「嗅内野」の版間の差分

ナビゲーションに移動 検索に移動
1,113 バイト追加 、 2015年9月3日 (木)
 
(3人の利用者による、間の7版が非表示)
1行目: 1行目:
[[Image:Fig1 copy.jpg|thumb|right|300px|'''図1 ヒト、サル、ラットの脳における嗅内野の位置'''<br>PR、嗅周野。ER、嗅内野。PH、[[海馬傍皮質]]。POR、[[後嗅皮質]]。参考文献<ref name="refsq"><pubmed> 21456960 </pubmed></ref>より抜粋。]]
<div align="right"> 
<font size="+1">納家 勇治</font><br>
'' ニューヨーク大学 神経科学センター''<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2012年5月15日 原稿完成日:2012年6月14日<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/hitoshiokamoto 岡本 仁](独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)<br>
</div>
 
[[Image:Fig1 copy.jpg|thumb|right|300px|'''図1 ヒト、サル、ラットの脳における嗅内野の位置'''<br>PR、嗅周野。EC、嗅内野。PH、[[海馬傍皮質]]。POR、[[後嗅皮質]]。参考文献<ref name="refsq"><pubmed> 21456960 </pubmed></ref>より抜粋。(Reproduced with permission from the Annual Review of Neuroscience, Volume 34 © 2011, pages 259-288 by Annual Reviews www.annualreviews.org)]]


英語名:entorhinal cortex  
英語名:entorhinal cortex  


同義語:嗅内皮質  
同義語:嗅内皮質
 
{{box|text=
 嗅内野は[[内側側頭葉記憶システム]]の構成要素として[[宣言的記憶]]機能に関わる。[[大脳皮質|皮質]]と[[海馬]]の間に見られる入出力のほとんどは嗅内野を介して行われる。嗅内野はオブジェクト情報と空間情報の両方に関わるが、現在のところ、空間情報処理やナビゲーションに関わる神経メカニズムについての研究が進んでいる。嗅内野はまた[[アルツハイマー病]]の病変が初期の段階から観察される領域として知られている。
}}


== 位置と細胞構築  ==
== 位置と細胞構築  ==
9行目: 20行目:


== 結合  ==
== 結合  ==
 嗅内野の浅層から[[海馬体]](hippocampal formation)へ投射される[[軸策]]線維を[[貫通線維]](perforant path)と呼ぶ<ref><pubmed> 17765711</pubmed></ref>。貫通線維の内、第2層から投射されるものは主に[[歯状回]](dentate gyrus)と[[CA3]]領域に、[[第3層]]から投射されるものは[[CA1]]領域と海馬台にそれぞれ結合する。嗅内野の浅層が海馬体に入力信号を与える一方で、嗅内野の深層([[第5層]])は海馬体の海馬台とCA1領域からの出力を受け取る。嗅内野と皮質の主な結合については、サルの場合は海馬傍皮質][[脳梁膨大後部皮質]](retrosplenial cortex)からの入力が尾側に、嗅周野からの入力が吻側に与えられる。げっ歯類では[[梨状皮質]](piriform cortex)からの入力が嗅内野全体で最も強い。梨状皮質は[[嗅覚]]に関わる。梨状皮質に次いでは、嗅内野の外側領域では主に嗅周野と[[島皮質]](insular cortex)、そして[[前頭皮質]](frontal cortex)から、内側領域では[[帯状皮質]](cingulate cortex)や後部視覚野からの入力が見られる。これら皮質からの入力は嗅内野の浅層に届き、嗅内野から皮質領域に対する出力は深層より投射される。  
 嗅内野の浅層から[[海馬体]](hippocampal formation)へ投射される[[軸策]]線維を[[貫通線維]](perforant path)と呼ぶ<ref><pubmed> 17765711</pubmed></ref>。貫通線維の内、第2層から投射されるものは主に[[歯状回]](dentate gyrus)と[[CA3]]領域に、[[第3層]]から投射されるものは[[CA1]]領域と海馬台にそれぞれ結合する。嗅内野の浅層が海馬体に入力信号を与える一方で、嗅内野の深層([[第5層]])は海馬体の海馬台とCA1領域からの出力を受け取る。嗅内野と皮質の主な結合については、サルの場合は海馬傍皮質[[脳梁膨大後部皮質]](retrosplenial cortex)からの入力が尾側に、嗅周野からの入力が吻側に与えられる。げっ歯類では[[梨状皮質]](piriform cortex)からの入力が嗅内野全体で最も強い。梨状皮質は[[嗅覚]]に関わる。梨状皮質に次いでは、嗅内野の外側領域では主に嗅周野と[[島皮質]](insular cortex)、そして[[前頭皮質]](frontal cortex)から、内側領域では[[帯状皮質]](cingulate cortex)や後部視覚野からの入力が見られる。これら皮質からの入力は嗅内野の浅層に届き、嗅内野から皮質領域に対する出力は深層より投射される。  


[[Image:GridN.jpg|thumb|right|300px|'''図2 ラットの[[グリッド細胞]]'''<br>左上)ラットが走った軌跡を黒線で示し、[[スパイク]]発火があった地点を赤点で示した 。(左下)30分間のデータをもとにグリッド細胞の平均発火頻度マップを作成した。(右)グリッド細胞と場所細胞の空間マップの例を背側-内側の軸に沿って示す。参考文献<ref name=ref4><pubmed> 19021254</pubmed></ref>より抜粋。]]
[[Image:GridN.jpg|thumb|right|300px|'''図2 ラットの[[格子細胞]]'''<br>左上)ラットが走った軌跡を黒線で示し、[[スパイク]]発火があった地点を赤点で示した 。(左下)30分間のデータをもとに格子細胞の平均発火頻度マップを作成した。(右)格子細胞と場所細胞の空間マップの例を背側-内側の軸に沿って示す。参考文献<ref name=ref4><pubmed> 19021254</pubmed></ref>より抜粋。(Reproduced with permission of John Wiley & Sons, Inc.)]]


== 機能  ==
== 機能  ==
 嗅内野は[[内側側頭葉記憶システム]]<ref name="refsq" />の構成要素として、海馬に対する入出力ゲートとしての役割を担う。そのため、嗅内野は[[エピソード記憶]]が正常に機能するために必須の領域である。ところが単なる中継地点としてではなく、嗅内野自身が新たに付け加える機能については、まだ良く分かっていない。
 嗅内野は[[内側側頭葉記憶システム]]<ref name="refsq" />の構成要素として、海馬に対する入出力ゲートとしての役割を担う。そのため、嗅内野は[[エピソード記憶]]が正常に機能するために必須の領域である。ところが単なる中継地点としてではなく、嗅内野自身が新たに付け加える機能については、まだ良く分かっていない。


 こうしたなか、空間情報処理またはナビゲーションに関わる嗅内野の神経メカニズムが、げっ歯類を使用した電気生理学的研究によって明らかにされつつある。Moser達のグループはラットの嗅内野の内側領域ににおいて[[グリッド細胞]]と呼ばれるニューロンを発見した<ref><pubmed> 15965463</pubmed></ref><ref name=ref4><pubmed> 19021254</pubmed></ref>(図2)。グリッド細胞は複数の場所受容野を持ち、さらにそれら場所受容野は等間隔に規則正しく配列して6角形または3角形の格子を形成している。場所受容野間の間隔は背側部から腹側部に向かうに従い広がっていく。グリッド細胞がコードする幾何学的な空間情報は海馬に供給され、[[場所細胞]](place cell)が示す神経活動パターンに寄与する。グリッド細胞はげっ歯類だけでなく、ヒトにおいても存在することが[[機能的核磁気共鳴画像]]を使った実験において示唆されている<ref><pubmed> 20090680</pubmed></ref>。嗅内野の内側領域にはグリッド細胞の他にも、動物がどの方角を向いているかによって反応強度が異なる[[頭部方向性細胞]](head-direction cell)が見つかっている<ref><pubmed> 15961670</pubmed></ref>。
 こうしたなか、空間情報処理またはナビゲーションに関わる嗅内野の神経メカニズムが、げっ歯類を使用した電気生理学的研究によって明らかにされつつある。Moser達のグループはラットの嗅内野の内側領域ににおいて[[格子細胞]](グリッド細胞, grid cell)と呼ばれるニューロンを発見した<ref><pubmed> 15965463</pubmed></ref><ref name=ref4><pubmed> 19021254</pubmed></ref>(図2)。格子細胞は複数の場所受容野を持ち、さらにそれら場所受容野は等間隔に規則正しく配列して6角形または3角形の格子を形成している。場所受容野間の間隔は背側部から腹側部に向かうに従い広がっていく。格子細胞がコードする幾何学的な空間情報は海馬に供給され、[[場所細胞]](place cell)が示す神経活動パターンに寄与する。格子細胞はげっ歯類だけでなく、ヒトにおいても存在することが[[機能的核磁気共鳴画像]]を使った実験において示唆されている<ref><pubmed> 20090680</pubmed></ref>。嗅内野の内側領域には格子細胞の他にも、動物がどの方角を向いているかによって反応強度が異なる[[頭部方向性細胞]](head-direction cell)が見つかっている<ref><pubmed> 15961670</pubmed></ref>。


 嗅内野の内側領域が空間情報処理と関わる一方、外側領域は[[オブジェクト]]といった非空間情報の処理により関わると考えられている。  
 嗅内野の内側領域が空間情報処理と関わる一方、外側領域は[[オブジェクト]]といった非空間情報の処理により関わると考えられている。


== アルツハイマー病==
== アルツハイマー病==


 嗅内野における病変が[[アルツハイマー病]]や側頭葉性の[[てんかん]]、[[統合失調症]]の発病と関連するといった報告がある。アルツハイマー病ではその初期の段階において、嗅内野の特に[[第2層]]で[[神経原線維変化]]と呼ばれる病変が見られることが知られている<ref><pubmed> 8699259</pubmed></ref>。嗅内野における神経原繊維変化は通常の加齢においても見られるが、アルツハイマー上では、さらに海馬やその他の皮質へと病変が拡大していく。
 嗅内野における病変が[[アルツハイマー病]]や側頭葉性の[[てんかん]]、[[統合失調症]]の発病と関連するといった報告がある。アルツハイマー病ではその初期の段階において、嗅内野の特に[[第2層]]で[[神経原線維変化]]と呼ばれる病変が見られることが知られている<ref><pubmed> 8699259</pubmed></ref>。嗅内野における神経原線維変化は通常の加齢においても見られるが、アルツハイマー上では、さらに海馬やその他の皮質へと病変が拡大していく。


== 関連項目 ==
== 関連項目 ==
28行目: 39行目:
*[[嗅周野]]
*[[嗅周野]]
*[[内側側頭葉]]
*[[内側側頭葉]]
*[[場所細胞]]


== 参考文献  ==
== 参考文献  ==


<references />
<references />
(執筆者:納家勇治 担当編集委員:岡本仁)

案内メニュー