器質性精神障害

2013年5月11日 (土) 16:28時点におけるWikiSysop (トーク | 投稿記録)による版

 従来精神疾患は、心因性、内因性、外因性という三つの要因から成立すると考えられてきた。このうち、外因性に分類されるものの中には、内分泌疾患などの結果として脳機能に影響を与えるものと、脳外傷や脳梗塞などのように、直接脳そのものを障害するものがある。


歴史的分類

 Kraepelin E.はその教科書の中で、精神疾患が当時の状況では(現状でもそうかもしれないが)原因論的に分類することが難しいこと、Wernicke K.による脳局在論的疾患分類への言及を行い、自身の分類とは異なるものが十分あり得ることを認めた上で、精神疾患の分類の試案として

  1. 脳外傷の際の精神病 
  2. 脳病の際の精神病 
  3. 中毒(急性・慢性 ここにはいくつかの代謝性物質によるものが含まれる) 
  4. 伝染病性精神病 
  5. 梅毒性精神病 
  6. 進行性麻痺 
  7. 老年性、初老性精神病 
  8. 甲状腺性精神病 
  9. 内因性鈍化(早発性痴呆 パラフレニー) 
  10. てんかん性精神病 
  11. 躁鬱病 
  12. 心因性疾患 
  13. ヒステリー 
  14. パラノイア 
  15. 生来性疾病諸状態(神経質・強迫神経症など) 
  16. 精神病質人格 
  17. 全般精神発育抑制

を挙げており、これらのうち、1から8までは器質性および症状精神病、中毒性精神病を含む外因性精神病に分類される。

 一方でWernicke K.の弟子であるBonhoeffer K.は主にアルコール性精神病の症例観察から、原因は同じでも別の病態(振戦せん妄やコルサコフ精神病)が生じる場合ことがあることに注目し、「原因性中間節」という中間段階の代謝性物質を想定し、外因性症候群、特に急性外因反応型についての記載を行った。この分類では、せん妄・もうろう状態・幻覚症・てんかん性運動興奮・アメンチアがこのタイプに含まれるとされた。

 さらに、日本では変質精神病あるいは非定型精神病という病名とともに想起されることの多いKleist K.は、これもWernicke K.の影響から、様々な精神機能を大脳皮質に局在させる立場をとり、眼窩脳を自己我あるいは社会我の神経基盤であるとし、この部位の損傷で人格変化が生じることを主張した。また、前頭葉損傷患者でしばしば認められる自発性の低下を、Antriebsmangel(発動性欠乏)とよび、前額脳がその首座であることを主張した。分類としては主に大脳皮質の巣症状として理解されるべき「脳外套症候群」と、巣症状としては理解できず、脳幹にその原因を求めるべき「脳幹症候群」の大きな二分類を行っている。

 また、Wieck H.は1956年にDurchgangssyndrom通過症候群の概念を提出している。急性期から慢性期にかけての通過段階に呈される症状群を指す概念であるが、広義では通過症候群は軽度の意識障害と考えられる。

 このように見てくると、大別して原因論的器質性精神障害分類、症候学的分類、臨床経過による分類といってよいだろう。原因論としては、元々の疾患が何かによる分類と、基盤となる脳構造による分類があげられるが、損傷部位が種々の神経画像的手法により直接観察できるようになってきた現在、前者の分類は実用的ではないかもしれない。つまり、たとえば脳腫瘍による精神病といった病名をつけても、脳腫瘍の浸潤度合い、存在部位によって大きく症状が異なることが予想され、分類としては有用ではない可能性が高い。また、臨床経過による分類は現在でも使用されることがあり、特に急性に生じる器質性精神障害は、基本的には可逆的であることが多く、原因となる疾患の治療が優先される。

分類の現状

 ICD-10では(症状性を含む)器質性精神障害 Organic, Including Symptomatic, Mental Disorders と総称している。一方でDSMではIIIで使用されていた器質性という用語はIVでは使用されていない。これは、器質性としたもの以外の精神障害が、まるで器質(脳器質)が関係していないかのような誤解を防ぐためのものである。

 ICD-10のF0群の中には、F00からF03に分類されている認知症性疾患、F04に含まれる健忘症候群、F05に規定されているせん妄が含まれる。さらにF06, 07に規定されている、器質因により幻覚妄想や気分の変動などのいわば内因性精神疾患に似た症状をきたす一群が含まれている。さらに詳しく見ると、F06の中には、F06.2で分類されている幻覚を含めた統合失調症様の症状を呈する一群、F06.3で気分障害と同じ臨床症状を呈する一群、F06.4で不安障害、F06.5で解離性障害の症状を呈する一群が記載され、F07には基本的には人格と行動の障害を呈する一群が含まれている。器質性精神障害に独特なものとしては、F06.6に規定されている器質性情緒不安定性障害、F07.1に規定されている脳炎後症候群、F07.2の脳震盪後症候群が挙げられる。

 一方、行政用語としては、「高次脳機能障害」という用語が平成13年から17年度に行われた高次脳機能障害支援モデル事業において策定され、「頭部外傷、脳血管障害などによる脳の損傷の後遺症として、記憶障害、注意障害、遂行機能障害、社会的行動障害などの認知障害が生じ、これに起因して、日常生活・社会生活への適応が困難となる障害である。」と定められている。これは行政用語であるので、病名とは言えないものであるが、概念としては器質性精神障害の一部を含むものとなっている。

現在の疾病分類の問題点

 現在の分類の問題点は、認知症性疾患などを除いて、器質性精神障害は、内因性精神障害の分類に基づいて分類されていることにあるといえるだろう。つまり、明らかに脳に障害を生じている一群の疾患が、原因不明の精神障害に基づいて分類されているということである。このことは、一つには精神医学という医学の分野から、原因がはっきりするたびにそういった疾患が取り除かれてきた過程を思い出させて、興味深い。たとえばKraepelin E.では独立して取りあげられた梅毒性の精神障害は、今や抗生物質による加療が一般的となり、発生頻度そのものも低下したために、精神科領域で見かけることは激減しているし、てんかん性精神病についても、種々の抗てんかん薬が開発されるに当たって、神経内科医の領域となりつつある。従って、現在の精神疾患分類に、原因がはっきりしているものがあまりに少ない、あるいは原因がはっきりしたものが取り除かれていく、ということが一因であるとも思われるのである。

 内因性精神病の症候学的検討の歴史が長いため、これらの概念を援用して器質性精神障害についても分類が行われているわけではあるが、論理的にはおかしな状況と言わざるをえないだろう。

器質性精神障害の特徴

 大きく急性のものと慢性のものに分けて論じる。

 急性の器質性精神障害は、多くの場合一過性で、Bonhoeffer K.が挙げたようなものがここに含まれるが、基盤として意識障害が存在する。治療としても、意識障害の原因物質(たとえば尿毒症であれば尿素、高アンモニア血症であればアンモニア)に対する加療が優先され、精神症状に対する治療は対症療法に過ぎない。

 慢性期のものとしては、Kleist K.が挙げているような種々の脳損傷に伴うものがある。これらの精神障害は、損傷を生じている脳部位にある程度対応して症状が異なる。古典的な神経心理学的症状である失語、失認などの症状に対しては、ある程度損傷部位との対応が明らかとなっているが、感情、思考といったより複雑な症状については、現在でもはっきりとはわかっておらず、研究が進められている段階である。またこれらの複雑な精神機能は、Kleist K.が想定したような単純な1対1対応が脳局所に認められるわけではなく、ネットワーク、系としての脳機能に対応する精神機能だと考えられている。

主要な器質性精神障害

 あらゆる脳疾患が器質性精神障害の原因となりうるが、現代社会で大きな問題となっている一例として、交通外傷による脳損傷がある。外傷性脳損傷は大きく、局所脳損傷とびまん性軸索損傷に分類することができる。局所脳損傷では、直達外力、あるいはコントラ・クー(正確に)により、頭蓋骨に接した脳領域に挫傷が生じる。多くの場合、頭蓋骨の底面の構造的特徴のため、前頭葉眼窩面、側頭極を中心とした脳部位に挫傷が生じる。一方で、びまん性軸索損傷は、回転によって生じる剪断力のために、白質の軸索が損傷をうける。多くの場合、深部白質や脳梁を中心とした損傷を生じ、損傷後数年の間に、脳萎縮が進行する。灰白質の萎縮も、主に中心構造に生じるようである。これら外傷性精神障害の二型は、いずれのタイプも特徴的な脳損傷部位を有しており、その意味で、結果として生じる精神障害も症候群としての特徴を有するものであることが想定されている。

参考文献

  1. 西園昌久 山口成良 岩崎徹也 三好功峰 編集
    専門医のための精神医学
    医学書院 1998年
  2. 藤縄昭 大東祥孝 新宮一成 編著<br>精神医学群像 
    アカデミア出版会 1999年
  3. 内村祐之
    精神医学の基本問題
    医学書院 1972年
  4. エーミール・クレペリン 西丸四方 遠藤みどり訳
    精神医学総論
    みすず書房 1994年


(執筆者:上田敬太、村井俊哉 担当編集者:加藤忠史)