双極性障害

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英語名: bipolar disorder

同義語: 双極性感情障害、躁うつ病(manic depressive illness)

関連語: 双極Ⅰ型障害、双極Ⅱ型障害


 双極性障害は、躁状態(躁病エピソード)または軽躁状態(軽躁病エピソード)とうつ状態(大うつ病エピソード)を反復する精神疾患である。躁状態による問題行動やうつ状態による長期休職等により、社会生活の障害を引き起こす。また、自殺率も高い。気分安定薬および非定型抗精神病薬がその予防に有効である。原因としては遺伝的要因の関与が大きい。カルシウムシグナリングの変化などに伴う神経細胞レベルでの病態がその基底に存在すると推定されている。

歴史

 紀元前2世紀、カッパドキアAretaeusが躁とうつが同じ患者に現れることを記載したことが躁うつ病概念の起源とされている[1]。精神疾患に関する認識が停滞した中世の後、19世紀に、Farlet(循環精神病)とBaillarger(重複精神病)により、再発見された。また、同時期に[[[wikipedia:Karl Ludwig Kahlbaum|Kahlbaum]]も、気分循環症を記載した。

 19世紀末に、Kraepelinが精神病を、慢性に経過して人格に欠陥を残す早発性痴呆(現在の統合失調症)と、周期性に経過して人格の欠陥を残さない躁うつ病に分けた。この際、躁うつ病に重症な単極性うつ病も含まれていたため、躁うつ病に単極性うつ病を含むとする考えもあった。しかし、その後、Angstが、躁状態を伴う患者の方が、うつ状態だけの患者よりも再発頻度が高いことから、双極性と単極性を明確に分離した。現在では、「躁うつ病」といえば、通常、単極性のうつ病は含まず、双極性障害を示すようになっている[2]

 Dunnerらは、双極性障害患者のうち、入院したのがうつ状態のみの群では自殺が多いなどの臨床特徴が見られることから、これを双極Ⅱ型として区別した。また、双極Ⅱ型障害患者の家族には双極Ⅱ型の患者が多く見られることから、双極Ⅱ型障害は遺伝的に双極Ⅰ型障害とは異なったカテゴリーであると考えられた。また、Akiskalは、うつ病患者の中に、軽微な双極性の特徴を有する者がいることに着目し、双極性スペクトラムの考えを提唱し、双極Ⅱ型障害をこの中に位置づけた。

アメリカ精神医学会の診断基準、DSM-Ⅳでは、双極性障害は、双極Ⅰ型障害、双極Ⅱ型障害、そして特定不能の双極性障害に分けられている。双極Ⅰ型障害に比べ、双極Ⅱ型障害の診断信頼性は高くない。 WHO(世界保健機構)の国際診断分類(ICD-10)では,双極性感情障害という病名が用いられており、双極Ⅱ型障害の分類はない。

なお、この10~20年の間、北米では、情動不安定性を示す学童期の子どもに対して、特定不能の双極性障害という診断が多用され、議論を呼んでいる。

診断(診断基準、鑑別診断を含む)

エピソードの診断

 双極性障害は,エピソードの診断と、エピソードの組み合わせによる疾患の診断という、2段階で診断される。 まず、大うつ病エピソード,躁病エピソード,軽躁病エピソード,混合性エピソードのうち,どのエピソード(病相)にあるかを診断する。

 大うつ病エピソードでは抑うつ気分または興味喪失が,躁病エピソードでは気分高揚が必須条件となっている。

疾患の診断

 次に、エピソードの組み合わせにより、疾患を診断する[3]

 1回でも躁病エピソードまたは混合性エピソードがあれば、双極I型障害と診断される。すなわち、単一躁病エピソードも、双極Ⅰ型障害に含まれる。

 1回以上の大うつ病エピソードと、1回以上の軽躁病エピソードがあり、躁病エピソードや混合性エピソードがなければ、双極Ⅱ型障害となる。

 1回以上の大うつ病エピソードがあり、躁病エピソード、混合性エピソード、軽躁病エピソードの全ての既往がない場合には、大うつ病性障害と診断される。

 軽躁病エピソードと、大うつ病エピソードを満たさない軽うつ状態を繰り返す場合は、気分循環症と診断される。 これらのいずれも満たさない場合に、特定不能の双極性障害、という診断が用いられる場合もあるが、この場合、双極性障害の診断基準の何を満たさないために「特定不能」となったかを明確にする必要がある。

 なお、気分エピソードの前後に,気分症状なしに精神病症状を呈する期間が2週間以上存在した場合は,失調感情障害と診断される。失調感情障害は双極型と抑うつ型に分かれ、双極型は、家族歴,治療反応など多くの面で双極性障害に類似した特徴を持つ。

鑑別診断

 双極性障害との鑑別診断が必要な疾患は、以下の通りである[2]

 病態生理 

 双極性障害の原因は完全には解明されていない。

 遺伝学的研究では、一卵性双生児における一致率が二卵性双生児よりも高いことから、遺伝要因が関与すると考えられている。ゲノムワイド関連研究では、CACNA1C、ODZ4などとの弱い関連が示唆されている[4]。また、まれな遺伝性疾患で気分障害を伴うものとして、ウォルフラム病、ダリエ病、慢性進行性外眼筋麻痺などがあり、これらも疾患解明の手がかりになる可能性があるとして研究されている。

 脳画像研究では、脳室拡大、MRI(T2強調画像)における白質高信号領域の増加、前部帯状回および島皮質の灰白質体積減少[5]が報告されている。機能的脳画像法では、さまざまな課題が用いられ、双極性障害が躁状態、うつ状態、寛解期とさまざまな臨床状態を呈することも相まって、膨大な知見が報告されているが、大まかに要約すると、前頭葉背外側部等の認知処理に関わる脳部位の認知課題に対する反応性については低下を示す研究が多く、扁桃体等の情動に関わる脳部位の表情課題等の情動課題に対する反応性は亢進を示す報告が多い[2]

 死後脳研究では、モノアミン系、細胞内情報伝達系などの所見が多く報告されているが、薬物の影響を除外することが困難である。遺伝子発現解析の結果では、ミトコンドリア関連遺伝子の発現低下を示す報告もあるが、投薬の影響や生前の状態の影響も否定できない。また、GABAニューロンマーカー遺伝子群の低下が報告され、海馬GABAニューロンを免疫組織学的に計測した研究で、介在ニューロン数の低下が報告されている[6]

 血液細胞の研究では、細胞内カルシウム濃度の上昇が一致した所見である。 

 薬理学研究では、抗うつ薬・抗精神病薬の作用機序からモノアミン(セロトニン、ノルアドレナリン、ドーパミン)系が、リチウムの作用機序などからイオン輸送、イノシトール系、カルシウムシグナリング、GSK-3βの関与が示唆されている。

 その他、種々の病態生理学的な研究から、生物リズム、ミトコンドリア機能障害[7]などの関与が示唆されている。

 治療 

 治療の柱は、薬物療法と心理社会的治療である[8]

 薬物療法としては、急性期の治療(躁状態、うつ状態)および、維持療法がある。

 躁状態の急性期には、リチウム、バルプロ酸、カルバマゼピンなどの気分安定薬と、抗精神病薬が有効である。  うつ状態の急性期には、気分安定薬であるリチウムおよびラモトリギン、非定型精神病薬であるオランザピンおよびクエチアピンなどが用いられる。抗うつ薬のうち、三環系抗うつ薬は、躁転や急速交代型を惹起するため、用いるべきではないとされている。セロトニン選択的取り込み阻害薬の使用については、議論があり、特に双極Ⅱ型障害においては、必要に応じて、気分安定薬との併用で用いても良いとの考えも根強い。

 維持療法においては、躁状態、うつ状態の予防効果に加え、自殺予防効果も示されているリチウムが第一選択薬とされるが、そのほか、うつ状態と躁状態の両方に対する再発予防効果を持つ薬剤として、ラモトリギン、オランザピンがある。また、アリピプラゾールについても、やや弱いエビデンスながら、躁状態の再発予防効果が示されている。

 心理社会的治療としては、心理教育が基本であり、個人で、夫婦で、あるいは集団で行われる。一般的な疾患の理解と受容、ライフチャートを書くなどして本人の疾患の経過とその増悪因子、改善に有効であった因子を理解すること、薬剤の知識の獲得とアドヒアランスの向上、初期徴候の把握などが主なテーマとなる。

 また、対人関係社会リズム療法も有効であり、対人関係に焦点を当て、種々の心理学的・行動学的技法を用いて、対人ストレスへの対処能力を身につけると共に、生活リズムを一定に保ち、再発を予防することを主眼とする。

疫学

 双極性障害の生涯有病率は、諸外国での研究では、1%前後とされている。日本における疫学研究では、生涯有病率は、I型、II型併せて0.2%と、低い値が報告されている[9]

 発症年齢は、日本では、平均20歳代~30歳代と考えられているが、北米では、小学生、幼稚園児の双極性障害の診断が増加し、より低い発症年齢が報告される傾向にある。しかし、これには過剰診断の可能性も指摘されている。

参考文献

  1. Frederick K. Goodwin, Kay Redfield Jamison
    Manic-Depressive Illness: Bipolar Disorders and Recurrent Depression, 2007, Oxford University Press
  2. 2.0 2.1 2.2 加藤忠史
    双極性障害 第2版―病態の理解から治療戦略まで 2011年、医学書院
  3. 高橋三郎他
    DSM-Ⅳ.精神疾患の診断・統計マニュアル. 医学書院、19963
  4. Psychiatric GWAS Consortium Bipolar Disorder Working Group (2011).
    Large-scale genome-wide association analysis of bipolar disorder identifies a new susceptibility locus near ODZ4. Nature genetics, 43(10), 977-83. [PubMed:21926972] [PMC] [WorldCat] [DOI]
  5. Bora, E., Fornito, A., Yücel, M., & Pantelis, C. (2012).
    The effects of gender on grey matter abnormalities in major psychoses: a comparative voxelwise meta-analysis of schizophrenia and bipolar disorder. Psychological medicine, 42(2), 295-307. [PubMed:21835091] [WorldCat] [DOI]
  6. Konradi, C., Zimmerman, E.I., Yang, C.K., Lohmann, K.M., Gresch, P., Pantazopoulos, H., ..., & Heckers, S. (2011).
    Hippocampal interneurons in bipolar disorder. Archives of general psychiatry, 68(4), 340-50. [PubMed:21135314] [PMC] [WorldCat] [DOI]
  7. Manji, H., Kato, T., Di Prospero, N.A., Ness, S., Beal, M.F., Krams, M., & Chen, G. (2012).
    Impaired mitochondrial function in psychiatric disorders. Nature reviews. Neuroscience, 13(5), 293-307. [PubMed:22510887] [WorldCat] [DOI]
  8. 加藤忠史、他
    日本うつ病学会治療ガイドライン Ⅰ.双極性障害 2012
  9. 9)川上憲人
    分担研究報告書「特定の精神障害の頻度、危険因子、受診行動、社会生活への影響」、「こころの健康についての疫学調査に関する研究」平成18年度


(執筆者:加藤忠史  担当編集者:加藤忠史)