味覚受容体

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田中暢明
北海道大学 理学研究院
DOI:10.14931/bsd.1302 原稿受付日:2012年5月7日 原稿完成日:2012年7月9日 一部改訂:2021年8月24日
担当編集委員:柚崎 通介(慶應義塾大学 医学部生理学)

英:taste receptor、gustatory receptor 独:Geschmacksrezeptor 仏:récepteurs gustatifs

 味には、甘味酸味塩味苦味うま味5基本味があるが、それぞれの味覚を生じさせる味物質は、味細胞に発現する特定の味覚受容体を介して検出される。味覚受容体には、7回膜貫通型のGタンパク質共役型受容体イオンチャネル型受容体が報告されており、それぞれの基本味に対する主要な味覚受容体は既に同定されている。その一方で、基本味以外にも、カルシウム味脂肪酸味などに応答する味細胞が報告されているが、カルシウムや脂肪酸に対する受容体はいまだ確定されていない。

味覚受容体とは

 味覚受容体は、接触した化学物質を検出するための受容体で、1999年に、味細胞に発現する7回膜貫通型のGタンパク質共役型受容体として初めて哺乳類から同定された[1]。その後、分子生物学的手法ゲノムプロジェクトの発展に伴い、さまざまな動物種で味覚受容体遺伝子のクローニングが進められ、甘味酸味塩味苦味うま味5基本味に対する主要な受容体が同定された[2][3]

哺乳類の味覚受容体

 哺乳類の味覚受容体には、7回膜貫通型のGタンパク質共役型受容体(T1RT2Rファミリー)と、イオンチャネル型受容体などがある()。そうした味覚受容体を発現する味細胞は、主に、舌の味蕾(taste buds)にあるが、軟口蓋喉頭蓋などにも分布している[3]。さらに、甘味受容体などが腸管や脳内でも発現していることが明らかになっている[4][5]

 
図 味覚受容体の構造
化学受容の科学(化学同人)5章より改変(實松敬介氏提供)

Gタンパク質共役型受容体

 7回膜貫通型のタンパク質で、多量体を形成する。味物質と結合するとGタンパク質を活性化することにより、セカンドメッセンジャー経路を介して、最終的にTransient receptor potential channel type M5TRPM5)を開口させる。その結果、Na+が細胞内に流入して、味細胞脱分極させる[6]。個々の受容体タンパク質に複数のリガンド結合サイトがあると考えられており、1個の受容体は複数の味覚刺激物質を検出する[7][8]。生体にとって栄養源となるうま味や甘味などを認識するT1Rファミリーと、生体にとって有害な苦味を検出するT2Rファミリーの2種があり、T1RとT2Rはそれぞれ異なる味細胞で発現することが知られている[9]

 味覚受容体は、一般的なGタンパク質共役型受容体と比較すると種間のアミノ酸配列の相違が大きく、この相違が種間の味覚の違いを生んでいることが示されている。例えばマウスでは、大部分のL型アミノ酸がうま味として認識されるのに対して、ヒトではL型グルタミン酸やL型アスパラギン酸しか強く認識されないのは、受容体の構造の違いによる[10]

うま味/甘味受容体(T1Rファミリー)

 T1Rファミリーには、T1R1T1R2T1R3の3種類のサブユニットがあり、T1R1とT1R3がヘテロ2量体を形成している場合はグルタミン酸などのうま味物質の受容体として[10]、T1R2とT1R3がヘテロ2量体を形成している際はグリシン、甘味を持つタンパク質(モネリンソーマチン)などの受容体として機能する[11][12][13]。 ただし、うま味受容体に関しては、T1R1/T1R3以外にも、味蕾に発現しているtaste-mGluR4がグルタミン酸を受容しているという報告もある[14]

苦味受容体(T2Rファミリー)

 T2Rファミリーには多種類の受容体が含まれ、マウスでは30種類ほどある[15]。複数種の受容体が同じ味細胞に共発現し、ホモ/ヘテロ・オリゴマーを形成して苦味物質を検出する[16]

イオンチャネル型受容体

 Gタンパク質共役型受容体が味物質と結合してGタンパク質を活性化するのとは対照的に、イオンチャネル型受容体は、細胞外のH+(酸味)やNa+(塩味)などのイオンを透過させるイオンチャネルとして働くことにより、味物質を検出させていると考えられている。

酸味受容体

 Transient receptor potential channelTRP channel)の1種であるPKD2L1を発現している味細胞を欠くと酸味応答がなくなることが報告されている[17]。しかしながら、PKD2L1の膜局在に必要なPKD1L3を欠損するマウスでも酸味に対する応答が変化しなかったり[18]、PKD2L1とPKD1L3を共発現させた培養細胞が酸刺激をとめた時にしか応答しないことから[19]、PKD2L1は酸味の後味に関与していて、PKD以外にも酸受容体があると考えられた。酸味を受容する受容体としては、他にもAcid-sensing ion channelASIC)やhyperpolarization-activated cyclic nucleotide-gated channel (HCN channel) などが候補として挙げられてきたが、個体レベルで酸味の検出に必要だという証明はされていない[20][21]。その一方で、H+イオンに選択性のあるイオンチャネルを形成するOtopetrin1が、PKD2L1を発現している味細胞で発現し、酸の受容に関与することが示された[22][23]。 

塩味受容体

 低濃度の塩味(Na+イオン)に対するマウスの嗜好性は、アミロライドによって抑制されるので、上皮性アミロライド感受性Na+チャネルENaC)によって、塩味は受容されると考えられている[24]。他方、高濃度の塩味に対する嫌悪はアミロライドによって抑制されないことから、高濃度の塩味は別の機構で受容されており、TRPV1t(vanilloid receptor)がその候補として考えられている[25]。近年、アミロライドに依存しない塩味応答が、Na+イオンではなくCl-イオンによって起こるという報告がなされたが、その分子機構は明らかになっていない[26]

昆虫の味覚受容体

 昆虫の味細胞は、口吻、咽頭、跗節や交尾器などの感覚子(sensillum)に存在する[27]。進化的には哺乳類とかけはなれた昆虫も、味覚の区分は哺乳類と極めて類似しており、糖や低濃度の塩、脂肪酸に対しては嗜好性を示し、高濃度の塩や苦味などを嫌悪する[3]。また、甘味受容体の遺伝子数が、苦味受容体に比べると少ない点も共通している[28]。しかし、昆虫には食物を味わう目的以外に、たとえば脚にある味覚受容器の味覚受容体が産卵先の宿主植物が持つ化学物質や、求愛相手の性フェロモンの検知に関わっていることが報告されている[29][30]

 ここでは、昆虫で最も味覚受容体の同定が進んでいるショウジョウバエを例に概説する。ショウジョウバエでは68種類の7回膜貫通型の味覚受容体(gustatory receptor, GR)からなる遺伝子ファミリーが同定されており、糖や苦み物質に対する受容体や、その受容体を発現する味細胞が明らかになっている[31]。ただし、GRファミリーには、嗅覚受容体として機能する受容体なども含まれており、すべてが味覚受容体として機能しているわけではない。GRファミリーに含まれる味覚受容体は、7回膜貫通型のタンパク質ではあるが、少なくとも一部の受容体はGタンパク質共役型ではなく、リガンド結合型イオンチャネルとして機能することが報告されている[32]。また、個々の味細胞は、異なる組み合わせのGR遺伝子を発現することで、様々な糖を受容していると考えられている[33]。しかしながら、受容体として機能する際のGRのサブユニット構成は解明されていない。唯一、GR43aはその発現だけで陽イオンチャネルとして機能することが明らかにされている[34]。ちなみに、そのGR43aは脳では血リンパ中の果糖の濃度をモニターするのにも役立っている[35]

 GRファミリー以外にも、イオンチャネル型受容体(IR)やENaCファミリーのpickpocketチャネル、TRPチャネルなども味覚受容体として機能していると考えられている[36]。例としては、Pickpocket28PPK28)が水受容細胞で低浸透圧を検知する水味受容体として働いていることが報告されている[37]。それ以外では、Na+の受容にはIR76bなど[38]アミノ酸に対する感受性にはIR76bIR20a[39]性フェロモンの受容にはPPK23PPK29[40]が関与していることが報告されているが、それらが味覚受容体として機能しているという直接的な証拠はまだない。

関連項目

参考文献

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