「前庭脊髄路」の版間の差分

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英語名:vestibulospinal tract
羅:tractus vestiburospinalis 英:vestibulospinal tract  


同類語:半規管、耳石、卵形嚢、球形嚢、Deiters核,前庭脊髄反射、前庭頚反射、内側前庭脊髄路、外側前庭脊髄路
 前庭核から下行し、脊髄前索を通り、脊髄運動神経細胞、または介在神経細胞に終始する投射である。伸筋の運動細胞群に対しては興奮作用を、屈筋の運動細胞群に対しては介在神経細胞を介して抑制作用を及ぼす。動物が何らかの外力を受け、反射的に四肢の筋緊張が変化し、姿勢の崩れを未然に防ぎ、体平衡を保とうとする。これが前庭脊髄反射であるが、これを主に担うのが前庭脊髄路である。


[[image:杉内前庭脊髄路z.png|thumb|300px|'''図.前庭脊髄路'''<br>Shinoda et al. 2006より引用改変]]
== 機能  ==


 動物が何らかの外力を受け、頭部に加速度が加わった場合、内耳にある前庭器により、その加速度が感知され、反射的に四肢の筋緊張が変化し、姿勢の崩れを未然に防ぎ、体平衡を保とうとする基本的な反応が生得的に備わっている。これが前庭脊髄反射である。これは、主に前庭脊髄路の働きによると考えられるが、網様体脊髄路の一部にも、前庭入力を受けるものが存在し、それらの作用の総合的結果としておこるものと考えられる。
[[Image:杉内前庭脊髄路z.png|thumb|300px|<b>図.前庭脊髄路</b><br />Shinoda et al. 2006より引用改変]]


 前庭脊髄路には、外側前庭神経核(一部、下前庭神経核)から下行し、前索の腹側部を通る外側前庭脊髄路(lateral vestibulospinal tract)と、内側前庭神経核と下前庭神経核(一部、外側前庭神経核)から起こり、内側縦束(medial longitudinal fascicle;MLF)を下行し、脊髄前索内の最内側部を通る内側前庭脊髄路(medial vestibulospinal tract)がある(図)。外側前庭脊髄路は、前庭神経を出て尾側に走り、顔面神経核の背内側、疑核の背内側を通過し、舌下神経の外側に至る。その後,下オリーブ核の背外側,外側網様体核の背側部を通過して脊髄に至り,脊髄では同側の側索腹側部を通って,頚髄,胸髄、腰髄に至る<ref name=ref1><pubmed>14184860</pubmed></ref>。他方、内側前庭脊髄路(medial vestibulospinal tract: MVST)は,前庭神経核を出た後,内尾側に走り内側縦束に入り,次第に腹側に位置を変えながら延髄のobexのレベルで錐体交叉の背側を走り,その後次第に腹側に至り前索内側部を走り,主に上部頚髄から下部頚髄付近で終わる<ref name=ref2><pubmed>14184859</pubmed></ref>
 動物が何らかの外力を受け、頭部に加速度が加わった場合、内耳にある前庭器により、その加速度が感知され、反射的に四肢の筋緊張が変化し、姿勢の崩れを未然に防ぎ、体平衡を保とうとする基本的な反応が生得的に備わっている。これが前庭脊髄反射である。これは、主に前庭脊髄路の働きによると考えられるが、網様体脊髄路の一部にも、前庭入力を受けるものが存在し、それらの作用の総合的結果としておこるものと考えられる。前庭神経核から脊髄運動細胞に至る経路の作用は、1960年代から、スウエーデンのLundberg、本邦の本郷利憲、イタリアのPompeiano, アメリカのWilsonのグループにより、精力的に電気生理学的に解析された。その結果、前庭脊髄路の作用は、四肢に関しては、おもに同側性に影響を与え、生理学的伸筋の運動細胞群に対しては興奮作用を、生理学的屈筋の運動細胞群に対しては脊髄にある抑制性介在ニューロンを介して抑制作用を及ぼすことが明らかとなった 。  


 外側前庭脊髄路はおもに耳石器からの入力を受け、腰髄までの脊髄全域に同側性にのみ投射しており、頚部・体幹・上下肢の全てに影響を及ぼし、上下肢を含む全身の前庭脊髄反射に関係している。内側前庭脊髄路は、おもに半規管からの入力を受け、両側性に投射し、大部分は頚髄のレベルで終わっており、前庭頚反射に中心的役割を果たしている。外側前庭脊髄路細胞は興奮性細胞のみであるが、内側前庭脊髄路細胞には興奮性のものと抑制性のものがあり、原則として興奮性のものは対側の脊髄を下行し、抑制性のものは同側の脊髄を下行する。しかし対側の脊髄を下行する抑制性細胞も少数存在する。古典的には、上位中枢から脊髄へ抑制性の制御を行う経路は、いずれも脊髄レベルに存在する抑制性の介在ニューロンを介するものであり、抑制性神経細胞の軸索は一般に短いと考えられていたが、内側前庭脊髄路は、長下行性伝導路細胞そのものが抑制性である例として、最初に同定された系である。
== 解剖  ==


 前庭脊髄路細胞の脊髄内での終止部位については古くは変性実験(前庭神経核を破壊することにより、変性した神経線維と終末の存在する部位を観察する方法)により調べられた。その結果、外側前庭脊髄路は、脊髄灰白質のRexedによる分類<ref name=ref3><pubmed>13163236</pubmed></ref>のうち、主に介在ニューロンの存在する部位である、VII層およびVIII層の内側部に投射することが示された。運動ニューロンの存在するIX層(運動神経核)への投射については、四肢の筋の運動ニューロンが存在する脊髄分節(頚髄と腰髄)においては認められず、胸髄と上部頚髄では運動神経核にもわずかに投射が認められた。内側前庭脊髄路細胞は、おもにVIII層とその近傍のVII層に終わっており、体幹筋を支配するIX層の運動神経核には投射が認められないとされた。しかしながらその後、単一細胞の軸索の投射様式を厳密に解析することのできる、神経標識物質(horseradish peroxidase, HRP)の細胞内注入法が開発され、ほとんどすべての前庭脊髄路細胞が、複数の髄節において、多数の側枝を出しており、さらに複数の異なる頚筋の運動細胞に直接投射していることが明らかとなった<ref name=ref4><pubmed>16221600</pubmed></ref>。これは、前庭脊髄反射では、多数の頚筋や体幹筋が同時に制御されているが、少なくともその一部は、単一の前庭脊髄路細胞による異なる筋群の運動細胞の支配様式により実現されていることを意味する。
 前庭脊髄路には、外側前庭神経核(一部、下前庭神経核)から下行し、前索の腹側部を通る外側前庭脊髄路(lateral vestibulospinal tract)と、内側前庭神経核と下前庭神経核(一部、外側前庭神経核)から起こり、内側縦束(medial longitudinal fascicle;MLF)を下行し、脊髄前索内の最内側部を通る内側前庭脊髄路(medial vestibulospinal tract)がある(図)。


 前庭神経核から脊髄運動細胞に至る経路の作用は、1960年代から、スウエーデンのLundberg、本邦の本郷利憲、イタリアのPompeiano, アメリカのWilsonのグループにより、精力的に電気生理学的に解析された<ref name=ref5>'''Wilson VJ, Melvill-Jones G.'''<br>Mammalian vestibular physiology. New York, Plenum Press; 1979.</ref>。その結果、前庭脊髄路の作用は、四肢に関しては、おもに同側性に影響を与え、生理学的伸筋の運動細胞群に対しては興奮作用を、生理学的屈筋の運動細胞群に対しては脊髄にある抑制性介在ニューロンを介して抑制作用を及ぼすことが明らかとなった<ref name=ref6><pubmed>4642044</pubmed></ref> <ref name=ref7>'''杉内友理子'''<br>前庭脊髄路. Clinical Neuroscience 30 めまい Vertigo,Dizziness or Else?: 37-42, 2011.</ref>。
=== 外側前庭脊髄路  ===


== 参考文献 ==
 外側前庭脊髄路は、前庭神経を出て尾側に走り、顔面神経核の背内側、疑核の背内側を通過し、舌下神経の外側に至る。その後,下オリーブ核の背外側,外側網様体核の背側部を通過して脊髄に至り,脊髄では同側の側索腹側部を通って,頚髄,胸髄、腰髄に至る<ref name="ref1"><pubmed>14184860</pubmed></ref>
<references />


 外側前庭脊髄路はおもに耳石器からの入力を受け、腰髄までの脊髄全域に同側性にのみ投射しており、頚部・体幹・上下肢の全てに影響を及ぼし、上下肢を含む全身の前庭脊髄反射に関係している。脊髄内での終止部位については古くは変性実験(前庭神経核を破壊することにより、変性した神経線維と終末の存在する部位を観察する方法)により調べられた。その結果、外側前庭脊髄路は、脊髄灰白質のRexedによる分類のうち、主に介在ニューロンの存在する部位である、VII層およびVIII層の内側部に投射することが示された。運動ニューロンの存在するIX層(運動神経核)への投射については、四肢の筋の運動ニューロンが存在する脊髄分節(頚髄と腰髄)においては認められず、胸髄と上部頚髄では運動神経核にもわずかに投射が認められた。


(執筆者:杉内友理子 担当編集委員:伊佐正)
 外側前庭脊髄路細胞は興奮性細胞のみである。<br>
 
=== 内側前庭脊髄路  ===
 
 内側前庭脊髄路(medial vestibulospinal tract: MVST)は,前庭神経核を出た後,内尾側に走り内側縦束に入り,次第に腹側に位置を変えながら延髄のobexのレベルで錐体交叉の背側を走り,その後次第に腹側に至り前索内側部を走り,主に上部頚髄から下部頚髄付近で終わる。
 
 内側前庭脊髄路は、おもに半規管からの入力を受け、両側性に投射し、大部分は頚髄のレベルで終わっており、前庭頚反射に中心的役割を果たしている。外側前庭脊髄路細胞と異なり、内側前庭脊髄路細胞には興奮性のものと抑制性のものがあり、原則として興奮性のものは対側の脊髄を下行し、抑制性のものは同側の脊髄を下行する。しかし対側の脊髄を下行する抑制性細胞も少数存在する。古典的には、上位中枢から脊髄へ抑制性の制御を行う経路は、いずれも脊髄レベルに存在する抑制性の介在ニューロンを介するものであり、抑制性神経細胞の軸索は一般に短いと考えられていたが、内側前庭脊髄路は、長下行性伝導路細胞そのものが抑制性である例として、最初に同定された系である。
 
 内側前庭脊髄路細胞は、おもにVIII層とその近傍のVII層に終わっており、体幹筋を支配するIX層の運動神経核には投射が認められないとされた。しかしながらその後、単一細胞の軸索の投射様式を厳密に解析することのできる、神経標識物質(horseradish peroxidase, HRP)の細胞内注入法が開発され、ほとんどすべての前庭脊髄路細胞が、複数の髄節において、多数の側枝を出しており、さらに複数の異なる頚筋の運動細胞に直接投射していることが明らかとなった<ref name="ref4"><pubmed>16221600</pubmed></ref>。これは、前庭脊髄反射では、多数の頚筋や体幹筋が同時に制御されているが、少なくともその一部は、単一の前庭脊髄路細胞による異なる筋群の運動細胞の支配様式により実現されていることを意味する。<br>
 
== 関連語  ==
 
*半規管
*耳石器
*前庭核
*前庭脊髄反射
*前庭頚反射<br>
 
== 参考文献  ==
 
<references />
 
<br> (執筆者:杉内友理子 担当編集委員:伊佐正)

2012年6月2日 (土) 19:06時点における版

羅:tractus vestiburospinalis 英:vestibulospinal tract

 前庭核から下行し、脊髄前索を通り、脊髄運動神経細胞、または介在神経細胞に終始する投射である。伸筋の運動細胞群に対しては興奮作用を、屈筋の運動細胞群に対しては介在神経細胞を介して抑制作用を及ぼす。動物が何らかの外力を受け、反射的に四肢の筋緊張が変化し、姿勢の崩れを未然に防ぎ、体平衡を保とうとする。これが前庭脊髄反射であるが、これを主に担うのが前庭脊髄路である。

機能

図.前庭脊髄路
Shinoda et al. 2006より引用改変

 動物が何らかの外力を受け、頭部に加速度が加わった場合、内耳にある前庭器により、その加速度が感知され、反射的に四肢の筋緊張が変化し、姿勢の崩れを未然に防ぎ、体平衡を保とうとする基本的な反応が生得的に備わっている。これが前庭脊髄反射である。これは、主に前庭脊髄路の働きによると考えられるが、網様体脊髄路の一部にも、前庭入力を受けるものが存在し、それらの作用の総合的結果としておこるものと考えられる。前庭神経核から脊髄運動細胞に至る経路の作用は、1960年代から、スウエーデンのLundberg、本邦の本郷利憲、イタリアのPompeiano, アメリカのWilsonのグループにより、精力的に電気生理学的に解析された。その結果、前庭脊髄路の作用は、四肢に関しては、おもに同側性に影響を与え、生理学的伸筋の運動細胞群に対しては興奮作用を、生理学的屈筋の運動細胞群に対しては脊髄にある抑制性介在ニューロンを介して抑制作用を及ぼすことが明らかとなった 。

解剖

 前庭脊髄路には、外側前庭神経核(一部、下前庭神経核)から下行し、前索の腹側部を通る外側前庭脊髄路(lateral vestibulospinal tract)と、内側前庭神経核と下前庭神経核(一部、外側前庭神経核)から起こり、内側縦束(medial longitudinal fascicle;MLF)を下行し、脊髄前索内の最内側部を通る内側前庭脊髄路(medial vestibulospinal tract)がある(図)。

外側前庭脊髄路

 外側前庭脊髄路は、前庭神経を出て尾側に走り、顔面神経核の背内側、疑核の背内側を通過し、舌下神経の外側に至る。その後,下オリーブ核の背外側,外側網様体核の背側部を通過して脊髄に至り,脊髄では同側の側索腹側部を通って,頚髄,胸髄、腰髄に至る[1]

 外側前庭脊髄路はおもに耳石器からの入力を受け、腰髄までの脊髄全域に同側性にのみ投射しており、頚部・体幹・上下肢の全てに影響を及ぼし、上下肢を含む全身の前庭脊髄反射に関係している。脊髄内での終止部位については古くは変性実験(前庭神経核を破壊することにより、変性した神経線維と終末の存在する部位を観察する方法)により調べられた。その結果、外側前庭脊髄路は、脊髄灰白質のRexedによる分類のうち、主に介在ニューロンの存在する部位である、VII層およびVIII層の内側部に投射することが示された。運動ニューロンの存在するIX層(運動神経核)への投射については、四肢の筋の運動ニューロンが存在する脊髄分節(頚髄と腰髄)においては認められず、胸髄と上部頚髄では運動神経核にもわずかに投射が認められた。

 外側前庭脊髄路細胞は興奮性細胞のみである。

内側前庭脊髄路

 内側前庭脊髄路(medial vestibulospinal tract: MVST)は,前庭神経核を出た後,内尾側に走り内側縦束に入り,次第に腹側に位置を変えながら延髄のobexのレベルで錐体交叉の背側を走り,その後次第に腹側に至り前索内側部を走り,主に上部頚髄から下部頚髄付近で終わる。

 内側前庭脊髄路は、おもに半規管からの入力を受け、両側性に投射し、大部分は頚髄のレベルで終わっており、前庭頚反射に中心的役割を果たしている。外側前庭脊髄路細胞と異なり、内側前庭脊髄路細胞には興奮性のものと抑制性のものがあり、原則として興奮性のものは対側の脊髄を下行し、抑制性のものは同側の脊髄を下行する。しかし対側の脊髄を下行する抑制性細胞も少数存在する。古典的には、上位中枢から脊髄へ抑制性の制御を行う経路は、いずれも脊髄レベルに存在する抑制性の介在ニューロンを介するものであり、抑制性神経細胞の軸索は一般に短いと考えられていたが、内側前庭脊髄路は、長下行性伝導路細胞そのものが抑制性である例として、最初に同定された系である。

 内側前庭脊髄路細胞は、おもにVIII層とその近傍のVII層に終わっており、体幹筋を支配するIX層の運動神経核には投射が認められないとされた。しかしながらその後、単一細胞の軸索の投射様式を厳密に解析することのできる、神経標識物質(horseradish peroxidase, HRP)の細胞内注入法が開発され、ほとんどすべての前庭脊髄路細胞が、複数の髄節において、多数の側枝を出しており、さらに複数の異なる頚筋の運動細胞に直接投射していることが明らかとなった[2]。これは、前庭脊髄反射では、多数の頚筋や体幹筋が同時に制御されているが、少なくともその一部は、単一の前庭脊髄路細胞による異なる筋群の運動細胞の支配様式により実現されていることを意味する。

関連語

  • 半規管
  • 耳石器
  • 前庭核
  • 前庭脊髄反射
  • 前庭頚反射

参考文献

  1. NYBERG-HANSEN, R., & MASCITTI, T.A. (1964).
    SITES AND MODE OF TERMINATION OF FIBERS OF THE VESTIBULOSPINAL TRACT IN THE CAT. AN EXPERIMENTAL STUDY WITH SILVER IMPREGNATION METHODS. The Journal of comparative neurology, 122, 369-83. [PubMed:14184860] [WorldCat] [DOI]
  2. Shinoda, Y., Sugiuchi, Y., Izawa, Y., & Hata, Y. (2006).
    Long descending motor tract axons and their control of neck and axial muscles. Progress in brain research, 151, 527-63. [PubMed:16221600] [WorldCat] [DOI]


(執筆者:杉内友理子 担当編集委員:伊佐正)