「半側空間無視」の版間の差分

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==定義==
==定義==
 半側空間無視とは、大脳半球病巣と反対側の刺激に対して、発見して報告したり、反応したり、その方向を向いたりすることが障害される病態である<ref name=ref1><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref2><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref3><pubmed></pubmed></ref>。脳梗塞や脳出血が大脳半球に生じた場合に起こることが多く、急性期を除けば右半球損傷後に生じる左半側空間無視がほとんどである。
 半側空間無視とは、大脳半球病巣と反対側の刺激に対して、発見して報告したり、反応したり、その方向を向いたりすることが障害される病態である<ref name=ref1>'''Heilman KM, Watson RT, Valenstein E'''<br>Neglect and related disorders. <br>Clinical Neuropsychology, 3rd ed, Heilman KM, Valenstein E (eds), <br>''Oxford University Press'', New York, 1993, pp.279-336</ref> <ref name=ref2>'''石合純夫'''<br>高次脳機能障害学第2版<br>''医歯薬出版''、東京、2012,pp.151-181</ref> <ref name=ref3>'''石合純夫'''<br>失われた空間<br>''医学書院''、東京、2009</ref>。脳梗塞や脳出血が大脳半球に生じた場合に起こることが多く、急性期を除けば右半球損傷後に生じる左半側空間無視がほとんどである。


==臨床症状==
==臨床症状==
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==評価・検査==
==評価・検査==
 半側空間無視の基本的検査法は、抹消試験、模写試験、線分二等分試験、描画試験であり、これらは、BIT行動性無視検査日本版(BIT)<ref name=ref4><pubmed></pubmed></ref>の通常検査に含まれている。後述する病巣部位とも関連するが、患者ごとに課題による得手不得手がみられ、どれか1つの検査をすれば十分ということはない。BIT通常検査は全て実施すべきである。典型的な検査結果を図1に示す。なお、BITには、日常生活場面を模した行動検査もあり、障害が出やすい場面を予測し、リハビリテーションの方針決定に役立てることができる。また、机上検査ではなく、生活障害を観察して評価する方法として、Catherine Bergego Scale<ref name=ref5><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref6><pubmed></pubmed></ref>がある。
 半側空間無視の基本的検査法は、抹消試験、模写試験、線分二等分試験、描画試験であり、これらは、BIT行動性無視検査日本版(BIT)<ref name=ref4>'''石合純夫'''(BIT日本版作製委員会代表)<br>BIT行動性無視検査日本版<br>''新興医学出版''、東京、1999</ref>の通常検査に含まれている。後述する病巣部位とも関連するが、患者ごとに課題による得手不得手がみられ、どれか1つの検査をすれば十分ということはない。BIT通常検査は全て実施すべきである。典型的な検査結果を図1に示す。なお、BITには、日常生活場面を模した行動検査もあり、障害が出やすい場面を予測し、リハビリテーションの方針決定に役立てることができる。また、机上検査ではなく、生活障害を観察して評価する方法として、Catherine Bergego Scale<ref name=ref5><pubmed>12589620</pubmed></ref> <ref name=ref6>'''大島浩子、村嶋幸代、高橋龍太郎ら'''<br>半側空間無視(Neglect)を有する脳卒中患者の生活障害評価尺度-the Catherine Bergego Scale (CBS)日本語版の作成とその検討<br>''日本看護科学会雑誌'' 25: 90-95, 2005</ref>がある。


==病態を理解するためのポイント==
==病態を理解するためのポイント==
===空間性注意と半側空間無視===
===空間性注意と半側空間無視===
 空間性注意とは、外界と個体との空間的関係の中で、意識を適切な対象に集中し、また必要に応じて移動していく過程の総体をさす<ref name=ref2 /> <ref name=ref7><pubmed></pubmed></ref>。一側性の脳損傷によって空間性注意に左右方向のバイアスが生じた状態が半側空間無視の基本的な発現メカニズムである。
 空間性注意とは、外界と個体との空間的関係の中で、意識を適切な対象に集中し、また必要に応じて移動していく過程の総体をさす<ref name=ref2 /> <ref name=ref7>'''Mesulam M-M'''<br>Attention, confusional states, and neglect. In Principles of Behavioral Neurology<br>ed by Mesulam M-M<br>''FA Davis'', Philadelphia, 1985, pp 125-168</ref>。一側性の脳損傷によって空間性注意に左右方向のバイアスが生じた状態が半側空間無視の基本的な発現メカニズムである。


===なぜ「左」半側空間無視なのか===
===なぜ「左」半側空間無視なのか===
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==責任病巣と空間性注意の神経ネットワーク==
==責任病巣と空間性注意の神経ネットワーク==
 半側空間無視の病巣として古典的に重要視されてきた病巣部位は、側頭-頭頂接合部(下頭頂小葉)付近である。しかし、半側空間無視の病巣は多様であり、前頭葉、後頭・側頭葉を含む後大脳動脈領域、視床、内包後脚など様々な部位が知られている。このような病巣の多様性と半側空間無視の障害要素に注目した Mesula<ref name=ref8><pubmed></pubmed></ref>は、頭頂葉、前頭葉、帯状回と皮質下の視床、線条体、上丘などからなる空間性注意の神経ネットワーク仮説を提唱した。その後の神経心理学的研究の進歩を取り入れてまとめた空間性注意の神経ネットワークの模式図を図2に示す。空間性注意は、感覚性要素と運動性要素からなるとする考え方がある。感覚性要素を担うのが下頭頂小葉と考えられ、その損傷では、水平な線分の真ん中を見つける線分二等分試験などで半側空間無視が目立つ<ref name=ref9><pubmed></pubmed></ref>。一方、運動性要素を担うのが下前頭回から中前頭回の後部と考えられ、その損傷では、標的を選択する探索課題で半側空間無視が目立つ。従来は、これらの皮質領域の病巣が重要視されてきたが、今日では、白質神経路が病巣に含まれることによるネットワークの機能障害も重要と考えられている<ref name=ref10><pubmed></pubmed></ref>。白質神経路としては、上縦束ⅡとⅢの重要性が指摘されている。
 半側空間無視の病巣として古典的に重要視されてきた病巣部位は、側頭-頭頂接合部(下頭頂小葉)付近である。しかし、半側空間無視の病巣は多様であり、前頭葉、後頭・側頭葉を含む後大脳動脈領域、視床、内包後脚など様々な部位が知られている。このような病巣の多様性と半側空間無視の障害要素に注目した Mesula<ref name=ref8><pubmed>10466154</pubmed></ref>は、頭頂葉、前頭葉、帯状回と皮質下の視床、線条体、上丘などからなる空間性注意の神経ネットワーク仮説を提唱した。その後の神経心理学的研究の進歩を取り入れてまとめた空間性注意の神経ネットワークの模式図を図2に示す。空間性注意は、感覚性要素と運動性要素からなるとする考え方がある。感覚性要素を担うのが下頭頂小葉と考えられ、その損傷では、水平な線分の真ん中を見つける線分二等分試験などで半側空間無視が目立つ<ref name=ref9><pubmed>20028714</pubmed></ref>。一方、運動性要素を担うのが下前頭回から中前頭回の後部と考えられ、その損傷では、標的を選択する探索課題で半側空間無視が目立つ。従来は、これらの皮質領域の病巣が重要視されてきたが、今日では、白質神経路が病巣に含まれることによるネットワークの機能障害も重要と考えられている<ref name=ref10>'''石合純夫'''<br>言語と空間性注意の神経心理学<br>''脳神経外科ジャーナル''、2016; 25: 427-433.</ref>。白質神経路としては、上縦束ⅡとⅢの重要性が指摘されている。


==リハビリテーションと予後==
==リハビリテーションと予後==
 リハビリテーションとしては、食事のトレイなど探索すべき範囲の左端に目印をつけ、口頭指示で左を向かせ、半側空間無視の重症度に応じた難易度の探索訓練を行う。その際に、すぐに探索をやめないように意欲や持続性を高める工夫も大切である。この他、左手が動くようであれば、自分で指を動かしてそれを見るspacio-motor cueing<ref name=ref11><pubmed></pubmed></ref>、残存する感覚刺激に働きかける前庭刺激<ref name=ref12><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref13><pubmed></pubmed></ref>、プリズム眼鏡により外界の視覚情報を右方にシフトさせた状況下で到達運動を繰り返すプリズム順応<ref name=ref14><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref15><pubmed></pubmed></ref>なども半側空間無視改善のために行われる。また、半側空間無視があるなりに移乗動作等の日常生活動作を自立させるべく、訓練室と病棟で連携して行う機能的アプローチも欠かせない。半側空間無視があっても、移動能力に応じた環境整備を行い、危険物への衝突などのリスク管理を行えば、生活空間を限って在宅生活を送れるようになることが少なくない。一方、行動範囲の拡大は慎重に行わなければならない。特に、発症後1か月以上、半側空間無視が残存した場合は、自動車運転を禁止すべきである。
 リハビリテーションとしては、食事のトレイなど探索すべき範囲の左端に目印をつけ、口頭指示で左を向かせ、半側空間無視の重症度に応じた難易度の探索訓練を行う。その際に、すぐに探索をやめないように意欲や持続性を高める工夫も大切である。この他、左手が動くようであれば、自分で指を動かしてそれを見るspacio-motor cueing<ref name=ref11><pubmed>1402971</pubmed></ref>、残存する感覚刺激に働きかける前庭刺激<ref name=ref12><pubmed>4010940</pubmed></ref> <ref name=ref13><pubmed>24523679 </pubmed></ref>、プリズム眼鏡により外界の視覚情報を右方にシフトさせた状況下で到達運動を繰り返すプリズム順応<ref name=ref14><pubmed>9744273</pubmed></ref> <ref name=ref15><pubmed>25543183</pubmed></ref>なども半側空間無視改善のために行われる。また、半側空間無視があるなりに移乗動作等の日常生活動作を自立させるべく、訓練室と病棟で連携して行う機能的アプローチも欠かせない。半側空間無視があっても、移動能力に応じた環境整備を行い、危険物への衝突などのリスク管理を行えば、生活空間を限って在宅生活を送れるようになることが少なくない。一方、行動範囲の拡大は慎重に行わなければならない。特に、発症後1か月以上、半側空間無視が残存した場合は、自動車運転を禁止すべきである。


==文献 ==
==参考文献 ==
<references />
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