「変換症」の版間の差分

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 19世紀末、[[wj:ピエール・ジャネ|ジャネ]]は正常にあっては統合されている自己の[[意識]]、[[記憶]]、[[同一性]]、[[行動]]、[[運動]]、[[身体感覚]]などが、強い[[外傷体験]]によって分離するという[[解離]]の視点から[[ヒステリー]]を捉えようとした。
 19世紀末、[[wj:ピエール・ジャネ|ジャネ]]は正常にあっては統合されている自己の[[意識]]、[[記憶]]、[[同一性]]、[[行動]]、[[運動]]、[[身体感覚]]などが、強い[[外傷体験]]によって分離するという[[解離]]の視点から[[ヒステリー]]を捉えようとした。
 ほぼ同じ時期に[[wj:ジークムント・フロイト|フロイト]]は、受け容れがたい[[無意識]]の心的葛藤が[[抑圧]]され、[[身体症状]]へと置き換えられる過程を転換/変換(conversion)と呼び、こうした転換型ヒステリーに注目することで[[精神分析]]を創始した。
 ほぼ同じ時期に[[wj:ジークムント・フロイト|フロイト]]は、受け容れがたい[[無意識]]の心的葛藤が[[抑圧]]され、[[身体症状]]へと置き換えられる過程を転換/変換(conversion)と呼び、こうした転換型ヒステリーに注目することで[[精神分析]]を創始した。
 
 Van der Hart, Oらによれば、解離の諸症状は精神に現れる[[精神表現性解離症状]](psychoform dissociative symptoms)と身体に現れる[[身体表現性解離症状]](somatoform dissociative symptoms)に分けられ、変換症は、このうち身体表現性解離に含まれる。また精神表現性解離と身体表現性解離は、それぞれ陰性(機能の喪失)と陽性(正常では存在しない症状の出現)とに分けることができる。通常これら身体表現性と精神表現性、陰性と陽性の症状は互いに交代し合い、時に同時に存在する<ref name=ref1>'''van der Hart O, Nijenhuis ERS, Steele K'''<br>The Haunted Self: Structural dissociation and the treatment of chronic traumatization. <br>''W.W.Norton & Company,'' New York, 2006<br>('''野間俊一、岡野憲一郎訳'''<br>構造的解離:慢性外傷の理解と治療 上巻 基本概念編<br>''星和書店''、東京、2011)</ref>。陰性の身体表現性解離症状には、運動機能の喪失、種々の感覚の喪失などがある。陽性の身体表現性解離症状には、「させられ」的な身体感覚、[[チック]]や震えなどの身体運動、[[非てんかん性発作]]、外傷的出来事の再体験による感覚や運動などがある。
==症状==
==症状==
 運動症状には、[[脱力]]・[[麻痺]]、[[振戦]]や[[ジストニア]]、[[ミオクローヌス]]などの[[異常運動]]、[[協調運動]]の障害、異常な肢位、[[歩行障害]]や[[失立失歩]]、[[嚥下困難]]、[[失声]]や[[構音障害]]、[[けいれん]]発作などがある。また感覚症状には、[[知覚麻痺]]や[[感覚脱失]]、[[複視]]や[[筒状視野]]などの[[視力]]障害、[[聴覚]]の変化、減弱、欠如、[[嗅覚]]異常、[[失神]]や[[昏睡]]に似た[[無反応エピソード]]などがある。
 運動症状には、[[脱力]]・[[麻痺]]、[[振戦]]や[[ジストニア]]、[[ミオクローヌス]]などの[[異常運動]]、[[協調運動]]の障害、異常な肢位、[[歩行障害]]や[[失立失歩]]、[[嚥下困難]]、[[失声]]や[[構音障害]]、[[けいれん]]発作などがある。また感覚症状には、[[知覚麻痺]]や[[感覚脱失]]、[[複視]]や[[筒状視野]]などの[[視力]]障害、[[聴覚]]の変化、減弱、欠如、[[嗅覚]]異常、[[失神]]や[[昏睡]]に似た[[無反応エピソード]]などがある。
==精神表現性解離と身体表現性解離==
 Van der Hart, Oらによる[[構造的解離]]によると、解離の諸症状は精神に現れる[[精神表現性解離症状]](psychoform dissociative symptoms)と身体に現れる[[身体表現性解離症状]](somatoform dissociative symptoms)に分けら、またそれぞれ陽性と陰性に分けることができる。通常これら陰性と陽性、身体表現性と精神表現性の症状は互いに交代し合い、時に同時に存在する<ref name=ref1>'''van der Hart O, Nijenhuis ERS, Steele K'''<br>The Haunted Self: Structural dissociation and the treatment of chronic traumatization. <br>''W.W.Norton & Company,'' New York, 2006<br>('''野間俊一、岡野憲一郎訳'''<br>構造的解離:慢性外傷の理解と治療 上巻 基本概念編<br>''星和書店''、東京、2011)</ref>。変換症は身体表現性解離に含まれる。
(<u>編集部コメント:このパラグラグフは大きな疾患の枠組みの中での変換症の位置付けになりますので、イントロに含めていただければと思います。</u>)
 陰性の身体表現性解離症状には、運動機能の喪失、種々の感覚の喪失などがある。陽性の身体表現性解離症状には、ある人格部分では生じるが別の人格部分では生じることのない特有の感覚や知覚、運動、行動がある。たとえば、「させられ」的な身体感覚、[[チック]]や震えなどの身体運動、[[非てんかん性発作]]、外傷的出来事の再体験による感覚や運動などがある。Nijenhuisは、[[嚥下]]困難、失声、排尿痛、性器の[[痛み]]、[[大視症]]、[[幻聴]]、[[幻嗅]]、不眠などを含む身体表現性解離の質問紙(Somatoform Dissociation Questionnaire:SDQ-20)を作成している<ref name=ref2>'''Nijenhuis, E.R.S.'''<br>Somatoform Dissociation:
 Major symptoms of dissociative disorders.<br>''J of Trauma & Dissociation'': 2000, 1(4) ; 7-32</ref>。
(<u>編集部コメント:陽性と陰性の定義をお願いいたします。「ある人格部分」「別の人格部分」とは何でしょうか?このパラグラグフもイントロに入れるか、次の「症状」に入れてもとおもます。Nijenhuisの質問用紙については、診断に入れてもいいのではと思います。</u>)
==診断基準==
==診断基準==


(<u>編集部コメント:DSMの各版の比較は重要でしょうか?</u>)
(<u>編集部コメント:DSMの各版の比較は重要でしょうか?</u>)


 DSM-Ⅲでは、それまでのヒステリー神経症を転換型と解離型に分け、前者を[[転換性障害]]、後者を[[解離性障害]]と名づけた。転換性障害は[[身体表現性障害]]の下位診断の1つに含められた<ref name=ref3>'''American Psychiatric Association'''<br>Diagnostic and statistical manual of mental disorders (3rd ed.)<br>Washington, DC: 1980</ref>。この点はDSM-Ⅳ、DSM-Ⅳ-TRでも同様である<ref name=ref4>'''American Psychiatric Association'''<br>Diagnostic and statistical manual of mental disorders (4th ed.)<br>Washington, DC: 1994</ref>。
 以前(DSM-Ⅲ、DSM-Ⅳ)は、それまでのヒステリー神経症を転換型と解離型に分け、前者を[[転換性障害]]、後者を[[解離性障害]]と名づけていた。転換性障害は[[身体表現性障害]]の下位診断の1つとされていた<ref name=ref3>'''American Psychiatric Association'''<br>Diagnostic and statistical manual of mental disorders (3rd ed.)<br>Washington, DC: 1980</ref>。この点はDSM-Ⅳ、DSM-Ⅳ-TRでも同様である<ref name=ref4>'''American Psychiatric Association'''<br>Diagnostic and statistical manual of mental disorders (4th ed.)<br>Washington, DC: 1994</ref>。
 
 DSM-5でもこうした分類の基本は変わらないが、身体表現性障害(somatoform disorder)は[[身体症状症]](somatic symptom disorder)に置き換えられ<ref name=ref5>'''American Psychiatric Association'''<br>Diagnostic and statistical manual of mental disorders (5th ed.)<br>Washington, DC: 2013</ref>。変換症/転換性障害 (conversion disorder)(以下、変換症と表記)は[[身体症状症群]]の下位分類となった。また変換症には[[機能性神経症状症]] (functional neurological symptom disorder)が併記された。DSM-5では、変換症はその持続が6ヶ月未満であれば急性エピソード、6ヶ月以上であれば持続性と特定する。
 DSM-5でもこうした分類の基本は変わらないが、身体表現性障害(somatoform disorder)は[[身体症状症]](somatic symptom disorder)に置き換えられた<ref name=ref5>'''American Psychiatric Association'''<br>Diagnostic and statistical manual of mental disorders (5th ed.)<br>Washington, DC: 2013</ref>。そのため変換症/転換性障害 (conversion disorder)(以下では変換症と表記する)は[[身体症状症群]]の下位分類となった。また変換症には[[機能性神経症状症]] (functional neurological symptom disorder)が併記された。DSM-5では、変換症はその持続が6ヶ月未満であれば急性エピソード、6ヶ月以上であれば持続性と特定する。


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 ちなみにWHOの診断基準である[[ICD-10]]では、解離性障害の概念がDSM-Ⅲや[[DSM-Ⅳ]]より広く、変換症は[[解離性障害]]に含められ「[[運動および感覚の解離性障害]]」に分類されている。「運動および感覚の解離性障害」には[[解離性運動障害]]、[[解離性けいれん]]、[[解離性知覚麻痺]][無感覚]および[[知覚]][感覚]脱失(<u>編集部コメント:これは一語でしょうか</u>)、[[混合性解離性(転換性)障害]]などが含まれる。
 ちなみにWHOの診断基準である[[ICD-10]]では、解離性障害の概念がDSMより広く、変換症は[[解離性障害]]に含められ「[[運動および感覚の解離性障害]]」に分類されている。「運動および感覚の解離性障害」には[[解離性運動障害]]、[[解離性けいれん]]、[[解離性知覚麻痺]][無感覚]および[[知覚]][感覚]脱失、[[混合性解離性(転換性)障害]]などが含まれる。
 
 DSM-Ⅳでは解離を「意識、記憶、同一性、または周囲の知覚についての、通常は統合されている機能の破綻(disruption)」と定義していた。しかし、DSM-5では解離症群の特徴を「意識、記憶、同一性、[[情動]]、知覚、身体表象、運動制御、行動の正常な統合における破綻(disruption)および/または不連続(discontinuity)」と変更しため、解離の定義は若干広くなり、ICD-10に近づいた。そのため、DSM-5の解離症と変換症の間の境界はより曖昧になった。
 DSM-Ⅳ-TRでは解離を「意識、記憶、同一性、または周囲の知覚についての、通常は統合されている機能の破綻(disruption)」と定義していたが、DSM-5では解離症群の特徴を「意識、記憶、同一性、[[情動]]、知覚、身体表象、運動制御、行動の正常な統合における破綻(disruption)および/または不連続(discontinuity)」と変更した。DSM-ⅢやDSM-Ⅳにみられた解離の定義はDSM-5によって若干広くなり、解離の概念はICD-10により近づいたと言えよう。そのためDSM-5の解離症と変換症の間の境界はより曖昧になったと考えることもできる。
 身体表現性解離を評価するための質問紙としては、NijenhuisによるSomatoform Dissociation Questionnaire(SDQ-20)がある<ref name=ref2>'''Nijenhuis, E.R.S.'''<br>Somatoform Dissociation:
 Major symptoms of dissociative disorders.<br>''J of Trauma & Dissociation'': 2000, 1(4) ; 7-32</ref>。
 
==心因と疾病利得==
==心因と疾病利得==
 DSM-5にみられる変更で重要なことは、変換症が心理的[[ストレス]]因を伴う場合と伴わない場合があるとされたことである。DSM-Ⅳ-TRでは、先行する[[葛藤]]、ストレス因や外傷が認められることが診断基準に含まれていたが、DSM-5では心理的ストレス因が認められない場合でも変換症の診断が可能になったことになる。
 DSM-5にみられる変更で重要なことは、変換症が心理的[[ストレス]]因を伴う場合と伴わない場合があるとされたことである。DSM-Ⅳ-TRでは、先行する[[葛藤]]、ストレス因や外傷が認められることが診断基準に含まれていたが、DSM-5では心理的ストレス因が認められない場合でも変換症の診断が可能になったことになる。