「場所細胞」の版間の差分

ナビゲーションに移動 検索に移動
編集の要約なし
1行目: 1行目:
英語名: place cell    
英語名: place cell    


 場所細胞とは、ある特定の場所を通過するときにだけ発火する[[海馬]]の[[錐体細胞]]である。  
 場所細胞とは、動物がある特定の場所を通過するときにだけ発火する[[海馬]]の[[錐体細胞]]である。  


[[Image:Placecells.jpg|thumb|400px|'''図1. ラット海馬CA1野の場所細胞の場所受容野マップ'''<br />ラットは、視覚弁別課題と交代反応課題を八の字迷路上で遂行している。同時記録された28個の場所細胞の発火頻度は、右下にあるカラーバー(最大値(赤)、無発火(青))に示されるグラデーションで表現している。ラットが訪れていない場所は黒で表現している。]]<br>  
[[Image:Placecells.jpg|thumb|400px|'''図1. ラット海馬CA1野の場所細胞の場所受容野マップ'''<br />ラットは、視覚弁別課題と交代反応課題を八の字迷路上で遂行している。同時記録された28個の場所細胞の発火頻度は、右下にあるカラーバー(最大値(赤)、無発火(青))に示されるグラデーションで表現している。ラットが訪れていない場所は黒で表現している。]]<br>  
7行目: 7行目:
== 歴史  ==
== 歴史  ==


 O'keefeとDostrovskyは、電気生理学的手法を活用して[[ニューロン]]の[[細胞外電位]]を観察することにより、自由に行動している[[wikipedia:JA:ラット|ラット]]の海馬から場所細胞を発見し1971年に最初の報告をした<ref><pubmed>5124915</pubmed></ref>。技術的には、[[wikipedia:field effect transistor|field effect transistor]](FET)を構成要素とする[[wikipedia:JA:ドレイン接地回路|ソースフォロワ回路]]を[[wikipedia:JA:プリアンプ|ヘッドアンプ]]とすることでノイズを低減し、それとワイヤ電極を組み合わせるという当時の最先端技術を活用することで、その発見は実現された。同時期にRanckらも同様の技術を使った実験を行い場所細胞の活動を見ていたが、場所との関連性には気づいていなかったと言われている。Ranckらは、この後に[[頭方位細胞]](head direction cell)を発見するなど、場所細胞に関連する数々の重要な報告を行なった。発見当初、O'keefeらは場所細胞はある特定の場所を通過するときにだけ発火するとし、外部環境に左右されると定義した。そのため、その発火パターンは内的な情報には依存しないということが通説であった。これらの場所細胞に関するO'keefeらによる発見当初の見解は、一冊の書籍[http://www.cognitivemap.net/HCMpdf/HCMChapters.html 「The hippocampus as a cognitive map 」]に詳しくまとめられている。そこでは、海馬は心理学者Tolmanにより予想されていた認知地図(cognitive map)の主要素であるという仮説が提唱された。しかし、現在では場所細胞の研究は高度に進展し、その詳細が解明され、O'keefeらの認知地図仮説には数々の修正がなされている。
 O'keefeとDostrovskyは、電気生理学的手法を活用して[[ニューロン]]の[[細胞外電位]]を観察することにより、自由に行動している[[wikipedia:JA:ラット|ラット]]の海馬から場所細胞を発見し1971年に最初の報告をした<ref><pubmed>5124915</pubmed></ref>。技術的には、[[wikipedia:field effect transistor|field effect transistor]](FET)を構成要素とする[[wikipedia:JA:ドレイン接地回路|ソースフォロワ回路]]を[[wikipedia:JA:プリアンプ|ヘッドアンプ]]とすることでノイズを低減し、それとワイヤ電極を組み合わせるという当時の最先端技術を活用することで、その発見は実現された。同時期にRanckらも同様の技術を使った実験を行い場所細胞の活動を見ていたが、場所との関連性には気づいていなかったと言われている。Ranckらは、この後に[[頭方位細胞]](head direction cell)を発見するなど、場所細胞に関連する数々の重要な報告を行なった。発見当初、O'keefeらは場所細胞は、動物がある特定の場所を通過するときにだけ発火するとし、外部環境に左右されると定義した。そのため、その発火パターンは内的な情報には依存しないということが通説であった。これらの場所細胞に関するO'keefeらによる発見当初の見解は、一冊の書籍[http://www.cognitivemap.net/HCMpdf/HCMChapters.html 「The hippocampus as a cognitive map 」]に詳しくまとめられている。そこでは、海馬は心理学者Tolmanにより予想されていた認知地図(cognitive map)の主要素であるという仮説が提唱された。しかし、現在では場所細胞の研究は高度に進展し、その詳細が解明され、O'keefeらの認知地図仮説には数々の修正がなされている。


== 基本特性  ==
== 基本特性  ==
31行目: 31行目:
== 発火タイミングとθ位相歳差  ==
== 発火タイミングとθ位相歳差  ==


 O'keefeとRecceは、場所細胞の発火タイミングは、海馬で観測される[[θ帯域]]の[[脳波]]([[θ波]])の[[wikipedia:JA:位相|位相]]と深い関連があることを発見した<ref><pubmed>8353611</pubmed></ref>。場所受容野の中心に近づくに従い、θ波に対する場所細胞の発火タイミングの位相が前進する(theta phase precession)。このことから、そのθ位相と場所細胞の発火タイミングの関連性を調べることにより、その個体が場所受容野に近づくのか、遠ざかるのかを判定することができる。このθ位相歳差は、[[時間符号化]](temporal coding)と考えられる。他方で、場所細胞の場所受容野内での発火は[[発火頻度符号化]](rate coding)と考えられるため、時間符号化と発火頻度符号化の比較研究対象としても活用されることがある<ref><pubmed>12066184</pubmed></ref><ref><pubmed>12066185</pubmed></ref>。  
 O'keefeとRecceは、場所細胞の発火タイミングは、海馬で観測される[[θ帯域]]の[[脳波]]([[θ波]])の[[wikipedia:JA:位相|位相]]と深い関連があることを発見した<ref><pubmed>8353611</pubmed></ref>。場所受容野の中心に近づくに従い、θ波に対する場所細胞の発火タイミングの位相が前進する(theta phase precession)。このことから、そのθ位相と場所細胞の発火タイミングの関連性を調べることにより、その個体が場所受容野に近づくのか、遠ざかるのかを判定することができる。このθ位相歳差は、[[時間符号化]](temporal coding)の一形態と考えられる。他方で、場所細胞の場所受容野内での発火は[[発火頻度符号化]](rate coding)と考えられるため、時間符号化と発火頻度符号化の比較研究対象としても活用されることがある<ref><pubmed>12066184</pubmed></ref><ref><pubmed>12066185</pubmed></ref>。  


== 場所細胞による位置推定  ==
== 場所細胞による位置推定  ==