前脳基底部

提供: 脳科学辞典
2016年1月6日 (水) 15:48時点におけるTfuruya (トーク | 投稿記録)による版

(差分) ← 古い版 | 承認済み版 (差分) | 最新版 (差分) | 新しい版 → (差分)
移動先: 案内検索

渡邊正孝
公益財団法人東京都医学総合研究所
DOI:10.14931/bsd.1662 原稿受付日:2012年7月12日 原稿完成日:2016年1月6日
担当編集委員:田中 啓治(独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)

英語名:Basal forebrain

 前脳基底部は前頭葉底面の後端に位置し、主に脳幹部と辺縁系から入力を受ける。アルツハイマー病患者ではこの脳部位のコリン作動性ニューロンが減少している。この部位は記憶や睡眠に重要な役割を果たす。

前脳基底部のなりたち

位置

 前脳基底部は前頭葉底面の後端(前頭眼窩野前頭連合野内側部のすぐ後方)に位置し、ブローカの対角帯核 Nucleus of the diagonal band of Broca、内側中隔核 Medial septal nuclei、マイネルトの基底核 Necleus basalis of Meynert を含む無名質 Substantia Innominataなどの脳部位からなる。

入出力

 前脳基底部は腹側被蓋縫線核青斑核などの脳幹部からと海馬扁桃核などの辺縁系から入力を受ける。前脳基底部、特にマイネルトの基底核に多数存在するコリン作動性ニューロンは、記憶と関連する海馬とその周辺領域、扁桃体、視床下部中脳網様体、そして大脳皮質に広く出力を送っている。

機能

コリン作動性ニューロンと可塑性

 前脳基底部のコリン作動性ニューロンは好ましい、嫌悪的である、あるいは新規である、というような生物学的に意味のある刺激があったときに、その刺激の情報を出力部位に伝え、そこに行動的覚醒注意集中を促す。コリン作動性ニューロンは刺激内容の情報を運ぶというより、脳全般の活動を調整することにより脳可塑性、すなわち学習に重要な役割を果たしている[1]。サルの前脳基底部には、刺激が報酬あるいは嫌悪刺激と結びついているという連合を学習をする過程、並びにその学習の結果を反映した活動を示すニューロンが見られる。なお、海馬における長期増強(long term potentiation:LTP)は前脳基底部の電気刺激で促進され、破壊で抑制されることも示されている。

睡眠

 前脳基底部は、睡眠・覚醒に重要な役割を果たす脳幹の縫線核と大脳皮質との中継的役割を果たしていると考えられており、損傷により睡眠障害がよく見られる。アセチリコリンの作動薬REM睡眠を促進し、拮抗薬はREM睡眠を抑制する。ネコにおけるマイクロダイアリシス実験では、前脳基底部のアセチリコリンの量がREM睡眠時で最も大きく、non-REM睡眠時に最も小さく、覚醒時にその中間レベルであることが示されている。前脳基底部を破壊すると、皮質の覚醒の度合いが下がるとともに、REM睡眠障害が起こる。逆に、前脳基底部を刺激すると覚醒度が上がることも示されている[2]

疾患

記憶障害

 前脳基底部は前交通動脈瘤または前大脳動脈瘤の破裂によるクモ膜下出血によって傷害されることが多く、その結果記憶障害睡眠障害が起こることが多い。 サルにおいても前脳基底部の破壊により記憶の障害が見られる。ネズミでも前脳基底部の破壊でいろいろな学習行動が阻害される。

 前脳基底部損傷患者の記憶障害としては、損傷前の数年から数十年の記憶がない、という「逆行性健忘」、今がいつで、自分がどこにいるのか、という「見当識の障害」、そして新しいことが憶えられないという「順行性健忘」が起こる。プライミングなどの潜在記憶は部分的に障害を受けるが、運転技術とか、泳ぎなどの手続き記憶は障害を受けない。また、ある情報をいつ、どこで得たのかに関する健忘(出典健忘)が見られる。記憶の個々の項目同士をうまく結び付けすることが出来ず、起こったことを別の文脈のものと取り違えたりする行動や、空想的な「作話」もよく見られる。「想起」(思い出すこと)全般に障害を示すが、「再生法」では思い出せなくても、「聞いた事あるいは見たことがあるかどうか」を問う「再認法」で調べると一定の記憶は残っていることもある。一方、前脳基底部損傷患者は、記憶以外の神経心理テストでは異常を示さないことが多い。

アルツハイマー病

 アルツハイマー病の患者では前脳基底部、とくにマイネルト基底核のコリン作動性ニューロンが減少している。この減少がアルツハイマー病患者における認知・学習・記憶の能力減退をもたらしていると考えられる[3]。治療薬として用いられているドネペジルは脳内でアセチルコリンを分解するタンパク質「コリンエステラーゼ」の機能を抑制し、結果的にアセチルコリンの量を増やすことで、記憶学習機能の低下を防ぐと考えられる。ただ、この薬物は認知能力の減退を遅らせはするが、コリン作動性ニューロンの再生を促すことはないことから、アルツハイマー病そのものの治療効果はない。脳に入ってアセチルコリン受容体の働きを抑える薬物であるスコポラミンを健常人に投与すると、記憶障害など、アルツハイマー病と似たような状態が生じる。ネズミにスコポラミンを大量に投与すると記憶学習の能力が落ちるため、記憶学習を回復させる薬物のスクリーニングにスコポラミンが使われることもある。

関連項目

参考文献

  1. James M Conner, Andrew Culberson, Christine Packowski, Andrea A Chiba, Mark H Tuszynski

    Lesions of the Basal forebrain cholinergic system impair task acquisition and abolish cortical plasticity associated with motor skill learning.
    Neuron: 2003, 38(5);819-29 [PubMed:12797965] [WorldCat.org]

  2. Deurveilher S, Semba k
    Basal forebrain regulation of cortical activity and sleep-wake states: Roles of cholinergic and non-cholinergic neurons.
    Sleep and Biological Rhythms, 2011 9:65-70. [doi: 10.1111/j.1479-8425.2010.00465.x]
  3. Stefan J Teipel, Wilhelm H Flatz, Helmut Heinsen, Arun L W Bokde, Stefan O Schoenberg, Stephanie Stöckel, Olaf Dietrich, Maximilian F Reiser, Hans-Jürgen Möller, Harald Hampel

    Measurement of basal forebrain atrophy in Alzheimer's disease using MRI.
    Brain: 2005, 128(Pt 11);2626-44 [PubMed:16014654] [WorldCat.org] [DOI]