「到達運動」の版間の差分

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 到達運動は、目標に向かって腕を伸ばし、手先を目標の位置に動かす運動である。この運動を実現するためには、運動の意図、目標の定位、効果器の選択、手先の位置から目標に向かう軌道の計画、[[空間座標]]から[[座標系|関節・筋座標]]への変換、運動指令の生成、誤差の修正、学習・適応などの過程が必要となる。脳内では、[[一次運動野]]、[[運動前野]]などの[[高次運動野]]、[[頭頂連合野]]、[[小脳]]、[[wj:大脳基底核|大脳基底核]]などがこれらの過程に関わっていると考えられている
到達運動は、目標に向かって腕を伸ばし、手先を目標の位置に動かす運動である。この運動を実現するためには、運動の意図、目標の定位、効果器の選択、手先の位置から目標に向かう軌道の計画、[[空間座標]]から[[座標系|関節・筋座標]]への変換、運動指令の生成、誤差の修正、学習・適応などの過程が必要となる。脳内では、[[一次運動野]]、[[運動前野]]などの[[高次運動野]]、[[頭頂連合野]]、[[小脳]]、[[wj:大脳基底核|大脳基底核]]などがこれらの過程に関わっていると考えられている
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==到達運動とは==
==到達運動とは==
    
    
 上肢の肩、肘の関節を動かし、手先を目標の位置にもっていく運動である。脳の中での上肢運動の制御は、ロボットの複数の関節を動かすための制御問題を解くことと共通しており、多くの生理学的研究とともに理論的な研究が行われている。そこでは、目標の定位、座標変換、軌道計画、運動指令の生成・制御、適応・学習の問題を解く必要がある<ref name=ref1><pubmed> 3676355</pubmed></ref><ref name=ref2>'''阪口 豊'''<br>上肢到達運動制御の計算モデルとその課題. <br>''VISION'', 2004. 16;765-773.</ref>。脳内では、空間情報が視覚の背側経路に含まれる頭頂連合野で処理されている。その空間情報をもとにした視覚運動変換、運動指令の生成と制御が前頭葉の[[一次運動野]]や[[高次運動野]]へ至るネットワークで行われる。運動の調節、学習・適応には、[[小脳]]、[[wj:大脳基底核|大脳基底核]]が関わっていると考えられている。
上肢の肩、肘の関節を動かし、手先を目標の位置にもっていく運動である。脳の中での上肢運動の制御は、ロボットの複数の関節を動かすための制御問題を解くことと共通しており、多くの生理学的研究とともに理論的な研究が行われている。そこでは、目標の定位、座標変換、軌道計画、運動指令の生成・制御、適応・学習の問題を解く必要がある<ref name=ref1><pubmed> 3676355</pubmed></ref><ref name=ref2>'''阪口 豊'''<br>上肢到達運動制御の計算モデルとその課題. <br>''VISION'', 2004. 16;765-773.</ref>。脳内では、空間情報が視覚の背側経路に含まれる頭頂連合野で処理されている。その空間情報をもとにした視覚運動変換、運動指令の生成と制御が前頭葉の[[一次運動野]]や[[高次運動野]]へ至るネットワークで行われる。運動の調節、学習・適応には、[[小脳]]、[[wj:大脳基底核|大脳基底核]]が関わっていると考えられている。


==目標の定位==
==目標の定位==


 到達運動に必要な目標の位置は、網膜の上の位置([[座標系|網膜座標系]])から、[[座標系|眼球中心座標系]]、[[座標系|頭部中心座標系・身体中心座標系]]、[[座標系|身体部位中心座標系]](手先中心座標)へと座標変換される必要がある<ref name=ref3><pubmed> 12094211</pubmed></ref>。
到達運動に必要な目標の位置は、網膜の上の位置([[座標系|網膜座標系]])から、[[座標系|眼球中心座標系]]、[[座標系|頭部中心座標系・身体中心座標系]]、[[座標系|身体部位中心座標系]](手先中心座標)へと座標変換される必要がある<ref name=ref3><pubmed> 12094211</pubmed></ref>。


==到達運動の計算論的モデル==
==到達運動の計算論的モデル==
===軌道の計画===
===軌道の計画===
 手先と目標の定位がなされると、理論的には到達運動を実現するために手先軌道が計画され、運動プランや運動指令の生成が行われると考えられた。手先の初期位置から目標位置への到達運動の軌道は、前後方向でほぼ直線、水平方向では緩やかなカーブを描く。速度は、時間軸に対して、ベル型の曲線を描く<ref name=ref4><pubmed>2742921</pubmed></ref>。こうした軌道を実現するためには、計算論では脳が何らかの規範に基づいて軌道を生成すると考え、そのためのいくつかの規範(躍度最小化モデル、トルク最小化モデル、筋指令最小化モデル、終点分散最小化モデル、最小時間モデルなど)が提案されている<ref name=ref5>'''阪口 豊'''<br>随意運動における運動指令パタンの双発. <br>''計測と制御'', 2009. 48;88-93</ref>。
手先と目標の定位がなされると、理論的には到達運動を実現するために手先軌道が計画され、運動プランや運動指令の生成が行われると考えられた。手先の初期位置から目標位置への到達運動の軌道は、前後方向でほぼ直線、水平方向では緩やかなカーブを描く。速度は、時間軸に対して、ベル型の曲線を描く<ref name=ref4><pubmed>2742921</pubmed></ref>。こうした軌道を実現するためには、計算論では脳が何らかの規範に基づいて軌道を生成すると考え、そのためのいくつかの規範(躍度最小化モデル、トルク最小化モデル、筋指令最小化モデル、終点分散最小化モデル、最小時間モデルなど)が提案されている<ref name=ref5>'''阪口 豊'''<br>随意運動における運動指令パタンの双発. <br>''計測と制御'', 2009. 48;88-93</ref>。


====''躍度最小化モデル''====
====''躍度最小化モデル''====
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===制御モデル===
===制御モデル===
 軌道が求められたら、それを実行に移すための[[運動指令]]の生成や制御を行わなければならない。正確な運動の実行にあたっては、[[感覚フィードバック]]は実際の運動よりも遅れてしまうため、[[フィードバック制御]]は難しい。そこで、[[フィードフォワード制御]]が考えられた。運動前に運動を計画して、フィードバックを使わずに運動を行うモデルであるが、これには[[内部モデル|順モデル]]や[[内部モデル|逆モデル]]と呼ばれる[[内部モデル]]が必要となる。[[内部モデル|逆モデル]]は、計画された軌道から運動指令を生成する。また、[[内部モデル|順モデル]]は、[[遠心性コピー]](運動指令のコピー)/[[遠心性コピー|随伴発射]]によってフィードバックの予測を行う。この予測を用いて、より早い運動指令の修正が行われる。しかし、システム内部にはノイズが存在するため、運動時間を経るに従って、誤差が増大する。また、外力がかかった場合には容易に修正できない。そのため、以下のような感覚フィードバックを取り入れたモデルが考えられている。
軌道が求められたら、それを実行に移すための[[運動指令]]の生成や制御を行わなければならない。正確な運動の実行にあたっては、[[感覚フィードバック]]は実際の運動よりも遅れてしまうため、[[フィードバック制御]]は難しい。そこで、[[フィードフォワード制御]]が考えられた。運動前に運動を計画して、フィードバックを使わずに運動を行うモデルであるが、これには[[内部モデル|順モデル]]や[[内部モデル|逆モデル]]と呼ばれる[[内部モデル]]が必要となる。[[内部モデル|逆モデル]]は、計画された軌道から運動指令を生成する。また、[[内部モデル|順モデル]]は、[[遠心性コピー]](運動指令のコピー)/[[遠心性コピー|随伴発射]]によってフィードバックの予測を行う。この予測を用いて、より早い運動指令の修正が行われる。しかし、システム内部にはノイズが存在するため、運動時間を経るに従って、誤差が増大する。また、外力がかかった場合には容易に修正できない。そのため、以下のような感覚フィードバックを取り入れたモデルが考えられている。


====''[[フィードバック誤差学習モデル]]''====
====''[[フィードバック誤差学習モデル]]''====
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===[[小脳]]===
===[[小脳]]===
小脳は、運動学習に重要な役割をする。小脳の外側部は、大脳皮質の[[一次運動野]]、[[運動前野]]などの[[高次運動野]]、[[頭頂葉]]、[[前頭前野]]などから入力を受けており、随意運動制御に重要な役割を担っている。到達運動のプリズム適応は、小脳に障害があると起こらない。Kitazawa らは、到達運動をした結果生じた目標との誤差の情報が、[[小脳|登上線維]]による[[小脳|プルキンエ細胞]]に発生する[[小脳|複雑スパイク]]に表現されていることを明らかにした<ref name=ref43><pubmed>9548253</pubmed></ref>。つまり、運動の結果のエラーが登上線維によって小脳皮質に入力されることを示した。先に述べた、運動前野あるいは一次運動野におけるエラーの情報が、プルキンエ細胞に入力されている可能性がある。一方、[[小脳|平行線維]]による[[小脳|単純スパイク]]は運動制御の信号が表現されている。小脳には、[[内部モデル]]が存在するといわれており、眼球運動においては小脳の単純スパイクが、[[内部モデル|逆モデル]]としての小脳の役割を反映していると考えられている<ref name=ref10></ref>が、上肢運動においては、大脳皮質で計画された運動指令が、小脳の[[内部モデル|順モデル]]に入力されるという考えもある<ref name=ref44><pubmed>26704591</pubmed></ref>。
小脳は、運動学習に重要な役割をする。小脳の外側部は、大脳皮質の[[一次運動野]]、[[運動前野]]などの[[高次運動野]]、[[頭頂葉]]、[[前頭前野]]などから入力を受けており、随意運動制御に重要な役割を担っている。到達運動のプリズム適応は、小脳に障害があると起こらない。Kitazawa らは、到達運動をした結果生じた目標との誤差の情報が、[[小脳|登上線維]]による[[小脳|プルキンエ細胞]]に発生する[[小脳|複雑スパイク]]に表現されていることを明らかにした<ref name=ref43><pubmed>9548253</pubmed></ref>。つまり、運動の結果のエラーが登上線維によって小脳皮質に入力されることを示した。先に述べた、運動前野あるいは一次運動野におけるエラーの情報が、プルキンエ細胞に入力されている可能性がある。<br>一方、[[小脳|平行線維]]による[[小脳|単純スパイク]]は運動制御の信号が表現されている。小脳には、[[内部モデル]]が存在するといわれており、眼球運動においては小脳の単純スパイクが、[[内部モデル|逆モデル]]としての小脳の役割を反映していると考えられている<ref name=ref10></ref>が、上肢運動においては、大脳皮質で計画された運動指令が、小脳の[[内部モデル|順モデル]]に入力されるという考えもある<ref name=ref44><pubmed>26704591</pubmed></ref>。


===[[wj:大脳基底核|大脳基底核]]===
===[[wj:大脳基底核|大脳基底核]]===
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