「嗅球」の版間の差分

72 バイト追加 、 2012年4月10日 (火)
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==主嗅球==
==主嗅球==
===嗅神経細胞の軸索投射===
===嗅神経細胞の軸索投射===
[[ファイル:OMP-GFP2.jpg|thumb|図1  全ての嗅神経細胞でGFPを発現するOMP-GFPノックインマウスのホールマウント蛍光画像。嗅上皮(上)の嗅神経細胞軸索が嗅球(下)に投射する。同種の嗅覚受容体を発現する嗅神経細胞の軸索は同一の糸球体へと収斂する。]]
[[ファイル:OMP-GFP2.jpg|thumb|図1  全ての嗅神経細胞でGFPを発現するOMP-GFPノックインマウスのホールマウント蛍光像。背側から見たもの。嗅上皮(上)の嗅神経細胞軸索が嗅球(下)に投射する。同種の嗅覚受容体を発現する嗅神経細胞の軸索は同一の糸球体へと収斂する。]]
匂い分子は嗅上皮の嗅神経細胞によって検出される。嗅神経細胞(olfactory sensory neuron; OSN)は単一の[[樹状突起]]を嗅上皮の表面に向かって伸ばしており、その先端から20-30の嗅繊毛を嗅粘膜中に伸ばしている。嗅繊毛にはGタンパク質共役型受容体である嗅覚受容体(odorant receptor; OR)が発現しており、嗅粘液中に溶け込んだ匂い分子を検出している。[[嗅覚受容体]]遺伝子はマウスで約1,000種類、ヒトで約350種類存在するが、個々の嗅神経細胞はこれらの中から1種類のみを発現している。嗅神経細胞は単一の[[軸索]]を有し、多くの軸索が軸索束を形成しながら篩骨(ethmoid bone)の篩板(cribriform plate)を経て嗅球の糸球体(glomerulus)に接続する。他の感覚系や昆虫の嗅覚系と比較した場合、左右の交叉がなく同側(ipsilateral)の脳にのみ投射するという点は特徴的である。また、嗅神経細胞の軸索は[[ミエリン]](髄鞘)をもたないという特徴がある。
匂い分子は嗅上皮の嗅神経細胞によって検出される。嗅神経細胞(olfactory sensory neuron; OSN)は単一の[[樹状突起]]を嗅上皮の表面に向かって伸ばしており、その先端から20-30の嗅繊毛を嗅粘膜中に伸ばしている。嗅繊毛にはGタンパク質共役型受容体である嗅覚受容体(odorant receptor; OR)が発現しており、嗅粘液中に溶け込んだ匂い分子を検出している。[[嗅覚受容体]]遺伝子はマウスで約1,000種類、ヒトで約350種類存在するが、個々の嗅神経細胞はこれらの中から1種類のみを発現している。嗅神経細胞は単一の[[軸索]]を有し、多くの軸索が軸索束を形成しながら篩骨(ethmoid bone)の篩板(cribriform plate)を経て嗅球の糸球体(glomerulus)に接続する。他の感覚系や昆虫の嗅覚系と比較した場合、左右の交叉がなく同側(ipsilateral)の脳にのみ投射するという点は特徴的である。また、嗅神経細胞の軸索は[[ミエリン]](髄鞘)をもたないという特徴がある。


マウスの嗅球には約1,800個の糸球体が存在する(図1)。同じ嗅覚受容体を発現する嗅神経細胞は、嗅上皮上で散在しているにも関わらず、それらの軸索は1ないし2個の糸球体(glomerulus)と呼ばれる構造に収斂する<ref name=ref1><pubmed> 8929536 </pubmed></ref>。逆に、単一の糸球体は特定の[[嗅覚受容体]]を発現する嗅神経細胞の軸索のみを受け入れている。従って、匂い刺激によってどの嗅覚受容体が反応したかという情報は、嗅球のどの糸球体が発火したかという情報へと変換される。特定の嗅覚受容体を発現する嗅神経細胞の軸索投射位置は、局所的には個体差があるものの、大域的には個体間で保存されている。多くの嗅覚受容体では、嗅球の内側と外側に一対の投射先が認められる。嗅球内側と外側の糸球体配置はおおむね鏡像対称となっている。
マウスの嗅球には約1,800個の糸球体が存在する(図1)。同じ嗅覚受容体を発現する嗅神経細胞は、嗅上皮上で散在しているにも関わらず、それらの軸索は1ないし2個の糸球体(glomerulus)と呼ばれる構造に収斂する<ref name=ref1><pubmed> 8929536 </pubmed></ref>。逆に、単一の糸球体は特定の[[嗅覚受容体]]を発現する嗅神経細胞の軸索のみを受け入れている。従って、匂い刺激によってどの嗅覚受容体が反応したかという情報は、嗅球のどの糸球体が発火したかという情報へと変換される。特定の嗅覚受容体を発現する嗅神経細胞の軸索投射位置は、局所的には個体差があるものの、大域的には個体間で保存されている。多くの嗅覚受容体では、嗅球の内側と外側に一対の投射先が認められる。嗅球内側と外側の糸球体配置はおおむね鏡像対称となっている。


嗅球には、嗅神経細胞の嗅上皮上での位置および発現する嗅覚受容体のクラスに応じたドメイン構造が存在する<ref name=ref2><pubmed> 21469960 </pubmed></ref>。嗅上皮上の背内側領域(Dゾーン)由来の嗅神経細胞軸索は嗅球背側のDドメインに投射する。Dゾーンの中でも、クラスI嗅覚受容体を発現する嗅神経細胞軸索はよりより背側のDIドメインに、クラスII嗅覚受容体を発現する嗅神経細胞軸索はより腹側のDIIドメインに投射する。嗅上皮上の腹外側領域(Vゾーン)由来の嗅神経細胞軸索は嗅球の腹側のVドメインに投射する。Vゾーン内でも嗅覚受容体の種類によって発現領域に偏りがあり、嗅上皮の背内-腹外軸方向の発現分布が嗅球背腹軸方向の投射位置におおよそ対応する。
嗅球には、嗅神経細胞の嗅上皮上での位置および発現する嗅覚受容体のクラスに応じたドメイン構造が存在する<ref name=ref2><pubmed> 21469960 </pubmed></ref>。嗅上皮上の背内側領域(Dゾーン)由来の嗅神経細胞軸索は嗅球背側のDドメインに投射する。Dゾーンの中でも、クラスI嗅覚受容体を発現する嗅神経細胞軸索はよりより背側のD<sub>I</sub>ドメインに、クラスII嗅覚受容体を発現する嗅神経細胞軸索はより腹側のD<sub>II</sub>ドメインに投射する。嗅上皮上の腹外側領域(Vゾーン)由来の嗅神経細胞軸索は嗅球の腹側のVドメインに投射する。Vゾーン内でも嗅覚受容体の種類によって発現領域に偏りがあり、嗅上皮の背内-腹外軸方向の発現分布が嗅球背腹軸方向の投射位置におおよそ対応する。


===嗅球の匂い地図===
===嗅球の匂い地図===
視覚、体性感覚の情報は脳でも末梢における位置関係を保って表現されており、これはしばしばトポグラフィックマップ(それぞれ視覚地図、体性感覚地図)と呼ばれる。これに対し、嗅球の匂い地図(嗅覚地図)は末梢の位置情報を表現している訳ではない。活性化した嗅覚受容体の種類を糸球体の発火パターンという形で表現している。匂い分子の種類によって活動する糸球体の種類や数が異なる。実際には自然界の匂いは複数の匂い分子の混合物からなっていることも多く、その場合、活動する糸球体はそれらの組み合わせとなる。
視覚、体性感覚の情報は脳でも末梢における位置関係を保って表現されており、これはしばしばトポグラフィックマップ(それぞれ視覚地図、体性感覚地図)と呼ばれる。これに対し、嗅球の匂い地図(嗅覚地図)は末梢の位置情報を表現している訳ではない。活性化した嗅覚受容体の種類を糸球体の発火パターンという形で表現している。匂い分子の種類によって活動する糸球体の種類や数が異なる。実際には自然界の匂いは複数の匂い分子の混合物からなっていることも多く、その場合、活動する糸球体はそれらの組み合わせとなる。


大域的には嗅球の領域によって匂い分子に対する特異性やチューニングが異なることが観察されており、匂いクラスターと呼ばれるが<ref name=ref3><pubmed> 16601265 </pubmed></ref>、局所レベルでは必ずしも近傍の糸球体が似た匂い分子に応答するわけではなく、他の感覚系の地図のように、受容野の類似性にもとづく厳密なマップ、すなわちケモトピー(chemotopy)が存在するわけではない<ref name=ref4><pubmed> 21692659 </pubmed></ref>。また、古くは嗅覚にも味覚の五味のような基本臭があるのではないかという説もあったが、嗅球の匂い地図からその根拠を見出すことは困難である。
大域的には嗅球の領域によって匂い分子に対する特異性やチューニングが異なることが観察されており、匂いクラスターと呼ばれるが<ref name=ref3><pubmed> 16601265 </pubmed></ref>、局所レベルでは必ずしも近傍の糸球体が似た匂い分子に応答するわけではなく、他の感覚系の地図のように、[[受容野]]の類似性にもとづく厳密なマップ、すなわちケモトピー(chemotopy)が存在するわけではない<ref name=ref4><pubmed> 21692659 </pubmed></ref>。また、古くは嗅覚にも味覚の五味のような基本臭があるのではないかという説もあったが、嗅球の匂い地図からその根拠を見出すことは困難である。


遺伝学的手法を用いてDドメインのみを欠失させたマウスでは先天的嗅覚恐怖行動が無くなることが知られており、機能的には何らかのドメイン構造があるものと考えられている<ref name=ref2/>。
遺伝学的手法を用いてDドメインのみを欠失させたマウスでは先天的嗅覚恐怖行動が無くなることが知られており、機能的には何らかのドメイン構造があるものと考えられている<ref name=ref2/>。
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副嗅球は嗅球の後背側に位置し、鋤鼻器からの入力を受ける。鋤鼻器は揮発性のみならず、ペプチド性の化学物質も受容するという点が嗅上皮と異なる。こうしたリガンドはしばしば[[フェロモン]]として作用することが知られていることから、鋤鼻受容体はしばしば[[フェロモン受容体]]とも呼ばれる。しかしながら、鋤鼻器は通常の匂い分子も一部受容しているし、主嗅覚系でもフェロモン分子を受容していることから、嗅上皮=匂い受容、鋤鼻器=フェロモン受容という図式は正確ではない。
副嗅球は嗅球の後背側に位置し、鋤鼻器からの入力を受ける。鋤鼻器は揮発性のみならず、ペプチド性の化学物質も受容するという点が嗅上皮と異なる。こうしたリガンドはしばしば[[フェロモン]]として作用することが知られていることから、鋤鼻受容体はしばしば[[フェロモン受容体]]とも呼ばれる。しかしながら、鋤鼻器は通常の匂い分子も一部受容しているし、主嗅覚系でもフェロモン分子を受容していることから、嗅上皮=匂い受容、鋤鼻器=フェロモン受容という図式は正確ではない。


鋤鼻器の鋤鼻神経細胞は、V1Rと呼ばれる受容体ファミリーと[[三量体Gタンパク質]]Gi2を発現する表層の神経細胞と、V2Rと呼ばれる受容体ファミリーとMHC H2-Mvファミリー、三量体Gタンパク質Goを発現する深層の神経細胞とからなっており、前者が副嗅球の吻側領域へ、後者が副嗅球の尾側領域へと投射する<ref name=ref10><pubmed> 16953793 </pubmed></ref>。主嗅球の場合とは異なり、同一の鋤鼻受容体を発現する鋤鼻神経細胞の軸索は10以上もの糸球体に収斂する。主嗅球の匂い地図のような内側・外側の鏡像対称性は存在しない。副嗅球では、個々の僧帽・房飾細胞は複数の樹状突起を複数の糸球体に伸ばしている。これらは必ずしも同種鋤鼻受容体の糸球体にのみ接続する訳ではなく、類似した異なる鋤鼻受容体の糸球体に接続する場合もある。従って、副嗅球においては、個々の僧帽・房飾細胞は類似した複数の鋤鼻受容体由来の興奮性入力を受け取っており、部分的に情報の統合が起こっていると言える<ref name=ref10/>。
鋤鼻器の鋤鼻神経細胞は、V1Rと呼ばれる受容体ファミリーと[[三量体Gタンパク質]]G<sub>i2</sub>を発現する表層の神経細胞と、V2Rと呼ばれる受容体ファミリーとMHC H2-Mvファミリー、三量体Gタンパク質G<sub>o</sub>を発現する深層の神経細胞とからなっており、前者が副嗅球の吻側領域へ、後者が副嗅球の尾側領域へと投射する<ref name=ref10><pubmed> 16953793 </pubmed></ref>。主嗅球の場合とは異なり、同一の鋤鼻受容体を発現する鋤鼻神経細胞の軸索は10以上もの糸球体に収斂する。主嗅球の匂い地図のような内側・外側の鏡像対称性は存在しない。副嗅球では、個々の僧帽・房飾細胞は複数の樹状突起を複数の糸球体に伸ばしている。これらは必ずしも同種鋤鼻受容体の糸球体にのみ接続する訳ではなく、類似した異なる鋤鼻受容体の糸球体に接続する場合もある。従って、副嗅球においては、個々の僧帽・房飾細胞は類似した複数の鋤鼻受容体由来の興奮性入力を受け取っており、部分的に情報の統合が起こっていると言える<ref name=ref10/>。


副嗅球の僧帽・房飾細胞は、扁桃体内側核(medial amygdala)や扁桃体後内側皮質核(posteromedial cortical amygdala)、分界条床核(bed nucleus of the stria terminalis)など、主嗅球の僧帽・房飾細胞とは異なる領域に投射している。
副嗅球の僧帽・房飾細胞は、扁桃体内側核(medial amygdala)や扁桃体後内側皮質核(posteromedial cortical amygdala)、分界条床核(bed nucleus of the stria terminalis)など、主嗅球の僧帽・房飾細胞とは異なる領域に投射している。
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