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(ページの作成:「執筆者:二宮太平、植松明子、磯田昌岐 (自然科学研究機構生理学研究所・認知行動発達機構研究部門) 英語名: frontal eye f...」)
 
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前頭眼野は、[[大脳皮質]]に存在する眼球運動野である。[[補足眼野]]や上丘に直接投射し、この領域を電気刺激すると、低い[[閾値]]で急速眼球運動(サッケードともよばれる)や[[滑動性眼球運動]]が誘発される。前頭眼野は眼球運動の認知的制御、[[空間的注意]]等、様々な生理機能に関わることが知られる。
前頭眼野は、[[大脳皮質]]に存在する眼球運動野である。[[補足眼野]]や上丘に直接投射し、この領域を電気刺激すると、低い[[閾値]]で急速眼球運動(サッケードともよばれる)や[[滑動性眼球運動]]が誘発される。前頭眼野は眼球運動の認知的制御、[[空間的注意]]等、様々な生理機能に関わることが知られる。


前頭眼野とは
== 前頭眼野とは ==
前頭眼野は大脳皮質[[前頭葉]]の背外側部に存在する眼球運動野である(図1)。19世紀には既に、[[サル]]の前頭葉を電気刺激することで眼球運動が誘発されることが報告されている1,2。また前頭葉を損傷した患者の一部で眼球運動に障害が生じることが報告されており3,4、前頭眼野の存在はその頃には既に認知されていた。その後、米国NIHのGoldbergらがおこなった、サルの脳を対象とした一連の研究5-7などにより、その生理学的機能が詳細に明らかにされるようになった。
前頭眼野は大脳皮質[[前頭葉]]の背外側部に存在する眼球運動野である(図1)。19世紀には既に、[[サル]]の前頭葉を電気刺激することで眼球運動が誘発されることが報告されている1,2。また前頭葉を損傷した患者の一部で眼球運動に障害が生じることが報告されており3,4、前頭眼野の存在はその頃には既に認知されていた。その後、米国NIHのGoldbergらがおこなった、サルの脳を対象とした一連の研究5-7などにより、その生理学的機能が詳細に明らかにされるようになった。


構造
== 構造 ==
肉眼解剖
=== 肉眼解剖 ===
補足眼野(supplementary eye field: SEF)とともに前頭葉の眼球運動中枢を構成する(図1)。[[マカクザル]]の前頭眼野は弓状溝前部および底部に位置する。[[ヒト]]の前頭眼野の位置は、特に内側-外側軸において個人差があることが知られている8が、概ね中心前溝付近または上前頭溝後方の底部であると考えられている。
補足眼野(supplementary eye field: SEF)とともに前頭葉の眼球運動中枢を構成する(図1)。[[マカクザル]]の前頭眼野は弓状溝前部および底部に位置する。[[ヒト]]の前頭眼野の位置は、特に内側-外側軸において個人差があることが知られている8が、概ね中心前溝付近または上前頭溝後方の底部であると考えられている。


前頭眼野は[[Brodmann]]の脳地図における、[[8野]]の内部に存在し、概ねWalker9やPetridesとPandya10の分類による8A野に相当すると考えられている。
前頭眼野は[[Brodmann]]の脳地図における、[[8野]]の内部に存在し、概ねWalker9やPetridesとPandya10の分類による8A野に相当すると考えられている。


入出力
=== 入出力 ===
前頭眼野は、非常に多くの大脳皮質領野と結合があることが知られている。大脳皮質の眼球運動関連領野である補足眼野や外側頭頂間野(LIP野)との解剖学的結合に加え、[[前頭連合野]]、特に主溝付近との結合が豊富である。また、多くの視覚関連領野と相互に連絡がある11。
前頭眼野は、非常に多くの大脳皮質領野と結合があることが知られている。大脳皮質の眼球運動関連領野である補足眼野や外側頭頂間野(LIP野)との解剖学的結合に加え、[[前頭連合野]]、特に主溝付近との結合が豊富である。また、多くの視覚関連領野と相互に連絡がある11。
皮質下の領域では、補足眼野と同様に、線条体、視床、上丘、脳幹諸核など、皮質下の視覚・眼球運動関連領野との結合が強い12。また、神経細胞の性質に層特異性があることが知られており13-15、神経連絡の機能的意義を考察する上で重要な手がかりとなる。
皮質下の領域では、補足眼野と同様に、線条体、視床、上丘、脳幹諸核など、皮質下の視覚・眼球運動関連領野との結合が強い12。また、神経細胞の性質に層特異性があることが知られており13-15、神経連絡の機能的意義を考察する上で重要な手がかりとなる。


生理機能
== 生理機能 ==
前頭眼野は、急速眼球運動、滑動性眼球運動、[[固視]]、輻湊、注意などとの関連が知られている。
前頭眼野は、急速眼球運動、滑動性眼球運動、[[固視]]、輻湊、注意などとの関連が知られている。


急速眼球運動
=== 急速眼球運動 ===
前頭眼野、特に弓状溝前壁を電気刺激すると、刺激部位に応じて対側への一定のベクトル成分をもった急速眼球運動(いわゆるconstant-vector saccades)が誘発される6。補足眼野を電気刺激した場合と比較すると、前頭眼野の急速眼球運動の特徴は、1) 刺激からの潜時が短い13,16,17、2)補足眼野の電気刺激では特定の空間部位に収束する眼球運動(いわゆるgoal-directed saccadesまたはconverging saccades)が生じる場合があるが、前頭眼野の電気刺激では生じない6,18、などである。
前頭眼野、特に弓状溝前壁を電気刺激すると、刺激部位に応じて対側への一定のベクトル成分をもった急速眼球運動(いわゆるconstant-vector saccades)が誘発される6。補足眼野を電気刺激した場合と比較すると、前頭眼野の急速眼球運動の特徴は、1) 刺激からの潜時が短い13,16,17、2)補足眼野の電気刺激では特定の空間部位に収束する眼球運動(いわゆるgoal-directed saccadesまたはconverging saccades)が生じる場合があるが、前頭眼野の電気刺激では生じない6,18、などである。
前頭眼野の神経細胞は、[[受容野]](receptive field)や運動野(movement field)などの応答野(response field)を持つ。Goldbergらは、サルに視覚・眼球運動課題をおこなわせて、その際の神経活動を解析することにより、前頭眼野細胞を視覚刺激のみに反応するvisual neuron、眼球運動生成のみに反応するmovement neuron、両者に反応するvisuomovement neuronに分類した5。Movement neuronやvisuomovement neuronの眼球運動関連活動は、合目的的な運動には先行するが、無目的的な運動(例えば暗闇の中で自然発生的に生じるもの)には先行しない6,19。その他、急速眼球運動の文脈依存的な切り替えや20、反射的眼球運動の抑制においても役割を持つ2122。しかし、補足眼野と比較すると、細胞応答や電気刺激効果の文脈依存性は低い23,24。
前頭眼野の神経細胞は、[[受容野]](receptive field)や運動野(movement field)などの応答野(response field)を持つ。Goldbergらは、サルに視覚・眼球運動課題をおこなわせて、その際の神経活動を解析することにより、前頭眼野細胞を視覚刺激のみに反応するvisual neuron、眼球運動生成のみに反応するmovement neuron、両者に反応するvisuomovement neuronに分類した5。Movement neuronやvisuomovement neuronの眼球運動関連活動は、合目的的な運動には先行するが、無目的的な運動(例えば暗闇の中で自然発生的に生じるもの)には先行しない6,19。その他、急速眼球運動の文脈依存的な切り替えや20、反射的眼球運動の抑制においても役割を持つ2122。しかし、補足眼野と比較すると、細胞応答や電気刺激効果の文脈依存性は低い23,24。
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また一方で、急速眼球運動中に活動が抑制され、固視中に持続的活動を示す神経細胞の存在も知られている5,19,25。さらに、電気刺激により、急速眼球運動や滑動性眼球運動が抑制される現象も報告されている26,27。これらの知見は、前頭眼野が眼球運動の発現のみならず、固視にも寄与していることを示唆する
また一方で、急速眼球運動中に活動が抑制され、固視中に持続的活動を示す神経細胞の存在も知られている5,19,25。さらに、電気刺激により、急速眼球運動や滑動性眼球運動が抑制される現象も報告されている26,27。これらの知見は、前頭眼野が眼球運動の発現のみならず、固視にも寄与していることを示唆する


滑動性眼球運動
=== 滑動性眼球運動 ===
前頭眼野の底部から弓状溝後壁の活動を低下させると、同側方向への滑動性眼球運動が障害される28,29。逆に、この部位の電気刺激により、同側方向への滑動性眼球運動が誘発される30。また、同部の神経活動は、滑動性眼球運動時に変化することも確認されている31。
前頭眼野の底部から弓状溝後壁の活動を低下させると、同側方向への滑動性眼球運動が障害される28,29。逆に、この部位の電気刺激により、同側方向への滑動性眼球運動が誘発される30。また、同部の神経活動は、滑動性眼球運動時に変化することも確認されている31。
 上記の前頭眼野領域を電気刺激すると、輻輳が生じることも知られている16,32。滑動性眼球運動時の神経活動変化は、2次元平面の指標追跡時だけではなく、輻輳を必要とする奥行き方向の指標追跡時でも観察されていることから、3次元空間における物体追跡に重要な役割を果たすと考えられる33。
 上記の前頭眼野領域を電気刺激すると、輻輳が生じることも知られている16,32。滑動性眼球運動時の神経活動変化は、2次元平面の指標追跡時だけではなく、輻輳を必要とする奥行き方向の指標追跡時でも観察されていることから、3次元空間における物体追跡に重要な役割を果たすと考えられる33。


空間的注意との関連
=== 空間的注意との関連 ===
前頭眼野を、眼球運動が誘発される閾値以下で電気刺激することにより、対応部位(刺激部位の細胞群のresponse field)に提示された視覚指標の変化の検出が促進されることが報告されている34。また、眼球運動は行わずに、視覚指標に注意のみを向ける課題において神経活動が変化することが知られており35、前頭眼野は潜在的な注意の処理にも役割を担うと考えられている36。
前頭眼野を、眼球運動が誘発される閾値以下で電気刺激することにより、対応部位(刺激部位の細胞群のresponse field)に提示された視覚指標の変化の検出が促進されることが報告されている34。また、眼球運動は行わずに、視覚指標に注意のみを向ける課題において神経活動が変化することが知られており35、前頭眼野は潜在的な注意の処理にも役割を担うと考えられている36。


関連項目
== 関連項目 ==
補足眼野
* [[補足眼野]]
急速眼球運動
* [[急速眼球運動]]
滑動性眼球運動
* [[滑動性眼球運動]]


参考文献
参考文献