。この様な行動は、集団内の裏切りを抑制する効果があると考えられている。つまり相互協力関係を維持するような社会規範は、罰によって支えられているという考えが、近年の人類学・社会学の見解のようである。この様なヒト特有の利他的行動が進化した経緯の研究は、進化生物学などで精力的に行われている。ここでは、特に利他的な罰の神経メカニズムについて、近年の脳科学で得られた知見を解説する。
 [[利他的行動]]は、動物においても様々な場面で見られる。代表的なものには、親が子を守る行動などがある。一方、動物と[[ヒト]]との最も大きな違いには,ヒトにおける広範な協力関係を含んだ社会の形成が指摘されており、ここではヒトの持つ向社会的な互恵行動が,社会を形成した要因だと考えられている<ref name=ref3>'''Herbert Gintis, Samuel Bowles, Robert Boyd, Ernst Fehr'''<br>Explaining Altruistic Behavior in Humans.<br>''Evolution and Human Behavior''; 2003; 24: 153-172.</ref>。この様な互恵行動の中でも“利他的な罰”は、ヒトの協力的な行動の進化の過程において、重要な役割を果たしてきたと考えられている<ref name=ref1 />。利他的な罰とは、社会生活を営む上で非協力的な行動をするものに対して、協力的な者が、自己犠牲を払って罰を与える行動のことであり、広範な社会の規範(ルール)を維持するための行動として捉えられている。この様な行動は、集団内の裏切りを抑制する効果があると考えられている。つまり相互協力関係を維持するような社会規範は、罰によって支えられているという考えが、近年の人類学・社会学の見解のようである。この様なヒト特有の利他的行動が進化した経緯の研究は、進化生物学などで精力的に行われている。ここでは、特に利他的な罰の神経メカニズムについて、近年の脳科学で得られた知見を解説する。


 ヒトが利他的な罰を行う背後にある心理学的メカニズムを理解するために、これまで、この行動を探求してきた人類学や社会学に加え、近年では神経経済学においても、研究が精力的に進められている<ref name=ref2 />。利他的な罰は、罰を行使することで自分には直接的なメリットがないにも関わらず 規範逸脱者に対して罰を行使することが、“利他的”としてとらえられている。では、なぜヒトは直接的な利益がないにも関わらず(例えば. 将来的に得られる見返りや、周囲の者からよい評判を獲得するなど)、自分の犠牲をはらってまで規範逸脱者を罰するのだろうか?これには、どうやら直接的な利益は得られない代わりに規範逸脱者に対する罰行動そのものから“満足感”が得られるためではないか、という説がある。de Querveinらの行ったPET(Positron emission tomography)を用いた研究では、信頼を裏切った者に対して罰行動を行う際の脳活動を調べた結果、 裏切った者に対して罰行動の強度が、背側線条体の活動レベルと正の相関をした事が報告されている<ref name=ref1 />。背側線条体は、満足感を生み出す報酬系の神経回路の一部とされている。脳内の報酬が関わる領域には、腹側線条体、側坐核、[[島皮質]]そして、[[眼窩前頭皮質]]の特定の部位を含む[[ドーパミン]]回路の活動が関与している。いわゆる“報酬センター”とドーパミンの放射が行われる皮質下中脳領域は、ある出来事をどの位良い事か、或いは報酬として感じるかの評価に関わる重要な部分であり、この部位の神経活動は、明確で原始的な報酬(例えば食べ物や薬物)、そして抽象的・副次的な報酬の両方に主要な役割を果たすとされている<ref name=ref4><pubmed>15582382</pubmed></ref>。
 ヒトが利他的な罰を行う背後にある心理学的メカニズムを理解するために、これまで、この行動を探求してきた人類学や社会学に加え、近年では神経経済学においても、研究が精力的に進められている<ref name=ref2 />。利他的な罰は、罰を行使することで自分には直接的なメリットがないにも関わらず 規範逸脱者に対して罰を行使することが、“利他的”としてとらえられている。では、なぜヒトは直接的な利益がないにも関わらず(例えば. 将来的に得られる見返りや、周囲の者からよい評判を獲得するなど)、自分の犠牲をはらってまで規範逸脱者を罰するのだろうか?これには、どうやら直接的な利益は得られない代わりに規範逸脱者に対する罰行動そのものから“満足感”が得られるためではないか、という説がある。de Querveinらの行ったPET(Positron emission tomography)を用いた研究では、信頼を裏切った者に対して罰行動を行う際の脳活動を調べた結果、 裏切った者に対して罰行動の強度が、背側線条体の活動レベルと正の相関をした事が報告されている<ref name=ref1 />。背側線条体は、満足感を生み出す報酬系の神経回路の一部とされている。脳内の報酬が関わる領域には、腹側線条体、側坐核、[[島皮質]]そして、[[眼窩前頭皮質]]の特定の部位を含む[[ドーパミン]]回路の活動が関与している。いわゆる“報酬センター”とドーパミンの放射が行われる皮質下中脳領域は、ある出来事をどの位良い事か、或いは報酬として感じるかの評価に関わる重要な部分であり、この部位の神経活動は、明確で原始的な報酬(例えば食べ物や薬物)、そして抽象的・副次的な報酬の両方に主要な役割を果たすとされている<ref name=ref4><pubmed>15582382</pubmed></ref>。
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==参考文献 ==
==参考文献 ==
1.The Neural Basis of Altruistic Punishment. Science; 2004, 305(5688): 1254-1258
<references />
 
2. The nature of human altruism. Nature; 2003; 425 (6960): 785-91
 
3. Explaining Altruistic Behavior in Humans. Evolution and Human Behavior; 2003; 24: 153-172.
 
4. Reward representations and reward-related learning in the human brain: insights from neuroimaging. Curr Opin Neurobiol. 2004; 14(6): 769-76.
 
5. Impartiality in humans is predicted by brain structure of dorsomedial prefrontal cortex. Neuroimage. 2013; 81:317-24